苦くて甘い聖夜の日「ちょっと二人で話さねぇか?」
地平線に太陽が沈み、少しばかり掛けた月が辺りを照らし出す時間帯に、ディナーを終え事務所で軽く書類整理をしていたヴァンは、アーロンから声をかけられた。突然の誘いに目を瞬かせながらも特に断る理由もないので「おう」と軽く頷くと、手に持っていた書類を机の端に置き席から立ち上がる。
「どこかに出掛けるのか?」
「あー…そうしたいところだが、流石に今日はどこもごった返してそうだしな…。屋上にでも行こうぜ」
ちゃんと服着込んでけよ。というアーロンの言葉に「分かってるっつの」と返しつつ、ヴァンは夕方に外回りから帰ってきた時からソファの上背部分に掛けたままだった紺色の厚手のコートを手に取り、腕に袖を通してしっかりと前を閉じる。
加えて冬の夜は昼間よりも一気に冷え込むのでいつもは外気に晒されている首元に黒色の細めのマフラーを首に巻いた所で、ついでに何か飲み物でも持っていくかとキッチンに置いてあるポットに入ったコーヒーを温め直し、棚から取り出した2つの紙コップに淹れると1つをアーロンに差し出した。「サンキュ」という言葉と共に手の中の熱さが離れ、同時に流れるようにくいと腰を抱かれて事務所の扉の方へ身体が押される。
「ほら、行こうぜ」
「…はいはい」
いつもならこの体勢に苦言の一言や二言が出る所だが、今日くらいはいいかと思ってしまう位には自分もまた、本日のイベントの熱気に当てられているのだろう。
本日は12月25日。俗に言うクリスマスというやつで、首都の雰囲気も飾られた煌びやかなイルミネーションによって賑やかな物に変わり、ヴァンたちも先程までモンマルトで開催されたクリスマスパーティーに参加し、チキンやケーキに舌鼓をうっていた。
(やっぱりアンダルシアのケーキは最高だったな…。パーティーをやるって聞いて予約しといて正解だったぜ)
そう先程食べたケーキの味を思い出しつつ屋上に繋がる扉を開けると、ふわりと弱く吹いている冷たい風がヴァンたちを出迎える。しっかりと防寒対策はしているものの、一気に下がった体感温度に身震いをしながら二人はフェンスの方に向かった。そしてヴァンは前を向いてフェンスに腕を置き、アーロンは背中からフェンスに寄りかかるようにして外を見やった。歓楽街ほど賑やかではないが、それでも外にクリスマスツリーが置かれていたり、子供達の楽しそうな声が微かに聞こえる事で、まだこの特別な1日は終わっていないのだと思わされる。
「…賑やかだな」
「ハッ…揃いも揃って分かりやすいくらいに浮かれてやがったな。…ま、それは俺たちにも言えることだが」
そう言うとアーロンは穏やかな表情で外を眺めるヴァンにするりと近づき、再び腰に腕を回す。横から感じる温もりにヴァンは前から視線を外しアーロンの方を向くと、そのまま唇にキスをされた。外気で冷えた濡れた感触に一瞬ピクリと肩が跳ねるが、チュッというリップ音と共に何度か繰り返されると徐々に唇から身体全体に熱さが広がる。暫くして唇が離れた後に、はあと吐いた息はすっかり真っ白になっていた。
「…てっきりこのままホテルにでも行くと思ったんだが」
「あん?なんだ、期待してたのか?」
「そういう訳じゃない、が…」
キスで濡れた自身の唇を舐めてニヤリと笑ったアーロンに、ヴァンはふいと顔を反らして小さく呟く。その頬は寒さとは別の意味でほんのりと赤く染まり、薄青の目は気恥ずかしげに下に伏せられていた。
そんな恋人の可愛らしい姿にアーロンはごくりと唾を飲み込んで、風で揺れる青黒色の髪へ手を伸ばしてそっと撫でた。
「今のあんたを抱くのも相当唆られるが…。あいにく今日はホテルも満杯らしくてな。…心配しなくても、あとで美味しく頂いてやるよ」
チキンもケーキも良かったが、俺の1番のご馳走はあんただからな。と艶やかな笑みを浮かべたアーロンに、ヴァンは頬の赤さが戻らない顔で「心配なんかしてねぇし、よくもまあ恥ずかしげもなくそんなこと言えんな…」とぼやいた。そう呆れたように言った言葉に「あんたにははっきり言わねぇと伝わらねぇ事はよく分かってるしな」とすかさず返されて、ヴァンはぐっと押し黙る。その姿に満足したのかアーロンはくくっと喉で笑い、未だに微かに湯気が立つコーヒーを口にした。
「…これ飲み終わったら、あんたの部屋でクリスマスの二次会と行こうぜ」
所謂お部屋デートってやつだな。とアーロンは街中に飾られたイルミネーションのようにキラキラと輝く金色の瞳を楽しそうに細めて言い、ヴァンはそんな歳下の恋人に「浮かれてんなあ」と眉を下げて苦笑した。だが、ここで拒否の言葉が出ない時点で、ヴァンもまたアーロンと同じなのだろう。
「ハッ…自分でも大分舞い上がってるのは自覚してるぜ。でもま、今日くらいは別にいいだろ。…メリークリスマス、ヴァン」
「…メリークリスマス、アーロン」
数多の星と輝く月が静かに見守る中、二人は穏やかに笑い合い、再びゆっくりと唇を重ね合わせたのだった。
End