傭が身を隠すために女装するよーり。ちょいちょい他キャラも出る。 荘園の魔法は解かれた。
望んだ願いは得られなかったが、望まなかった願いが与えられた気がした。対戦に勝って勝負に負けたようだ、あるいはその逆か。わたし?わたしはまあ、別に。
ただ、荘園その場自体が消失するような魔術は展開されず、雨風凌げる住まいとして機能した。なんせこちらには建築家がいるのだ、そんな爺は屋敷の補修や補強を一通りこなすと、幾人かの参加者だった者達を連れて、否、付き纏われて、さっさと荘園を出て行ってしまった、水道料金とかちゃんと払えよ、と言い置いて。それについては女王と讃えられた貴婦人とその親族含む幾人かが、話し合う程の長考もせず少ない口数で手短に、お互いで事実上の永続的な支払いを分担してから出て行った。
残る者もいれば、一人で立ち去る者、数人で纏って別に拠点を得ようとする者達がいた。最初はみんな暫く留まる者が多かった、荷物を纏める時間も必要だろう、またそれを惜しむ者もしかり。
わたしも暫く残ることにしていた。段々と騒がしさが取り除かれて行くさまが愉快で、それを少し味わっていたかった。
それをあいつにも伝えていた。だから当然、奴もわたしが出て行く迄留まっている筈だったのだ。そうであるべきだった。それでなくとも所用を言わないなど、有ってはならない。
あるなんでもない日、画家の彼が面白い顔で話し掛けて来たのだ。
「ちょっと!?」
「どうしました、そんなに面白い顔をして?」
その面白さ故につい本人に直接言ってしまった。
「なにさ面白い顔って!?いや、今は許してあげる。そうじゃなくって、今傭兵が荷物提げて門をふらふら出てったけど、一緒じゃないわけ!?」
なに?
「……へえ?」
「うわ嫌な顔。……追わないの?」
「無策で追うのは得策ではありませんね。」
救助職を、と言えば、かつての楽しい対戦でも思い出したのか、彼はより面白い顔をしてくれた。
「うわ。」
顔が面白い。
「ご心配頂きありがとうございました。」
「別に僕はお前達のことなんてどうでも良いけどね!」
面白い彼はそう言い捨てるとその場をさっさと去って行った。こちらに何か考えが有ると分かって、少し安心したようだ。
「さて……」
ツテとかコネとかは心底面倒臭さいと思うタチなのだが。
引き続きその儘使っている自室で簡単に荷造りを済ませ出て行けば、扉の先の廊下でベインが通り掛かった。彼は普段から森の小屋と館の部屋を行き来している。
「なんだ。お前もとうとう出て行くのか?」
器用な彼は元来、それを向ける相手を選ばないタチだった。
「うーん、……また戻って来ても良いですか?」
「……なんだ殊勝なことだな、あいつ、傭兵はどうした?」
「さてどうしたんでしょうねえ。」
言えば彼は少し考えた後、肩を竦めた。
「まあ良い。お前の部屋はその儘にしておく。」
傭兵の部屋もな、と告げる彼に、今度はこちらが肩を竦める。
面倒なので余り人と会わないように、まあ居残り組が多くはない今それは難しくない、そうして奴と同じように門を出れば、少し忙しくなるかな。
あれこれ手を回した後、医師を訊ねる。
「怪我をしたようには見えないから、精神的なもののほうかしら?」
「言ってくれますね。」
こちらの目的を知ったふうな彼女は、ふうと息をつくと、肩を竦めた。
「彼ならもういないわ。薬は渡したけれど、また来るかは分からない。」
「でしょうねえ。」
じっと見詰める彼女に、近付き過ぎない距離で詰め寄る。
「庭師はどこです?」
「教えると思う?」
「あの娘にとっても悪くない話だと思うのですがね?」
見詰め続ける医師は、はあと息をはくと、肩を落とした。
「……もう暫くしたら来るわ。」
「一緒にお待ちしましょうね〜。」
かくして待ち人は現れた。
「あらお久しぶりなの!お花の育て方でも訊きたいの?」
「いえ、迷い獣の行方が訊きたくて。」
「エマは何も知らないの。」
想定していた。
「ねえ、まだ幼かった一人娘が、担保に持ち去られるのをただただ見送るしかなかった思い出の家具の数々、取り戻したくありません?」
家具屋などの数店の店名を記したメモを差し向ける。
ちらと見上げて来る、カナリアのような眼差しに、根気を持って対峙する。
「カトマンズでお金の遣り繰りをしているみたいなの。」
「家屋も押さえてあります。」
商店のメモの隣に不動産屋の案内を滑らす。
「日本の牛肉が美味しいって言ってたの。」
「あゝ、お姫さま。」
大仰な語り口で話す。
「燃えてしまったその跡地から応酬品として、愛しい愛しい一人娘のために作ったと言う二つのパペットが、ずっと待ち人を焦がれるように保管されていますよ。」
「ロンドンへ行きなさい。」
勝った。
警察署の封をしていない手紙を渡した。
医師が緊張を解くように、体を弛緩させたのが横目に見えた。
さて、向かう先は決まった。古巣に戻るとしようか。