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    キリネ

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    キリネ

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    ぷらいべったー使えない人用

    リンとスイギョウが初めて出会ったときの話
    スイギョウは原型でリンは擬人化のイメージ
    自宅リンは一人称「私」で男

    【東脳】リンとスイギョウ決して、軽率な気持ちでこの引き戸を開いたわけではない。別室に飾られていた地図により、この部屋が宮殿の最深部だということも理解していた。
    美しく磨かれた氷で造形された夢見宮殿。様々な映像を目まぐるしく映し出すマガタマ、それを食い入るように凝視する獣たち。その異様な雰囲気に、努めて心を動かされぬようにしてきた。
    強い覚悟を決めてこの島に足を踏み入れたリンだったが、玉座の部屋、その中心に悠然と立つ生物を目前にして心が怯む。氷の冷気とはまた別の寒気が身を撫でる。

    外で見かけた他の生き物たちとは明らかに一線を画している。その佇まいはリンの背に冷たい汗を伝わせた。
    一丈はあろうかというその生き物は突然押しかけてきた人間に驚きもせず、ただユウウツそうな表情で見下ろすのみだった。
    心音がどんどん大きくなる、まるで警鐘のような鼓動が耳にまで届く。どくどくと激しく脈打つ心臓が今にも胸を突き破りそうだ。焦りに駆られる中、リンは東脳図絵の内容を必死に思い出した。
    宮殿の最奥に住まうこの生き物は──名をスイギョウという。
    夢見の国の王。
    人間のタマシイを奪い取る、東脳の王の一人。

    「わ、私は……」

    リンは恐れながらも決心したようにスイギョウを見据え、徐ろに口を開いた。

    「私は、自分のタマシイを取り戻しに来た」

    はっきりとした声色で宣言すれば、スイギョウは憂鬱げな表情に億劫の色を滲ませる。
    居心地悪そうに巨体を揺らし、足元の水面が波立ちざわめいた。

    「この禁足の島に人間がやってくるのは何度目かな」

    声が上から降ってくる奇妙な感覚。
    そう、彼の第一声は王たる威圧感がありながらも溜め息混じりのものであった。

    「お前にも見せてあげようか」

    悩ましげに首を傾げながら、スイギョウは鱗の膜をヒラヒラと揺らして隠されていた腹部を晒す。
    すると一体どういう仕組みなのか、その巨体の中より別の何かが現れたのだ。
    スルリと滑るようにしてスイギョウの体内から飛び出たそれに、リンは驚き目を丸くした。これも東脳図絵に記されていたはずだ、と頭の隅で思う。

    「これは、生きた器械ツォモン。大切な大切な夢見の器械だ」

    スイギョウの体内から解放されたその単眼の器械は、足下の水路から流れてくるマガタマを手に取ると、あろうことか口に頬張り始めたのだ。鮮緑に輝くマガタマを、いくつもいくつも。
    命の欠片が次から次へと消費される光景を目の当たりにし、リンは思わず後ずさりする。
    ただ、口へ放られていくものの中に自分のマガタマがないことを認識して僅かながら安堵していた。

    「ツォモンは水のマガタマを食べて夢を紡ぎ出すことができる」

    黄色い器械を再び自身にしまいこみながら、スイギョウは無気力に抑揚なく語る。

    「マガタマの夢を知ってからというもの、それ以外の景色が全て色褪せて見えるようになってしまった。だが夢だけが私の心を動かしてくれる」

    夢を見ているときだけ、私は生きていることを実感できる──力なく話すスイギョウに、リンは共感できなかった。夢というものに対してそこまで執着するのが不思議でならない。
    ただ彼の話を聞いて、自分のタマシイはどんな夢を見せるのだろうと少し気になりもした。
    人間であるリンにとって、夢とは渇望するほど稀有なものではないし、すぐに霧散してしまう儚いものだ。明確に目覚めていながら夢の虜になっている彼の話は興味深いとすら思った。

    肩の力を抜いて人知れず息をつく。この部屋にやってきた当初よりは幾分か余裕ができたためだろうか、壁際の柱、そこに籠が乗っているのがふと目に入る。
    籠に入っているのは桃だ。それを見受け、リンはおや、と不思議に思った。確か東脳生物は桃を忌み嫌うと図絵にあったはず。
    なぜ国の王がそれを所有しているのだろう?桃が苦手なのではなかったのか。皆が皆そうだというわけではないのだろうか。

    「これが気になるのか?」

    桃を見つめるリンの様子を察知し、スイギョウは細長いヒレの手を顎に当てて語る。

    「夢に魅了されすぎた獣は堪え性がなく凶暴だ。夢見を求めるあまり、いつ王である私に歯向かうかわからない。この桃はそれを制御するためのもの。
    人間のお前に大切な桃をくれてやるわけにはいかん」

