ロバート・フィネルマン(アドニスの外見が30くらいの見た目)
映画監督。若くして映像会社のお偉方に気に入られるレベルの実力を持つ鬼才。スキャンダルで業界を干され信用が地に落ちた。本人は何も悪いことをしていない。天才ゆえのやっかみに加え、本人がやや精神病質的なので集団でやっていくのにキツくなりそのまま落ちぶれる。のめり込みさえすれば周囲のことはどうでも良くなるらしい。監督をさせられた企画に恵まれなかった。
ウィリアム・ワイルダー(ミズキの外見が20後半くらいの見た目)
元ピアノ奏者。ロバートに見初められ役者を志す。クラシカルな美貌を持つ天才。自分の美貌と実力に絶対的な自信がある。王者のような風格を持つ。弱いやつのことはよくわからないし、顔面の良さと努力で相手を圧倒して今までどうにかしてきた。
冒頭、ウィリアムが出演した映画がアカデミー賞を取る。主演男優賞。
喝采の中にいるウィリアム。
一転して場所が変わる。綺麗なオフィス。その中にいるプロデューサーに話をつけるウィリアム。
「主演男優賞、とりましたよ。俺はこれまでこの会社にきちんと利益を還元してきた。約束を果たしてくれますよね」
売れっ子俳優のウィリアムには密かな野望があった。それに頷くプロデューサー。
「監督は誰にやらせるんだい」
「ロバート・フィネルマン」
「なるほど。それなら僕もやりやすい。でも彼業界やめたんじゃなかったの?」
「休業してるだけですよ。俺が営業再開させます」
ウィリアムの夢は、自分が一番輝く映画を自分がプロデュースすることだ。
彼には過去一度共演して心底惚れた映画監督が居た。彼の名前はロバート。
しかし彼は映画監督を辞め、みすぼらしいこじんまりとした書店の店員として働いていた。夢破れたのだ。
そんなロバートに次自分が主演をする映画の監督をしてくれないかと、声をかけるウィリアム。
「もう監督はやめた」
「いいや、なんと言われようと俺は君が欲しい」
「熱烈だな。君ほどの人物なら他に当てはいくらでもあるだろうに。悪いが身に余る役をこなせる自信がない」
ウィリアムの申し出を断るロバート。
その後もロバートにアプローチをかけ続けるウィリアム。
いくら口説かれても自分のダメさを列挙して首を縦に振らないロバート。
「どうか俺を信じて欲しい」
彼の心を開く出来事の後、ロバートに監督として就任してもらう。
監督に就任したロバートは久々の現場にてんてこ舞い。
だが当時の感覚を思い出し、創造的活動が何よりも楽しいことを思い出す。
そんな矢先、彼のトラウマが再発。スキャンダルで汚名を着せられ、人に裏切られた過去がある。彼は陰口にめっぽう弱く、自分がここに相応しい人間ではないと付け焼き刃の自信を無くしてしまう。映画撮影の最中、彼は耐えきれず逃走してしまう。
「そうだ、僕は僕にはあんなにキラキラした場所は不釣り合いで……夢を見たのが馬鹿だった。誰のことも信じられはしない。またおべっかに乗せられた、なんて惨めなんだろう。なんて自分は馬鹿なんだろう」
そんなロバートに裏切られたと怒るウィリアム。
監督の代理を立てて撮影を進める。自分も主役なので現場に穴は開けられない。
毎日連絡をするが届かない。あいつの映画にかける情熱が再び灯るのを、しかとこの目で、目の前で見つめたはずなのに。逃げるだなんて。監督としての誇りを、作品への責任を裏切るだなんて!なんてやつだ!
