カケルがゲッチュできなかった世界の話『序章』
14年前サルによる世界征服は完了した
世界中の都市はサルに占領され人間の姿は一切存在しなくなった
全てのサルたちを治めるのは白い猿「スペクター」
彼は「カケル」と名付けたAIに毎日昔に話したような会話を永遠に続ける


『サルの王国』
サルたちの中で城内を自由に行動できる者がいた
彼は唯一人間の姿で残されスペクターの側近であった
その彼にも入ることが許されない部屋が存在する
時折部屋の中でスペクターが誰かと話しているような声が聞こえる
その言葉を彼だけが理解できた
彼にとってその話し相手を察することは容易であった
しばらく経って部屋から出てきたスペクターは崇高なる支配者の顔ではなくどこか懐かしく楽しそうな表情のようだった


『ある研究員の証言』
SR.0014.06.24
このラボに入所してから私の仕事は一つ
ただ人間を観察するということであった
主任も詳細を教えてはくれず私は毎日彼のバイタルを確認する
沢山の管に阻まれて顔は良く見えない
カルテでは成人している年齢のはずだが冷凍保存の影響かまだ少年のように見える
脳波、呼吸、心拍…
本日も問題ないはずだった


『狂信者』
妻にすべてを話したあの日、きっと理解を示してくれると思っていた
妻とはそれきりで別れる
私は戦いの心得などなかったがあの方の思想を信じ、自らの身体を理想へと変化させた
あの方へ近づきたい願望は日に日に強くなる
門番の仕事も退屈でしかない
愛しいあの方のいる塔を見上げた
刹那、世界は鮮やかな赤へ彩られた


『状況報告』
突然の爆発
揺れる地面
倒れる塔
崩壊の音
逃げるサル
戦うサル

反乱の日であった


『邂逅』
何年もかけて造った城が一瞬で崩れていく
14年前もそうだった
全部奪っていったのは人間だった
人間のしかも少年だ
衰えた身体は昔の記憶を取り戻したかのように瞬時に戦闘態勢をとる
叫びたい衝動を抑え支配者として最適な反応を示す
「やぁごきげんようカケル」
忘れるはずがない言葉に喜びを覚えた気がした
王は泣きそうに不敵に笑う


『覚醒』
頭がいたい
目がかすむ
呼吸がうまくできない
手足は震えて気力で立っている
身体がボロボロなのにここまで来られたのは意思があったから
目が覚めたときに理解した
「助けなきゃ」
自分を生かしていたのは止めてほしかったから
これはボクの役目だから
「スペクター、今から君を捕まえに行くよ」


『おしまい』
もう二人とも限界だ分かっている
だからもう終わらせなくてはいけない
「カケルもう」
満身創痍のカケルを静止してスペクターさまの身体を横にする
きっと貴方は赦してくれないだろうけど
「あとはオレがやる」
「全部をお前にやる気はないよ」
「これだけは譲れないんだゴメン」
最期に幸せそうな顔をして逝く貴方を知るのはオレだけでいい


『いつかの記憶』
君が大人になるころには私はもういないかもしれないね
私にとって君は、君が生まれた頃から変わらないんだよ
頭をなでると笑うんだ…それがとても可愛くてね
今の君がどうであっても私の大事な愛しい子だと思っているよ
だからね、また思い出した時でいいから撫でられにおいで

白い子ザルは優しく腕に抱かれて眠りについた