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    戌丸アット@94

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    戌丸アット@94

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    #吸死_腐
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    #ナギ官
    nagyOfficer

    短編まとめ○目次

    ■あの赤さは忘れません
    カンたろーさんは先端恐怖症でもおかしくないよな、と思って書きました。

    ■路地裏の約束
    全警が書きたくて。

    ■ホワイトデーの足跡
    2022年のホワイトデーのものです。
    最近はマシュマロをプレゼントしても意味は「嫌い」では無いらしいです。

    ■ハリネズミ
    カンタロウが意外と人肌が苦手だったら、と思って書きました。

    ■出会わなければ良かった、と
    なんとなく書いた短文です。

    ■身長差の話
    折角まとめるのだから、と思って短文を添えてみました。
    ナギさん190cm、カン君185cm位イメージです。



    ーーー

    ■あの赤さは忘れません



    ガシャンと何か大きいもの、でも軽い金属のような物が倒れた音でナギリは目を覚ました。
    瞬間、すぐに突き刺すように鋭い夕焼けの光が眩して思わず手で遮る。
    吸血鬼が活動するには少し明るい時間帯であることは分かる。

    「チッ、邪魔な奴は誰だ…」

    多分カンタロウではない、と自分の思考にウンザリしつつも夕焼けの光で怠い身体を起こす。
    ナギリとよく鉢合わせになる吸対のカンタロウは、もっと騒がしく、もっと馬鹿正直にナギリの元へ訪ねてくる。
    何故こちらを的確に察して会いに来るのかは分からないが、今は音を聞き通ろうと集中する。
    するとナギリは察知できたのだが極力、音を立てないようにしている足音だと分かる。
    足音で分かるのだろうか?と思うだろうが伊達に路地裏暮らしはしていない。
    幾ら不死性と血の刃を持っていた時期であろうと気を抜けば餓死する可能性もあったナギリにとって獲物の場所を理解するのは生きる術だ。
    だが、そんな生きる術も今はあまり役に立たないシンヨコに身を置いている事を思い出して、また憂鬱になる。
    仕方がないので、身体をほぐす。
    どうせ隠れて何か捨てに来たか。
    もしくは隠しに来た不届き者がいる、と理解したナギリは重い腰を上げる事にした。

    「サッサと済ませなければ面倒だな」

    本や小さな生き物であれば勝手に劣化するので気にしないし、吸血できるなら腹の足しにする。
    だが"大きい生き物"は駄目だ。
    腐敗臭などもっての外、ましてや捨てたものが吸血鬼のように塵や砂にならないので騒ぎになる。
    騒がれては折角の拠点を失うなんて言語道断だ。
    だから。だから単純に消そうと思ったのに。

    「おい、貴様!ひとのナワバリで一体なにを…なっ!?」
    「ひぃ!?なんでこんな所に高等吸血鬼がっ!?」

    まさか先程、頭の中を過ぎっていたカンタロウが、吸血鬼に明らかに服を脱がされようとしている現場を誰が想像出来たろうか。
    と言うか他所でやれ。
    そもそも吸対の服は吸血鬼のイメージにある黒の反対の色である白を基調としており、嫌というほど目立つ。
    少なくとも灯りもない廃墟であろうと夕日で照り返す事で分かるほどには目を引く。
    だからこそ吸血鬼にとって本能を揺さぶられるのだろう。
    夕日の赤ではなく赤で染まった制服を身に纏うカンタロウは、ナギリの癪に障ったが同時に欲を揺さぶられた事を認めざる負えない。
    何やら傍らで騒がしい吸血鬼から「襲うつもりはなかったんだ!」「こ、コイツがこんな格好で廃墟に居るのが悪いんだ!そうだろ!?」と話しかけてきて鬱陶しい。
    どうやって気絶させたかは分からないし聞く気もないが、見事に気を失って今から吸血されようとしていたらしい。
    とナギリが気付いた時、自分の周りで話しかけてくる鬱陶しい吸血鬼を投げ飛ばした。

    「近くに寄るな、鬱陶しい!」

    これはナギリにとって千載一遇だと言うのに必死に周りをウロウロしている吸血鬼が悪い。
    そう、仕方ないではないか。
    自分はカンタロウにどれだけ煮え湯を飲まされてきたか知りもしないのに邪魔されてなるものか。
    ガシャン、と言う大きな音と共に何やら痛い!痛いよ!と投げ飛ばされた吸血鬼は壊れた人形のように叫ぶが興味はない。
    興味があるのはカンタロウの血が何処から溢れているのかだ。
    真っ白な制服が、まばらに真っ赤になっている光景は、あまりに痛快だが同時に気分の苛立ちも増していく。
    目の前の血を流したのは自分よりも弱いあの吸血鬼だった事が納得できない。

    「だが、まぁいい」

    出血は多くなかったのか服に多くの切り傷はあるものの、服を染めた血は頬の新しい切り傷1か所のみで少し落胆する。
    と思っていると、ある事に気付く。
    ヒューヒューと喉に空気が通る音を立てており、意識はある癖に起きる様子がないのだ。
    いや、起きる様子がないというよりも陸に居るのに溺れているように呼吸を乱している。

    「おい、お前いつまで寝転がってる気だ?」
    「っう、ぁ…っぁ…ヒュ、ぁ、れ?っじたさ、っぁは!カハッ!」
    「チッ、やはり起きてたか……起きたならあの変な奴を連れて行け、邪魔だ」
    「っぁ、はいっ!す、こし、ヒュ、お待ち、っ、くださいっ!」
    「……本当に何やってるんだ?お前」

    いつもの笑っているのに何処か怖いと思わせる明るいカンタロウの笑顔は苦しみで歪んで不格好だ。
    何より顔色は青白いと言うのに汗が、次から次へと流れ落ちているのに拭う様子もない。
    なにしろ一向に覇気は戻っていないのだから当然だろう。
    明らかにいつもの元気が服を着て歩いているカンタロウとかけ離れている。
    だというのに何処かで見たことのある光景にナギリは、フッと疑問が過ぎった。

