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    橘真琴Birthday2021

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    橘真琴Birthday2021

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    穂香 様
    Twitter @honoka_nn
    pixiv https://www.pixiv.net/users/16062433

    取るに足らない、小さな出来事だ。自分以外の大勢にとっては。
    「うーん。そうかな? 僕は、ちょっと違う風に感じたけど」
     首を傾げる郁弥の体が、慣性に揺すられて右に傾く。
     大学方面へ向かうため、遙と一緒に乗り込んだ車両の中だ。そこにはたまたま郁弥と日和、旭、貴澄がいて、混雑する時間帯にも関わらず、運良く合流し話すことができた。
     六人それぞれ吊り革や手すりに掴まりながら、話題にのぼるのは、昨日最終回を迎えたドラマについて。
    「直前のシーンで言い争ってたのが原因でしょう? そうじゃなきゃ、あんな終わり方にはなってないと思う」
    「でも、なんかモヤッとするよなー」と、旭の反論。
    「そもそも言い争い自体が演技っぽく無かったか? 怒り出した理由も説明されてないし。あれって伏線だろ? 確か第三話の時に……」
     間もなく電車は次の駅へ滑り込んだ。降りたい人と乗りたい人の流れが生まれ、ドア付近が混雑し始める。まだ降りる予定でない五人は流れに逆らってその場に留まりながら、騒がしい車両の中であぁでもないこうでもないと、考察や感想に更なる熱をこもらせていった。
     だんだん、ちょっとしたじゃれ合いの喧嘩みたいになってくる。
    「だーかーらー! 俺は、郁弥の言ってることが間違ってるとは言ってねーだろ。可能性の話をしてるだけで!」
    「僕だって怒ってないよ、こんなことで。ただ旭の話が合ってるって仮定すると矛盾が生まれるから、違うんじゃない? って言いたかっただけ」
    「その言い方が怒ってんだよなー、なんか。おまえ時々俺に対してすげえ塩対応になるし。真琴もそう思うだろ?」
    「いやぁ、あはは……」
     急に巻き込まれても。真琴は曖昧な苦笑いをこぼし、視線で遙に助けを求めた。遙は面倒がって助けてくれなかったが、代わりに貴澄が旭をいじって、場の雰囲気を和やかにしてくれる。
     謎と余韻を残したままエンディングを迎えたドラマは、からくも世間の賛否両論を呼んでいた。真琴も楽しみに追いかけていた視聴者の一人だから、モヤモヤするこの余韻を、誰かと共有したいみんなの気持ちはよく分かる。
     だからこそ――もどかしかった。偶然会うなり挨拶もそこそこにドラマの話が始まって、おそらく盛り上がったままお別れになってしまいそうなことが。
     今の真琴には、もっと他に、みんなに聞いてほしい話があったから。
     ――実は俺、今日が誕生日なんだよね。
     郁弥や旭の意見に微笑みを返し、日和の感想に頷きながら、たった一言を発するタイミングを見計らい続けている。
     空気を壊したくない。でも、知っていてもらいたい。相反する思いが形になったみたいに、青灰色の空からぽつぽつ、落ちてきた雨粒が窓をかすめて、流れゆく景色を曖昧に滲ませる。
    「雨、降ってきたな」
     ほぼ同時に気付いた遙がそう言ったので、真琴も「お天気雨だね」と笑顔で応じた。視線を交わす間に旭が割り込んできて、大げさな声を上げて窓に取り付く。
    「おい嘘だろ! 俺、傘持ってきてねぇんだけど!」
    「きみはいちいちうるさいな」
     たまたま窓際にいたせいで押しのけられる形になった日和が、眉をしかめて旭をぐいぐい押し返した。
     日和に圧されて後退してきた旭の肩を、郁弥と貴澄が軽く叩いて、
    「大丈夫だよ。多少濡れたところで、旭なら風邪引かないと思うし」
    「そうそう。予報では、僕たちがちょうど学校行く時間帯に少し降るだけだってさ。そんなに慌てなくても良いと思うよ~」
    「いや外歩く時に降られるのが一番困るだろ! つか、郁弥に至ってはどういう意味だ!」
    「さぁ?」
     ふたりして、思わしげな笑みを浮かべた。
    「お前らなぁ!」
    「なんなの?」
     じゃれ合う三人を、日和が「まぁまぁ……」と控えめに嗜める。相性がいいんだか悪いんだか。車内にアナウンスが流れ始めても三人が気付かないので、真琴は慌てて、必要以上に声を張る羽目になってしまった。
