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    ネファ ネロの親愛ストーリーの内容を多少含みます。具体的なイベスト内容の描写はありませんが、ひまわりのエチュードより後のお話です。

     肌と服のあいだにすべりこんでくる風に身を縮こまらせなくてもよくなってきたというのに、北部はまだ空気が噛みついて襲ってくるような寒さを保っていて、目を細める。誰にも聞かれないよう口の中で舌打ちをした。長い間暮らしてきた土地はもっと厳しい気候だったというのに、体はどうにも快適な環境への適応が早い。

     賢者の魔法使い宛てにとどく依頼は、大いなる厄災の影響による異変に関するものを募っているが、はずれることもしばしばある。むしろはずれることが増えてきた気がする。大袈裟に表現すれば緊急性が高いと判断される、そんな小狡い手法が広まってしまっているらしい。
     便利屋に転職した覚えはないけれど、魔力の高い生物との戦闘に比べれば、雑用とも言い換えられる仕様もない依頼の方がずっと楽でいい。いや、それだとシノの不満がたまるだろうから、適度に――十回に一回くらいの頻度で戦闘を伴う内容がちょうどいいのかもしれない。
     今回の依頼はシノには残念ながらハズレのものだが、辺境にある田舎は人の目も少なく、ネロにとっては大当たりといえた。もちろん依頼がないのが一番だが。
     依頼は東の国からだった。北の国近くにある積雪地帯で、老夫婦が所有している向日葵畑の枯れ草を集めてほしいとのことだ。枯れ草といっても、ネロの背丈をこえる高さのものもあり、瘦せこけた木と表現した方が適切に思えた。

     ファウストの指示で、畑をおおまかに四分割し、それぞれの持ち場を決めて作業することにした。もちろん、自分の持ち場が早く片付いたら他の区画を手伝ってもいい。これはシノに向けたルールだ。
     ファウストはかしずくようにして茎を握り、優しく手折った。長いそれを肩に乗せ、次の向日葵に手を伸ばす。
     魔法を使えばここら一帯、十秒くらいで終わらせられる。自身を慕う男に対して魔法を使うよういつも言っている。そう思っても口にすることはなかった。相手の感情を逆撫でしないよう慎重に言葉を選ぶ禁漁を避けたかったわけでも、不注意で彼の心を傷つけてしまうことに怯えているわけでもない。彼が素手で臨む理由がはっきりとわかるからだ。
     もちろん、場所も依頼内容も、あの時とは異なる。ここにある向日葵はただ季節の流れに従って枯れただけで、誰の意志も背負っていない。ただの植物にすぎない。それでもなんとなく、いくら茶色くかたく姿を変えたとはいえ同じ姿をしたこの花を、魔法でかき集めて終いにしてしまうには胸につっかえるものがある。ヒースクリフとシノも何も言わず、魔法を使わず、作業にとりかかっていた。

     枯れた向日葵は、皮膚のかたい手のひらのなかでぽきんと音を立てて簡単に折れる。まるで生き物にそぐわない、軽快で乾いた音だ。自分もいつか、こんな音をたてるようになる。
     人間であれば死んだあと自然に同化できるのに、魔法使いの体ではそれは叶わない。
     植物や生物、そして人間の生と死を何度も見送ってきた。川の中で突き出た岩のように、魔力の宿らない幾多の命は、自分を掻き分け勝手に流れていってしまう。
     腐ることも、燃やされて灰になることもできない体。人間の文化が堆積してできた社会というものがなかったとしても、自然の時間のなかで爪弾きものの存在に違いない。
     死後、自分の石なんて誰にも欲されないのだろう。
     人間の手に渡って、魔法科学の一時的な道具として消費されるのだろうか。それはどうにも癪で、この長い人生の割に合わない気がする。しかも運悪く料理の過程を自動化させる道具に使用されたら。想像するだけで胸焼けするほどの怒りがわいてくる。
     もし大いなる厄災を完全に撃退なんてことができたら。博物館やグランウェル城にでも飾られるのだろうか。大層な装丁の中で讃えられる死体は想像だけで肌が粟立つものだった。
     結局死に対しても――それもただの妄想にすぎないというのに、こすひてうじうじと言い訳めいた戯言を並べる自分にため息が出た。

