Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    sakula_hana

    @sakula_hana

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 1

    sakula_hana

    ☆quiet follow

    2022/5/3スパコミ無配のサンプル。とらふゆです。

    同居中の15歳🐯と25歳❄️の、ある夜のお話。独立した短編ではなく新刊「可逆の幸福論」に付随した内容のため、新刊を購入された方もしくはpixivで既読の方向けです🙏

    後日pixivに掲載予定。

    真夜中の背徳

     猫になった夢を見た。

     夢の中でオレは黒猫になっていて、人間だった頃よりもぐんにゃりと柔らかくて軽くて少しばかり体温の高い身体を存分に伸ばしながら暖かな陽だまりの中でまどろんでいた。鉛筆の芯みたいに真っ黒な毛の上で光の粒がキラキラと跳ねて腹の向こう、後ろ足の影からオレの長い尻尾の先が覗いている。日の光に全身を包まれて気持ちよくうとうとしていたら、誰かがオレの顔の前にショッキングピンクの猫じゃらしを差し出して振ってきた。今は遊びたい気分では全然なかったけれど、それはきっとオレの大好きな誰かの手だって分かっていたからオレは額を優しくくすぐる猫じゃらしの先に丸めた手をゆっくりと伸ばしてやった。くすぐったい、くすぐったいから。分かってますよオレと遊びたいんですよね。仕方ないな、分かりましたからもうくすぐらないでください大好きな人。
    「くすぐった……」
     夢の余韻から覚めやらぬまま唇から言葉がこぼれ落ちる。ゆっくりとまぶたを上げるとオレの目の前で揺れながら額をくすぐっているのは猫じゃらしではなくて鳥の風切り羽のような中学生の一虎君の前髪の先だった。まだ夜明けには程遠い薄闇の中、規則正しい寝息に合わせて動く髪の毛にまた鼻先をくすぐられてオレは小さなくしゃみをして、逃れるように身を引こうとしたところで自分の腰が回された一虎君の腕にがっちりとホールドされていることに気づく。
    「あの、一虎君、髪くすぐったい」
    「ん……」
    「すりすりしないで、くださいって」
    「うん、やだ……」
    「どっちなんですか……」
     オレの腰を逆にますます強く抱き寄せて目を閉じたまま、おでこに頬をすりすりと擦り寄せてくる一虎君にこっちも半分寝ぼけながら迫力のない抗議声明を送る。そんなオレの言葉に緩くかぶりを振って一虎君はまたすりすりを再開した。その仕草はじゃれつきながら手に耳を擦り付けてくる猫にとてもよく似ていて、そんなことをつい連想してしまうのはさっきまで見ていた夢の影響に違いなかった。そして猫と言い張るにはいささか大きすぎる手のひらは相変わらずオレを捕まえて離してくれない。
     十二年前の世界から中学生の一虎君が飛ばされてきてから、そしてなりゆきで同じベッドで一緒に眠るようになってから。もはや一日の例外もなく一虎君の長い足で早々に蹴り飛ばされてベッド下に消えている役立たずの毛布、そしてもれなくその代わりにされている抱き枕要員ことオレ。毎朝七時のアラームで目覚めたらねぼすけの一虎君が起きる前にその腕の中からそっと抜け出すのがオレの日課だけれど、今日はたまたま午前二時なんていう中途半端な時間に起きてしまった。枕元の夜光時計から目線を戻したオレはそのまま一虎君の腕の中でぼうっとする。一虎君のスウェットの胸につけた耳に届くのは力強い心臓の音。この他人同士にしてはいささか近すぎるだろう距離を、まあ許してもいいかと思える自分の心境が少し不思議だった。どうにかなりたいということはなくて、それでもただただ安心した。この中学生の一虎君も同じだろうか、同じだといいな。大人の一虎君と同じほのかな汗の匂いに鼻腔をくすぐられながらそんなことを考えていたら「んん」と唸るような声を上げて一虎君の長いまつ毛が揺れる。そのまままぶたが上げられて、しばらく焦点が定まらずにさまよっていた琥珀の虹彩が腕の中のオレを捉えて大きな瞳が二、三度まばたきをした。至近距離で目が合って少し照れ臭くなったオレが腰に回された手を無言で軽く叩いてやると、一虎君は少し気まずそうな顔で「悪ぃ」と呟き腕を離してくれた。
    「いえ。おやすみなさい」
    「……ん」
     ささやきあうような小声のやりとりのあと、オレは自分の毛布をたぐり寄せて仰向けの姿勢のまま目を閉じた。けれど夜中に目覚めるのは自分としては珍しいことで上手く寝直すことができなくて、しかも良くないことに小腹の減りが気になってくる。最後にとった食事こと夕食は軽めだった上にそれからもう六時間が経過していて、寝てしまっていれば気にならなかったはずのその飢餓感は今や無視できないほどに膨れ上がっていて、さてどうするかと思案していたらこぶし三つ分ほどの距離をあけて隣で寝ている一虎君がごろりと寝返りを打ったのが気配で分かった。これはどうやら。
    「……眠れませんか」
     そっと声を投げかけると、また寝返りをしてこちらを向いた一虎君が薄闇の中でこくりと頷いた。ならば、とオレはひとつ提案をしてみることにする。
    「ならオレと悪いコトしませんか。一虎君」



