Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    水野しぶき

    インターネット作文だいすきマン
    Twitterにあげたssの保管所
    (pixivに加筆修正版あり)

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji ❤ 👼 ❤
    POIPOI 85

    水野しぶき

    ☆quiet follow

    学パロ ブラッドリーの父親の葬式
    なかなか進まないので尻叩き用

    【学パロ】ブラッドリーの父親の葬式 父親が死んだ。三番目の父だった。そのことをブラッドリーは電話で聞かされた。耳にスマートフォンを押しつけながら顔を上げると、晴れでも雨でもない、中途半端な空模様を飛行機雲が切り裂いてゆくのが見えた。
     じつの父親は、ブラッドリーが中学に上がる頃に死んだ。敵対組織の鉄砲玉に体のあちこちを打たれて失血死という、なんともあっけない死に様だったが、おなじくらい、あの男には似合いの末路だったとも思う。
     身一つで裏社会に飛び入り、たった十数年で独自の犯罪シンジケートと巨万の富を築きあげた男は、その筋ではカリスマとして崇められていたが、人間としては比較的クズの部類だった。ただ、裏も表も、クズほど長生きするというのが定石である。すくなくとも善人よりかはマシな生を送るというのが通説だ。数多の恨みを買いながらも、あの男が五十年以上も生きながらえることができたのは、まさに奇跡というほかない。
     母親のほうは、父親よりもさきに消えた。価値をなくした宝石のように路傍(ろぼう)に捨てられたのか、ろくでもない男に愛想を尽かして息子共々捨てていったのかもわからない。目元が母親に似ているとはよく言われるものの、そのじつ、ブラッドリーは自分の母親の顔すら知らないこどもだった。母親代わりの女ならば掃いて捨てるほどにいたけれど、彼女たちを母と呼ぶ気にはどうしてもなれなかったし、彼女たちは父親の死と共に離散した。その光景をブラッドリーは冷静に俯瞰していた。やはり、あれは自分のものではなかったのだ、と。
     その後、ブラッドリーは父親の無二の友人に引き取られたが、その男も結局おなじような末路をたどった。先日死んだばかりの父親は、二番目の父が特別にかわいがっていた部下の男だった。そのとき、彼はすでに家庭を持っていた。彼はブラッドリーを歓迎してくれたが、よその家庭に混ざる気にはなれず、結局すぐに家を出た。けっして嫌な男ではなかった。毎月振り込まれる生活費とかわいた書類だけが彼とのささやかな繋がりだった。
     父親が死んだと聞いて、いちおう死に顔を拝みに行って、あれよあれよという間に葬儀の準備がなされ、当日を迎えた。葬儀も埋葬もあっけなく終わり、気づいたときには、だいたいのことがおわっていた。
     葬儀後はいつものように、一同は会食場へと流れた。
     あたりを見回すと、故人よりも、実父の知人のほうが多かった。思いの外、知っている顔も多い。ブラッドリーが小学生のころ、よく面倒を見てくれていた女に再会したときはひさしぶりに目頭が熱くなった。三人の父親の葬儀では一度もなみだを流したことがなかったのに、どういうわけか、つんと胸に刺さるものがあったのだ。
     それから列席者たちと形式上の挨拶を交わしていると、凛とした女の声に呼び止められた。
    「ブラッドリー」
     チレッタだった。葬儀のときには気づかなかったが、となりにはなぜかミスラもいる。
     なんでてめえが、と口に出しそうになったところで、黒いレースのグローブにつつまれた腕が蔦のようにミスラの腕に絡みついていることに気づいた。さしづめ、エスコートの役目を押しつけられたというところだろう。