    「そういえばお前なんで大した怪我もしてないのにぶっ倒れてたんだ?」
    「あぁ、あの方が実は持っていたナイフ、を……その、思っていたよりも振り回していまして…そしたらナイフがゆ、夕日を反射してしまって…とても、その……あ、か…」
    「はぁ!?夕日?なんでそこで夕日なんだ、いつにも増して訳のわからない事を抜かすな!」
    「え、あ、そ、そうですよね!忘れて頂いて大丈夫であります!!!あ、これドーナツを!ぜひ!型崩れもしていないと思うので良ければお礼にどうぞ!それではご協力、有難うございました!」
    「は!?おい!待て!…ったく、なんでこんな食い物を持ってたんだ?アイツは」

    血こそ本当の渇きを埋められるナギリにとっては残念ながら腹の足しにもならない。
    だが無いよりはマシだ、と箱から出して口にしたドーナツは焦げたチョコレートがほろ苦さと甘みがあった。
    実は、このドーナツ。
    カンタロウが仕事の都合で訪れていたVRCで多く見かけたドーナツを自分も食べたくなったので購入したものだ。
    あわよくば辻田さんや子供たちと食べたり出来たら、きっと楽しいのではないか?と思ったりもしたのはカンタロウだけが知っている。
    だが結局、何故か気絶していて起きたのに怯えきっている吸血鬼をVRCに引き渡す為にカンタロウは、年下の先輩を呼ぶ羽目になった。
    何時ものカンタロウであれば誰かを呼び出そうなどとは思わなかっただろう。
    しかし事情を知る隊長のヒヨシや副隊長であるヒナイチからは散々と釘を刺されていたので呼ばなければなるまい、と思いつつ流石に曇る。
    そこへ素早く駆けつけたサギョウは到着するやいなや、カンタロウの様子に困惑した様子を見せた。

    「ったく、急に電話してくるから驚いたじゃないですか!どうしたんですか?カンタロウさん」
    「あ、申し訳ありません。サギョウ先輩!本官、実はさっき過呼吸になってしまいまして」
    「はぁあ!?過呼吸が出たんですか!?なら僕じゃなくてヒヨシ隊長や副隊長に来てもらった方が良かったんじゃ……あ、半田先輩をっ!」
    「いえ、症状はすぐに収まったので大丈夫であります!それに彼を連行がしたくて助っ人が欲しかっただけですので!」

    過呼吸が収まったからってダメじゃないですか!と心配してくれるサギョウに感謝しつつ、回収される為に正式な拘束を施される吸血鬼を見守る。
    本来ならば全て自分で行えるのだが過呼吸が起きた自分の状態を考えて念には念を、と拘束をサギョウに任せたのだ。
    その間、両手の拳は固く握っている事は無自覚だったカンタロウは己の手の痛みでようやく気付いた。
    思わず握っていたパイルバンカーを支えるベルトから手を離す。
    いつもの怒っている時とは違った、何処か困ったような険しい顔をしているサギョウの視線には気付いている。
    あぁ、自分を本当に心配してくれている目だ。

    「本当に大丈夫であります、サギョウ先輩!夕日に染まったナイフが思っていたより赤くてビックリしましたが……本当に見た辻斬りナギリの刃を忘れていません!もう間違えたりしないであります!」



    End





    ーーー

    ■路地裏の約束
    全警が書きたくて。



    フッと思い出したように目が覚めたカンタロウは、痛みと寒さで思わず自分の身体を抱き締めた。
    するといつの間にあったのだろうか。
    身体にかけられていた茶色い布を手繰り寄せると、目の前に広がる暗闇に得体の知れぬ恐怖を覚えながら身を縮めた。
    怖い、寒い、痛い。
    痛い?そう、腹が痛い。
    ジクジクと蝕むような痛みに眉を寄せながら今どういう状況だろう、と寝起きの頭で考えていると。

    「なんだ、もう目が覚めたのか」
    「うわぁああ!?っが、んんーっ!?」
    「チッ、いちいち騒ぐな!殺されたいのか?静かにしてろ」
    「っんん…っぷは!……っ!」
    「ヒヒッ、それで良い」

    手で口を塞がれた瞬間、真っ先に思い出した。
    あの手のひらから血の刃が出るのを見たではないか、あんな異能を忘れられる筈が無い。
    しかしか忘れられる筈がない、と断言が出来るのに何故かカンタロウには目の前の男が一瞬、誰なのか分からなかった。
    ただ首筋に当てられていた血の刃はカンタロウに恐怖と痛み、そして燃えるような悔しさを思い起こさせたのは確かだ。
    逃げなければ。
    しかし何故、自分は廃墟のような場所で寝転んでいるのか分からない。
    俺は人質になのだろうか?と一瞬、考えもしたが周りは静かで廃墟らしき場所には辻斬りナギリとカンタロウしかいない。
    だが襲われた時の動揺はあるものの逃げて、辻斬りナギリの存在を警官仲間や吸対に報告できれば!と言う気持ちがカンタロウには残っていた。
    だから動いた時にカチャカチャ、と金属が重なる音が手首からして驚く。
    支給されて持っていた手錠が自分にかけられている。

    「目覚めたなら交渉だ……って、なんだ?ようやく手錠に気付いたのか、お前」
    「えっ?あっ!………えっと」
    「早く言え……あぁ、普通に喋るくらいは許してやる」
    「なら……なんで本官を手錠で拘束してるでありますか?はっ!それよりも今すぐ自首するであります!そこの君!」
    「のわっ!?急に叫ぶな!怪我人の癖にうるさい奴め、どうやらお前は本当に身の程知らずらしいな?」
    「え?ヒッ!やめっ、ぐぁ!」

    スラッと再び伸ばされた血の刃に反射的に身体が強張る。
    しかし容赦なく咄嗟に顔を隠していた腕をナギリに掴まれた事でパニックになり、カンタロウは右に思わず頭を庇うように動いてしまってパタタッと遠くて血が飛んだのがカンタロウには見えた。

    「っ!…馬鹿野郎が!動かなければ浅く済ませてやったと言うのに」
    「っう、ぁ、す、すいません…」
    「……は?何故、謝る」
    「え?だ、だって仰る通りであります。本官が不用意に避けたから結構ザックリと傷が、うぅ、意識したら痛みがイタタタっ!」
    「動くな!喋るな!俺は辻斬りナギリだぞ!?……だぁぁぁ!クソっ……じっとしてろ!」

    左頬が予想以上に切れてしまった痛みから身体を丸めてしまったカンタロウにナギリは、少し部屋から居なくなると比較的綺麗な布で傷口を抑えてきた。
    どうやら腹の手当てもナギリによるものらしいと気付いたカンタロウは自然と感謝の言葉が溢れた。
    確かに相手は凶悪な指名手配犯かもしれないが手当てをして助けてくれたのは事実だ。
    どうか、このまま自首してくれたら良いのに。

