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    あいあおえ

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    あいあおえ

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    とはステ展示

    悠の片思い小説
    *前にUPしたものの再掲・加筆版
    *完成が間に合わず未完です
    *完結したらpixivにUPするのでそちらで読んでもらったほうがいいかも…!
    (ほんとにめっちゃ途中で終わってます)

    恋なんてもしかしたら、トウマはオレのことが好きなのかもしれない。
    悠がそう思ったのは、自分の肩を抱く熱を意識したからだ。


    歌番組の収録終わり。
    機材トラブルで時間が押して、TV局を出たのはもうすぐ二十二時を超えようかという時間だった。

    家の近い者から順番に、巳波、虎於、と送られ、残ったのは悠とトウマふたり。
    車内に会話という会話は特にない。夜も遅いし、騒ぎたい気分ではない。それを誰も気にしていなかった。
    車の走行音だけがBGMだ。何を言わなくてもいい、心地よさ。
    その居心地の良さに意識がうつらうつらしてきた頃、「ハル」と名前を呼ばれた。
    うとうとしながらトウマのほうへ顔を向ける。

    「寝るなら俺の肩使って寝ろよ」

    トウマはそう言うと、悠をぐっと引き寄せて自分の肩に寝かせた。

    …近いな。

    トウマの肩に頭を預け、悠はそう思った。
    このくらい、メンバーなら誰にだってするのだろう。
    まぁ、巳波は誰かの肩で眠るなんてできませんって言うだろうし、虎於は…肩の高さが合わないかも?だけど。

    …じゃあ、これを知ってるの、オレだけなのかな。

    体がぐっと触れ合って、そこから伝わる温度。
    肩を抱く熱を意識した途端、心臓がどくんと跳ねた。

    「…」

    意識したら、眠気が覚めてしまった。
    ちらりと目線を上げる。
    窓の外を眺めていたトウマは悠の視線に気づいたのか、こちらを見る。

    「なんだよ、寝ないのか?」

    静かな車内の空気を壊さないように控えめに発された声は囁きのようで、淡く、鼓膜を揺らした。
    暗い車内で、外の光だけがトウマを照らし、時折、瞳に光が浮かぶ。
    その光がとても柔らかく蕩けて見えたのは、トウマも眠たかったから?

    ――それとも、オレだから、そんな顔をするのだろうか。

    「…トウマの体温高くて寝苦しい」
    「なんだよ、枕があったほうが寝やすいかと思ったのに」

    悠はトウマの腕を振りほどくと、反対側の窓際に寄りかかりトウマに背を向けた。
    そんな悠にトウマは「悪かったよ。じゃあ着くまで寝てな」と笑う。
    そして再び窓の外を眺めることにしたようだった。

    「…」

    目をぎゅっと瞑るが、もう、眠気なんてどこかに行ってしまった。

    トウマにとってはなんてことないのか。
    誰とでもすぐに仲良くなるし、距離が近い。
    自分と同じ尺度でものを測ってはいけない、そう分かっている、けれど、

    ――あの優しい顔も、だれにでもするのかな。

    オレだったらあんな顔、好きな人にしか見せないよ。
    ……でも巳波や虎於や、ファンのみんなにもああやって笑うかもな。

    トウマの気持ちがわからない。

    悠はずっと、トウマのことが好きだった。
    それは、恋愛的な意味で。

    トウマも、自分と同じだと感じてしまうときがある。

    こんなことで意識しているのは悠だけで、トウマには何の意味もないかもしれない。
    それでも、トウマの与えるものが少しずつ積み重なって、悠の中に確かな質量を持って存在するようになってしまった。
    それはトウマの意図した形ではないのかもしれない。
    けれどその形をいまさら変えることは、悠にはできなかった。


    車がゆっくりと停止する。

    「じゃあまた明日」

    悠がそう言って車を降りようとしたところで、トウマの手が悠へと伸ばされる。
    その手は悠の頭をぽんと撫でた。

    「おやすみ、よく寝ろよ」

    触れられたところが、熱をもつ。
    カッと赤くなりそうな顔をなんとか隠し、「トウマもね」と返して、悠は送ってくれた宇都木に挨拶し車内を出た。

    ……子供扱い、なのかな。

    トウマの気持ちを知りたい。
    けれど、はっきりさせるのが怖い。


    「明日かぁ」

    明日からドラマ撮影が始まる。
    BLASTと同じで、ZOOLが全員出演するドラマだ。
    現場には幅広い年代のキャスト・エキストラが多く入る予定で、悠は少し緊張している。

    「がんばんなきゃ…」

    年明けに発表された合同ライブ以降、ZOOLの人気は益々加熱している。
    合同ライブで自分たちのことを知ったというファンの声も耳にする。
    これからも四人で歌い続けるために、お互いに口にはしないが今が正念場だと感じていた。
    自分たちを応援してくれるファンや、気にかけてくれるスタッフ・ライバルたちに、感謝の気持ちを返したいと切に思う。