     ハグを求められたので、しかたなく応じる。女の体からは瑞々しい花の匂いが香った。アイリスだ。どんなに高価な香水よりも、実の父親が好んだ花の匂い。心底嫌な女だと辟易しながらも、女を突き飛ばすのはブラッドリーの流儀に反するうえ、まさか葬儀会場で揉め事を起こすわけにもいくまい。
     チレッタは親父の知人だった。くわしくは知らないが、大方愛人のひとりでもあったのだろう。親父は底抜けに女好きな男だったから、いまさら驚くようなことでもない。何人もの女と関係を持ち、何人もの女を孕ませ、たくさんの子を産ませた。その中のひとりがブラッドリーだった、というわけである。
     チレッタは気遣いの言葉を少々と祈りの言葉をいくつか置いて、ほかの列席者の元へと去っていった。
     相変わらずぼうっとしている義理の息子の頬に、別れのキスを残してから。
    「相変わらず、マザコンやってんな」
    「そんなに棺桶に入りたいなら手伝いますよ。それに、あのひとは俺の母親じゃないです」
     頬にべったりとキスマークをつけたまま言う男に、ブラッドリーはため息を返す。ミスラという男の生態はなんとなく知っているものの、さすがにこういうときぐらいは、最低限の慎みを覚えてほしいものである。
    「こんなところでてめえとヤり合う馬鹿いねえよ。葬式ぐらい大人しくしとけ」
    「知りませんよ。俺にとってはまったくの他人ですから」
    「俺も似たようなもんさ」
    「父親って聞きましたけど」
    「ああ、書類上はな」
     言ってから、この男とはまるで真逆なことに気づいた。ミスラの言う通り、この男はチレッタの戸籍には入っていなかったはずである。なかよくやっているように見えても、書類上はまったくの他人なのだ。
    「はあ。よくわからないですけど、意外と面倒なんですね」
     今も昔も奔放なチレッタが氏も素性も知れないこどもを拾い、育てたのは有名な話だった。
     やる気が失せたのか、男は無言のままケータリングに手を伸ばす。ブラッドリーの家系では、式と名の付くものはすべて盛大に執り行うのが通例であり、ただの飾りのような料理も一流ホテルのビュッフェのように豪勢だ。
     ミスラはいつもように素手でスペアリブを掴み取ると、そのまま豪快に齧りついた。アルマーニのブラックスーツにぼたぼたと脂ぎった茶褐色のソースが落ちる。
     周囲の人間は唖然とした表情で男を見やったが、ミスラは一切気にすることなく、油でよごれたゆびさきを舌で舐めとった。それを見て、ブラッドリーはおもわず顔をゆがめてしまう。
    「相変わらず汚ねえな」
    「チレッタに比べたらじゅうぶん上品ですよ」
     その言葉にパーティー会場をぐるりと見回す。チレッタは実父の元部下の男と語らいながら、ワイングラスにそっとくちびるを触れさせた。上品でしなやかな一流の女の仕草だった。
    「あ、わすれてました」
     とミスラがきゅうにこちらを向く。
    「この度はご愁傷さまです」
    「…………おう、」
     突然マトモなことを言われたせいで反応が遅れる。ミスラは相変わらずマイペースで、今度はべつの煮込み料理の中に手をつっこんでいた。熱くないんだろうか。
    「チレッタが心配してましたよ。たしか、気が向いたら引き取りたいとも言ってました」
    「ぜってえ嫌だ。てめえと兄弟になんのだけは御免だぜ」
    「俺はべつに、どちらでも……あ、でも兄弟がいると兄弟喧嘩ができるって聞いたんですけど」
    「ふつうの兄弟はダウンするまでやらねえよ。せいぜい口利かねえとか、二三発殴り合ってさっさと仲直りするっつーのが定石さ。ま、てめえが加減できるってなら話はべつだが」
    「無理ですね」
    「だろ?」
     誕生日的には、自分が兄ということになるのだろうか。ミスラの兄になるなんて、たとえ想像だけでも鳥肌が立つような光景だった。こんなに物騒な弟はさすがに御免こうむりたいものである。
    「それに、べつに心配されるようなことなんかねえよ。三度目ともなればさすがに慣れる。後見人つっても、あくまでも書類上の付き合いだ。高校さえ卒業しちまえば、あとは晴れて自由の身だしな」