    「もうやめなよ! ふたりとも、この駅で降りるんじゃないの!」
     郁弥と日和がはっとした顔を見合わせてから、それぞれ車内案内へ目をやった。霜狼大学の最寄り駅名が点滅している。
    「……本当だ。ありがとう真琴。乗り過ごすところだったよ」
    「ごめん、郁弥。僕がちゃんと見てれば良かったのに」
    「ちょっと遊びすぎたね。じゃあ、また後で」
     そのやり取りで、何となく雨の話は終わりになった。
     日和と郁弥が降りていき、ドアが閉じる。ふたたび滑り出した電車の中で、残っているみんなは静かだった。
     旭は、おそらくスマホで天気予報を調べている。神妙な顔で「なんだよ。マジで今しか降らないじゃん。ついてねぇ」とブツブツ呟いていて、話しかけてきそうな雰囲気ではない。
     貴澄もスマホを触っているが、こちらは多分メールの返信でも打っているのだろう。口元に笑みを浮かべていて、機嫌が良さそうだ。遙も同じく。流れていく景色を眺める横顔の口角が上がっているから、何か楽しいことを考えているのだろうと分かる。
     チャンスが来たのかもしれない。今なら、誰かの話の邪魔をすることもなく、自然な流れで真琴の話を聞いてもらえるかもしれない。
     他の人たちにとっては些細かもしれないけれど、真琴にとっては大切なこと。
     俺、今日誕生日なんだ。できれば一言でいいから、おめでとうって言ってもらえると嬉しいな――……。
    「ねぇみんな、じつは俺……」
    「あーっ! ねぇねぇ、ハル見てよ! これ、楽しそう! みんなで一緒に行かない? 冬休みにでも!」
     結果としては、ダメだった。たまたま貴澄と声が被ってしまい、みんなの注意はそちらへ向く。
    「無人島グランピング?」
    「そうそう! 海、すごく綺麗だよ! みんなで行こうよ。凛と宗介も誘ってさ」
    「来るかな? あいつら」
    「来るよ。あれで結構、寂しがりやだからねぇ」
     真琴には無かった。始まったばかりの楽しい話の腰を折ってまで、自分の話をする厚かましい勇気など。
    「どんな?」
     何食わぬ顔で会話に混じり、一緒に貴澄のスマホを見せてもらう。
     画面の中に広がる海は青く澄み、水平線の彼方まで穏やかだった。
    「綺麗だね」
    「でしょ? 真琴も行こうよ」
    「うん、そうだね。いつか」
     いつか、みんなと行けたらいいと思うよ。
     周りに合わせて微笑みを返しながら、本当は来るかも分からない『いつか』より、今日の話がしたかった。

     気の置けない昔なじみ達と駅で別れ、大学へ。
     ここで出会い、仲良くなった友人たちとの付き合いは、まだ浅い。
     それなりに楽しく過ごせたけれど、祝いの言葉は誰からも貰えなかった。当然だ。ここの知り合いは、まだ誰も真琴の誕生日を知らない。
     教えてみようかとも思ったけれど、誕生日当日に自分から教えるのは浅ましく感じて、どうも気が進まなかった。真琴はべつに、プレゼントが欲しいから自分の誕生日を知ってもらいたいわけではない。ただ一言「おめでとう」と、自分を昔からよく知ってくれている人たちに言って欲しいだけ。
     ――でも、じゃあハルは? ハルは俺の誕生日を確実に知っているはずなのに、どうして何も言ってくれないんだろう。
     真琴は今朝も、遙と一緒に市民プールでひとときを過ごしていた。それから電車に乗って、駅で別れるまで、何十分も時間があったのに、まるで気付いてないような態度だった。
     何かがおかしいと思う。遙はドライなようでいて、受けた施しにはきちんと礼を返す人間だ。真琴が彼の誕生日を祝う限り、真琴の誕生日も同じ温度で祝ってくれるはずの人だ。
     物心ついた時から、お互いの誕生日祝いを忘れたことなんて一度もなかったのに。
     もちろん真琴は、今年も六月三十日を忘れずに祝福している。
     楽しい一日だった。今日とは大違いの澄んだ青空が広がっていて、蒸し暑くて。真琴は前日からみんなに声をかけて準備を行い、純喫茶まろんを貸し切りにして、遙の誕生日パーティーを企画した。
     遙は、喜んでくれたと思う。「ありがとう」と優しく微笑み、企画者の真琴をねぎらってくれた。
     パーティーの最後に、真琴は郁弥や旭と大切な約束も交わした。
    『今年はタイミングが合わなかったけど、来年は、ふたりの誕生日も必ず祝うね』
     ――そんなことがあったのに、自分の誕生日を忘れられてしまうとは。寂しいような、やるせないような。それとも、間違っているのはこっちの方か?