    ……だから今、余計なことをして迷惑をかけたくない。

    トウマを好きだと思う自分。
    トウマの気持ちを知りたいと思う自分。
    けれどそれは、一歩間違えれば、今の環境を壊すことに繋がってしまう。
    きっと、メンバーにもファンにも迷惑がかかる。

    言わないほうがいい。
    聞かないほうがいい。
    ……でも、

    「…もし、同じ気持ちなら…」

    もし同じ気持ちなら、トウマから言ってくれたらいいのに。

    …そうしたらオレは、すぐにうんって頷くのに。


    その他力本願な願いを、悠は口にすることができなかった。


    ×××



    翌日から、ドラマの撮影が始まった。
    脚本・監督を務めるのは、普段少女漫画原作の映像化作品に関わることが多い女性監督で、今回は原作なしのオリジナル作品で勝負するという。
    内容は、裕福な家庭の子供が多く通う名門校を舞台にした学園ミステリーもので、異なる事情を持つ四人の生徒が力を合わせて事件を解決しながら、それぞれの問題を乗り越えていくという物語だ。
    十代から三十代の若者をターゲットにしたいらしく、ミステリーというがコミカルな要素も入れて誰でも気軽に見られる作品にしたいらしい。

    順調に撮影は進み、番宣や雑誌の取材の仕事も増えた。
    もちろん他の仕事もあるわけで、ハードなスケジュールの中どたばたとした日々を過ごしているうちに、ドラマの放送も開始。
    SNSで反応をうかがうと、BLAST以来の四人出演ドラマということで喜ぶ声も多い反面、恋愛要素があるということで見るのが怖いと気にしている声もあった。

    そう、『恋愛要素』
    物語の主軸はミステリーであるが、味付けとして監督の得意分野である恋愛要素も取り入れていきたいらしく、ZOOLの演じる各登場人物とよく行動を共にするヒロイン役が存在する。
    主に、主人公の虎於が演じるキャラクターとヒロインの関係が描かれる予定だが、監督が言うにはトウマにもそういったシーンを予定しているとのことだ。
    他にも反響次第でシーンの変更、追加を見込んでいるとのことで…。

    「オレにもそういうシーン来たりするのかな…」

    楽屋で新しく貰った脚本を読みながら、悠は呟いた。

    「キスシーンですか?」

    テーブルの向いで雑誌を読んでいた巳波が答えた。

    「…うん」
    「御堂さんの役、キスシーン追加されましたもんね」
    「アイドルの作品に、監督も強気だよね…」
    「まぁ学園ものですし、ライトな演出みたいですから。撮影も『してる風に撮る』と仰ってましたしね」
    「でもこんなに早くシーンの追加が決まると思ってなかった。監督だって反響見てるはずなのに、怖くないのかな」
    「と言うと?」
    「ファンの中には、オレたちと女優さんの恋愛シーン見たくないー!って言う子もいるじゃん。自分の作品をイヤだーって言われるの、怖くないのかなって」
    「イヤだと言う人もいれば、素晴らしいと称賛する人もいます。人の言葉で自分の作りたい理想を曲げるなんて簡単にはできないものですよ」
    「……分かってるけどぉ……」

    悠は机に突っ伏した。なんとなく、巳波の顔を見ながら話すのが躊躇われたからだ。
    ……イヤだと思っているのが悠自身だと見透かされそうで。

    「……亥清さんは、」

    巳波が何か口を開きかけたその時、ガチャリと楽屋の扉が開いた。

    「なんだ?悠、机に突っ伏して。テストの点でも悪かったのか?」

    席を外していた虎於が帰ってきたのだ。

    「そんなんじゃないし。オレ成績はいいほうだって言ってるだろ」

    虎於の言葉に、悠はムスッとした顔を上げた。

    「ははっ、そうだったな。で、何の話してたんだ?」
    「それは、えーっと…」
    「ドラマの反響の話ですよ」
    「あぁ、それか」
    「そう、それ。えっと…ファンって、やっぱりオレたちに恋愛してほしくないのかなーって」
    「そりゃ嫌だろ。俺たちに恋愛感情を抱いてるファンはな」

    悠の隣に腰掛けた虎於が平然とした口調で言った。

    「恋愛感情……」
    「ガチ恋ってやつだ」
    「ガチ恋……」
    「悠にはまだ早かったか」
    「早くないし。ていうか虎於にガチ恋って言葉教えたのオレじゃん」
    「雑誌の見出しに載ってたからな」
    「そういえば、ZOOLで一番ガチ恋される人、まだ来ませんね」