     後見人はすでに決まっている。一人暮らしも継続だ。父親が死んだところで、いまさら自分の生活は変わらない。最低でもあと数年の間は、いつも通りの日常がただのらりくらりとつづいていくだけだ。
    「そういえば、なんで死んだんですか?」
    「撃たれた」
    「へえ」
    「俺ん家はいつもそうだな。遺伝してるのかもしんねえ」
     三人の父親は皆、撃たれて死んだ。
     聞いているのかいないのか、ミスラはよく食べた。周囲の人間が目を向けようともしない料理に片っ端から手をつけて、もぐもぐと口を動かしつづけている。
     しばらくして、ごくんと仔牛のローストビーフを呑みくだした男が淡々と言った。
    「腹ごしらえが済んだら、弔い合戦でもします? どうせあなたも退屈でしょう?」
    「退屈なのは同意だが、弔いもなにもねえよ。この件はもうとっくに片が付いてる」
     三番目の父親を殺した人間はその場で捕えられた。その後拷問にかけられ、男はすぐに敵対組織の名前を吐いたが解放されるわけもなく、最後はゲラゲラと笑い声を響かせながら死んでいったそうだ。
     ミスラはつまらなそうに視線をすべらせた。
    「本格的に、ただの食事会になりましたね」
    「他人の葬式なんてそんなもんだろ。まあ、すきなだけ食えよ。どうせ誰も食わねえんだから」
    「言われなくても。御馳走が食べられると聞いて、食事を抜いてきました。おかげでめちゃくちゃ空腹です」
    「ワインは?」
    「飲みます。ずいぶん気が利くんですね」
    「言ったろ。退屈だって。それに素手で飯食うやつといりゃ、厄介事にも巻きこまれずに済むだろうしな」
     ブラッドリーは近くにいたウェイターを呼び止めて、赤ワインの注がれたグラスをふたつ頂戴した。片方をミスラに渡せば、「ありがとうございます」とくぐもった声が返ってくる。
    「さて、俺もなんか食うかな。どれが美味かった?」
    「どれもわるくはないですよ。これなんかはとくに食べごたえがありました」
     そう言って、ミスラが骨付き肉をゆび指す。
     ブラッドリーはすぐさま皿とフォークを持ってきて、骨付き肉にかぶりついた。ヒーターで保温された肉は未だ温かく、じゅわあと内側からしとどに肉汁があふれだしてくる。
    「お、うめーじゃん!」
     予想以上の味にブラッドリーは満足げに笑った。
    「だが、ネロの料理のほうが美味いな。あいつのほうが、俺様好みの味付けなんだよ」
    「はあ……あのひと、パン以外になにか作れるんですか?」
    「なんでもつくれんじゃね。あいつもなかなか苦労してっから」
     ネロは大家族に生まれたと聞いている。ろくに生活費を入れないような父親に愛想を尽かして、母親は早々に家庭を捨てたそうだ。それから家を出るまでのあいだ、家事の類はすべてネロが担っていたらしい。
    「ケーキもあるんですね。写真を撮って、オーエンにでも自慢しようかな」
     言うが早いが、ミスラがすらりとスマートフォンを翳す。
    「おい、送るなら時間ずらせよ。まじで来たらどうすんだ」
    「あ、もう送っちゃいました」
    「おい」
     運の悪いことに、返信はすぐにきた。
    『いまどこ?』
    『僕も行く』
     と書かれたメッセージアプリの画面を翳しながら、ミスラがちいさく首を傾げる。
    「ここって、どこでしたっけ」
    「……北三丁目。五の六の……」
    「いいんですか? まじで来ますよ」
    「いいよ、もう。俺とおまえじゃあまいもんは食いきれねえし、飯を残すのは俺様の矜持に反するからな」
     べたついたゆびさきのままスマートフォンを操作する男にため息をつきながら、ブラッドリーは目の前の肉に食らいついた。もちろん手にはフォークと皿、ナフキンなんかを携えて。

