赤い自転車 元々、家には赤い自転車があった。休日に買い出しをするのに購入したのだ。米を買った時、牛乳を買い溜めした時、それは大いに役に立つ。
赤って良い色だ。雑多な駐輪場で、両手に大荷物を抱えている時、遠目からでも俺を見つけてくれる。前カゴと後ろの荷台に荷物を乗せればずっしりと輝く。サンタのソリみたいだ、と思ったけど、ソリも赤かったっけ? 昔見た絵本を必死に思い出そうとするけれど、トナカイの鼻が赤いことしか思い出せなかった。サンタクロースの服が赤いせいで、赤は、クリスマスの色な気がする。
「惇兄」
昌太が眉根を顰めながら俺を出迎える。玄関の電気をつけてくれるだけでありがたい。俺は駐輪場からマンションの部屋までなんとか荷物を運び終わったところだった。
「足音うるさい。意外と響く」
呼んでくれれば下まで行ったのに、くらいは言ってもらいたかった。俺の期待しすぎか。こんな時くらい優しく扱われたい。二人分の買い物をしてきたのだから。
あの出会いから一年後、俺たちは一緒に暮らし出した。一緒に過ごせなかった時間を埋めていこう、というのは、どちらからともない提案だった。そうはいっても、2DK。それぞれがそれぞれの時間を過ごすことのほうが多い。一緒の職場だから、会話なんていつでもできるし。
二人して深夜に帰宅した時、昌太はコーヒーを淹れてくれることがある。寝る前にコーヒーを飲むなんて何だか目が冴えてしまいそうで、一人暮らし時代には考えられない文化だったけれど、疲れた身体がゆっくり解れていくような感覚がして、すっかりお気に入りの時間となった。隙間時間を縫って胃に詰めたコンビニ弁当の油っこさが消えていく。
「惇兄」
「なに?」
「次の休み、自転車貸して」
貸しても何も、もう、二人で共有のものになったのに。昌太は変なところが律儀だ。コーヒーをわざわざ二人分淹れてくれるところとか。
「どっか行くの?」
「惇兄ばっか買い物行ってるでしょ。俺も行く」
ああ、律儀だ、やっぱり。当番とか決めずに、出来る方がやればいいと言ってるのに。仮を作るのが嫌なんだろう。
「昌太、重いもんのっけて自転車乗れる?」
前カゴに荷物があると、途端にハンドル操作は難しくなる。子供を乗せてるお母さんはすごいなあ、と道ですれ違うたびに尊敬の眼差しで見てしまうようになった。俺が買うキャベツの何倍の体重なんだろう、子供って。
「バカ言わないでよ」
それくらい俺にも出来る、とまた蔑んだような目で見られる。そんなぁ。心配してるんだぞ、お兄ちゃんは。
「その代わり、今度は惇兄がコーヒー淹れて」
淹れられるっけ?と揶揄われるもんだから、今度は俺が、そのくらい俺にも出来ると口にする番だった。いくらでも淹れてやる、コーヒーくらい。
二人分の湯気の向こうに、小さかった頃の思い出が蘇る。一つのソリを二人で順番に乗って遊んだことがある。冬休みだったか、あの時のソリも赤かった。お互いめちゃくちゃに引っ張るものだから、乗っていた方は必ず転げ落ちていた。二人でゲラゲラ笑いながら、鼻を真っ赤にしていた、冬休み。
あの頃よりも、お互い随分ソリの操縦が上手くなった。前カゴに荷物を乗せて、スーパーから家までの短い距離だけど、転がり落ちることはない。
「あの自転車、なんで赤にしたの?」
「サンタクロースの色だから」
「そればっか」
何か、そんな気はしてた。そう言ってコーヒーを飲み干した昌太は、俺の分までおかわりを淹れてくれる。律儀だなあ。随分大きくなったなあ。
頼もしい背中に笑みが溢れる。居心地のいい2DK、赤い自転車付き。日々は目まぐるしいけれど、こんな二人暮らしも悪くない。