デバフ専門魔導士と辺境の研究家客が来たよ。遠くから弟の声がして、オリバーは顔をあげた。
「うん、こっちに通してくれる」
そろそろ来る頃だと思っていたけど。カレンダーの印に目を止め、小さく息をつく。
「オリバー君」
よく通る声。腰に付けたいくつもの試験管が涼やかな音を立てる。いらっしゃい、ととりあえず椅子の上の物を机に移動させた。
「……まめねこ、オリバー君のとこまでたどりついていたんですか」
ふよふよと、人魂のような、煙のような影が揺れた。こちらの頭の周りをくるくると回って、そのまま彼の手のフラスコに吸い込まれる。
「きみの声は聞こえてたからね」
それに、僕の家を訪ねるのに、先触れなんて出したことないのにどうしたの。
「どうしたもなにも。すっかり雰囲気が変わってたから、家主が代わったのかと思いまして」
今まで本棚と骨董品が並んでた壁に、鎧やら盾やら大きい斧やら。
「あれ弟のなんだ。ちょっと長く留守にしてる間に模様替えしたらしくて」
「いまさらですけど、弟くんは何をなさっておいでで?」
武器屋ですか、と聞かれて考え込む。そんな話は聞いていないのだが。
「ともかく……わたしの顔は覚えていただけていたようで」
「レオス君くらいじゃないかな、ここに『薬』を買いに来るのは」
それで今日は何を? 飲み物をすすめながらそうたずねる。
レオス・ヴィンセント――冒険者の中ではそれなりに名の知れた魔導士だ。
デバフと状態異常が専門だ、なんて言いきるし、あやしげな使い魔を使役していたりするけれど。腕が立つという噂はきれない。
「……回復薬ですね。あとは精神が高揚する奴」
「魔王でも倒しに行くの」
「魔王さまはパーティの中にいるんですよ」
聞き返していいかどうか数瞬迷った。なにやらパーティのメンバーが入れ替わったのは噂に聞いていたけれど――魔王?
「深く聞かないほうがいいと思いますよ。実はわたしも、あんまり他の皆さんの素性とか知らないんですが」
「……レオス君いつもそうだよね。はい、これ回復薬」
いつも通り水に溶いて使ってね。そう言いながら渡すと、
「オリバー君こそ、なんで『研究家』を名乗ってるんですか」
これだけの薬が作れるのなら、調合でも薬師でも身をたてられるでしょうに。
「僕は魔力が弱いから」
薬はちゃんと調合のやり方を理解しているから出来るのだし。
「直接戦闘になったら何の役にも立たなそうだしね、僕」
「アナタ近接戦闘ならいけそうな気がするんですけどねえ……」
まあわたしも、オリバー君の薬がないと回復系の魔法ひとつも出来ないですしね。
「レオス君こそ勉強すればできそうなのに」
「どうもむいてないんですよ」
そうやってはぐらかした、いつもの笑顔。
「また、よろしくお願いします」
分かった。そう笑って代金を受け取る。
この話題になるといつもレオスは深入りを避けるな――そう思いはしたけれど、口には出さなかった。
わたしはいのちに関わる魔法は、ひとつしか使えないんですよ。
いつか彼が呟いていた言葉を思い出す。
彼が来るまで読んでいた古文書には、レオスという名の魔導士が出てきていた。同名と片づけるのは簡単なのだけれど。
「………」
その魔法がなんであるのか、自分は聞けないし聞いてはならない気がしていた。