    巳波が壁にかかった時計を見やって呟いた。

    「それってトウマ?」
    「トウマだな」

    三人で顔を見合わせて頷く。
    巳波も虎於も、やっぱりそう思っていたのか、と悠は思った。

    「あの人、よく共演者やスタッフの方から連絡先貰ってますよね」
    「あぁ。俺は通りすがりに押し付けられるのにな」
    「へぇ、スパイみたいじゃん」
    「そう言われるとなかなか…」
    「後ろめたいってことじゃないですか」
    「分かってる、冗談だ!」
    「まぁ、狗丸さんは連絡先を貰っても業務連絡としか思ってませんけどね」

    巳波の言葉に、虎於が「あいつはそういう男だよな」と呆れた様子で言うのを、どこかぼーっとした気持ちで聞いた。

    トウマがよく連絡先を貰っているのは知っている。
    歌番組で共演した女の子、ヘアメイクを担当してくれたスタッフさん。
    番宣に出た朝のニュース番組で女子アナに声をかけられていたのも目にした。
    それについて、悠がどうこう言うことはない。

    ……オレには、その権利がない。

    「アイドル歴が長いですからね、自然とゴシップになるようなことを避けているんじゃないでしょうか」
    「アイドルが恋愛したらゴシップかぁ」
    「私たちには骨身にしみた事案でしょう?」

    巳波の言葉に、悠も虎於も苦虫を噛み潰したような、苦い顔をした。
    思い出しているのはTRIGGERの十龍之介と花巻すみれの報道だ。
    トップアイドルの熱愛に、移籍問題。悪意をもって作り上げられた虚構の報道に皆が騒然とした。
    何かひとつでも波紋があれば、それは簡単に大きな波になりえてしまう。

    「週刊誌にはいいネタですよね、アイドルの恋愛事情は。それが真実であれ嘘であれ、世の中は面白がってもっともっとと欲しがるんですから」
    「…」

    いまや日本の音楽シーンはアイドルなしには語れない。
    そのアイドル業界でもトップに立つアーティストのスキャンダルに食いつかないメディアはいないわけで……いつ、自分の行動が世間を騒がす波紋となりえるか分からないのだ。
    月雲了の時代は力と金でスキャンダルの種を揉み消して来たが、今はそうはいかない。ツクモは変わったとは言え、過去の恨みを晴らしたいという輩がいないわけではない。

    ……少し、怖いと思う。

    自分の抱える気持ちは、確実に、迷惑をかける。
    やっぱりこんな気持ちは早く忘れるべきで――

    「ですが、それはアイドルが恋愛してはいけない理由にはなりません」
    「え…?」

    顔を上げると、巳波は悠の目を真っ直ぐ見つめて笑った。

    「そもそも人の感情を面白おかしく書きたてるマスコミに対して、こちらが我慢する謂れはないでしょう?」
    「ふっ、巳波らしいな」

    虎於が笑った。

    「ファンの皆さんがどう思われるかは、私たちの誠意次第です」
    「どういう意味?」
    「アイドルにどんな夢を見るかはその人次第でしょう?私たちに恋愛してほしくない方もいれば、幸せならいいという方もいらっしゃる。私たちが誠実にファンの皆さんと向き合っている限り、たとえ傷つくことがあっても、いつか気持ちは届きますよ」
    「……」

    誠実にファンと向き合う。
    それは、悠がこれまでの経験の中で学んだことで、最も大事にしている心掛けだ。

    「恋愛に現を抜かしてファンをないがしろにするようであれば、話は変わりますけどね」
    「……巳波、笑ってるのに顔が怖い」

    その時、再び楽屋の扉が開いた。
    勢いよく入って来たのはトウマだった。

    「悪ぃ、前の取材が長引いて遅くなった!」
    「まだ時間は大丈夫ですよ」

    ドサッと荷物を降ろし、空いていた巳波の隣へ座る。
    駆け足で来たのか、「はぁ、暑ぃ…」と漏らすトウマに、巳波は机の上のケータリングからお茶のペットボトルを差し出してやる。

    「どうぞ」
    「おう、ありがと。……っはぁー、麦茶うまっ。で、何の話してたんだ?」
    「ただのお喋りですよ」
    「アイドルの恋愛についてな」

    アイドルの恋愛。
    虎於の放った言葉に、どきりとしてしまう。
    自分の話をするわけでもないのに。
    でも……トウマはなんて言うんだろう、そんなことが気になった。

    「アイドルの恋愛……って、え!?お前ら、誰か好きな奴でもできたのか?!」

    案の定というか、そういうのに疎いトウマらしいリアクションに、つい笑ってしまう。

    やっぱり、トウマって何も考えてないのかも。
    …オレのことも、きっと、何とも思ってないんだよね。

    「いえ、今のドラマの反響の話をしていて…ファンの皆さんは、私たちが恋愛系のドラマに出るの複雑みたいで」
    「それで、アイドルって恋愛しちゃだめなんだろうなって」
    「そんなことねえだろ」
    「え?」