しかし、別のやつが撮る自分に満足できない。ロバートの悪口を言うスタッフにブチギレてしまう。そんな自分を客観的に見て、自分の原点はロバートで俺はどうしようもなくあいつの作るものが好きなんだと確信する。撮影を一週間だけ止めて、その間諸々発生する費用は私財を投げ打つと啖呵を切る。
あいつに俺を撮って欲しい。ただそれだけの気持ちでウィリアムはロバートの元へと赴く。
ロバートは悲嘆にくれていた。自分の情けなさ、才能の無さ、覚悟のなさに本気で死んでしまおうと思っていた。思っていたが、死にきれず高い高い崖の上で途方も無い空を見上げてみっともなく泣いた。死ぬのは怖いのだ。ひとしきり泣き終わると、愛車のホンダCR-Vに乗って、ハイウェイを鼻をスンスンと鳴らして運転した。故郷へと帰ろう。
映画監督をめざしてやってきた都会から離れ、数年ぶりにのどかな田舎にある実家に帰ってきたロバート。両親は温かく迎え入れてくれた。
父親との会話
「僕、結局駄目だったな……応援してくれたのに」
その言葉に親父もミュージシャンになりたかったが夢破れたこと、今は家庭を持って妻が居て息子が大きく育ってくれたことに感謝していて、それを自分の幸せだと感じていると言う。
「あんなに弾いたギターもいまじゃ埃を被っちまったが、いい思い出だよ。あれがなけりゃ母さんとも出会えなかったしな」
「お前もゆっくりでいいから、新しい幸せを探すといい」
そう酒を傾ける父に「そっか」とにこりと笑い、子供部屋に帰るロバート。
ロバートの部屋は映画のビデオだらけだった。そして何十冊も丁寧に棚に収められたノートには映画を見たあとの分析ノートと自分で書いた企画書や脚本が詰まっている。それをパラパラとめくり自嘲気味に笑うロバート。
「何が映画しかないだ」
それらのノートを棚から出しビリビリに破いてぶん投げる。
舞い散る紙くずを見て思い出す。極寒の冬の日に撮った雪景色を。
それは彼の撮った作品の中で1番栄誉な賞をもらったフィルムだ。それに主役で出演したのはウィリアム。彼の役者としての強さ美貌、全てを引き出した映像。その光景が目に焼き付いたまま離れなかった。もう超えられないと思った。過去の自分を。それでも確かに映画を撮るのは楽しかった。だけど過去の評価は自分にまとわりつく。本当に本当に自分には映画しか無いと思ったんだ。たしかにそう思った。音楽を辞めて社会に迎合した父親の姿をティーンの時に見て何を思った。僕は、僕はそんな情けない人生を送りたくはないと、そう思ったんじゃないか。自分だけは違うと、そうあの頃は上を向いていた。
うつむいた視線。ぽろりと片目から涙が伝う。死んでしまおう。今度こそ本当に死んでしまおう。映画に人生を捧げたのだ。命を燃やされたのだ。作れないなら死んでしまったほうが、この先惰性でのろのろと老いていくよりずっと幸せだ。
持ってきた鞄の中を漁り、何度も何度も自宅で結んでは気が変わって解いたロープを、しっかりと結んで部屋の梁に括り付ける。椅子を真下に置き、上り、輪っかを首にかける。あとは足元を蹴って窒息死するだけだ。父さん、母さん、ごめんなさい。三十路を超えた男が情けなく涙をこぼしながら、今宙に浮かぼうとする。
そんな時外でけたたましいクラクションが鳴る。こんな夜中になにかと思って、真正面の窓から、外を見下ろせばウィリアムが家の前に立っていた。乗ってきたであろう高級車は雑に停められ、窓のそばに立つ自分を一心に見つめている。
「ロバート!!出てこい!!!!」
鬼気迫る美人の迫力に遠目からでも、たじろいてしまうロバート。
首から縄をほどき、へなへなと座り込んで身を隠す。やばい。居場所がバレた。怒っている。思わず手に口を当てて息を殺した。ホラー映画の殺人鬼も真っ青の気迫だ。
ウィリアムはつかつかと肩を怒らせながらも毅然と歩き、ドアを叩いた。何事かと玄関へ向かう両親の足音が聞こえる。しまった!だが外に出る勇気はない。遠い玄関でやりとりする音を聞きながら、バリケードを作るか悩んでいた所、足音が自室の前にやってきたことが分かる。
「ロバート、出てきてくれ」
ウィリアムの声だ。さっきの怒号に反し、いくらか落ち着いている。
「俺にはお前しかいないんだ」
「ほ、放っておいてくれ」
震えた声で返すロバート。
「嫌だ。何回でも頼みに来る。お前しかいない」
「僕より才能のあるひとはいくらだって……」
「いくらだっているが、俺はお前がいい」
「どうしてこんな僕に固執するんだ!」
「ロバート・フィネルマン。俺の初めてを奪ったのはお前だ」