    「あの…ありがとう、ございます」
    「貴様と言う奴は……誰に礼を言ってるか分かってるのか!?」
    「辻斬りナギリ……貴方があの……しかし!手当てをして下さった事も事実でありますよ?」
    「はぁ?こ、れは別に…………クソッ!お前が騒がしいから話がズレた!俺は交渉する為にお前をここまで連れてきたんだぞ!勝手に死ぬのは俺が損だからだ!」

    流石のナギリも襲った相手に感謝の言葉を言われるとは思っていなかったらしく目を丸くして呆けた。
    どうしてこの警官が礼を言えるのか理解できない。
    だが流石に本来の目的を思い出したらしく怒鳴ってくる。
    しかし手は律儀に未だ傷口を抑えたままなので迫力には欠ける。
    だと言うのにカンタロウは、変わった所があったが警官としては優秀であった為に質問せずにはいられなかった。

    「交渉?誰とでありますか、本官が人質にされようと警察は貴方を捕まえます!」
    「ふん、人質だと?俺はお前と交渉するんだ、他の奴らは知らん」
    「え?ち、違うのでありますか?」
    「違う。お前、俺の餌になれ」
    「本官がえさ…餌!?え、っと貴方に血液提供をしろと?」

    辻斬りに頬の傷を布で抑えて貰いながら交渉と言う風変わりな光景は最早、気にならない。
    何故ならこの光景は本人たちの何処までも真面目な所が生み出した光景だからだ。
    そんな事より。
    ナギリの言った餌になれ、と言う言葉は社会への吸血鬼との共存が進んでいる社会で暮らすカンタロウでも聞き慣れず困惑する。
    血液パックなどの方法で血を渡す事と何が違うのか分からない。
    すると、そんなカンタロウの様子を分かっていたのだろう。
    ニヤリと笑ったナギリが、さぁ交渉だ!と改めて宣言して始まった。

    「提供なんぞではないが……仕方ないから、お前が俺の餌になっている間だけ俺はこの町で辻斬りはしないでいてやろう」
    「え?ほ、本当でありますか!?なら本官はっ!」
    「のわっ!?人の話を最後まで聞け、血を貰うだけじゃないぞ!アレだ、住む場所とかもだな!」
    「ご提供するであります!それで辻斬り事件が起きないなら安いものですっ!」
    「はぁ!?もう少し考えるとか躊躇うとかしろ!なんなんだ貴様!」

    あまりに話がトントン拍子に進むので思わずナギリは思わずカンタロウを指差して怒鳴った。
    すると抑えていた手も呆れて離してしまい、止血用の布が外れた。
    ただそれだけの筈だった。
    この時、ナギリが交渉を持ちかけた本当にカンタロウの血が本当に欲しかったからだ。
    辻斬りを行っているナギリとって食欲を満たす為の血液に対して無くなる心配は無い。
    しかしカンタロウの血を飲んで直ぐ、ナギリは初めて目の前の人間の血を独り占めしたくて堪らなくなってしまったのだ。
    自分でも気付いた時には廃墟に連れ去った後で、どのようにして廃墟まで辿り着いたのかなどは全く自覚がなく。
    今までに無いことで動揺しつつ、捻り出した結果がカンタロウとの交渉だった。
    だから無理はあると自覚していた。
    なのに。

    「はっ?な、んで刃がっ!?」
    「ひっ!?っうぁあ!」
    「おい、おい、警官?しっかりしろ!お前、目に刃が当たったのかっ!」

    先程の不注意から斬ったナギリから見て左頬とは反対の右側が不運にも暴走した血の刃によりザックリと切り裂かれた。
    怒鳴ったりしたが、それでもナギリ自身は暴走する程、自分の意識がなかった訳ではないと自負している。
    しかし結局、血の刃はナギリの味方ではないのだと知らしめるかのようにナギリの狙った獲物は息も絶え絶えだった。
    負傷などから血を流し続けたからだろう。

    「お、おい、勝手に死ぬな!交渉したばかりだろうが!」
    「ずぃ、ませ…」
    「っくそ!」

    なんで俺はこんなに必死になっているんだろうか?と自問自答して、フッと警官からの有難う御座いますと言うぎこちなかったが、それでも本心からだと分かるほどの間抜けヅラを思い出した。
    ナギリはカンタロウを捨てられていたシーツで頭から覆い包むと抱えて、人の気配が少ないが比較的明るい場所へと続く路地裏に辿り着く。

    「怪我人がいるぞーっ!」

    そう叫んで、駆け寄ってくる足音がドンドン大きくなるのを確認してから路地裏の奥へと消えて行った。
    それから三日後、血を吸ったマットが鈍い色へと変色してしまっていたが、廃墟を変えることもせずに拠点の一つとしていたナギリは、人の気配を感知すると驚いた。
    初めて見た時よりも少し瞳の色が変化しただけでなく、未だ完治していないのか少し血の気のない白い肌をさせた、あの日の警官が杖を持って廃墟でキョロキョロと周りを観察していたのだ。
    話しかけるつもりはなかったが、真っ先に気になっていた事が口から溢れていた。

    「お前、目が見えてるのか…?」
    「わっ!?辻斬りナギリっ!ビックリしたであります!」
    「のわっ!?だから大声で叫ぶな!!!大体、何しに来た!」
    「それは辻斬りナギリの逮捕!と言いたい所ですが本官は血を渡す事をお約束しましたので本日は約束を果たしに参りました!ですので貴方も今日からお約束、守って下さい。」
    「な、んだと!?お前……ふん……馬鹿なやつ、俺が守る保証なんてあると思うのか?」
    「ならば早急に貴方を捕まえるだけであります!吸対へと入隊すれば本官でも逮捕も可能性は高くなる筈でありますから!」
    「お前が?わざわざ俺を捕まえる為に?ヒヒッ!あの晩だけで、そんな傷だらけになったのに懲りてないのか?」
    「はい、今は捕まえられなくても必ず捕まえてみせるであります!だから……」

    だから辻斬り被害者を出さない為に本官は貴方に血を渡すお約束も守ります。
    と言い放ったカンタロウはフラついた足取りにも関わらず杖を捨てると、懐から折りたたみナイフを取り出す。
    そしてナイフを見つめていたかと思うと、なんと手首を切ろうとし始めた。
    この予想外の行動に慌ててナギリは近付いて、ナイフを取り上げるとカンタロウはビクリっと身体を震わせるので思わずしかめっ面になる。

