KRONE――いつもの夢だ。
ひんやりとした風が頬を撫でた瞬間、唐突にそう思った。
周りは石造りで暗い、音の反響からして相当に広いのを覚えていた。足元にはぼろぼろの、たぶん絨毯だったものがまっすぐ奥へと伸びている。これをたどっていけば椅子がひとつあり、その後ろに扉があったはず。開かないけれど、それに触れれば目が覚める。
「…………」
いつもの夢だ。だからすぐに目覚められる。そのはずだったのに。
「………?」
水の音がする。『いつも』とは違うそれに、心臓が踊りあがった。ゆっくり歩み寄っていくと、暗闇の中になにかが見えた。
「?」
誰も座っていない椅子だったものは、石造りの大きな玉座に変わっていた。そこには影が落ちている、誰か座っている。
「あ」
自分の声が響いた。座っている人影は動かないけれど、その衣裳は見慣れたものである気がした。
ざりりと己の足音が響く。古めかしい、おとぎ話に出てくるような『王冠』を乗せた、赤毛の頭がはっきりと視界に入って――
「ローレン?」
自分の声がわあんと響いた。少なくともこの『夢』に、自分以外が出てきたことは初めてで。それが彼だと言うことに動揺して、少なからず気づくのが遅れた。
「ロー……」
ぽたん、ぽたんとなにかが滴る音は彼のほうからしていた。近づくとかすかな鉄錆のにおいが鼻につく、なんのにおいだと疑う前に、足元に広がる赤黒い溜まりに気が付いた。
「っ!」
名前は喉に絡んで言葉にならなかった。肩に手をかけた瞬間、力の抜けた細い体は前のめりに倒れる。王冠が乾いた音を立てて転がっていった。
「ローレン、ローレン!」
返事はない。冷たい体をどうにかしようと自分は必死で、けれど名前を呼ぶしか出来なくて。目をあけないその頬を、何度も繰り返し叩く。
「……!」
腕の中の体は突然、まるで煙のように消えてしまった。それでようやく、ここが夢の中というのを思い出す。
「あ」
からんと音を立てて、なにかが落ちた。ローレンがいつも身に着けていた『鍵』だ。あちこちどす黒く汚れているけれど、見間違えるはずもない。
「………おめでとうございます」
あわてて振り返る。顔の見えない誰かが、転げた王冠を拾い上げるところだった。
「先代は塵に還りました」
「なにが……っ!」
歩み寄ってくる影に、こっちは何故か動けない。白い霞がかかって、相手の顔もよく分からない――どこかで聞いたような声が、おめでとうございます、と繰り返した。
「継承は無事に為されました、その鍵と、王冠はあなたのものです」
ぼろぼろの王冠をこちらの頭に乗せてくる。
「これは、そういう、機構ですので」
ぼろぼろに荒れた指からは、煙草の香りがした。聞き覚えのある声が笑う。
「この先、どうなるか楽しみですねぇ?」
「アクシア?」
見慣れない天井が見えた。ここどこだ、今のは、と思考がぐるぐる回る中、ひょこりと赤毛が視界に飛び込んでくる。
「どした、汗びっしょりだぞ」
「ローレン……」
「なんか怖い夢でも見たのか?」
こないだのホラゲーの続きとか。けらけらと明るく笑う彼の胸に、あの『鍵』が見えて――背中がすっと冷たくなるのを感じた。