     

     オーエンはほんとうに来た。
    「はやいですね」
    「たまたま近くにいたんだ。で? ケーキはどこ?」
    「あっちです」
     ゆびを指せば、オーエンは意気揚々とケーキをとりに向かっていった。
     ドレスコードを伝えわすれたというのに(ミスラは女を誘うときの教育だけはチレッタに叩きこまれていた)、オーエンはなぜか喪服を着ている。そして彼はすぐに皿に大量のケーキを山のように盛りつけてもどってきた。
    「今日はなんのパーティー?」
     ご機嫌にケーキを頬張りながら、オーエンが視線だけをミスラに向ける。ミスラはそろそろ食事にも飽いてきた頃合いだった。さきほどもらったワインをちびちびと飲みながら返す。
    「ブラッドリーの父親の葬式だそうです」
    「へえ、そうなんだ。肝心の彼が見当たらないけど、死体と一緒に埋葬されちゃったの?」
    「さっき呼ばれていきましたよ。知らないおじさんに」
     ワインは苦く、おそらく長い年月をかけて熟成されたものだということが察せられた。ミスラにすら味の良し悪しがわかるのだから、列席者のほとんどがグラスを片手に歓談しているのも頷ける。
    「ところで、その服は? 私服にしては、すこし地味なような気がしますけど」
    「知らないおじさんが貸してくれたんだ。親切だよね」
     シャツの袖についた血を直視しながら、ミスラは「へえ」と頷いた。たとえオーエンがほかの列席者から喪服を無理やり奪ったとしても、主賓でもないミスラには、なんら関係のないことだからだ。
    「なんで死んだだろう。彼が殺したのかな」
    「殺しはやらないでしょう、あのひと。なんか撃たれたらしいです」
    「そう」
     オーエンはフォークについた生クリームを舐めとりながら頷く。
    「殺せないなんて、不幸だな」
    「そうなんですか?」
    「彼、ずいぶん父親に固執してなかった? てっきり殺したいんだと思ってた。親を越えるって、結局はそういうことでしょう」
     そうかもしれないな、とミスラは思った。
     しかし父親を殺す機会にありつける人間など、そういないにちがいない。このまえ世間を騒がせていた女子高生が親を殺したニュースなんかがいい例だ。親殺しが日常茶飯事の世界ならば、あそこまでセンセーショナルな扱われかたはしないだろう。
     何度も何度もおなじ内容が繰り返されたせいで、さして興味もない女子高生のプロフィールにミスラはそこそこくわしくなっていた。年齢は自分より一つ下で、たしか学校では評判の優等生だったらしい。
     それにミスラは父親の顔を知らなかったが、まだ見ぬ彼より自分が劣っているという自覚は一切なかった。なんの確証もないけれど、おそらく自分を捨てた親よりかは、いい人生を歩んでいるにちがいないと思っている。
    「あなたは、殺したんですか?」
     ミスラの問いに、オーエンはすこし間をあけて答えた。
    「さあ……昔のことは、あまり覚えてないんだ」
     それからフォークの先端で苺をぐさりと突き刺す。赤い汁が皿に飛び散り、白磁の陶器を汚した。
    「でも、あなたは俺にいつも半殺しにされてるじゃないですか」
    「……だからなに?」
    「いちばん以外に、価値なんてないでしょう。あなたがたとえ親を殺していたとしても、俺のほうが強いことに変わりはありませんから」
     オーエンははっとかわいた笑いをこぼした。
    「殺すよ。いつか必ず、ね。おまえの頭蓋骨を寝室に飾るんだ」
    「べつに、俺はいまでもいいですよ。ほら、善は急げ的な」
     ミスラの言葉に、彼はふむと顎に手を当てて押し黙った。
    「やめとく。お腹いっぱいで動きたくない」
    「たしかに」
     それもそうだな、とミスラは早々に戦意を手放した。オーエンははなから殺意を持っておらず、いまはただ目の前のケーキをいかに胃袋につめこむかであたまがいっぱいのようである。
     その後ふたりが黙々と食事をつづけていると、かつんとわざとらしく革靴の底が鳴らされた。
    「てめえの葬式には呼びたくねえメンツが揃ってやがるな」
     ブラッドリーはふたりを見比べながら、すこしだけ顔を顰める。けれどどこか疲労の色がにじんだ彼は、あまり魅力的な獲物には見えなかった。はあ、と大袈裟にため息をつきながら凝り固まった肩をまわしている。
    「もちろん行くよ。きみの葬式はきっと豪勢だからね」
    「そうですね。どうせなら、ジビエも用意しておいてくださいよ。なるべく新鮮なやつがいいな」
    「了解。あまいもんとジビエはぜったいに置くなって遺言書に書いとくわ」
     ブラッドリーはほぐしたばかりの肩をすくめて答えた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏🙏❤💒💖🙏🙏💞😭💴🙏💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works