ごめんねの代わりに手を繋いで帰ろうきっかけは本当に些細なことだった。
いや、もはや些細だとかそういうものですらない。実にくだらない、子供じみた意地の張り合いだ。
されどもお互いに引くことも譲ることもできず、だんまりを決め込んだままあてもなく冬の人込みを歩いている。すれ違う人々はするりと僕達を避けて視界から消えていく。
いつもなら僕の左には百之助がいるのに、今はその姿はおろか気配を感じることもできない。
ちら、と後ろを振り返らずに、さりげなく視線をやると、百之助は目線を下に落としたまま僕の少し後ろをのたのたと歩いていた。じわじわと離れては、たまに追い付いて微妙な距離を保つ。
周りから見たら、今の僕たちは全くの他人だろう。
ふっと呼吸に合わせて白い息が出る。
空気は肺に流れこむと冷たく、肌には刺さるような鋭さだ。今日はこの冬一番の寒さではないだろうか。
寒がりなアイツのことだ。今頃鼻も耳も真っ赤にして、寒い中いつまでも終わりなく歩くのがさぞや辛かろう。ざまぁみろ。
胸の中で悪態をつき、そう思いながらも歩く速度を少しだけ落として甘ったれに合わせてやる。ついでに声もかけてやろうか。
「今日は冷えるね」
「…1月だからな」
「可愛くないなー。他になんか言うことないの
かよ」
「あ?可愛くねぇだ?いい年した男になに求めてんだおまえは」
言葉とは裏腹に声色には勢いがなく、ぼそぼそと呟かれ、語尾の方は消え入るようですらあった。口元がマフラーに埋もれているせいもあるかもしれない。
だが、僕にはわかる。百之助のことなんてお見通しなんだ。
こいつしょぼくれてやんの。
さみしいならごめんねって一言言えばいいのに。それで、たったそれだけのことでいつもの二人に戻れるのに。
そう、いつもの僕たちに戻れるのに。
僕の左にはいつも百之助がいる。
人混みの中でも、歩く速度は合わせてあげて、そうすれば百之助もくっついてくるのでいつだって隣にいた。
そう考えてしまったら、今のこの状況に僕の方がなんだか寒さと共に寂しさを感じてしまう。
はーとため息を聞こえるようについてやる。面倒だけどここらで折れてやるか。
こちらから歩み寄ってやらないと、いつまでもこのまま事態は変わらない。こーいう時、百之助はどうしたらいいかわからないんだ。
ちょうど人通りもまばらになってきたところで足を止め、ポケットにつっこんでいた左手を差し出してやる。
「ほら」
「…なんだよ。金なら困ってねぇだろ」
「なんでそうなるんだよ。手よこしなって」
わざとだろうが、本当に本当に可愛げのない言葉を受け流し、すっかり冷えきった百之助の手を握りしめた。自分のコートの左ポケットへ一緒にしまいこんで再び歩きだすと、大人しく百之助もされるがままついてくる。
ぬくもりが、百之助の手が逃げないように、ぎゅっと力をこめると、返事をするように百之助の手にも力がはいる。
はいはい。わかったよ。ごめんねってことね。
ちゃんと聞こえたよ。
仕方ないから今回はこれで許してあげるよ。
「…宇佐美」
「んーなぁにー?」
「………早く帰ってあったかいもの食べたい」
「ふふ…そうだね。早く家に帰ってあったまろうね。なにが食べたい?」
「…煮込みうどん」
「それなら材料もあるからスーパー寄らなくていいか。じゃあこのまま帰ろうね」
「うん…」
ごめんね。悪かった。仲直りしよう。
それすらこいつは言葉にできない、どうしようもない甘ったれで、それをいつも僕が甘やかしておしまい。
だけど、今回は僕も悪かったね。結局僕もちゃんとそれを言えなかった。
繋いだ手から、お互いの体温が混じり合ってあたたかくなっていく。ぬくもりと共に思いが伝わるようで、苛立った心がほろほろとやわらいでいく。
今日はすごく寒いから、さすがの僕も寒いからさ。お前と離れているとさみしくなってしまうから。
ごめんねの代わりに手を繋いで帰ろう
(2022年1月10日)