    「怯えるくらいならするな!あぁ……もう、くそ!俺は血の刃から吸血するから、わざわざ斬らなくて良い!」
    「あ、本当に刃からの吸血なのでありますね」
    「うぐっ!そうだ、兎に角もう自分の腕を斬ろうとするな!その、アレだ!刃で飲みにくい、とかだ!」
    「そうなのでありますかー……それは本官としても困るので、どのようにすれば飲んで頂けますか?」
    「ぐっ!それは……」

    怪我を最小限で済ませる吸血なんて考えた事がない。とは言えなかった。
    別にナギリは約束を守ろうと思っている訳ではなかったが近付いた警官の姿は入院服で、足はスリッパと明らかに抜け出した人の格好なのはナギリでも理解出来た。
    こんな格好で彷徨いているのは明らかに目立つ。
    目立つと言うことは廃墟に入る姿を誰かに見られていない可能が無くはない。
    なら目の前の警官を殺せば良い。
    しかし今、殺せばナギリがわざわざ交渉すると言う慣れない事をしてまで貰おうとした血は今日限りで、この世から無くなってしまう。
    それはあまりにもナギリにとって惜しかった。
    何より包帯の白に包まれた目の前の男の存在が、あまりにナギリには見てはいけないような、目に毒、と言う言葉が何故か当てはまり困惑していた。
    そんなナギリを知ってか知らずか計れない目になったカンタロウから声をかけてきた。

    「ナギリさん」
    「な、なんだ!」
    「本官ケイ・カンタロウは今日までお約束、忘れた日はありません。ナギリさんにとっては些細でも本官にとっては違います」
    「ふん、それがどうした!俺には関係なっ、ぐわっ!?手、手を離せ!何しやがる!」

    所詮、怪我人で。どうせ人間のチカラでしかないのだ、分霊体もあるナギリからすれば容易くねじ伏せられるチカラだ。
    しかし掴まれた手はもう震えておらず、掴まれた手はカンタロウの胸板まで誘導されたかと思うと発せられた声には、何処にも弱さが見当たらない。

    「本官はあの日、己の弱さを知りました!今の本官が貴方を止めるには、あの日のお約束を守るしか思いつかないのであります!強くなるまでなんて言ってられません、でも貴方の辻斬りは止めたいのであります!だから、だから本官の血を飲んで下さい!っいた
    ぁー…」

    肝心な所で痛みに負けて、頽れそうカンタロウをナギリは導かれた手を使ってカンタロウの胸倉を掴んで引き寄せてやる。
    すると、まともな抵抗もなく胸に飛び込んできたカンタロウに思わず鼻で笑うと告げてやる。

    「おい、警官。そこまで言うなら血を貰ってやる!三日後、また此処へ来い。他の連中や吸対なんぞ呼ぶなよ?守ったところで俺が事件を起こさない保証はしないがな」

    三日後なんて日にちは無謀だ、とナギリも分かっている。
    今からどれだけ回復や対策をしてこようと血を奪われる事が確定しているカンタロウが出来ることは少ない。
    しかし、それでもカンタロウは頷いてみせた。

    「分かりました。三日後に…あ、そうだ!お約束が守れるようにとりあえず今日の分とオマケ何か付けるであります!」
    「は?オマケ?」

    ナギリは一瞬、何を言われたか分からなかった。
    しかしナギリのお陰で身体のバランス感覚が戻ってきたカンタロウは、ヨイショと言いながら身体を離す。
    そして、さも当たり前のようにナギリに尋ねたカンタロウは微笑みかけた。

    「乗り気でないのならオマケなどあれば少しは守りたくなると思いまして、何か思いつきますか?本官の出来る事であればオマケします」
    「お前は駄菓子屋か何か!」
    「ですが先程も本官は助けてもらいましたから!不本意ですが、それはそれ。お礼も兼ねて何かオマケを付けるであります」

    なので遠慮しなくても良いですよ!と何故かやる気のあるカンタロウに今度こそナギリは頭が痛くなった。
    しかし疲れた頭で思いついた事にナギリは、流石に自分が信じられず思わずしゃがみ込む。

    「いや……これは流石にっ!」
    「えっ、なぜ急に屈伸を?」
    「違うわ、馬鹿が!俺はどうせ動けなくなるからお前を抱き枕にでもしよう、と…おも、思ったけどいらん!忘れろ!聞くな!」
    「でもオマケ……」
    「ガキか!あぁ!もう!とりあえず貴様、俺に付いてこい!」

    半ばヤケクソになってきたナギリは自分の迂闊さに何もかも切り倒したくて仕方なかったが幸いにもカンタロウは気にしていない。
    思いついた時に、また教えて下さいね!オマケもお約束であります!としか言ってこなかったのでナギリも今回はスルーを決めて、少し刃に意識を向けてみる。
    三日後、もし仮にカンタロウが約束を守るようであればカンタロウの手首を握り最小限の刃を意識して吸血してやる事にしたのだ。
    ただ結局、ナギリは満腹感から、カンタロウは疲労からお互いに倒れ込むように結果として添い寝する羽目になるのだが、それはまた別の話である。



    End





    ーーー

    ■ホワイトデーの足跡
    2022年のホワイトデーのものです。
    今のマシュマロのプレゼントの意味、嫌いじゃないらしいと見かけて嬉しくなりました。



    差し出された手の中を見て、ナギリは意味が分からないままに手の中を見つめてみた。
    手の中には何も無い。
    すると意味が分からないナギリを気にすることもなく、無理にナギリの手にお菓子を握らせてきた。
    その原因であるシンヨコ3人組の子供たちは何故か楽しそうにしている。
    更には力が暴走して相手の服を飛ばしてしまっていた吸血鬼少女の福戸橋十子は、キャンディーやキャラメル、ミニバームクーヘンと種類豊富なお菓子を3人組の子供たちと呑気に交換している。
    おい、他所でやれ。

    「ホワイトデーの余りだけどオッサンにもやるよ!」
    「あ、このバームクーヘン美味い!」
    「だよなー!あ、このお菓子とも交換しない?」
    「おい、ここで食うな!」
    「ふふ、オジサンも食べる?」

