記憶喪失ものの五七 夏の終わり。
浴衣姿の人だかりを抜ける。
川縁のぬるい風が湿った首筋を撫でた。心臓に届く花火の音が次第に大きくなっていく。素直な津美紀は破裂音が響く度に地面を踏み鳴らして飛び跳ね、夜空一面に青や赤の火の玉が飛び散る度に弟の腕を引いている。あれだけ帰りたそうにしていた恵の表情に年相応の高揚感が見えてきた。見晴らしの良い河原は人も多い。空がゆっくりと静けさを取り戻すタイミングで、姉弟が人に流されないようにと伸ばした手を、誰かに掴まれた。
最初こそ手首を。
急所を抑えるような確実さで動脈を固定されたあと、ゆっくりと五本の指が七海の掌に到達する。力任せな握り方ではない。だけども、圧倒的な揺るぎなさで、七海の手は包み込まれてしまった。顔を上げると同時に、打ち上がった花火が、再び夏の夜空を鮮やかに染める。
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