ウィリアム・ワイルダーはもともと役者を目指してなんかいなかった。彼はクラシック音楽を真剣に学ぶピアノ奏者だったのだ。目眩のするような美貌を持つ彼がピアノを奏でる姿はそれはそれは様となっていた。ジャズクラブでピアニストとして賃金を稼ぐ傍ら、一流の大学で一流の音楽を学んでいた。そんな彼にひと目惚れたのがロバート・フィネルマンだった。彼を見るやいなや、クラブで演奏するウィリアムの前に跪き「君を永遠にさせて欲しい」とバラ色に染まる頬で、流星のきらめくまばゆい瞳で見つめたのだ。
はじめはナンパかなにかかと思ったが、自分がこれまで見てきた中で、あんまりにもまばゆい瞳だったのでウィリアムは演奏の手を止めてしまった。
「チップなら、そちらに」
いくらか紙幣や硬貨の投げ込まれた缶を指差し、できるだけ冷たい声で動揺を隠した。
ピアノの鍵盤をもう一度叩こうと構える。
「いくらでも出す。君を撮らせて欲しい」
1音、Gの音がなる。
「撮影は禁止となっております」
「違う!君を主演に映画を撮りたいんだ!!」
「はあ?」
ウィリアムの役者としてのはじまりはロバートだった。
学業が忙しいからと断っても根気強く自分の元へ口説きにくるロバートに、ウィリアムは最後の最後で折れた。名も知らない監督の映画に出演する、自分にメリットのある話ではなかった。そんなことに時間を割くくらいならば、ピアノの修練に励まなくてはいけないのだ。音楽祭で賞を取り、いずれはスカウトの目に入らなくてはいけない。厳しい試験を乗り越え、良い成績を収めなければならない。一族が望む偉大な演奏家になるにはそうするしかなかった。
しかしウィリアムはロバートの作り上げてきたこれまでの作品に心を打たれた。音楽一家に生まれ、音楽にしか興味を持たせてもらえなかった男が、シネマスクリーンに釘付けになったのだ。ロバート・フィネルマンはウィリアム・ワイルダーの心に火をともした。そこから始まったのである。彼の役者としての人生が。
「ところで、どんな話なんだ。あなたが書いた本は」
「1人の美しいピアニストが、才能をほしいままに美しく破滅していく話さ」
「そりゃ、なんつー皮肉だよ」
そこから彼はロバート・フィネルマンの求める主人公になるべく、決死の覚悟と努力をした。幸いウィリアムは飲み込みが早く、馬鹿みたいに厳しいピアノの練習にこれまで耐えてきた。それだけの忍耐力があった。演技をめきめきと上達させ、技術を会得していった。元々ピアノのプロだ。演奏もロバートが求める以上にこなせた。
そうして他人の人生を他人になって歩む感覚を、彼は初めて知った。役と一体化することで、見たことのない世界を見た。これしか無いと思ったのだ。自分の歩む道は。そう決めたら彼の行動は早かった。さっぱりと大学をやめ、家族からの反対を頑なに押しのけ舞台への道へと踏み出したのだ。
クランクアップからしばらく立った後、彼の初主演作品は最初こそ評価が伸び悩んだものの、とある評論家の評価を皮切りに栄えある賞を受賞するまでの人気作となった。無名の監督と、無名の俳優。成功の道への第一歩だった。
しかし時間は過ぎていき、かたやいくつもの有名作品に出演する有名俳優、かたや何本か映画を世に出したものの、あれ程のヒットは飛ばせずスキャンダルで映画界を追われた曰く付きの監督。
俳優としての忙しい日々に追われ、名声をほしいままにするウィリアムは、ロバートの事を気にかけていた。そうしてとある制作会社のプロデューサーと話をつけたのだ。自分が充分すぎるほど有名になったら、自分の好きなキャスティングで映画を一本撮らせて欲しいと。最初からウィリアムはロバートを監督に据え置く気でいた。
ウィリアムは自分に役者として生きる喜びを教えてくれた人が、才能がこのまま潰えていくのが我慢ならなかった。
「俺を永遠にしてくれるんじゃなかったのか」
扉の前、悔しげな表情で歯を食いしばるウィリアム。
その言葉に目を見開き、唇を震わせるロバート。
「君はもう十分と言っていいほど世界に名を残した」
「足りない」
ウィリアムは低く声を出す。まるで獣の唸りのように。
「俺はまだ28だ。お前と初めてやってから7年。これから先、死なない限り俺は役者をやめない」
ドンッと扉を叩くウィリアム。
「いいのか、これから先俺は老いる。美しく老いていくぞ。お前の手の届かない場所で。美しい青年以上の役をこなす俺が、お前じゃあない奴の手で、歴史に残り続けるんだ。お前に劣る人間の手で、永遠に名を残す」
ゆっくりと、最高級の顔をした男は唇から言葉を奏でる。
「我慢できるか?」
永遠かと思われた数分の沈黙。扉は静かにゆっくりと開かれた。
部屋の梁に括り付けられたままのロープを一瞥し、ウィリアムは天使のような悪魔の笑みで扉の前で呆けた顔で立つロバートの胸ぐらをつかんで捕まえた。
「ロバート・フィネルマン。死ぬなら俺と共に死ね」
「悪魔め」
かすれた声でロバートは返す。
「俺の魂はとうの昔にお前にやったんだ。お前の魂も俺に寄越せ」