    「俺が、ちょっと気にしすぎなのかなぁ」
     昼休みに公園で購買のパンを齧りながら、むなしい独り言がぽろりと落ちる。一人で昼食をとるのは久しぶりだ。いたずらな風さえイチョウの葉と宙で遊び、人間のくせに誕生日に独りぼっちなの? と、ありもしない声が聞こえてくるような気がする。
     他の誰かがどう思っているかは関係なく、真琴自身は、お祝い事や記念日の概念が好きだった。
     喜ぶ姿を見ると自分まで嬉しくなる。「ありがとう」と「おめでとう」は、言うのも言われるのも大好きな言葉だった。みんなの笑顔を見るためなら、手間も苦労も気にならない。自分の力が及ぶ範囲のことしかできないけれど、誰かのために何かがしたい。
     そう思う一方で、世の中にはいろいろな考えがあることも理解していた。
     たとえば、他人の手作りが苦手な人とか。お祝い返しをするのが面倒だから、いっそお祝い自体要らないという考えだとか。真琴には無い考えだけれど、道理を理解しようとすることはできる。
     人それぞれに異なる価値観があるのは当たり前で、普通のことだ。時にはお互い不満を抱え、ぶつかったり飲み込んだりしながら仲良くなっていくのが人間だから。
     でも。もし、今まで真琴が良かれと思ってやってきたことが、実は全部余計なお世話だったとしたら?
     実際に何度か言われたことがある。お前は気を使いすぎ、お節介、心配性。
     毎年繰り返される「おめでとう」が、身勝手な気持ちの押し付けになっていない保証がどこにある。その人が心から喜んでくれたかどうかなんて、結局は本人にしか分からないのに。
     気持ちを押し付けた上に見返りが欲しいとは、我ながら浅ましすぎて笑えてくる。
    「なんか俺、ずーっと空回りしてたのかもしれないなぁ」
     雨上がりの空は青く澄み渡り、ところどころ浮かんだうろこ雲を、太陽が金色に縁どっていた。

     一日の講義をすべて終えたら、次はSCでのアルバイトが待っている。自分が夢のために決めたスケジュールにも関わらず、今日はあまり楽しみだと思えなかった。
     それでも無理して笑顔を作る。選手のためにメニューを調整し、泳ぎに注目し、時には一緒に泳いで問題解決に取り組んだ。
     夏也と尚が欠席だったので、仕事量はいつもよりも多かった。宗介もなぜか居ない。しばらくは気になっていたけれどそのうち仕事に忙殺されて、それどころではなくなった。
     バイトを終えて外に出ると、もう夜。吐いた息は白く染まり、冷たい風に乗ってかき消える。真琴は思わず上着の襟を引き寄せて、いつの間にこんなに寒くなったんだろうと吐息した。みんなが世界大会へ出ていた暑い日々のことが、まだ昨日の出来事のように感じられるのに。
     手の中でスマホが震えた。着信だ。画面に表示された『椎名旭』という文字列を、今は少し面倒だと思ってしまう。