    意外にも、間髪入れず返されたトウマの言葉に、悠は声を漏らす。
    そんな反応を気にも留めず、トウマは言葉を続けた。

    「人を好きになるってすげーいいことじゃん。好きになっちまったもんは仕方ねぇし、アイドルだから、って自分の気持ちに嘘つくのも違うと思うしさ。そりゃ、ファンの子を悲しませるようなことしたくないけど、自分の心を偽るのも、違うんじゃねぇかな」

    ――意外だ、トウマがそんなことを言うなんて。
    いや、意外じゃないのかも。
    誰に対しても真っ向から向き合う人だから、自分の気持ちに対してもきっと同じなんだ。

    「だから、心にブレーキはかけなくていいと思うっつーか。アイドルなのにどうするのーっていうのは、本当に好きになってから考えればいいんじゃねぇかなって……って、うわ、俺語っちまったよな、はっず…お前らに恋愛の話すんの照れるわ…」
    「いや、お前はいつも恥ずかしい奴だよ」
    「うるせぇトラ!ハルがなんか神妙そうな顔してたから、真面目なやつかなって思ったんだよ!」
    「はぁ!?オレ!?」

    突然話の中心に巻き込まれた悠が慌てて声を上げると、トウマは「あっ」という顔をして、「いや、なんつーか!」と取り繕う。
    明らかに言うつもりはなかったという反応だ。

    「恋愛もののドラマにハル緊張してんじゃねぇかなーっと思ってさ!この現場、同世代も多いし、何かあったんじゃねぇかなって」
    「別にそういうんじゃないし…」
    「ハル、ごめんって!何もないならいいんだよ、いじけんなって」
    「そういう狗丸さんこそ、よく連絡先を頂いているようですけど?」

    その言葉にトウマの肩がビクッと揺れる。
    隣からの攻撃に、トウマは巳波のほうを向いて慌てたように否定した。

    「あれは別に、そういうんじゃねえだろっ」
    「そういうのだと思うぞ、俺は」
    「いやいやっ!そんなことねぇって!」

    三人のじとーっとした視線を浴び、トウマは「なんだよその眼…」と漏らす。
    三人が何も言わないで見つめていると、「お前らってほんと…」と少し笑った。
    そして少し恥ずかしそうに、はにかみながら続けた。

    「俺は今ZOOLに一生懸命だからさ、恋愛とかは考えらんねぇよ。お前らもそうだろ?」

    トウマのその言葉に、「まぁ…」「そうだな…」と巳波と虎於が口ごもる。
    トウマがZOOLに本気で向き合ってくれたから、今のZOOLがある。

    「…当たり前じゃん」

    悠も、巳波と虎於に続けて口を開いた。

    「今は、応援してくれるみんなのために、もっともっと頑張って、オレたち四人で最高の景色を見せるんだから」
    「…あぁ!そうだな!」

    悠の言葉に、トウマが笑顔で答えた。
    その表情がとても嬉しそうで、同じ気持ちなんだと思うと、こっちまで嬉しくなる。
    巳波も虎於も同じような顔をしていて、全員が同じ気持ちでZOOLを愛していて、メンバーのこともファンのみんなのこともとても大事にしているのが伝わってくる。

    「よしっ!じゃあそろそろ準備いくか!」

    トウマの声に、全員頷き、ヘアメイクのため楽屋を出た。
    一番後ろをついて行く悠は、トウマの言葉を思い出していた。

    『俺は今ZOOLに一生懸命だからさ』

    ――オレだって同じ気持ちだよ。放った言葉に嘘はない。
    なのに、


    『恋愛とかは考えらんねぇよ』


    「……俺も、考えたくなんかないよ」


    胸の痛みに気づかないふりをして、悠は皆に追いつくため、足取りを速めた。




    ×××


    今日の撮影も残すところ数シーン。
    撮影は順調に進んでおり、BLASTでの経験が活かされていると実感する。
    前の現場と異なり出演者の数が多く、最初は緊張していた悠だったが、ようやく現場の雰囲気に慣れて来た。
    だがひとつだけ、未だ慣れないことがある。

    「トウマくん、いい感じ!じゃあそのまま一回長回しいくよー!」

    監督の声が響く。
    スタジオの隅で休憩していた悠が顔を上げると、教室を模したセットにトウマとヒロイン役の女優が二人立っているのが見える。
    事件現場を二人で探索しているシーンだ。
    探索の最中、二人の距離はぐっと近づく。

    「見つけた!おい、こっちだ!」
    「あっ、待ってよ!…って、わぁっ!!」
    「おい!気を付けろよ!……たく、お前ほんとうに鈍くさいな」
    「…だって…」
    「もういい、お前しがみついてろ」
    「え?…きゃっ!」
    「いいからさっさと行くぞ!」

    転びかけたヒロインをお姫様だっこして、駆け出していくトウマ。
    教室を出たところで、「カット!」と声がかかった。
    その声を受けて、トウマは抱え上げていた女優をゆっくりと丁寧に降ろす。
    悠の位置からは、二人が何を話しているか、内容をはっきりと聞き取ることはできない。
    しかし、女優の僅かに赤らんだ頬を見ると、大体の内容は推測できた。

    ――あの子、トウマのこと本当に好きなんじゃない?