    要らん!と断る前に他の子供たちもワイロだー!と何処で覚えてくるのか分からない物騒な言葉を発しながら、暴れる。
    驚くほどの暴挙、呆れるほどの純真無垢さである。
    だからガキは嫌いなんだ、と折角わざわざ離れた場所で座り直しても容赦なく子供たちは追いかけてきて、ナギリのマントの上にお菓子を置く。
    じゃなくて、そこに置くな。
    何より男の子たちと、いつの間に仲良くなっていたのか服を飛ばされた苦い記憶を作られた吸血鬼の少女まで混ざっている。
    本人曰く今は制御出来るらしいが油断は出来ないので、じっとしているしかない。
    そんな判断をしたせいだろうか。
    どんどんとマントの重量を感じ始め、どうして獲物を探したいのにガキどもは根城に遊びに来るんだ?とナギリは不思議でならない。
    「大体、夜中にガキが出歩いているんだ?」「もうコイツらを吸血してしまうか!」と苛立ちから斬ってしまおうかと思い始めた頃。
    ナギリの不運からなのか、たまたまなのか。
    こういうタイミングでパイルバンカーを背負い、カンタロウは敬礼して忌々しいほど爽やかに現れるのだ。 
    「辻田さん、お邪魔するでありまぁぁぁす!」
    「本当に来やがったっ!」
    「こんばんは!もしや子供たちの保護でありますか?お疲れ様であります!」
    「そんな訳な……あーもうそれで良い」
    「えっ、それで良いとは、どういう…おや?マントの上が素敵な事にっ!」
    「どこ見たら、そう思うんだお前!」

    わー!ホンカンだー!こんばんはでアリマース!と子供たちもカンタロウが入ってくるなり懐いたり、挨拶だけしてナギリのマントの上で何やらお菓子を拡げたりしている。
    部屋の主を差し置いて自由気ままに、お菓子を堪能している。
    流石に俺のマントはブルーシートか!?とキレて立ち上がろうとしたが、案の定と言うべきか。
    そもそもカンタロウの間が悪いのか。
    爽やかな笑顔でカンタロウはズイズイとナギリ目の前に袋が差し出してくる。
    おいやめろ。

    「もし良ければ本官のお菓子も皆さんでどうぞ!」
    「要らん!」
    「やったー!いいの?」
    「あ、マシュマロだー!」
    「わぁ!ホワイトデーのマシュマロってプレゼントした人への意味が込められてるんだよ」
    「おや、そうなのでありますか?」
    「どんなの?あ、オッサンなら意味知ってる?」
    「知るか、と言うか!俺を挟んで話をするな!」

    しかし辻田さん!マシュマロ、甘くてふわふわであります!と全く意味の分からない理由でカンタロウは、マシュマロをナギリの手に乗せてくる。
    誰が食べると言った。
    そもそも人に渡すのに袋から1個取り出すな。
    などと言いたいことが山ほどあるが無視する。
    どうせ、ガキどもが食べるだろうし、カンタロウに何か言うと何故かポジティブに受け取られやすいから面倒臭い。

    「なぁ、結局なんて意味なの?」
    「うーん、前は嫌いとかマイナスな意味だった気がする」
    「えっ!?そ、そそ、そうなのでありますか!?本官、知らないとはいえ辻田さんや君達になんてことを!」
    「いや、お菓子くらいで気にしないって」
    「そうそう、こういうのってホワイトデー限定だと思うよ」
    「なら良いんでない?もう過ぎてんじゃん」

    てか、このマシュマロ美味しい!オレはちょっと苦手〜とマイペースな子供たちは予想通り、カンタロウの持つレジ袋を受け取ると四人で分け始めた。
    だがレジ袋を取られたカンタロウはと言えば、座って視線の外れたナギリに合わせるようにしゃがむと両手を合わせて謝ってきた。
    顔に似合わず吸対の白い制服を汚さないように器用である。

    「辻田さん!本当に申し訳ありません!本官まさかマシュマロに意味があるなんて知らなくて」
    「だから元々必要ないって言ってるだろうが!」
    「でも折角のプレゼントですのに、まさかキラi」
    「っせめて差し入れと言え!あとゴミは置いていくな!」
    「エーン!すいません!ちゃんと持って帰るであります!」

    思わずカンタロウの言葉を遮ってしまった自分に驚き、ナギリは内心焦った。
    なんで遮ったのか自分自身が理解できなかったからだ。
    ただ咄嗟に過ぎった事は自分が、このままだと他に何か余計なことでも言いかねないと思った。
    何よりお菓子を食べていた筈の子供たち四人からの視線が何故か痛い。
    オレに言いたいことでもあるのか?と聞きたくなる程にはカンタロウとナギリを見つめては輪になって内緒話をしている。
    まさかガキどもはオレの刃を急に思い出したりしてないだろうか。
    そしてカンタロウに余計な事を言わないかとヒヤヒヤするが表には出せない。
    そんな風に冷や汗をかいていると、カンタロウは思わず発したのか意外にも小さな声で呟いた。

    「マシュマロ、こんなにふわふわで……とても良い触り心地なのに悲しい意味になるとは不思議であります」
    「あっ!」
    「のわっ!?急に叫ぶな、ガキ!」
    「それだよ、おまわりさん!」
    「え、それ?それとは一体なんでありますか?」
    「思い出したの!あのね、マシュマロって今はあなたの気持ちに自分の優しさで返しますって意味なんだよ〜!他の友達が教えてくれたの!」
    「な、なるほど?そのお友達の方は博識でありますね!」

    うん、そうなの!と嬉しそうな少女の頭を撫でるカンタロウの耳や首筋は、ほんのり赤く色付いて照れているのが分かる。
    流石のナギリも少しカンタロウが照れる理由は分かる。
    子供たちならまだしも、マシュマロのプレゼントをやり取りしたのは成人した男性同士だ。
    しかも関係性について、ナギリとしてはカンタロウとは腐れ縁くらいにしておきたいので居た堪れない。
    ただ、それでも。
    カンタロウの肌が赤く色付くのは食欲の観点から見ると悪く無いと思った。
    寧ろナギリとしては、なんの躊躇もなく美味しそうに色付いた首に噛みつけたら、どんなに愉快だろうかと思わずにはいられない。
    だが、それは吸血鬼ならば皆、近しい感覚なのだと困った様子の少女を見て気付く事は出来た。

