颯砂くんに言ってほしい何度か利用したことのある、ラブホテルのエレベーターに2人で乗っている。
今日は指し示してお泊まりしようと決めていたわけではなくて、久々に一日中遊んで、今からワンルームに帰って家事をするのが嫌になったから。そんな理由だ。
希くんは、そんなわがままなわたしの要望にも『良いよ!』の一言で付き合ってくれた。『疲れてるんだし、すぐ寝ちゃえばいいよ』の優しいコメント付きで。
こういう時、男の人って我慢できるものなのかな。希くんくらい自己コントロール出来る人なら朝飯前なのかも。
わたしってわがままだな、と思うのが、それに対して『優しいな』と思うと同時に『わたしに魅力がないってこと?』と不満にも思ってしまうところだ。
隣にたつ希くんを見ると、いつも通り平常心の澄ました顔をしているのが悔しくて
脇腹をつつくと『ちょ、やめろって〜!』と笑われた。
・・・
何度か利用したことのある部屋ではあるが、開けた瞬間のどきどき感は未だに薄れない。
大きなベッド、大きなお風呂、大きな液晶テレビ。そのどれもが狭いワンルームにはないもので、非日常感に胸が高鳴る。
「…希くん、何で突っ立ってるの?」
「えっ?あぁ、ううん。別に?相変わらず広いベッドだな〜って感心してた」
「ふーん…?」
そう言ってズカズカと部屋の奥まで来ると、荷物を下ろし、『オレ、汗臭いしシャワー浴びてくる!』と浴室に消えていった。
…分かりやすくて可愛い反応に、にんまりと頬が緩んだ。なんだ、やっぱりしたいんだ、と。
希くんがそういう事を考えていて、なんとかわたしに悟られまいとするときは、大体眉間に皺を寄せたり明後日の方向を見る。それで、わたしが『どうしたの?』と聞くと、慌てて『別に〜?』と言ってわたしから離れようとするのだ。
今日はわたしが疲れてるからと気遣って、自分のスイッチが入らないようにしているのだろう。可愛くて、優しいひと。
たしかに疲れてるし眠ってしまいたいけれど、そんな可愛い反応をされると突き回したくなるのが女の子というものではないだろうか。
わたしもシャワーを浴びるとして、そのあとどうからかおうかな、と思うと
自然と頬が緩んで仕方なかった。
・・・
「シャワー気持ちよかった〜。ここの備え付けのパジャマ、質が良いよね。」
タオルで髪を拭いながら浴室から出ると、ソファに腰掛けながら、険しい顔で液晶を見つめる希くんがいた。
腕を組んで難しい顔で見ているのは、朝の時間帯にやっている戦隊モノの番組だ。
その表情と番組の不釣り合いさに、思わず笑い声をあげそうになって慌てて喉を鳴らす。
頑張って気を逸らそうとしているのに笑うのは、失礼だよね。
ふぅ、と息を吐いて笑いそうな気持ちを消してから、希くんの隣に腰掛ける。
「希くんが普段聴いてる曲って、この番組のだったんだね?」
「ん?あ、そうそう。このメインテーマが熱くてさ〜!まさかこんな所で見逃し配信が見れるなんて思わなくて、つい見てた。」
「そうだね?えっちなことする所なのに、教育番組を見れるなんて不思議だよね」
「そ………うだね…ははは…」
「ふふっ!」
「ははは…うん、不思議不思議…」
一瞬希くんの目が動揺したように揺れたけれど、わたしが無邪気を装った顔で笑うと、引き攣った顔で笑い返してくれた。
…そっとため息ついてるけど、聞こえてるよ?