    女優が何かを言って、トウマも照れたように笑う。

    ――なんだか、お似合いって感じ…。

    チェックが終わり、監督からOKが出た。
    次は女優だけのカットを撮るらしく、トウマは周りに頭を下げながらセットから離れる。
    その足取りは真っ直ぐ悠のほうへと向いている。

    「ハル、なんだよそんな隅っこで」
    「…別に、ここからだと裏方も全部見えるし。いいかなぁって」

    そう言うと、トウマはにこにこと笑って「おっ、ほんとだな!」と悠の頭を撫でた。

    「あーもうっ、ヘアセット乱れるからやめろっ」
    「あぁ、悪い悪い。ハル見てるとさ、つい可愛がりたくなるっつーか」

    それって犬や猫と一緒ってこと?
    つい口に出したくなったが、余計なことまで口走りそうでやめた。
    そんな悠の様子を特に気にすることなく、トウマが続ける。

    「そうそう、中島さんも言ってたぜ。ハルのこと、可愛いってな」

    中島というのは、先ほどトウマとシーンを撮ったヒロイン役の女優のことだ。

    「はぁ?オレの話してんの?」
    「あぁ。この前も、『これ悠くんに似てませんか?』って飼ってる猫の写真送ってくれてな。見るか?」

    …それ、完全にオレをだしに使ってんじゃん。

    撮影を開始した直後、若い演者とスタッフで親睦を深めるため、食事に行ったことがあった。
    その時に、交流の一貫として食事に参加した者同士で連絡先を交換していたのだが、悠のもとに個人的な連絡が来たことは一度もない。

    きっとトウマはその連絡も動物好きの自分への厚意だと感じているだろう。
    そこに含まれる感情に一切気づいていないのだ。

    ……あぁ、ほんと、慣れない。

    トウマが誰かに好意を寄せられているのを見るたび、胸の奥がちくちくする。
    誰かがトウマに近づくだけで、その体に触れるのを見るだけで、もやもやとした感情が溜まっていって、自分自身が内側から黒く汚れていくような感覚に襲われた。

    「…ハル?」

    トウマの声にハッと我に返る。
    そのとき、タッタッと遠くから駆けてくる軽い足取りが耳に入った。
    いつの間にか撮影はひと段落し、次のシーンを撮るための機材の調整に取り掛かっており、足音は休憩のためこちらに向かって駆けてくる中島のものだった。
    トウマもそれに気づいたらしく、顔を向ける。

    「…喉渇いた。オレ飲み物取って来る」

    トウマの顔を見ることができず、悠はその場から逃げ出した。



    スタジオを出て人気のない道を選びながら歩き続けると、自販機の並ぶ休憩所へと出た。
    偶々辿り着いたにしては丁度よく、もってこいの場所だ。

    「はぁ…」

    自販機で買ったオレンジジュースに口を付けるが、あまり飲む気にならない。
    捨てちゃおうかな、でも買ったのに勿体ないし…。
    手遊びのようにグラグラと揺らすだけで、一向に減らないジュースを眺める。
    水道は近くにあった。流しにいこうと思えばすぐできる。
    …すぐに、できてしまう。

    「……これくらい簡単に、捨てちゃえたらいいのに」

    トウマへの余計な感情。
    捨てられたらどれだけ楽になるだろう。
    このジュースと同じくらい、簡単に、流れて溶けて、消えてしまえば楽なのに。
    しかし抱いた感情はそんなやさしいものではなく、ドロドロと絡みつき、際限なく湧いてくる。
    簡単に捨てられるものじゃないと分かっている。
    だから、厄介なのだ。

    トウマが大事にしているものの一部でいられればそれでよかったはずなのに。
    同じ高みを目指して、同じものを愛していられれば、よかったはずなのに。

    こんな自分がいやになる。
    トウマと二人でいるとき、どうしても考えてしまうから。

    ――オレを、トウマの一番にしてほしい、なんて。


    「ハル!」

    名前を呼ぶ声に、振り返る。
    悠をそのように呼ぶのは一人しかいない。

    「…トウマ」
    「どこまで行ったのかと思ったら、こんなとこまで買いに来たのかよ」
    「もう戻るところだったし。…あ、でもこれ飲みきれなくて」

    捨ててから戻る、そう言いかけたところを、トウマの手が奪い去る。

    「じゃあ俺にくれよ。俺も喉渇いてたし」
    「…オレンジジュースだよ?」
    「いいよ。おっ、このメーカーのオレンジジュース美味いよなぁ、こっちの自販機に入ってたんだな」