    言われずとも、桃の入った籠は高い位置にありリンの背丈では手を伸ばしても届きそうになかった。スイギョウが見張っている以上強引に盗み取ることも難しそうだ。
    ただ、あれを手に入れることができれば夢見の獣を撃退できるらしい。
    どのようにして貰い受けよう、それか他の場所で手に入れられないだろうかと思案していると、スイギョウは続けて話す。

    「そうそう、自分のマガタマを探しているのだったか。流れてくるマガタマがどこの誰のモノなのか、私たちにはわからないのだ。私たちが見るのは、夢だけ。
    もしかすると水の力を吸い尽くして捨ててしまったのかもしれん。マガタマを捨てている部屋にはもう行ったか?」

    至極どうでもよさそうに、なんてことないように言ってのけた王に、リンは呆気に取られ二の句が継げなかった。
    放棄されたマガタマの部屋──病んだ瘴気が充満するそこには足を運んだが、本当に陰惨なものだった。まるで死体安置所じみた悍ましい空気、病んだマガタマが集積した不気味な光景を思い出してしまい身震いする。
    その場所に自分のマガタマはなかったものの、もしその穢れた部屋に自分の命の欠片が埋まっていたらと考えるとぞっとした。
    数多の人間の命をなんとも思わぬ俗世離れした王の思考に、もはや畏怖の念すら抱く。

    この部屋に来て王と対峙してから圧倒されてばかりだ。
    言い知れぬ重苦しさを感じる。スイギョウがぴたりとも動かず、じっとこちらを注視していた。
    そうしてはっと気付く──彼の顔面にある両の目だけでなく、胸部に開いたいくつもの目玉にも凝視されていると。頭部から生えた目玉すら蠢いて、リンに焦点を合わせていた。
    全身にまとわりつくいくつもの視線、その奇怪な眼差しを自覚した途端、うっと息が詰まった。さながら捕食者に値踏みされる被食生物の気分だ。

    (なんて気味が悪いんだ)

    一人の生き物の無数の眼球に見つめられ、リンは萎縮してしまう。胸部の一際大きな目玉がぎょろりと動き、まばたきした。てらてらと濡れた目玉の光沢を目の当たりにし、その生々しさに嫌悪感が湧く。
    不安から胸元を握り締めようとして──左胸に空虚な穴があることを、指の感触が伝えた。

    …そうだ、ここで怯んでいてはいけない。
    空っぽになったこの胸に命を還さなければならない。
    私は、自分のタマシイを取り戻さねばならないのだ。
    いつの間にか震えていた拳を解き、白蛇から授かったお守りをぐっと握り締める。そうすれば不思議と心身が清められるようだった。

    「私たちのタマシイを奪っているわけが、まさか娯楽のためだったなんて。どれだけの人たちが苦しみ犠牲になったと思っているんだ」

    その語気に怒りが含まれていると察したスイギョウは、嫌気が差したように仰々しく腕を振る。聞きたくないとばかりに首を揺すってその言葉を遮った。

    「ああ、煩わしい、口論すらしたくない。タマシイのない空っぽの体だけのお前には価値がないのだ。今すぐ立ち去ってくれ」

    王のあまりにも身勝手な振る舞いに、リンは強い感情を以ってスイギョウを睨み付けた。その射抜くような視線をスイギョウは依然として憂鬱げな表情で受け止めるのみ。
    自分の命を弄ばれていることに対する義憤が、リンの決意を固くする。
    先程までの恐怖はもう吹き飛んでいた。

    かつて清浄の島だった東脳が無作為に魂を呼び寄せるようになったのは、何かのっぴきならぬ事情があるのかもしれないとも考えていた。
    しかし島を見回って確信する。結局は、東脳の王たちはただ自己を満たすためだけに人間の魂を喰らい尽くしているに過ぎなかったのだ。
    娯楽のために躊躇なく人間の命を奪う貪欲さ、つまらない夢を見せるマガタマは切り捨ててしまう傲慢さ。
    タマシイを奪われることに対して、人間は抵抗の術を持たない。

    「私は必ず、自分のタマシイを取り戻してみせる」

    リンは迷いのない澄んだ声で言うと、夢に囚われた脆弱な王に背を向け次の国へ向かうべく歩き出した。


    ──
    人間が去った後、スイギョウは閉ざされた扉の先をいくつもの目でしばらく眺めていた。
    虚空を見据えながら鬱々と考え込む。
    あの人間。…どうにも既視感があった。
    白い髪、白い肌、白い瞳。そしてみすぼらしい服に唐草模様の風呂敷。闇に浮かぶような白さを持つ人間。己の魂を取り戻しにやってきた人間。
    いつかの、夢の光景で見たことがあったのだ。
    あの白い人間が、封印された八角堂パアファンに乗り込んでくる映像を想起する。

    「はぁ、面倒なことになった」

    あの夢は単なる幻想なのか、それとも未来を映し出していたものなのか。
    憂鬱に苦悩する一方で、この気鬱を心地良いと感じているのもまた自覚し得ない事実だった。
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