     肩に乗せている束もだんだんと重くなってきた頃だった。雪をかき分けながら進む爪先に、違和感をみつける。雪や土とは異なり、ネロの足の下で踏みしめられずに、反発してくる感触がある。
     しゃがんで雪を掻き分けてみると、冬の弱い陽光を鈍く反射する、金属のようなものが見えた。周辺の土も退かせてみると、現れたのはネックレスだった。
    「……」
     雪の降り積もる音に埋もれてしまいそうなほどの囁き声で、呪文を唱えた。ネックレスを汚している土や雪を細部まで丁寧に落とす。錆のない様子をみると、きっと長く身に着けていられるように、金属の種類から考えて大切に選んだものなのだろう。
     全部終わった後に依頼主に渡そうとポケットにしまう。その瞬間、「ネロ」と背後から声をかけられた。
     ファウストの声は大きくなくてもよく通る。陰気だなんだと自称しておきながら、声や姿勢に芯があるところには、出身国の気性があらわれていると思う。ファウストに対してそんなことを思うくせに、自分にも生まれた土地の気性が表れていたら、それは短所としか捉えられないだろう。
     ファウストは怪訝そうに眉を潜めていた。言いたいことを察して、手をひらひらと振った。
    「拾ったんだ。 あとで渡そうと思ってポケットに入れただけだ」
    「……そうか」
     繊細なチェーンを両手の指にひっかけ、広げるようにしてファウストと自分の顔の間に掲げる。
     淡い夕日に照らされる端正な顔立ちがチェーンの輪の中におさまると、まるで絵画のようにみえた。もしかしたら、そうなっていたかもしれない。何枚ものキャンバスの上に、どれも美しく勇ましく描かれ、丁重に飾られ崇められる未来が、彼にはかつて存在していた。
    「ペンダントなら、いいかもな」
    「……なんの話だ」
    「死んだあと、自分の石をどうされるのが理想かって話」
     ファウストは再び眉間にしわを寄せた。慌てて「最近飲んでる時にそんな話になって」、と取り繕う。直後に、ここしばらくは専らファウストと二人で晩酌をしていたことを思いだす。他の魔法使いと、任務で入れ違いになっていたというのもあるけれど、自ら進んでそうしていた気がする。
     咄嗟に取り繕うとした割には、どうしてかいまの言葉がファウストに届いた満足感がある。
     ふと思いついただけの考えを他人の前で零すなんて。酒を一滴も口にしていないのに。
     それでも、突然変なことを口走ってしまったという後悔の念は薄く、ファウストに聞いてほしかったのが本心にも思えた。
     ファウストは小首を傾げたが、おかしな感傷に浸るネロを気遣ってか、それ以上は追及してこず、作業に戻っていった。

     手折っては、前を向いて。その動作に合わせて揺れ動くネックレス。屈むたびにたわんで、背を伸ばすたび体に寄り添うように服の上に落ちるそれ。ファウストを横目で見て、さっきの言葉はやはりあながち嘘や冗談ではないと思う。
     ファウストと一緒になんでもないときを過ごしてゆけるのは悪くないだろう。いまだってそうだ。
     石になってファウストの体に取り込まれたいかといえば、それはちょっと遠慮したい。
     きっとネロの石を取り込んだら、ファウストは自分の体を自分の思うままには扱えなくなるだろう。自傷行為、暴食、あるいは性的な行為とか。そういったことをするファウストの姿は想像できないが、あらゆる行為について、ネロのことを思い出して遠慮しそうな、そんな気がしている。ネロの想像のなかですら一際優しい彼の人生の、制限にはなりたくない。
     だから、一緒になるのではなく、心臓の一番近くでときを過ごしたい。それはいま考えられるなかでいちばんすきてきなゆめに思えた。

     積み上げた向日葵の束を納屋に運び、完了の報告をした。当然ながら、シノが一番多く刈り取っていた。おかげで力を使わなかった分、晩御飯によりをかけてやろう。満足するまで労って、褒めてやろうと思う。
     ペンダントもちゃんと手渡した。夫人は目に涙を浮かべて喜び、何度も感謝の言葉を口にした。感謝されるのは悪くないものだが、あくまで偶然見つけただけなので口端が曖昧に吊り上がる。
     主人は夫人の手からペンダントを取り、夫人はそれに合わせて主人に背を向けた。金具を留めるのは目がかすむのか少し手間取っていたが、それ以外の二人の動きはあまりになめらかでよどみがなくて。きっとこんな日々を何度も繰り返して、共に時を過ごしてきたのだろう。

     箒で飛び立つ直前、シノが「俺が見つけたかった」とぼやいていたのが微笑ましくて、夕飯の量を増やすだけでなく、レモンパイも焼いてやろうかと考える。冷蔵庫の材料の記憶を探っているときだった。
    「ネロ」
     さっきとおなじように、ファウストの声が自分の名前をなぞる。すぐ隣に、ファウストがいた。
    「さっきのことだけど」
    「さっき?」
     ネロの問いにファウストは答えず、前を見つめて呟いた。
    「僕にはまだない」
     数秒咀嚼して、自分が口走ってしまった話題だと気付いた。別に返答を求めてはいないのに、ネロの言葉に律儀に向き合ってくれる。つい晩酌に誘ってしまう理由はここにある気がした。
    「でも」
     どこかぼんやり前方に向いていた視線がしっかりとネロを、ネロだけを捉える。
    「決まったら、君に聞いてほしいと思う」
     凍える空気を切る音が耳元で鳴っていたはずなのに、急にぴたりと全ての音が世界から消えている。
    「……はは」
     笑い声に似たなにかを漏らす。全身から力が抜けるような、汗がふきだすような。叫びだしたいほど激しい喜びのような、心臓をきゅっと締め付ける痺れのような。適切な言葉が見当たらなくて、ただ見つめ返すことしかできなかった。
    「……忘れてくれ」
     からかわれたと思ったのか、拗ねたように口をとがらせて、ファウストはまた前に向き直る。
    「いや。 たのしみだよ、すごく」
    「……」
    「それもそれでよくないか。 悪ぃ」
    「いや……」
     顔をあげて、目を合わせて。地平線の向こうに沈みかける直前、最後にありったけの力を振り絞るような太陽の光が眩しくて。それ以上の言葉はなく、だけど互いに頬を緩めた。
     したいをどうされたいか、なんて。途方もなく不健全な願望の話題だ。だけどそれを語らう予定は、まるで酔いが回ったときのしあわせなうわごとのようで、あまりにも温かい約束のようで。とくんと一拍、僅かに大きく心臓が脈打って、体温がほんのすこし上がった気がした。
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