    「言い方がまぎらわしいんだよ期待させやがってクソが……」
    「なにを期待したんです?」
    「それ以上しゃべったら今すぐ襲う」
    「悪いコト、とイイコト、って何でだいたい同じ意味になるんでしょうね。不思議ですよね」
    「オマエ襲われてぇの?」
     苦虫を噛み潰したような表情の一虎君が、ぶうぶうと文句を言いつつも食器棚を開けてどんぶりを二つ出して手渡してくれたので、オレは受け取ったそれらをシンクに置いてコンロから上げたばかりの熱い鍋の中身を一息に注ぎ入れた。乳白色のシンプルな陶器のどんぶりの中に背徳の味が浮かぶ。三袋入りのスープ付き生ラーメン、この醤油豚骨の濃厚スープと滑らかな縮れ麺の組み合わせはいつでもうちの冷蔵庫に常備されているオレのそして大人の一虎君の大好物だ。
    「いただきます」
     数時間前に夕食と片付けを終えていたリビングのローテーブル、その上に再び二人分のどんぶりと箸が置かれた。野菜も肉も何も入っていない、潔いまでの素ラーメンだ。湯気の立つ麺を箸先でつまんで勢いよくすすり上げれば、隙間の空いていた深夜の小腹が魅惑的な香りのスープと喉越しのいい麺で心地よく満たされていくのが分かる。
    「ごちそうさま」
     三口くらいで食い終えたんじゃないかと思うようなスピードでラーメンを完食した一虎君が、どんぶりに渡すように箸を置いて言った。それから頬杖をついて、テーブルの向こう側から麺をすするオレの顔をジッと見つめてくる。
    「……なんですか。あげませんよ」
    「オマエの顔見てるだけ」
    「顔ですか」
     ちょっと外を出歩くだけでたちまち衆目を集めるようなイケメンに、どこから噂が広まったのか近所の女子高生に店のウィンドウ越しに毎日きゃあきゃあと騒がれているようなイケメンに、まじまじと観察されるほどの顔だろうか。口の端からちゅるんと麺を吸い込みながら目だけを動かして一虎君を見ると、なにやら口元を緩ませて笑っている。
    「食ってる顔も可愛い。すげぇ大好き」
    「ぶっ……」
     何度繰り返されてもどうにも慣れることができないド直球、それをまた真正面から食らったオレはむせこんだ途端に麺が鼻から出そうになった。鼻の穴から麺を出したらさすがの一虎君もオレに幻滅して恋心を諦めてくれるかなと一瞬考えたけれど、それ以上に失うものが多そうな気がしたのでそのアイデアは即座に葬り去った。どんな時でも人としての尊厳を捨ててはならない。
    「ごちそうさまでした」
     一虎君から遅れること数分、オレもどんぶりの中身を空にして手を合わせた。ほかほかに温まった身体と物理的に満たされた腹を抱えて息をついてどんぶりをシンクに下げるために立ち上がったオレの、ふと上げた目線が一虎君のそれとぶつかる。
    「……一虎君?」
     オレを見据える一虎君の琥珀色の瞳がふっと色を無くしたように見えて、オレは射すくめられたように反射で身震いする。
    「え、一虎君、なに」
    「オマエそこ動くな」
     冷えた声でそう言うと一虎君は静かに立ち上がった。そのまま一直線に近づいてこられて、どんぶりのお尻を両手に抱えたまま思わず後ずさったオレの背中は狭いキッチンの中ですぐに壁にぶつかってしまう。それに構わずずかずかと踏み込んでくる一虎君に壁際に追い込まれるかたちになったオレは少し焦った。深夜のキッチンで二人きり、変な気を起こすようなら可哀想だけれど拳で分からせるまでとどんぶりの下で右手を固めていたら。
    「ほら」
    「え……は?」
     身構えるオレの数センチ脇に腕を伸ばした一虎君が、何かを目の前に突き出してきた。一瞬の間のあと焦点が合ったオレは「あ」と声を出す。
    「クモ」
    「なんか、いたから」
     言いながら小さなクモをつかんだ一虎君がそのまま素手で握り潰しそうな気配を見せたのでオレは慌てて口を開く。
    「益虫ですよ。殺しちゃだめです」
    「は?エキチュウ?」
    「蚊とか食べてくれるんです。まあ気になるなら外に逃がしてもいいですが」
    「そうする」
     素手でつまみ上げることはできるのに同居するのには抵抗があるらしい一虎君は「命拾いしたなオマエ」とかなんとか手の中の小さなクモに話しかけながらすたすたとキッチンを出ていった。リビングからベランダに続くサッシを開ける音がする。息をついて、改めて回収した二人分のどんぶりと箸をシンクに下ろして泡立てたスポンジで洗っていたら不意に耳元で声がした。
    「なあ」
    「ひゃっ」
     相変わらず距離が近い。近すぎて耳に一虎君の吐息がかかってオレは反射的に背中を震わせて手から泡のついたスポンジを取り落とした。
    「な、なにびっくりさせないで。クモは」
    「逃がした。なあさっきちょっと意識してただろ」
    「……何の話ですか。変な手出してきたらぶん殴ろうとは思ってましたけど」
    「変な手って?どんな手?」
    「一虎君。怒られたいんですか」
    「つかエプロンしてんのエロい。前から思ってたけど」

    (後略)
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😍☺👏💯💘
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works