    「あ……おまわりさん、今とっても美味しそう……そういうの良くないよ」
    「え、えぇ!?お、美味しそう、でありますか?」
    「うん、そうだよ。だから良くない」

    先程までカンタロウに撫でてもらって嬉しそうだったのが嘘のように、良くないと言いながら少女は俯いている。
    居た堪れない気持ちはあるが、ナギリには少女の気持ちが分かった。
    人が何か感情を高ぶらせた時に矛先を向けられる事は、吸血鬼にとってスパイスとなる。
    このスパイスは食事である吸血を最も彩りすらも添える程であり、吸血鬼が人からの畏怖を求める理由の一つではないかと言う者もいる。
    更にカンタロウは、喜怒哀楽を含んだ表情や態度がよく変化するので特に好まれるだろう。
    などと考えた所で魔都シンヨコ、そうは問屋が卸さない。

    「後ろ姿がマシュマロに似てんの?」
    「え、本官がマシュマロ!?」
    「いやいや〜マシュマロは無いでしょ、黒髪だし」
    「食おうとするな!!!」

    えー何かに似てるから美味しそうなんじゃないの?と不思議そうに尋ねてくるシンヨコ3人組にナギリは、頭が痛くなった。
    いくら美味しそうと言う発言を聞いても、そうは思わないだろ。
    だが同時に少女が吸血鬼であることを一切、気にしていない理由も頷ける。
    この3人組は、シンプルに彼女が吸血鬼かどうかについては興味がないのだ。
    だからカンタロウの落ち込んだ後ろ姿を見て、大福だのまんじゅうなど例えるのかもしれない。
    いや、和菓子から離れろ。

    「ま、いいや!そろそろお菓子また買って帰ろうぜ〜」
    「なら本官もお供して、お見送りするであります!」
    「なんか豆大福とか食べたくなってきちゃった」
    「あー豆大福にも似てるね、後ろ姿」
    「本官が豆大福!?」

    本官を見て豆大福を…?と流石のカンタロウも困惑しており、子供の自由さに振り回されている。
    ナギリも振り回される側なので、自分が原因ではないにしろカンタロウがタジタジになる姿は悪くない。
    そんなカンタロウや子供たちと関わっているものの存外、機嫌が良かったが残念ながら本人は自覚がない。
    すると何処か困ったような表情で少女がナギリのマントを弱々しく引っ張った。

    「あのおまわりさんは、オジサンとお友達なの?なら、オジサンが守ってあげてね」
    「は?何処をどう見たら、そう思う?大体アイツは警官だぞ?必要ないだろ」
    「でも、だって……あのおまわりさん、変な人に好かれそうなんだもん」
    「……ふん、そんな事オレが知るか、とっとと帰れ」
    「……うん、また遊ぼうね!バイバイ!」

    また遊ぼうと言われて、また来る気かと顔を顰めていると。
    フッと少女の姿を確認しようとカンタロウが何気なく振り返っていたので目が合った。
    あぁ、どうせまた大声で「またお邪魔します!」とでも言うのだろう、と思ったのに。
    フワッと赤みの残る顔で微笑んでナギリに会釈した後、追い付いた少女と手を繋いでカンタロウは部屋を出ていた。
    そんなカンタロウの姿に何故か見てはいけないものを見た気持ちになったナギリは、マットレスに付いてしまったマシュマロの甘い香りを気にする事もなく不貞寝するしかなかった。

    「なんて顔してるんだ、あの警官っ!」



    END





    ーーー

    ■ハリネズミ
    読み返したりしてて潔癖と言うか意外と人肌が苦手だったら、と思って書きました。



    「おい、お前なんで頭に葉っぱなんて付けてるんだ」
    「わひゃ!?」
    「は?」

    それは、なんて事ない日常のひとコマな筈だ。
    知人の頭に葉っぱが付いていたなら教える事もあるだろう。
    ナギリにだって、そういう親切心はある。
    それが偶々今だっただけだ。
    されど目の前に居る警官から発せられた奇声は、いつも聞くタイプの奇声ではなかったので思わず困惑する。
    いや、別にこの警官がいつも奇声を発している訳ではないから仕方ないのだが。
    それでも驚くには充分だった。

    「す、すいません!先程ネコを確保した際に付いてしまったみたいであります!」
    「それは吸対どころか警官の仕事じゃないだろ!ったく、何処触ってるんだ?ココだ、ココ」

    子供達がネコの無事を確認したら帰ると言ったので!と訳を話しながら、パタパタと軽く自分の頭を撫でるカンタロウに呆れる。
    どういう訳か、上手く避けられた葉っぱをナギリは取ってやった。
    ただそれだけだ。

    「えぁ!?ぁ、あ!ありがとうございます!」
    「おい」
    「はい?」
    「お前もしかして触られるのが嫌なのか?」

    えっ、とポカンとした表情のカンタロウに釣られてアレ?と内心ナギリも焦る。
    しかし明らかに一瞬とはいえナギリの手がカンタロウに触れる際、カンタロウの目が揺れたのをナギリは見逃さなかった。
    あの怯えるような目をナギリはよく知っている。
    吸血鬼ならば誰もが見たくて仕方のない目だ。

    「あれ?本官、苦手なのでしょうか?」
    「知るか、俺に聞くな」
    「でもこうして辻田さんと手を取り、辻斬り捜査に行くのは嬉しいであります!」
    「だから知らんと言って……掴むな!引っ張るな!俺を巻き込むなーっ!!!」

    もう警官を止めろ!とお約束と化してしまった言葉を叫びながらナギリはカンタロウに引き摺られるように町を歩く羽目になる。
    そういう事が昔あったのだ。
    でも思い出したのはついさっきだ。
    どうして今になって思い出したのかと言うと隣で眠るカンタロウの目の下が赤くなっている事に気付いて撫でていると思い出したのだ。
    散々とナギリが容赦なく泣かせたカンタロウはと言うと受け身と言う負担の多い役目を終えて疲れからか眠っているのだが。
    同棲したばかりの頃は寝室も別だった事が嘘のように隣でカンタロウが眠り、その肌に触れる事は密かなナギリの楽しみな時間だ。
    ナギリはいつだったか怒る姿がヤマアラシのようだ、と言われた事があったのだがナギリとしては眠るカンタロウも大して変わらないと思う。