普段はグラウンド上の絶対王者的存在である希くんが、わたしの前ではただの男の子になる。それがわたしの自尊心とか女の子としての自信、あと愛されてるな〜とか、そんな気持ちを満たしてくれる。つい意地悪してしまうのは、そんな身勝手な理由だ。
また希くんが険しい顔で液晶を見出したから、素早くリモコンを奪ってボタンを押し込む。ぶつん、という頼りない音で簡単に画面は真っ暗になる。
「おーい。オレ、見てたのになー。」
「うん、でももうベッドに行きたいし。」
「え〜っとぉ…?」
「もう、いこ?」
戸惑う希くんの手を取って、2人で手を繋いでベッドに向かう。大きな体で、大人しく後ろをついてくるのがまた可愛いなぁと思う。
大きなベッドの中で2人横になりながら向かい合うと、どろりした期待を含んだ希くんの視線が絡みついてきた。
じっとその目を見つめ返すと、クリアレッドの瞳がぎゅうと弓なりにしなる。
あぁ、キスされるな。
「ん、ふ…んんっ」
火傷しそうなくらい熱い唇に思わず声を漏らすと、もう我慢できないとばかりに、性急な舌がわたしの唇をこじ開けようとしてくる。
希くんのキスは気持ちいいんだけれど、このまま流されるわけにはいかない。
今、わたしは、希くんに甘い声で『したい』と囁かれたいのだ。
希くんの頬に両手をそえて、唇を離す。はぁ、と熱い息を吐きながら希くんがまた顔を寄せてくるのを手で制すると、訝しげな瞳と目があった。
「もう寝よっかな。」
「…え?」
「え?だって今日はすぐ寝ちゃえばいいって言ってたし。」
「そ…れは…いや、そうなんだけど…いや、えぇ…?」
布団の中の希くんの手が、未練がましくわたしの腰あたりに添えられる。
パジャマの隙間から手を入れようとしたり、やめたり、上からさすったり。それから、もうダメだと言わんばかりに引き寄せられ、力一杯抱きしめられた。希くんの長い両足まで絡んできて、いよいよ動けない。
大型犬が全身で甘えてるみたいで可愛いな。ちょっと苦しいけど。
ぽんぽんとあやす様に背中を叩くと、恨みがましい声で唸って言う。
「も〜…オレのことからかって、そんなに楽しい?」
「からかうって?」
「なんだよ、気付いてないとでも思った?キミ、さっきからオレのこと試してるじゃん。」
「うふふ、分かっちゃった?」
「うふふーじゃないよ、もう…」
はぁ〜、と大きなため息をつくから、我慢できずに笑ってしまった。モゾモゾと動いて、希くんのあごにキスを落とす。ごめんねの意味を込めて。
希くんはようやく体を解放してくれた。それから、わたしの頬に両手を添える。
わたしの顔を覗き込む希くんには、たぶんわたしの目の奥に見えるどろどろした欲望も見えてるに違いない。
「で、なんでこんな事すんの?疲れたなら本当に寝ていいし、そうじゃないならー…」
「…寝ていいの?」
「…えっ?」
ほんとうに?そういってジッと見つめ返すわたしに、漸く意図を悟ったらしい。ふ、と瞳を緩めて笑う。
「そりゃあ本当は、寝ないでほしい。」
「…う〜ん、なんで?」
「なんで?なんでって…」
さすがに直接的な言葉で言うのは恥ずかしいのか、浅黒い肌にサッと朱がさす。
でも今日のわたしはどうしても聞きたいのだ。ねぇ、なんで。と、だだっ子のように繰り返すと、希くんがンンッと喉を鳴らした。
「…そんなの、きみとしたいからに決まってるじゃん。」
「したいって何を?」
そこまで言わせるのか、と顔に書いてある。わたしがその続きを待っていると、諦めたのか唇を耳元によせ、掠れた声で答えてくれた。
「………セックス。」
「え?」
「…きみとセックスしたい。今すぐ。」
「ふふ、わたしも。」
「そりゃ良かった。じゃ、我慢しない。」
「きゃぁ!」
ようやく待てを解除された狩猟犬みたい。素早くのしかかって唇を奪ってくる姿に、そんな感想を抱いた。
正直眠たさはあるけれど、このまま希くんのエネルギーの渦に呑みこまれるのも悪くない。そう思って、わたしも希くんのパジャマに手をかけた。
終