観測者は巡る、ランデブーのその先に/ファンクロ コードネームに意味があるのか、という議題は尽きない。議題というほどでもないが、この手の些細な突っかかりはささくれのように悪化するから、芽が出る前に踏み躙っておくのがいい。しかし答えのない論争ほど非合理なものはない。口寂しさに弁論を垂れても、それで腹が満たされるわけじゃない。久しぶりの日光は片目に眩しかった。
「いいんだよ別に。僕らに名前なんてなくたって。固有名詞が名付け前からその形を保っていたように、僕らは元から僕らであることに変わりはないんだから。今更名前を変えられても、観測者を殺せばいいだけじゃ無いか」
「風車に扇風機って名前つけるアホがいるか?規模が変わんだよ、価値が」
例えば今我々のコードネームが入れ替わったとて、自意識は変わらないかもしれないが、飛び込む仕事の内容は変わるだろう。そしていくつもの普段と異なる仕事を重ねれば、多少なりとも自意識に影響が出るかもわからない。
「そもそも観測者に観測者って名前をつけるところから間違ってるんだよ。自ずと支配下に行くようなことすんな。オレたちが操るんだよ。手中になんか収まってたまるか」
「確かに、いつも見張られてるとなると窮屈だなあ。ねえどう、デートにでも行く?」
クローは不敵な笑みを浮かべて、着痩せして細く見える腕を絡ませてきた。イメージプレイにも程がある。
「とんだ変態だな」
「見せつけてやればいいじゃないか」
「手際を?秘密を?それともデートを?」
「ぜーんぶ、強いていえばデートかな」
そんなもの見せつけられちゃ、観測者だって目を覆うだろう。非生産的な日常ほど退屈なものはない。
「ランデブーの先は、観測者の部屋にご招待。ハネムーンベイビーでも反吐が出るだろ」
そんなところで仕込まれたと知ったら、オレなら頭を撃ち抜いている。その建物ごと墓標にするかもしれない。どこに刻んでやろうか、元凶の両親とその観測者の名を。
「ベイビーの名前、どうする?」
「さっきいらないっていったのオマエだろ」
名付ける前からその役目を果たした固体に置いては、という意味だったにすぎない。これから生まれる有機物には、愛情の差はあれど、名付ける意味があるというものだ。名は体を表す、命を吹き込むこと。
「なるほど、名前を決める有意義さがこんな形でわかるなんて」
クローは両手を顔の前で合わせ、シャーロックホームズさながらの推理を披露するように遠くを見つめた。彼の脳内では男と女、どちらの具象が輪郭を持ち始めているのだろう。知ったことではない。
「言っとくけど産むのはお前だからな」
「ママを知らないのにママになるのか、なんだか背徳的じゃない?」
アーメンの形を切るクローに、信仰などないクセにと鼻で笑い飛ばす。せいぜい教会で膝をつけばいいのに。
「お前の仕事ぜんぶ取られるぜ」
オレたちの子なら、優秀だろう。そしてクローの血が濃ければ、かわいい顔立ちで生まれてくるだろう。そうしたら母親なんかよりずっと価値が上がる。世の習いだ。
「そしたら僕が観測者だ。巡るもんだね、風車みたいに」
巡ってたまるか、そんな因果。ひとまずこのランデブーを終えたら、次のデートの計画でも立てよう。意味のない行き先の駅名に想いを馳せた。そこに命は、あるか。