    トウマが笑いながら缶ジュースを眺める。
    そしてごくごくと一気に呷った。

    …オレが口付けたやつでも、今さら気にもしないよね。
    こんなことが気になるの、きっとオレだけ…。

    悠の視線に気づいたのか、トウマが飲むのを止め、「ん?」と窺う。

    「もしかして、もう少し飲みたくなったか?」
    「は?べつに…」
    「人が飲んでると美味そうだもんな!ハル、全然飲んでなかったし、ほら飲めよ」
    「はぁ?!いいって言って…」
    「いいから!また後で喉渇くぞ」
    「っ…」

    缶を無理やり手渡し、トウマはこちらをにこにこ顔で見つめている。
    残り五分の一ほどになったジュースをどうしてやるべきなのか、悠は頭を巡らせたが、何が正解か分からなかった。
    意識していることを、トウマにバレたくなかった。

    「……」

    おずおずと、缶の飲み口に口を付ける。
    間接キスだ…、と悠は思った。
    意識する前までは、同じ料理をシェアすることも多かった。
    なのに今、同じジュースを二人で分け合うだけで、どうしてこんなに胸がドキドキするんだろう。

    ごく、と喉がなった。
    先ほど口にしたときよりも、甘いような気もするし、苦いような気もする。
    要は、味なんて分からなかった。

    「…ハル」
    「な、なに」

    ジュースを飲み干して、缶をゴミ箱に捨てると、トウマが真顔でこちらを見ていた。

    「飲んでる姿、なんかかわいいな」
    「っ!?」

    ハハッと笑うと、トウマが悠の頭をぽんぽんと撫でた。
    何も言えないでいる悠を無視して、トウマはそのまま悠の手を取る。

    「そういやここまで適当に来たから帰り道わかんねぇんだよな。ハル、連れてってくれ」
    「っ、ほんと、トウマってバカ……」

    繋いだ手を握り返して、悠はトウマの手を引いた。
    そうすると、トウマは目を細めて、「ありがとな」と笑った。

    こうやって手を繋ぐのも、特に深い意味はないのだろう。
    こっちがどう思っているか知りもしないで。

    道に迷うほど、探しに来るなよ。
    かわいいなんて言うなよ。
    頭なんか撫でるなよ。
    優しく笑うなよ……。

    トウマの一挙一動が、悠の心を搔き乱す。


    ……本当に恋愛のことは考えられない?


    トウマが誰にでも優しいことを知っているのに。
    オレしか知らないトウマの思い出が増えれば増えるほど、果てない欲望が脳裏を掠めてしまう。


    オレのこと、好きって言ってよ、トウマ…。




    ×××


    テレビ放送も折り返しを迎え、張り巡らされた伏線が徐々に回収されつつある。
    そんな中、とうとうこの日が来てしまった。
    最終回直前、第八話の撮影だ。
    悠が何に怯えているかと言うと、それは、

    「今日ですね、狗丸さんのキスシーン」
    「…うん」

    隣に立つ巳波の呼びかけに、悠は小さく答えた。

    トウマのキスシーンが決まったのは一週間前。
    視聴率も反響も上々で、監督がチャレンジしたいと言い出した。
    そこから脚本に修正が入り、渡されたのはつい先日。
    トウマのシーンにのみ『キスシーン追加』の修正が入っていた。

    ……イヤだな。

    そう思ってしまう自分が、イヤだ。
    これは仕事で、キスシーンはあくまで『ふり』なのに。

    小さく漏れた溜息は、傍らに佇む巳波と虎於の耳にも届いていた。

    「…始まるな」

    虎於が呟く。
    撮影スタッフに囲まれた先では、トウマと女優が身を寄せ合っている。

    「見たくないなら無理して見ていなくてもいいんだぞ?」
    「……うん、でも、見ておくよ。今後、オレにもそういう仕事あるかもしれないし」

    虎於の気遣いに答えると、巳波が小さく、「亥清さん…」と名前を呼んだ。
    二人はいつの間にか悠の想いに気づいていたらしい。
    気づきながら、悠を責め立てるわけでも、否定するわけでもなく、そっと隣にいてくれる二人に、悠は泣きそうになった。


