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    ・トマ人ワンドロ第二回「紫陽花」「濡れ髪」
    ・どちらも無理矢理押し込んだ結果がこれ
    ・解釈はふわふわ、付き合っててやることやってる世界線
    ・誤字脱字お許しください

    紫陽花 しとしとと、ごくわずかな雨音をさせながら雨が降っている。ここ数日、この国では雨雲が晴れたことがなく、朝も夜も延々と雨粒が大地を打ち付けていた。土砂降りと表すほどの強さはなかったが、それでも雨は雨。人々はじっとりとした空気に辟易しながらも、早々に戸を閉ざし眠りに逃げ込むのがこの時期の常のことであった。
     それはこの神里の屋敷でも同じく、使用人たちはさっさと仕事を切り上げ、自室でなんとか目を閉じていることだろう。このお屋敷は当主の操る水の元素に守られ、外の家々よりはよほど過ごしやすく湿度を整えているけれど、それでもやはり長雨となれば気が滅入る。青空に焦がれる者、表を駆け回り遊びたい者、様々な理由でこの雲が晴れることを多くの者が願っているだろう。
     トーマとて、それは同様だ。この雨では思ったように庭仕事はできなくなるし、買い物ひとつするだけで衣服や足元に気を付けなければならない。洗濯物も当然乾かしようがない(そこは炎元素を上手く操り室内干しでなんとかしているが)上に、食材が傷まぬよう常よりも気を遣わなくてはならないのだ。何よりも大事な兄妹の身にもしものことがあってはならぬと、食材を選び料理を拵える間も一瞬とて気が抜けない。はやく雨雲が過ぎ去ればよい、と思う心は間違いなくトーマにもあった。
     だが、しかし。人前では決して口にはできないが、この時期を喜んでしまう気持ちも、トーマの胸の内には芽生えつつあった。
    「――若、入りますよ」
     湯を浴びたばかりの肌は未だほてりを残し、厨から冷えた水を運ぶだけでじっとりと汗ばんでしまう。せっかく身を清めたのに、と内心ため息を吐きつつ主の寝室に歩を進めれば、トーマ同様に湯上りの姿の麗人はしどけなく文机に頬杖をつき、水盆に浮かべたおおぶりの紫陽花を指先で弄んでいた。しっとりと濡れたままの髪が頬や首筋に張り付いてしまっていることにも頓着せず、どこか重たげな瞬きは珍しいほどありていに眠気の深さを物語っており、小さく苦笑してしまう。
    (まあ、それだけ無茶をさせたのはオレだけど……)
     久しぶりの情交、人々は早々に寝静まり雨の音が多少の物音であればかき消してくれるという環境。若い二人が燃え上がらないわけもなく、煽り煽られたっぷりと熱を交わしての、今だ。落ち着くまで腕の中で宥め、その後風呂場でじっくりと全身のお世話をした結果、元々激務で積み重なった疲れにいよいよ限界が近いのだろう。明日は休みだからと言い聞かせふだんよりも激しく肌を暴いたが、それがこの現状を招くための手段のひとつでもあったから、トーマとしては笑顔も零れるものである。もちろん、彼と普段以上にじっくりと肌を合わせること自体も目的である。愛するひとと身体を繋げることは、どれだけ繰り返しても決してトーマを飽きさせることはなく、夜毎に鮮やかな恋情へ溺れさせてくれた。愛しくて、愛しくて、息ができなくなるほどの酩酊と熱は、今も熾火のように体の芯に残り、トーマのこころを温め続けている。
     特に言葉も作らずただトーマに視線を向けていた主は、再び紫陽花を手慰みに弄り始めた。ふう、と零れた息も未だにどこか色めいているような気がしてしまって、これ以上はいけないと首を一つ振った。手早く水を注いだ茶器を用意し、手ぬぐいでてきぱきと髪の水分を拭きとっていく。風邪をひくような時期ではないが、この美しい白銀の髪が傷んでしまうのは見過ごせない。丁寧に拭って乾かし、ゆっくりと梳っていけば、ふあ、と小さな吐息。後ろに膝をついているトーマに凭れるように、ぐ、と身体が傾いてくるのを難なく受け止め、いつものように髪を耳にかけてやる。
    「そろそろ眠りましょうか」
    「ん……」