    『おう真琴。今帰るところか?』
    「うん。そうだけど、何?」
    『まろんに来い。姉ちゃんが困ってる。前に来た時、忘れものしていっただろ』
    「忘れもの? うーん……? 覚えがないけど。俺、何を忘れてたの?」
    『それすら忘れてんのかよ。重症だな!』
     旭が声を立てて笑い『とにかく急ぎだから、絶対今日取りに来いよ! 今すぐ!』と言う。
     妙に焦ったような口ぶりが気になって、理由を聞きたかったのに、一方的に電話を切られてしまった。
     ため息が出る。
    「困ったなぁ……。今日はもう疲れちゃったのに。でも、旭のお姉さんに迷惑はかけるのはよくないか……」
     とぼとぼ歩きだした背中に冷たい追い風が吹き付けて、早く行けと急かしてくる。

    『休業中だけど鍵は開いてる。表から入って来いよ。奥で待ってるから』
     あとから受信したメッセージの通り、純喫茶まろんの店内は暗かった。正面ドアには『closed』の札、テーブルには白い布が掛けられていて、とてもじゃないが、部外者が立ち入るような雰囲気ではない。
     ためらう真琴をからかうように『俺は奥にいる!』と新規メッセージが飛んでくる。呑気なものだ、スタンプまで使って。そんなもの付ける余裕があるなら表まで出てきてくれたらいいのに。
    『閉店中のお店には入れないよ。俺は部外者なのに』
    『お前は部外者じゃない。俺の客』
    『少しで良いから外へ出てこられない?』
    『これから筑紫のご飯タイムだから。無理』
    『外で待ってるから』
    『なんだよ真琴、怖いのか? 心配しなくても、中に居るのは俺らだけだぜ』
     そう言われても『closed』のドアを開けるのは勇気が要る。
    「……昼間は明るいから何とも思わないけど、こうして見ると、意外と広い店だなぁ……」
     バックヤードへ続く通路に、カウンターやテーブルがつくる影。昼間は豊かな香りをたてるサイフォンも、今は静かで。
     外の光も届かない暗がりやドアの隙間には、得体のしれない何かが潜んでいるような気がする。純喫茶まろんは年季の入った店だ。旭の姉が譲り受けた時点で、既に創立から何十年も経っていたと聞いている。
     出入りする様々な客の中には、良い人もいれば悪い人もいただろう。怨念、執念、強い想い。残留思念や生霊は、時おり場所に縛られることがあるという。いわゆる地縛霊と言われるものがそうだ。
    「い、いやいや、まさか、そんな。大丈夫だって。いるとしても、コーヒーの妖精とか、多分そんなんだし」
     ドアの前で自分に言い聞かせていたら、旭から再びメッセージが飛んできた。『早く入って来い!』と、じれったそうな一言だけ。それが怖い。店内には誰もいないのに見張られている。
     どうしよう。もし、このメッセージ自体幽霊が送ってきたものだったら?