    撮影開始の声が響く。

    トウマが女優の頬にかかった髪を耳にかけた。

    そのまま、耳の縁を通って、頬へと手が滑る。

    ゆっくりと顔が近づいていく。

    女優は顔を上向けて、

    トウマは、キスしやすいように、顔を傾けて、

    睫毛がくっつきそうな距離。

    ようやく、トウマが瞳を閉じて、

    ――二人の影が重なった。


    「……」

    二人の様子を、悠は呆然とした面持ちで眺めていた。

    トウマって、そういうふうにキスするんだ。

    「…知らなかった」
    「…亥清さん」
    「な、なに?」

    巳波が眉を下げてこちらを見ている。痛々しいものを見るような表情だった。

    「いえ……」
    「…そんな顔するくらいなら、言ってしまえばいいだろう」

    そう言いのけたのは虎於だ。
    無茶な言葉に、悠は「でも、」と口ごもる。

    「トウマの気持ちを知らないと勇気が出ないなら、誘惑でもしてみればいい。引っかかれば好意があるってことだろう」
    「御堂さん、そんな…」
    「誘惑……」
    「亥清さん、御堂さんのアドバイスは鵜呑みにしなくていいですからね。実力行使なら私が狗丸さんを問い詰めます」

    真剣な顔をして言う巳波に、思わず噴き出してしまう。
    巳波が実力行使に出たら、すごいことになりそうだ。

    …二人とも、オレのために言ってくれてるんだよね。

    「二人ともありがとう……オレ、頑張ってみる」
    「…亥清さんが頑張ると、狗丸さんの理性のほうが心配です」

    小さく呟いた巳波の声は、悠には届かなかった。
    その背後に近寄って来る影がある。
    撮影を終えたトウマが戻って来た。
    キスシーンを終えた気恥ずかしさからか、表情は少し硬い。

    そんなトウマに、悠は詰め寄った。

    「ねぇトウマ、今日トウマん家泊ってもいい?」





    ×××


    「今日来るのか?来ても寝るだけになるぞ?」

    明日も午前中から四人揃っての仕事の予定で、朝が早い。それなのに本当に来るのかと念押しされた。
    それでも、「相談したいことがあるから」と伝えれば、すんなり了承してくれた。


    寝る支度を終えてトウマの寝室に入ると、トウマがいそいそと布団を取り出しているところだった。

    「お風呂、ありがと」
    「おう!ハルの布団これな」

    薄い布団で悪いけど、と言って、トウマはベッドの横に来客用の布団を一組敷いて、悠にそこで寝るように促す。

    「うん、ありがと…」
    「ハル眠い?もう寝るか?」

    覇気のない返事を眠いと受け取ったのか、トウマが尋ねた。

    「う、うん…」

    ――ほんとうは、まったく眠くない。

    トウマの部屋にふたりっきりだし。
    部屋中、それに、借りた服もトウマの匂いでいっぱいだし。
    ドキドキして、眠気なんて来るはずがない。
    ……それに、今からトウマのことを、誘惑するのだから、眠いだなんて言ってられない。

    そんな悠の決心を知らないトウマは、「また今度ゆっくり泊まりで遊ぶのもいいよな~」なんて言ってる。
    「そうだね」と短く返事をして、悠は握った拳にギュッと力を入れた。

    それぞれ布団に入ると、部屋の電気が落とされた。
    意を決して、「あのさ、」と声をかける。

    「ん?」
    「相談したいって言ったことなんだけど…」
    「あぁ。寝ながらでいいのか?電気つけるか?」
    「このままでいい!」
    「でも、」
    「…電気はこのままでいいから、隣にいってもいい?」
    「おう、おいで」
    「っ…」

    のろのろと起き上がって、トウマのベッドに腰掛ける。
    トウマも起き上がって悠を迎えた。
    明かりがなくてよく見えないけど、その分、トウマの声色が優しいのがよく分かった。

    「今日、トウマキスシーンやったじゃん」
    「え?あぁ」

    すぐ横からトウマの声がかかる。
    適当に座ったけど、思ったより距離が近かった。
    緊張で変に声が上擦りそうなのを隠しながら口を開いた。

    「キスシーンやるってどんなかんじなの?」
    「え、これ相談か?」
    「いいから!」
    「どうって…うーん…そりゃ緊張はするけど、撮影始まったら役に入り切ってるからな…」
    「ふーん…」
    「今回はキスするふりだけでいいから、気は楽だったけどな。位置ミスって本当にしないようにだけ気を遣ったかな…って、こんな答えで合ってるか?」
    「合ってるってなに」
    「いや、ほんとにこんなことが聞きたいのかなって」

    こんなときばっかり察しがいい。
    …オレの思ってることも、もっと分かってくれてもいいのに。

    「…実は、オレも今度の撮影でキスシーンやることになったんだ」
    「え!?まじかよ」

    うそだ。
    トウマに迫るために必死に考えた、うそ。

    「キスシーンってはじめてやるし、トウマに相談したくて…」
    「そっか…でも俺も今回がはじめてだったしな、さっき言ったようなことしか言えねえぞ?」
    「…演技じゃなくてキスしたことは?」