     とろりとまろい声。眠気にゆらゆらと揺れる彼の目は、それでも名残惜し気に水面を彩る花を見ている。青と白、それから淡い水色。この時期になれば屋敷の私的な部分を彩り、雨の中にも目を楽しませてくれる、トーマと庭師たちが選び抜いたうつくしい紫陽花。この屋敷でしか見られないそのいろどりは、見れば見るほどこの腕の中の男の色をしていた。
    「ねえトーマ、この紫陽花……」
     猫の子のようにしなだれかかる身体を寝かしつけようとするトーマの方へ、ようやく藍紫色の目が向けられる。常の冴え冴えとした鋭さは鳴りを潜め、今はただ眠りの気配に色を濃くして上機嫌に細められている。なんですか、と返す代わりにその頬に口づければ、くすくすと吐息に笑みを混ぜ込んで、トーマのそれよりやや細い体躯が小さく身をよじった。それを逃さないよう改めて腰を捉えて抱き寄せ今度は正面から膝の上に抱き上げてやれば、まずます機嫌を上向かせた彼は、ちゅ、と子どもがするようにトーマの鼻先に唇を触れさせてくる。
    「こら、ねえ、聞いて。この花のことだよ」
     口づけられれば返したいのがこいびととしての心情だろう、という大義名分のもと、頬や目尻に何度も口づけを贈れば、やがて呆れ半分照れ半分の顔をした男がむにむにとトーマの頬を抓った。力など少しも入っていない指先を片手で捉えて爪の先にも唇を落とし、そこでようやく話を聞こうと攻め手を止める。好きなだけ愛でてよいと許可を与えられている関係とはいえ、流石に主の話を聞き流すほど我を忘れてはいなかった。
    「この花が、どうかしましたか?」
     ここ数年――正確に言えば、この紫陽花の色味や花ぶりに満足ができるようになってから――毎年のように飾ってあるものだ。雨の続く時期の憂うつを少しでも華やいだもので飾れたらと思い、この家の当主である彼やその妹のためにと家人たちが協力し合って生まれたもの。トーマはその世話役として努めており、今年もまた例年以上に美しく咲いたものだけを屋敷に飾っていたのだが。
     今更当主に言及されるような心当たりがどうにも思い浮かばず、不安交じりに言葉を返せば、呆れたように嘆息がひとつ。するりとトーマの手のひらから抜け出した指先がもう一度、今度は労わる様に頬を撫ぜていった。いつの間にかその双眸からは眠気が抜け落ちており、さざ波ひとつすらない水面めいた静謐さでトーマを映し出している。今日も綺麗だな、と思考の片隅で本能が呟いた。
    「誰よりも熱心に世話を焼いているそうじゃないか。今年も、花を恋人にするつもりかと呆れられるくらいには熱を上げていたようだね」
     ぴと、と口の端まで降りた指が止まる。柔らかな笑みと口調はそのまま、どこかからかうような色を帯びて言葉が続く。トーマはといえば、主の話はしっかりと聞きながらも、一方ではそのようなことを主に告げ口するのは恐らく庭師の老爺あたりだろうかと検討をつけていた。主の生まれる前からこの屋敷に勤める、トーマでは中々頭の上がらない相手だ。どうにも気恥しい気持ちに熱を持ちそうな頬は果たして誤魔化せているだろうか。にっこりと笑顔を作って見せた主にはそのあたりもお見通しのような気がしてしまう。
    「私を思って、この花に触れるのはいいよ。けれど、そんな風に言われるくらいこの子を愛でるのは、」
     ふと、静かに紡がれていた言葉が不意に途切れた。うまく言葉が見つからないのか、小さな唇が開きかけては閉ざされる。部屋に唐突に落ちた沈黙を埋めるのは微かな雨の音だけで、さあさあと響くそれを聞くともなしに聞きながら、トーマはぱちりとひとつ瞬きをした。
    「若」
     紫陽花を熱心に世話をするトーマの何が、彼の心の琴線に触れたのだろうか。その心を探るように言葉と視線の意味を考え意図を察そうとしながら、もしかしたら、と都合のいい妄想に背筋がざわめくようだった。
     先の物言いは、悪戯めいた響きの中にも、僅かに熱を孕んでいなかったか。トーマが紫陽花を愛で、心を込めて触れることに、主から何の文句があるという。常日頃はむしろその仕事ぶりを何度も褒めてくれる彼が、この花に限って、今年に限って――老爺の冗談交じりの告げ口を聞いた後に限って、トーマに何かを告げようとする、など。