     考えてみたらおかしな話だ。『closed』の札を掲げているとはいえ、店舗に鍵をかけないで友達を待てるか? 泥棒に入ってきてくれと言わんばかりじゃないか。
     真琴はだんだん、泣きたい気持ちになってきた。
    『ねぇ旭、やっぱり怖いよ。ごはん終わるまで待つから出てきてもらえない? お願いだから』
    『だから、俺は今出ていけねぇの! 真琴が来ればいい話だろ』
    『だって、怖いのに……』
    『いいから! 早く! 入って来いよ!』
     続けざまに『急いで!』『待ってるから』『早く!』のスタンプまで飛んできたので、真琴は半泣きになった。急かされれば急かされるほど怖い。暗い店内が通りへ向けて大きなあぎとを開いた、なにか異質なものに思えてくる。
     ごくり、と音を立てて唾を飲み込んだ。冷たいドアノブにそっと手をかける。視界の隅で何かが動いたような気がする。真琴は今すぐ逃げたい気持ちをこらえ、勇気を出して『closed』のドアを開けた。
     店内に踏み込んだ瞬間に音が弾ける。パンパンパン、という連続した破裂音。眩しい光がいきなり瞳孔を焼き「真琴、誕生日おめでとう!」火薬のにおいとともに、カラフルな紙の紐やらフレークやらが飛んできた。
    「えっ? ……え? なに? 幽霊?」
     呆然とする真琴を、たくさんの人間が取り囲んでいた。遙、旭、郁弥、日和、それから……全員の顔を確認するより先に「サプライズだぞ!」誰かに勢いよく肩を叩かれる。
    「いいアイディアだろ! 俺が考えた! どうだ! びっくりしたか? 真琴!」
    「な、夏也先輩……」
     状況が全然飲み込めない。えぇと、ハルがいて、夏也先輩がいて? 何これ、いったい何が起こったの。
     肩にかかったままの夏也の手を、尚がやんわりと取り外した。
    「ちょっと早いよ、夏也。みんなも、真琴が追い付くまで待ってあげて。すごく驚いていて、それどころじゃないみたいだから」
     優しい手のひらが背中をさすり「深呼吸しな」尚の落ち着いた声が耳元で響いた。
    「混乱させて悪かったね、真琴。落ち着いたら怒っていいよ。みんなに口止めしたのは夏也なんだ」
    「おい! なんで俺だけの責任になるんだよ! お前ら全員、いい案だと思ったから乗ってきたんじゃないのか?」
    「その時は確かにいい案だと思ったけど」遙が細めた目で、じっ……と夏也が手にしたグラスを見る。「今は失敗したと思ってる」
    「まだ少ししか飲んでない。酔えねぇよ、こんなんで」
     そう言いながらも、全員から視線を向けられて多少は気まずく感じたのか。夏也は二杯目を求めてカウンターへ行ってしまった。
     旭、郁弥、遙の三人が、困った顔で謝罪をくれる。遙が代表として一歩進み出てきて、揺れる瞳で真琴を見上げた。
    「悪かった。俺がみんなに声をかけたんだ。そしたら夏也先輩が、サプライズにしようって。驚かせて悪かった」
    「ううん! そんなことない。俺、嬉しいよ。まだ頭がボンヤリしてるけど」
    「結局、いつも通りが一番落ち着くよな」
     ふいと視線を外した遙の肩に腕を乗せて、旭が「ヒヤヒヤしたぜ!」と、スマホを空中でぷらぷら揺らした。
    「なかなか店に入って来ねぇんだもん! 真琴、ちょっとビビりすぎだぜ」
    「だって店の中真っ暗だし、誰もいないと思ってたから……。一体みんな、どこから湧いて出てきたの?」
    「テーブルの下! 布で隠して、クラッカー持ってずっと隠れてたんだぜ。二十分くらいな。おかげで膝と腰が痛ぇよ」
    「へ、へぇ……。そうなんだ。なんかお疲れ様……」
    「おい、引いてんじゃねぇよ! お前が無駄に時間かけたせいだぞ!」
     旭の言葉を引き継ぐように、今度は郁弥が「たぶん、忘れられてると思ってたよね?」長いまつ毛を瞬かせて、聞いてくる。
    「僕たちは知ってて、わざと何も言わなかったんだ。今日この瞬間のためにね。でもヒヤヒヤしたよ。電車で会っちゃったのは想定外だったから」
     それから、わずかに不安を滲ませて。
    「真琴を無視したかったわけじゃないんだ。本当はずっと、早く言いたくて仕方なかった。我慢するの大変だったよ」
     囁くような郁弥の言葉に、遙が同調して頷いた。
    「あぁ。毎年言ってきたことを言わないのはすごく違和感がある。今日一日ずっと落ち着かない気持ちだった」
