ホットココア 自動販売機の、お釣りの取り出し口に手を突っ込んでいる時って、なんだか不恰好だ。
隣でマフラーに顔を埋める漣は、寒さに染まる薄灰色の道をぼんやりと眺めていた。お互いの吐息が視界をくすませる。
「ホラ」
ホットココアを二つ買い、片方を無造作に渡す。ペットボトルを熱く感じる程には、手が悴んでいたらしい。無言で受け取った漣も袖越しに掴んでいる。
ひとくち口に含めば、あたたかな甘さが喉にまとわりつき、頭と食道へ広がっていく。口内の温度は変わっているはずなのに、吐く息の白さは変わらない。
どこに行こうか、決めていなかった。この寒い空の下で、途方に暮れるように立ちすくむ。ただ何と無く、どこかに行かなければならない気がしたのだ。不安、焦燥感、そういった感情に押し潰されそうになって、二人で部屋を飛び出した。寒さのせいだとわかっている。部屋の外の方が寒いことも。だけど、飛び出さずにはいられなかった。じゃないと、自分が自分でなくなってしまうような、コイツと自分の境目が無くなってしまうような、そんな気がしたからだ。
「あ」
「雪だ」
はらはらと、空から華が降ってくる。小さな粒は黒いジャンパーに着地した途端、その美しい結晶を見せつけてくる。一つとして同じものがないだなんて、そんなことあるわけないと、以前なら思っていた。今なら何となく理解する。この世に絶対なんてものはなくて、同じ人間は一人としていなくて、毎日を過ぎる時間は平等で。押しつぶされそうになるその瞬間を引き止めるために、美しいものは存在する。
「さむ」
「……帰るか?」
「……まだ」
ポケットに入れている手を出して、わざわざ繋ぐだなんて、そんなことしない。隣に立っているだけで充分だ。ホットココアの熱が冷めないうちに、目の前の信号を渡ってしまおう。
「……どこ行く」
「……知らねー」
散歩とも呼べない、逃避行。途方もない未来が見えなくなる日は、だいたい寒い。帰ったら暖かい部屋で鍋でも作ろう。どこへ行くかも決めていないのに、もう帰った時のことを考えている自分に気付き、ふっと頬が緩む。
「何笑ってんだよ」
「何でもない」
帰る場所があるって、幸せだ。