    「俺がヤマアラシならコイツは…ハリネズミか?ヒヒッ」

    ハリネズミのような可愛げよりも嵐のように苛烈な男だと思うのだが、ハリネズミはヤマアラシに似た雰囲気があって悪くない。

    「んー………なぎりさん?」
    「あ?起きたか」
    「なぃぃさ、ん」
    「っくく」

    まだ眠いらしく言葉になっていないカンタロウに思わず笑いを堪える。
    恐らく起きた時にカンタロウは覚えていないだろう。前も似たようなことがあった。
    だが別に良いのだ。
    窮鼠猫を噛む、とはよく言ったもので。
    意外にも腹を中々見せないハリネズミのような男でなければ物足りないのはナギリの方だ。
    そんなカンタロウの腹に触れる特権を堪能するかのようにナギリは大きな傷痕に手を這わせると、掴まれた。

    「んん〜くすぐったいであります!ナギリさん!」

    どうやら腹は流石のナギリでも許しては貰えないらしい。
    耳を赤くして怒るハリネズミの潤んだ瞳の奥に棘が見えて耐えられなくなったナギリは、クスクスと笑いが牙の隙間から漏れるのを隠す事もなく目の前のハリネズミに噛み付くのだった。

    「お前は何処もかしこも美味い奴だな、カンタロウ」



    END





    ーーー

    ■出会わなければ良かった、と

    「そうオモいますか?つじたさん」

    なんて事を聞いてくるんだと怒るにはナギリと言う男は、あまりにも素直になれない性格をしていた。
    素直になれないと言っても色々あるがナギリは特に自覚のないタイプで。
    周りにも、そして自分にさえも素直になれない性格だった。

    「知るか、そんな事」

    当たり前だと言えば満足なのか?と聞く気はない。
    否、聞けないのだ。
    ナギリの元来の柔らかな部分が聞くことを拒否をしているのだが、本人はその柔らかな部分が喋る事を許さない。
    しかしナギリとっては貴重な冷静さを担ってもいるので目の前に佇む下手な白い影を睨む。

    「何処の誰だか知らんが、その悪趣味な姿を止めろ」
    「ホンカンはキにイっているでありますよ、つじたさん」
    「黙れ!」

    ポタリ、といつの間に降っていたのか分からない雨が自分の身体を包み込む感覚に思わず奥歯を噛む。
    気持ち悪い。
    雨が肌を伝う感触も。
    濡れて服が張り付いている生暖かさも。
    同じように濡れているくせに笑っている目の前の白い影も。
    それを見ていて苦しむ感覚さえも気持ち悪い。

    「どうしてそんなにオコっているのでありますか?アナタはホンカンのコトがキライなのでしょう?」
    「なっ!?俺、は…っ!」
    「ねぇねぇ、つじたさん、嫌いなんでしょ?」
    「っ!?俺に触るな!」

    スルリと手を撫でるように触れられて、思わず振り払おうとしたがタイミングを間違えてしまったのだろう。
    バチリと強い電流が走るようにナギリは白い影と眼を合わせてしまった。

    「貴方は出会わなければ良かった、と思いますか?本官はネ」
    「っ、ぁ…くそっ…!黙れっ!そんな事、今更言ったところでどうしようもないだろうが!」
    「えっ!?ぁ……キミは、キミちはそうなんだネ、オトもうスコしだったノニ、ザンネン』

    ナギリの言葉を聞いて驚いた顔をした白い影は一瞬、泣きそうな顔をした後、残念と言った直後にフッと目を閉じた。
    すると電池が切れたように倒れ込んできたカンタロウを咄嗟に支えたナギリは、声のする方を視線で追いかけたが白いモヤすらも無いので結局、何も分からなかった。
    ただ腕の中に居るカンタロウから微かな呻き声が聞こえるので、どうやらカンタロウに憑依のような事をしていたのだろうとは思う。
    ただそれ以上に、ナギリにとってはクスクスと笑う子供の声だけが妙に耳障りだった。



    END





    ーーー

    ■身長差の話
    ナギさん190cm、カン君185cm位イメージです。



    魔都シンヨコには魔都と言わしめる程には吸血鬼が跋扈している。
    下等吸血鬼は当然のこと、高等吸血鬼さえ当たり前のように町中を歩いているのがシンヨコだ。
    他の地域の退治人や吸対の関係者から見れば、奇っ怪に映るそんな光景はこの街では日常だ。
    しかし奇っ怪に見えるのは必ずしも人間だけの特権ではない。

    「辻田さん!こっちに吸血鬼が行っちゃったであります!!!」
    「うがぁぁぁ!!!離せバカヤロー!!!」

    ズンズンと自分の右手首を掴んで進むカンタロウの手の力は容赦がない。
    この人は引き摺りにされているというのを絵に描いたような勢いなのだが何とかナギリは足を動かして付いて行く。
    本当は忌々しいカンタロウの手を振り払いたい。
    だが、まともに吸血もままならないナギリには余分な力を使うなど酷である。
    全盛期ならば兎も角、今のナギリでは下手に抵抗して辻バレしてはパイルバンカーの炭になるだけだ。
    しかしだからといって無抵抗で居る訳にもいかずナギリには以前、ヴァミマのガラスに突っ込む羽目になった事実を反省してカンタロウの動きに合わせてやる。
    意味が分からないだろうが張本人のナギリも訳が分からない。
    結局、今回も大人しく付いて行くしかないのか…と諦めた時だった。
    ナギリは視界の端に嫌な影を見て、思わずカンタロウの左肩を掴んだ。

    「っ、おい!本当に止まれ!!!」
    「え?くっ、ぅわぁあ!!?」

    引っ張られたカンタロウは自分の身に起きた事を理解するのに時間がかかった。
    と言うのもカンタロウは、後ろへと引き摺り込まれる、と言う慣れない感覚に反射的に強張ったからだ。
    カンタロウ自身も力は強い自覚はあり、身長もある方なので身体を振り回されるなんて経験は柔道の最中でも稀だ。
    なのに。
    まさか今、自分を引っ張り、路地裏の横を爆走するダチョウの群れから助けてくれた人物が辻田さんだということに驚いた。
    いつも腕を引っ張っていたのは自分だったのに。
    しかしナギリも同じように驚いていた。
    このままでは自分も巻き込まれ、危ないからと思わずカンタロウの肩を掴んだ。
    助けようと思った訳じゃない。
    自分の事を掴んでいるカンタロウが巻き込まれたら仲良くナギリもダチョウに踏まれるのは目に見えている。
    事実、ナギリが助けなければ群れに踏み潰されていただろう。
    しかし。そのまま逆にカンタロウを掴んだ腕で身体を壁に押し付けたような状況となった今。
    ナギリはカンタロウとの目線の違いに驚いて思わず口から言葉がこぼれていた。

