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    komaki_etc

    波箱
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    北村Pの漣タケ狂い

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    漣タケ、悪夢を見た夜中の話

    #漣タケ

    月の話 トラックに轢かれる夢を見て飛び起きる。
     妙に生々しい夢だった。眩すぎるライトも、叫ぶようなブレーキの音も、耳を劈くようなクラクションも。
     いや。夢じゃなかったのかもしれない。俺は以前、事故に遭っている。その時の記憶はとっくに失っていたが、脳みそのどこかに忘れてきていただけなのかもしれない。はあ、と深いため息を吐いた。こういう時は深呼吸だ。布団がしっとりと水分を含んだように重く感じる。
     動悸が治まっていくと、隣にアイツが寝ていたことを思い出す。そうだ、コイツは夕飯をたかりに我が家に押しかけ、俺の分まで総菜のハンバーグを食べ尽くして、悠々と寝こけているのだった。いびきが部屋に響くのを聞きながら、よくこの中で眠れたな、と我ながら感心した。俺はアイツの鼻を摘まんだ。
    「んご」
    「呑気な顔しやがって」
     汗をかいたティーシャツが気持ち悪く、着替えに立つ。暗闇のなか手探りで新しい服を手に取った時、アイツがのそりと起き上がる気配がした。あの程度のちょっかいで起きるだなんて、眠りが浅かったのかもしれない。アイツはかすかすの声を出す。
    「まーた変な夢でも見たのかよ」
    「またってなんだ。滅多に起きないだろ、俺」
    「チビ、よく夜中にうなされてるぞ」
     振り返ると、銀髪をぼさぼさと搔きまわすアイツがこちらを見ていた。負けず嫌いが故で嘘をついているようには、とても見えない。
    「……雨」
     アイツはそう呟いて、カーテンを開けた。着替えた俺は水を飲みに台所に立つ。雨か。夜中にかかった虹って、誰かに見つけられることなく消えていくのだろうか。
     水を飲むと幾ばくか心が落ち着いた。水ってすべてのはじまりだ。人間の身体の七十パーセントは水と聞いたことがある。俺は満ちていく自分を想像しながら、アイツの銀髪を眺めていた。
     アイツの髪は美しい。ろくに手入れもしていない、ドライヤーだって俺が言わないとしないようなヤツなのに、何故だかその美しさを保ち続ける。一目見て惹かれる人も多いだろう。雨を見上げているアイツから流れる銀糸はしっとりと輝いている。こんな夜中の、静かなワンルームの中でも。
    「なあ」
    「なんだ」
    「俺ってそんなにうなされてるのか」
     すっかり目が覚めてしまった俺は、ティーシャツを洗濯機に放り込みながらアイツに問う。他の衣類といっしょくたの塊になった影を見て、明日の朝に洗おうと決めた。雨が続くようなら室内干しにしなければ。
    「けっこう」
    「……本当か」
    「オレ様が起きるくらいには」
     アイツはカーテンを閉じ、窓の外の雨を消した。さあさあと優しい音が広がり、くぐもった部屋の中が水槽のようだった。実は俺たちは宇宙人に飼われていて、どこかからかじっと観察されているのだ。なんて、真夜中の妄想。
    「……チビはガキだからな。オレ様が少し話しかけてやるだけで、寝付くぜ」
    「うそだろ、全然覚えてないぞ」
    「それでいいだろ」
     アイツがそんなに面倒見が良いとは思わなかった。それでも真夜中に何度も起こしてしまっているのだとしたら申し訳なく思う。いつだってするりと寝こけて大いびきをかいて爆睡するアイツを起こすほどにうなされるって、どれほどだろうか。
    「何を、話してるんだ。いつも」
    「……べつに。てきとー」
     アイツは布団の上に座っていたので、俺も向かい合って座った。誰にも聞かれていないはずなのにひそひそ声になるのも、夜中の不思議のひとつだ。アイツは少し決まりが悪そうにしている。まるで自分だけの秘密をばらされた子供のように。
    「なあ。教えてくれよ、なんでも。どんな話をしたのか」
    「……月の話」
     消えそうな声は、しっかり拾わないとどこかへいってしまいそうなほど小さかった。俺はそれを大切に受け止めて、耳を傾ける。
    「昔、人間は月に住んでただとか。月の裏側は真っ暗って言われてっけど案外眩しいとか。うさぎが餅ついてるのは正月だけだとか」
    「ふ、なんだそれ」
    「うるせーな。チビがこれで寝たんだから満足しやがれ」
     アイツはカーテンを見上げた。雨の向こう、雲の上で輝く月の光を、今は誰も見ていない。届かない光を持て余したりしないのだろうか。虹のように、搔き消えてしまうのだろうか。
     アイツのことだからどうせ全ての話はデタラメなんだろうと思っていた。けれど、あまりにも大事そうに呟くもんだから、もしかしたら本当に、とっておきの秘密だったのかもしれない。それを知っているのは夜中の俺だけでいいと思った。
     気が付くと、銀髪に手を伸ばしていた。アイツは振り払わなかった。指の間でさらさらと溶けるその輝きも、月光みたいだと思った。
     水槽のなかのワンルームで、二人で密やかに呼吸をする。なあ、見てるか、宇宙人。人の営みって、助け合いなんだ。ふと目が合ったアイツは、俺の目を覗き込んだかと思うと、ふっと笑って「ばーか。寝ろ」と言った。
     今度寝付けない夜があったら、またアイツに聞いてみようと思う。とっておきの月の話を。
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    kurautu

    DONE一週間ドロライさんよりお題「クリスマス」お借りしました!
    雨とクリスマス 初めての恋にあたふたしてほしい
    雨は 冷たい雨が凍りついて、白く儚い雪へと変わる。そんなことは都合よく起きなかった。僕はコンビニの狭い屋根の下で、雑誌コーナーを背中に貼り付けながら落ちてくる雨を見上げていた。
     初めてのクリスマスだ。雨彦さんと僕がいわゆる恋人同士という関係になってから。だからといって浮かれるつもりなんてなかったけれど、なんとなく僕たちは今日の夜に会う約束をしたし、他の予定で上書きをする事もなかった。少しだけ先に仕事が終わった僕はこうして雨彦さんを待っている。寒空の下で。空いた手をポケットへと入れた。手袋は昨日着たコートのポケットの中で留守番をしている。
     傘を差して、街路樹に取り付けられたささやかなイルミネーションの下を通り過ぎていく人たちは、この日のために用意したのかもしれないコートやマフラーで着飾っていた。雨を避けている僕よりもずっと暖かそうに見えた。視線を僕の足元へと移すと、いつものスニーカーが目に映る。僕たちがこれから行こうとしているのは、雨彦さんお気に入りの和食屋さんだ。クリスマスらしくたまには洋食もいいかもしれない、なんて昨日までは考えていたけれど、冬の雨の冷たさの前には温かいうどんや熱々のおでんの方が魅力的に思えてしまったのだから仕方がない。
    1915