本丸襲撃にあった極日向と男審神者の話「主、もっと奥へ!」
日向の声に審神者は早足で本丸の奥を目指した。
部隊を皆遠征に送り「特」になったばかりの刀剣男士たちが残る本丸を時間遡行軍に襲撃され、攻撃して怯ませては奥を目指し少しずつ数を減らしていた。
奥に行けば石切丸がもしもの為にと一定時間結界の張れる部屋がある。
あと数刻もすれば遠征部隊も帰ってくる。
しかしそれまでを繋がなくてはならない。
繋ぐ筆頭は、唯一極めの日向だった。
「ここまで来ればなんとか…!」
審神者を奥の部屋へ追いやると他の刀剣男士を審神者の元へ残し日向は襖を閉めてしまった。
襖に残るシルエットは修行から帰ってきた時とはまるで違う印象だった。
「日向、どこいくんだ…そっちは危ないよ」
審神者が問いかけてもだんだん近づく時間遡行軍の怒号しか聞こえてこない。
「主…今度こそ、上手くやれる」
ただ一言を審神者に残し、日向は襖から遠ざかり怒号の鳴り止まぬ地へと向かった。
「大丈夫、次は上手くやる」
少しずつ削れる兵力に比例し日向の体力も削られている。
それでも気持ちは鼓舞されたままだった。
彼の人には惜しい事をしてしまったが、今度はちゃんと己の力で守れる立場にある。
少しでも時間が稼げれば上々であり浮かぶ主の顔は優しくも時に厳しい笑顔。
―この記憶さえあれば。
不意に片膝が崩れ足をつく。
時間遡行軍の短刀が振り上げられた。
日向が審神者の今後を祈り始めた瞬間。
「剣道部の端くれ行きますッ!!」
審神者が、後ろから突っ込んできた。
「あ、るじ…?」
奥の部屋に届けたはずの審神者が日向の前に立ち後ろから足音が複数続いている。
口の上手い審神者がこっそり部屋から出てきてしまうことくらい、なぜ思いつかなかったのだろう。
どうして来たのだと日向が酸素を取り込んだ瞬間。
「日向正宗ェ!」
耳に響くフルネームが体を震わせた。
叱る時はいつもフルネームで呼ぶ審神者から、今まで聞いた事のないほどの怒声が飛んできた。
時間遡行軍が警戒し動きを伺っているところに審神者が日向の方を振り向く。
日向も大好きな、先刻浮かべたばかりの困った笑顔だった。
「上手くやるなら、生きててくれ」
時間遡行軍が動くより先に日向の足が勝った。
何を忘れていたのだろう。
強くなって帰ってきて、今度こそ主を守ると決めたのに。
結局主を死に近づけてしまった。
折れるかもしれないと心配させたからだ。
今度は上手くやると、決めたのに。
「主、ありがとう」
日向の一撃を合図したように遠征部隊が帰ってきて無事本丸内に残る刀剣男士たちの任務も遂行された。
慣れない真剣だった上に短刀だった為持ち方を誤り審神者の手は血まみれで、これまた遠征部隊にこっぴどく叱られた。
審神者でなかったら今頃血まみれでは済まなかっただろう。
お陰様で握られていた日向正宗本体も血濡れ状態だ。
「ごめんな日向…ちゃんと手入れして…っあぁでも手が暫く使えないからぁぁ」
包帯の巻いてある手が握れない代わりに百面相で忙しい審神者の顔を日向は優しく両手で包んだ。
「主が身を呈して教えてくれたこの手の教訓と引き換えに…僕は今度こそ、主の想いに応えるよ。上手くやろう」
日向の想いに、審神者は笑って応えた。