     まるで、彼がこの紫陽花に――。
    「……私は、いったい何が面白くないのだろうね」
    「面白くない、ですか」
     ぱち、ぱち、と長い睫毛を上下させながら、不思議そうにつぶやきが漏れる。その言葉を逃さず救いあげ、彼の瞳を覗き込むように顔を寄せ、常のそれからはかけ離れた不器用な主の言葉の真意を少しずつ引き出していく。
    「この紫陽花に、トーマが……こんな風に降れる、と思うと」
     腰を捉えたままの男の腕を撫でながら、心底不思議だというように微かに首が傾けられ、その拍子に青みを帯びた白銀色の髪が首筋にかかる。楚々とした品のある所作を心がけている彼が、時折、トーマの前でだけは見せるこういったいとけない仕草にさえ、今日もトーマの心臓はときめきを訴え早鐘を打ち始めた。かわいい、とこぼれそうになった言葉を呑み込む。主はまだ話の途中で、自身の気持ちの在りようを言葉で解そうとしているところだ。不敬もいいところである。
     そんなトーマの内心など知らないで、主はもう一度己を捕える男の頬を撫でた。輪郭をなぞって、口元を滑り、何かに気づいたかのように指先が慄く。
    「あ、」
    「若?」
     逃げを打とうとする身体の動きに、トーマはいち早く気づいた。戸惑いを映し出す瞳の揺らめきはトーマでさえ察せるほど明らかで、怯えるように離れていった手を捕え、逃がさないと言わんばかりに腰を強く抱き寄せる。逃がしてはいけない、とトーマの本能が訴えていた。ここで、彼の言葉を逃してはならない。主のこころの強さは、きっと、すぐにこのほころびを繕ってしまう。神里家当主でない自身のこころの動きなど、彼にとっては最も無為なものだ。悲しいほど強く、優先順位を決して過たないひとだから、きっと今の揺らぎもすぐになかったことになってしまう。そうさせないために、トーマはいつだって必死で手を伸ばして、縋りついて、求めてきた。だからこそ、今宵の彼の言葉を、彼のこころに生まれたさざ波を、決して諦めるつもりはなかった。
    「若、若……大丈夫ですよ、教えてください」
     ふる、と小さく首を横に振る男の、小さな耳に口を寄せる。ぴったりと身を寄せて、耳孔に吹き込むように甘い言葉ばかりを紡ぐ。
    「若は、俺が紫陽花を愛していると思ったんですか」
    「……そう、だったら、面白くないなと」
     その向こうにあるこたえを、もう知っている声だった。だからトーマは、己の優越に従って、ことさらに声を甘くする。
    「若は……紫陽花に、嫉妬したんですね」
     小さく肩を揺らした主は――声もなく、ひとつ頷いたようだった。
     それが答えだった。ただそれだけのことだった。愛するひとが、己以外を愛でることに対して、やきもちを妬いた、それだけのこと。
     それでも、神里綾人というただの青年にとっては、きっとはじめての感情だった。『恋』というものについてどうにも幼い情緒が初めて味わったそれを、中々言語化できなかったほどには、予想外のものだったのだろう。ひとですらない相手に嫉妬をしてしまったなどと。トーマの愛を疑うようなことをしてしまったと、羞恥と情けなさに身を縮めてしまって。むしろそうさせたトーマをこそ責めるべきだろうに、そんなことを思いつきもしないのだから、なんとも愛らしいものだ。
     だからこそ、もっとどろどろと粘つくような――トーマの胸の内を時折満たす醜い感情を、どうか知らずにいてくれたらいい。ひそやかな願いはすぐに、そのような不安を抱かせることなどさせないという誓いに代わる。トーマは、ただ彼に幸福な恋をしてほしかった。溺れるほどの愛で、こころも身体も満たされてほしかった。この気持ちには果ても底もないのだから、彼のなかの未だ幼い恋の器があふれるほどに注ぎ続けようと強く思う。まずは、今もなお腕の中で身を小さくするひとを、いっそう愛さなければと抱きしめる力を強くする。
    「は……情けない、こんなことを、私は……」
     ぽつぽつと続く自罰的な言葉をこれ以上紡がせるつもりはなかった。耳朶に、頬に、こめかみに。口づけをおくって、彼の意識をトーマ自身へ向けさせる。