    「ハル……。じゃあみんな、俺の誕生日を忘れてた訳じゃなかったんだね」
    「当たり前だろ」
    「……今までのことも、迷惑じゃなかった?」
     勇気を出して投げた問いかけを、遙はいまいち理解できなかったようだった。きょとんと首を傾げて「なんで迷惑だと思うんだ?」無垢な青い瞳が揺れる。
     それだけで、もう十分だった。
     心が落ち着きはじめるにつれ、じわじわと理解が追いついてくる。みんなが自分のために気を払ってくれたこと。驚かせよう、楽しませようと思って、今日を特別な一日にするために働いてくれたこと。
     バックヤード側から貴澄の声が響いた。
    「ねぇ、僕達そろそろ出ていっても大丈夫? 色々運びたいものがあるんだけど」
     声のする方には凛、宗介、日和もいて、各々手に盆や鍋を持っていた。ふわっと漂ってきた美味しそうな料理の香りに刺激され、空っぽの胃が切なく鳴る。
    「お腹空いてるよね? 真琴。みんなで食べよう。味は保証しないけど。特に日和が作ったシチューとか」
    「なっ! なんで僕の腕前を疑われなきゃいけないんだ! 作り慣れてるメニューだから失敗しないよ。貴澄が担当した料理こそ不安なんだけど」
    「あはは! 綺麗でしょ? ピンクと青と緑色の三色ゼリー! 宗介と凛は、それぞれ何味だと思う?」
    「知りたくねぇ」
    「俺は絶対食わねぇぞ!」
    「だぁいじょうぶ。凛でも食べられるよ。全然甘くないからさ~」
    「それが不安だって言ってんだよ!」
     四人の話を聞いていた真琴は、あまりのことに目をぱちぱちさせた。
    「え? もしかして……、みんなが料理作ってくれたの? わざわざ?」
    「ほとんど僕と山崎くんだけどね」日和が苦笑し、遙へ目を向ける。
    「七瀬くんも何か作っていたよね。昼からずっと厨房に張り付いて。確か、ケーキ係だったっけ?」
    「……ハルも?」
     振り返っても、遙はそこに居なかった。たまたま目が合った郁弥が、カウンターの方を身振りで示す。
     むすっとした顔の遙とニヤケた夏也が、ケーキの載った盆を持ってこちらへやって来るところだった。
    「夏也先輩は美味しい役割ばかり掠め取ろうとする」
    「そう言うなよ。手伝ってやってるんだぞ、俺は」
    「頼んでない」
     遙が夏也から盆を奪い返し、テーブルにそっと置く。
     大きなケーキだった。クリームが塗られた長方形の土台に、色とりどりのカットフルーツが乗せてある。いちご、バナナ、キウイ、パイン。それらに凭れさせるように配置されたアイシングクッキーは、イルカやシャチ、サメなどを象っていて。
     中央のメッセージプレートには遙の字で「誕生日おめでとう、真琴」の一言が。たぶん、添えられていた……と思う。読んだ途端目の奥が熱くなって、ケーキを直視できなくなったから分からないけど。
    「おいおい、泣くなよ。真琴」凛の声。
    「そうだよ。パーティーはこれからなのに」と郁弥が笑って、嬉しくて倒れ込みそうな体を、旭と一緒に両側から支えてくれた。お互いの誕生日がいつなのか、小学生や中学生の頃から知っている仲間たち。
    「みんな、ありがとう」
     顔を上げると、一人一人の表情がよく見えた。みんな笑っている。遙、凛、貴澄、日和、宗介。尚に叱られて拗ねる夏也に、旭、郁弥も。
     真琴の心を読んだように、遙が頬に小さなえくぼを作った。
    「今年の誕生日は、今までで一番の大所帯だ」
     誰かからタブレットを受け取った遙が、画面を真琴の方へ向けてくる。
     岩鳶高校が映っていた。去年まで通っていたあの部室に怜や渚、江たちもいて「こっちでもリモート誕生パーティー、始めるからね!」と、真琴に手を振ってくれる。
     ……そんな名案、六月三十日には思いつきもしなかった。真琴が今まで渡してきたお祝いを、仲間たちは倍以上のものにして返してくれた。
    「みんな、本当にありがとう。今の俺は、世界でいちばんの幸せ者だよ」
     最後の独り言は、楽しい喧騒にかき消され。
     積み重ねた年月は今日へ繋がり、まだ見ぬ明日にも影響を及ぼしていく。
     よりよい未来へ、みんな一緒に幸せな場所へ。
     そんな保証はどこにもないのに、今の真琴は自信を持って、全員同じ気持ちだと断言できた。
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