蒼の羨望昔のことを思い出す時、時々浮かぶのはあの人の穏やかな笑顔だ。
以前聞かれたことがある。
「クロウは、いつベナウィの副官になったんだ?」
「大将が侍大将になった時ですかね。指名されたんです」
「そうか。……ベナウィの慧眼には感服だな。二度と敵には回したくないものだよ」
「そりゃあちっとばかり買い被ってやいませんかね」
「いいや、そんなことはないさ」
草むらに座り、頬杖をついて俺を見上げるその人は、山積みの政務から逃げ出してきたとは思えない爽やかさを纏っている。まあ、逃走に気づいた大将が追いかけてくるのも時間の問題だが。
「クロウは、いつベナウィと出会ったんだ?」
「結構、昔ですね。大将、まだ元服もしてなかったはずなんで」
「……ベナウィはそんなに昔から軍に?」
「いや、軍にいたのは俺の方で、大将は……」
俺は口をつぐむ。
視線を前に移すと、そうか、と一言言われただけで終わった。
静かに風が通るこの場所はこの人のお気に入りらしい。
政務をサボってはここにきて、大将に連れ戻されるのが日常だが、それも平和であってこそだ。
得られることがなかったものを、今ここで見れているのは僥倖なのか、それとも。
「……総大将。そろそろ戻らないと──」
「ああ、それ」
「?」
不意に刺された指に俺は彼の方を見る。
「いつも不思議に思っていたんだ。クロウは私のことを総大将と呼ぶ。皇だからそれは分かる。オボロのことは若大将と。そして、ベナウィのことは『大将』」
「…………」
「クロウの中では、ベナウィが一番なんだな」
俺を見る総大将の眼差しに、羨望の光が見えて。
けれども、それは嫉妬でもない、あえて言えば仲の良い家族を見つめる父親のようでもあり。どうにも不思議な気持ちになる。
「……そうっすね。ただ、俺は総大将が皇でよかったと思ってます」
苦笑する彼の姿は、鮮やかに焼きついた記憶の中に眠る。