    「若、オレ、嬉しいですよ」
    「……トーマ?」
    「あなたに愛されていると、今日も実感できました」
     その身体を愛でることを赦されても、誰より傍でそのこころに触れさせてもらっても、それでもまだ飢えは常にある。トーマにとっての恋は貪欲なものだった。数年間飼い殺してきたが故の渇仰は、彼の嫉妬にすら悦びを覚えてしまうほど節操がないのだ。もちろん、その獣の腹が満ちるまで彼を貪るようなことはしないし、ようやく交わした思いを試すようなことこそしないが。むしろ彼への愛を注ぎ続け彼がそれを受け止めてくれることが最も満足に繋がっているので、これからも惜しみなくトーマの想いと欲とを注ぐばかりだが。
    「それに、嫉妬をさせてしまったのは、オレです。誓って、あれを若のように愛したことはありませんよ。あなたのために、あなたを思って、触れているだけです」
     トーマがあの紫陽花を育て始めたのは、雨の間は屋敷に一層こもりがちになる主の目を楽しませるためだ。あのいろどりを決めたのは、他のどの色彩よりも主の美しさを引き立てるからだ。誰よりも熱心に手入れをするのは、主の目に映るものはすべてトーマが整えたかったからだ。
     なにより、主が初めてこの花を褒めてくれたことを、トーマは今でも忘れられずにいるから。
    「全部、あなたのためだけに、オレがそうしたいから、してきました。……こんな風に触れるのは、若だけだ」
     じ、と静かにトーマを見つめる瞳に、今の己はどう映っているだろう。小さな好奇心にひかれるままに顔を寄せ、ひとくちで食べてしまえそうなほど小さな口唇に甘く吸い付く。ふにふにと柔らかな下唇を食んで、角度を変えて唇同士を擦り付け、舌先で擽ってから解放する。甘いだけの、幼い口づけに、それでも思いのたけを込めた。このくちびるで触れるのは、恋人である彼をおいてほかにはいないのだ。
    「……私は、トーマのその気持ちを疑ってしまった」
    「おや、オレの怠慢をお叱りにならないんですか」
    「そんなところまで、トーマのせいにはできないよ」
    「なるほど。それなら、」
     ぽかん、と目を見開いていた彼の頬がぶわりと紅に染まる。今日も今日とて、トーマの想いをただしく受け取ってくれたようだ。その熱量に引っ張られるように瞳を潤ませて、戸惑ったように視線を伏せた彼は、それでもやはり愛しいほどに頑固だった。なるほどそれならば、と今度は彼の身体をそのまま褥へと押し倒してしまう。え、と喉からこぼれた声ごと呑み込むように、今度は先ほどのそれよりも深く、明確な意図を以て口づけを落とした。
    「疑いようのないほど注がせてください」
    「ん、まって、トーマ……っ」
    「大丈夫ですよ、明日もオレがついています」
     未だ先ほどまでの欲の残滓が残る肌をひと撫ですれば、ぶるりと白雪のような肌が震えた。彼の欲に火をともす方法など誰より熟知している。夜明け色の瞳に浮かぶ戸惑いがじりじりと溶かされ、触れられる度にトーマの愛を貪って安堵にほころぶさまをつぶさに観察しながら、ちらりと頭上の花を見た。青と白の清廉な花弁は、それでもどうしたって、このひとの輝きには劣るのだ。それを誰よりも知っていてほしいひとにだけは、中々伝わっていないようだったが。それは今宵一晩でじっくりたっぷりと注がせてもらえばいいだろう。言葉だけでも、身体だけでも足りないのなら、そのどちらをも尽くして、トーマの魂から生まれる無尽蔵の愛を伝えて見せよう。一生涯をかけたとしてもかまわない。果ての先まで彼の傍に在ることを、トーマは、とっくの昔に選び取っているのだから。
     まずはこの一夜が明けるまで、何もかもを忘れられるほどに愛して見せよう。もとより今宵は雨の底、どれほど抱き潰したところで全てを雨音が秘してくれるだろう。

     あまく花開いた主を愛でるけだものが、どれほど熱烈に愛を囁き抱きしめたのか。
     そのすべてを見ていた紫陽花の花は、翌朝のうちにひっそりと主の私室から失せていたのだった。
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