今日から俺が美少女戦士!今日から俺が美少女戦士!
火の手が上がる。
「千代丸様!」
「権左、やめろ!」
「いやあ、槍の腕では負けませんよ」
「あんたはいずれ名君になる人だ。こんなところで、死んじゃあならんのです」
「いやだ、権左、権左……!!」
無数の矢が身体中に刺さり、今度はその上からずぶりずぶりと槍で刺し貫かれる。それでも先に進ませぬようにと立ち塞がった。ああ、弁慶の最期もかくあったのだろう。目の前が暗く霞んでいく中で、ただ、千代丸様の鈴の音のような声が頭に響いていた。
ああ、千代丸様、俺の死などで泣かんでください。女の袿を被るなり、何なりして、逃げてくれ。そして、夢見たような理想の殿様になって……。
殿様の可憐なお小姓が、俺に肌を許し、その上で自分の夢を語った。領民を蹂躙させてなるものか、などと理想を熱く語るその美しい姿に、いつしか見惚れてしまっていたのだ。五年前に死んだ俺の妻も、新たな主人を尊ぶことを許してくれるだろう。このお勤めが終われば、千代丸様の臣下としていただけるよう殿に打診しようと思っていた。
*
ぱちりと目が覚める。
ここは極楽だろうか。だが、寺の絵で見た極楽とは随分違う。歩く人々は見たこともないような着物を着ており、家々も見たことがないような形をしていた。
頭の中で声が響く。
「あなたはここの……人ですね。ここは、あなたの亡くなった土地……」
「いや、何を言ってるんだ? ここは何なんだ」
「な、なんだ……俺が、女?」
「わたしの身体です!」
「女……。名は? 俺は川辺村の川村権左衛門だ」
「瑠花、です。夢見勝瑠花、です。川村権左衛門さん、よろしくお願いします」
「お、おう。夢見勝瑠花か。よろしく」
「私の家は、夢を見る一族として、この村で昔から重用されてきました……。権左衛門さんは、何年の人ですか」
「確か、天正十五年だったな」
「戦国時代の人ですか……。信じられないかもしれませんが、今はそれから六百年以上経っています」
「六百年か……」
「わたしはこの町のものすごい商人の方の、ご子息を守る仕事をしています。お血筋上、敵が多くて、あなたが生きていた時代の二百年くらい後の時代から、代々我が家の者が一人ずつご当主と次期ご当主を守るならわしになっておりまして」
「ふむ。あんたみたいな若い娘が、大変だな。どんな奴を守ってるんだ」
「はい、わたしが守らせていただいている、門井真都さまはとても良い方で……わたしはまこ様とお呼びしているのですが、幼い頃からお優しくて……」
瑠花の心にぽうっと火が灯るのがわかる。
「瑠花はまこ様に惚れてんだな……」
「いいえ、わたしのようなものがそんな、畏れ多いです!」
「気持ちを伝えるかどうかと惚れてるかどうかは、同じじゃねえよ。己だけの問題だ」
「あの方がまこ様です!」
まこ様……門井真都はスラリと背が高く、かといって貧相には見えない。瑠花のような若い娘が見惚れるのもよくわかった。さて、近付いて挨拶せねば。
「まこ様……今日はわたしが」
「瑠花ちゃんが守ってくれるんだ。よろしくね」
口の端を上げ目尻を下げて、柔らかく微笑むまこ様の顔は、おそろしいほど端正だ。切れ長のまぶたの中の瞳はきらきらと輝き、長い睫毛はその目をより印象づける。目元も、すっと通った鼻筋も、品のある口元も、あのひとに似ていた。いや、似ているというよりも、あの人はあの後きっと、このように美しい若者に成長しただろうと思わされる顔立ちだ。
「千代丸様……?」
「ちよ……?」
「いや、すみません、ちょっとこっちの話で」
「すまん。知ってる相手に似てたもんでな」
「いや、川村権左衛門さんは今まで呼んだ誰より順応が早いです。ありがたいです」
「権左さん、悪霊です!」
「よっしゃあ!」
「俺は鬼の権左と言われた男、こういうのは大の得意なんだよ!」
「オラァッ!!」
瑠花よ、これはどう使えば薙ぎ払えるんだ。
「ふう」
「瑠花ちゃん、今度はどんな人を憑けてるんだ……? とても強いじゃないか。かっこいいね。名前は?」
「ああ……俺ぁ、川辺村の権左と言って……今よりだいぶ昔の……うーん、槍使いなんですわ。今だけ瑠花のこと手伝わせてもらってます」
「ふうん」
「まこ様は俺の……あるじと認めた人に似てるんで」
「あるじ、ね」
目の前でまこ様がぶっ倒れる。
「ちょっ、まこ様!?」
「大丈夫」
「すぐに、落ち着くから……」
「まこ様……」
まこ様の頭を抱えてやる。瑠花は、息をひそめているようだ。無理もない。惚れた男が、荒い息を立てて苦しんでいるのだ。
「大丈夫だ。よくあるんだよ。瑠花ちゃんから聞いていない? うちは犬神憑きでね。
「瑠花ちゃんとは幼馴染なんだよ。物心付く前からずっとね。愛着はあるさ。それに……中にいる権左衛門さん、あなたにもさっき助けてもらった。そりゃあ、守るよ」
ああ、千代丸様はやはりあれから逃げ延びたのだ。そして……彼の子孫は、この土地に戻ってきた。
目から涙が伝っていた。
「……これで、思い残すことはない」
「権左さん、あの、ありがとうございました……!」
「瑠花」
極楽へ……。
「……って、全然行けねえ!」
「もうしばらくこちらにいたらいいじゃないか、権左衛門」
「まこ様……」
「極楽なんて、いつでも行けるだろ?」
「……はあ」
千代丸様に少し似たまこ様の微笑みに、俺も瑠花と同じように惚けて溶けてしまいそうだった。