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    Khr5fIre

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    Khr5fIre

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    フレが弱ったMルイを慰めるために嘘をつく話 酷い雨に降られた。
     持っていたのは小さなランタンひとつきりだったので、すっかり濡れ鼠である。真夜中の雨にひどく冷やされてしまえば、慣れているフレッドといえど流石に観念せざるを得なかった。

     雨と霧に霞む街路にひっそりと佇む、ユニバーサル貿易社。これといって特徴のないビルを視界に入れた時、フレッドは少しだけ目を眇めた。
     窓に蝋燭の明かりがひとつ、揺らめいている。
     出歩いている身で言えたことではないが、普通の人間は眠っている時間だ。少し、良くない予感が胸を騒がせる。
     部屋の位置を考えれば、その主が誰なのかはすぐに分かった。

    「失礼します」
     きぃ、と扉が軋む。
     どうかただの消し忘れであってほしい。眠っていてほしい。そんな願いを込めた無声音は、残念ながら無駄に終わったようで。
    「……フレッド?」
     清潔な部屋の隅に置かれたベッドの、そのまた隅。膝を抱えて小さくなったルイスがそこにいた。まるで、雷に怯えるこどものように。
     サイドボードに置かれた蝋燭が、その横顔をちらちらと照らす。
    「すみません。その、明かりが見えたので」
     言ってから、なんの理由にもならないことに気がつく。
     ルイスは多忙だ。Mとしての執務を、私室で行うことも珍しくはないのだから。
     けれど理由はなんであれ、様子を見に来てよかったと思う。緋色の双眸が、あまりにもか細い光に揺れていたので。
    「……大丈夫ですか」
     静まり返った部屋だった。
     吐息すら大きく響く静寂に踏み込むのは気が引けて、ドアを押さえたままフレッドは問う。
     ええ、と返された声。それはいつも通りの響きだった。それだけは。
    「ルイスさん!?」
     蝋燭の明かりが、雫の輪郭を明瞭に照らす。ルイスの頬を伝う、涙を。
     フレッドが駆け寄ったのは反射だった。何かから身を守るように力の籠もった、ルイスの手を取ってしまったのも。
     ほろり、ほろり。
     花弁が散るような静けさだった。
     顔を歪めることもなく、ただ涙を零し続けるルイス。きょとんと丸くなった目は、フレッドを映していた。
    「す、すみません、ルイスさん、えっと、」
     されるがままのルイスの手は、ひどく冷たい。雨に降られたフレッドと、ほとんど変わらないのではと思うほどに。
     なにか言わなければ。この手を温めなければ。そんなことを思うのに、フレッドの口は淀むばかり。
    「……ねえ、フレッド」
     零れる雫と同じくらい静かに、薄い唇が言葉を紡ぐ。はい、と返した声は、震えていなかっただろうか。
    「兄さんは、生きていますよね?」
     繋いだ手に力が籠もる。縋るように、願うように。
     揺らいだ声の端は、降りしきる雨音に消されてしまいそうに儚い。組織の長としての凛とした声ではない、三兄弟が揃っていた頃を思い出させる丁寧な口調だった。
    「……はい。きっと」
     ほんの短い返答。
     それを告げた途端、フレッドの胸はひどく軋んだ。苦い何かを呑み込んで、慰めを描く。
    「考えがあって、帰ってこられないだけだと思います。今は、まだ。……だから大丈夫ですよ、ルイスさん」
     ほろり。
     また雫がひとつ落ちて、ルイスの目蓋が下りる。ゆっくりと手がほどかれて、その指先が目元を拭った。
     ほうっと長い息を吐いて、数秒の沈黙。次に緋色が覗いたときにはもう、その瞳はいくらか凪いでいた。
    「……すみませんフレッド、変なことを聞きましたね」
    「いえ……」
     なにがあったんですかとは聞けずに、曖昧に首を振る。本当は話を聞いて、相談に乗るのが正しいはずなのに。
     そのうちにルイスがベッドから動くそぶりを見せたので、フレッドはそっと身を引いた。
    「それよりフレッド、外にいたんですか? そんなに濡れて……」
     お風呂の準備をしますから入ってください、と告げる口調に、涙の残滓はもうない。先の涙は見間違いかと思うほどだったけれど、目元に残った艶がそうではないと告げていた。
    「その、……雨で、猫が心配で」
     またも、嘘を重ねる。
     
     ウィリアムの遺体を探しにテムズ川へ、なんて。そんなこと、言えるはずがなかった。
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