ジローと滝♀「滝ちゃんあのさー。俺ビョーキかもしんないんだよねー」
そう言うと滝ちゃんは決まって俺のおでこに小さくて白い手の甲をくっつけてきた。
「お熱は無さそうだよ」
滝ちゃんはいつもの微笑みを浮かべたまま、けれどもほんの少し眉尻を下げている。見慣れた表情だった。俺は『友達の彼女』に甘えるのが大好きだった。
中学時代から続けてきた、滝ちゃんを困らせる遊びが遊びではなくなったのは、高校卒業を 間近に控えた真冬の日だった。
高等部の校舎を出て校門を潜ったその少し先にある小さな公園で、ブランコに乗ってゆらゆらまどろみに沈んでいた。
マフラーがチェーンに絡んで首を吊ってしまったらどうしようと夢の中で考えていたとき、隣のブランコにちょこんと座している滝ちゃんが白い息を吐いた。
「ジロー、あのね。今度、卒業式が終わったら、いっしょに病院に行こう」
質の良さそうなチェック柄のマフラーを小さな顎が埋まるまで巻いている滝ちゃんは、同じく巻き込んだ栗色の髪の毛を、赤くなった指の先で触れながらこちらを向いた。
髪の毛とおんなじ色をした目がきらきらと公園の外灯に照らされてひかっていた。俺はいつの間にか夢から戻ってきていた。斜めになった視界に、寒がりな女の子が小さくまっすぐ据わっていた。
「遅くなってしまって、ほんとうに、ほんとうにごめんね」
滝ちゃんはスンと小さく鼻を鳴らす。赤い目が揺れている。だけれど俺が何を言うより先に微笑んで、それから音もなく立ち上がった。軽い軽いおもりを失ったブランコが小さくふれる。
俺のすぐそばに佇む滝ちゃんの体を包む分厚いダッフルコートと制服が、つめたい風になぞられる。プリーツスカートの裾がふわっと横に倒れる。黒いタイツに覆われていても、あらわになった脚は寒そうだった。
俺はただぱちぱちと、いつになく覚醒した頭で友達の彼女を見つめていた。
「誰にも内緒にするから、私たちやっと大人になれるから、だから、かならずいっしょに行こうね」
影になった滝ちゃんの頬が緩やかになる。
俺はただ「うん」と返事をする。滝ちゃんが首を傾ける。マフラーから脱け出した栗色がハラハラと星のない空に舞う。
「ずっと、ずっとありがとね、滝ちゃん」
自分の声じゃ無いみたいに弱い音が白いもくもくになって夜に溶けていった。ふしぎだった。
けれども溶ける前につかまえてくれた滝ちゃんは、「こちらこそ、ずっとありがとねー」と目を細めて笑った。
ああ、ほんとうに滝ちゃんが友達の彼女で良かった。またないしょが増えちった。