    「なんかお前、小さくないか?」
    「えっ?本官は小さくないであります!」

    お互い、ほぼ反射的な会話だった。
    勿論ナギリだって、カンタロウの身長が小さくない事は分かっている。
    ただ思っていたよりカンタロウから送られる目線が下からだ、と思っただけだ。

    「いや、違う!そういう意味じゃな……そういう意味ってなんだ!?」
    「辻田さん!」
    「のわっ!?突然、間近で大声を出すな!」

    自分に聞かれても困る事は多い。
    ましてや自分の行動でさえ今は信じられない気持ちなのに、更にカンタロウから尋ねられても困るではないか。
    何より目の前の男が、あまりにもナギリの予想を遥かに超えて奇行に走るのは今に始まったことではない。
    今も苦情を言ってみても聞いてはいないのだろう。
    すると案の定、カンタロウの口から聞かされた言葉にナギリは上手い言い訳が思いつかなかった。

    「本官、辻田さんのなさってる修業がしてみたいであります!!!」
    「は?」
    「先程、凄いチカラで本官を引っ張って助けてくれましたよね?何か秘訣があるのでは!?本官、是非ご教授願いたいであります!」
    「いや、修業してないで仕事しろ!クソ警官!!!」
    「そんなぁ!強くなりたいでありまぁぁぁす!」

    えーん!と騒ぐカンタロウに気を取られて、ナギリは忘れていた。
    人が人を壁に押し付けて叫び合っている状況は性別に関わらず異常である事。
    そして何故、カンタロウと共に吸血鬼を追いかける羽目になったかを。

    「わーっ!?カンタロウが壁ドンされてるーっ!?」
    「げっ!?またお前か、チビっ!」
    「無事か、カンタロウ!とうとう露出だけでは飽き足らずに人を襲って脱がせているのか……!?」
    「するか!そんなこと!!!」
    「誤解であります、副隊長!今、本官がお願いしているだけであります!」
    「……えっ?カンタロウが露出魔にお願いして壁ドンを?お前そんな趣味が」
    「言葉を省くな!何もかも違う!!!」

    同じように逃げた吸血鬼を追跡していたヒナイチに誤解され、危うく警棒で殴り飛ばされそうになったナギリは肝が冷えた。
    露出魔だけでなく更なる余罪での犯罪者扱いでVRCなどに収容されては事態は悪化するし、捕まるなら辻斬りとしてが良い。
    何より捕まった余波でカンタロウが1、2のボカン!とパイルバンカーで追いかけてくるかも分からない。
    事情をなんとか聞いてもらうとヒナイチは、そうだったのか!?勘違いしてすまなかった!と素直に謝ってくれた。
    本当にこの女が素直で助かった。
    そんな風に安堵しているとピーガガッと何処からか機械音が聞こえてきて、ヒナイチとカンタロウは耳元に手を当てて何やら真剣な表情で頷いている。
    どうやら無線が入ったようだ。

    「半田。確保ご苦労、直ちに私もそちらに向かおう。カンタロウ、聞こえたな?」
    「はい!」
    「それじゃあ本当にすまなかったな、カンタロウもあまり市民を巻き込むんじゃないぞ!」
    「本当にどうにかしろ、コイツ!」
    「うぅ〜!だって…あ、いや、その、ごめんなさ、申し訳ありませんでした!辻田さん」
    「あ?……なんだ、何が言いたい」

    急にしどろもどろに謝るカンタロウは中々物珍しい。
    しかし、ほら行くぞ!とヒナイチに言われた時には普段通りの厄介な警官に戻っていた。
    少し胸焼けのような、スッキリしない感覚に舌打ちが溢れる。
    今日は珍しくカンタロウを回避出来た上に、今日のオマケの収穫を良しとしなくてはならない筈だ。
    だが去り際のカンタロウの態度は癪に障る。

    「まぁいい、アイツはやはりあのパイルバンカーと防刃ベストさえなんとか片付けさえすれば……」

    何故、自分が苛立っているのか自覚できなかったナギリと違い、カンタロウには自覚があった。
    だからだろう。
    ヒナイチの後方を走りながらもジワジワと自分の耳が赤くなるのを自覚して、カンタロウは走る自分の足にチカラを入れる。
    今になって恥ずかしくなってきたのだ。
    ダチョウの群れは確かに危なかったのだが、以前から少し身長は辻田さんの方が上でありますね!俺の身長を考えると190cmはあるのでは?とか考えた事があった。
    更に事故で手錠を自分と辻田さんに嵌めてしまった時は思っていたよりスムーズに動けた事に感動したりもした。
    それに何よりコンビニのガラスに辻田さんをぶつけてしまった事をバッチリ覚えている。
    なので身長はあるが力の差は対して差がない、もしくは自分の方が強いのではないか?とすら考えていたので油断していた。
    だが、まさか。

    「カンタロウ、とりあえず現場に到着したら……おい、大丈夫か?」
    「……え、本官が何か?」
    「何かじゃない!とても顔が赤いぞ、これくらいで音を上げる筈もないし……風邪気味なのか?」
    「あ、あれ?なんで……あ、いえ!本官は大丈夫であります!」
    「本当か?無理はしない方がいいが……」

    人手は確かに欲しいが無理は良くない!と気にかけてくれるヒナイチに敬礼を送った後、カンタロウは再び足の早いヒナイチの後ろを走り始めた。
    今は職務に集中せねば、と切り替え直したカンタロウの顔はもう普段通りではあったのだが。

    「あ、辻田さん!このようなところで奇遇でありますね!」
    「げっ!お前なんで毎回ピンポイントで俺の前にっ……って、何してる」
    「……へ!?いや、なんでもないでありますよ!」
    「嘘下手か!?いや、嘘にすらなってないぞ!お前、人に声をかけておいてなんで後退りしてやがる!」
    「あれっ!?」
    「あれ!?じゃないわ、馬鹿が!」

    なんで自分の行動も分かってないんだ?と困惑した表情をしている辻田さんに赤面して、しどろもどろになってしまった自分に慌てる羽目になるのはまた別の話である。



    END






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