    隣で、体がこわばった気配がした。

    「そりゃあ…まぁ…あるけど…」

    あるんだ…。
    自分で聞いておいて、胸を抉られるような気持ちになる。
    けれど、こんなことで落ち込んでいられない。

    「…オレ、まだキスしたこともないし、どう演技したらいいかわかんなくてさ…」
    「そうだよな…ハル、経験なさそうだし…」

    こいつ、ほんとデリカシーない…!
    先ほどの感傷とは打って変わって殴りそうになるのを必死に堪え、言葉を続ける。

    「それで、トウマに…その…キスの仕方、教えてほしいんだけど…」
    「え、はぁっ!?教えるって…」
    「撮影のときに手間取ったら恥ずかしいし…!事前に練習したいんだけど、そんなこと言える人いなくて…!ちょうどトウマがキスシーンやった後だったし、トウマに教えてもらおうと思って…!」

    トウマに変に思われる前に言いくるめてしまおうと、言い訳が流れるように溢れ出た。
    その勢いに押されたのか、トウマも「お、おう」と頷いた。

    「は、ハルの気持ちはわかるけど、練習って、具体的にどんなやつ…?」
    「それはっ……実際に、キスシーンを、演じてみるとか……」
    「そ、そうか……」
    「……」
    「……」
    「……」

    沈黙が、痛い。
    トウマの顔なんて見れなくて、膝に置いた自分の手元に視線を移す。
    暗闇に慣れた視界で、徐々に輪郭がはっきりと見えるようになってきた。
    ふり向けばきっと、トウマがどんな顔をしているか分かってしまう。

    「ハルは、いやじゃねぇの?」

    トウマの声が鼓膜を揺らした。
    びくり、と悠の肩が跳ねた。

    「お、オレから言ってるんだよ!?……オレは、」

    握りしめた掌に力が入る。

    「オレは、いやじゃない……っ」

    意を決して、顔を上げる。
    トウマの方を向くと、眉を下げて、困ったような顔をしてこちらを覗き込む瞳と目が合った。

    ――いやじゃない、トウマが、相手だから…

    逃げずに、言うんだと決めた。
    まっすぐに目を見て。
    トウマだから、こんなことを言うんだよって。
    好きだから、トウマと、キスしたいんだって。
    お願い、気づいて。
    そして、俺もって言って。

    「と、トウマが…っ」

    じっとこちらを見つめたままのトウマに、吸い寄せられるように近づく。

    だけど、

    「~~っや、やっぱりこういうのは演技経験のあるミナに聞こうぜ!!」

    全部を言い切る前に、トウマの手が悠の肩を押し返し、近づいていた二人の距離が元に戻された。
    ……拒絶、された。

    「……うん、そうだね」

    トウマの手をゆっくりと振りほどくと、悠は立ち上がった。

    「は、ハル?」
    「ごめん、明日もあるのにこんな話に付き合わせて」
    「いや、芝居に悩むのはよく分かるから、いいんだけどさ…キスシーンは、俺も初めてで探り探りだったから…」
    「いいよもう分かった!もう、早く寝よう!」
    「お、おう…」

    トウマに背を向けて、自分の布団に潜り込んだ。
    布団を頭から被って、零れ落ちそうになる涙を必死に堪えようとする。
    布団からも香るトウマの匂いに胸が苦しくなって、更に涙が溢れてしまった。
    「ハル…寝たか…?」と時々頭上から聞こえてくる声には、眠ったふりで無視をした。
    心配するようなその声色が、”誰にでもする優しさ”なのだと理解してしまったから。


    トウマも同じ気持ちを返してくれるんじゃないかって。
    そんなのはぜんぶ、――オレの独りよがりな妄想だったんだ。



    ×××


    懐かしい夢を見た。
    一番最初にトウマの存在を意識したときのこと。
    トウマが初めてオレと巳波と虎於を呼び出して、四人でやっていくんだからと結束を深めようとしたんだ。

    その時、トウマがオレに言ったんだ。
    これからもオレの人生は続いていくんだって

    あの言葉があったから、オレは……




    カーテンの隙間から漏れた白い光が顔面へと突き刺さり、その眩しさに目を覚ました。
    セットした目覚ましアラームの時間よりもだいぶ早い目覚めだった。
    それに、いつも朝はランニングに行くというトウマはまだ隣のベッドで眠っていた。

    「…」

    …トウマの言葉があったから、オレは自分の人生を考えられた。

    夢も希望もなかったのに、自分が何をして、どうなりたいのか、考えるきっかけになったのは、あの言葉があったからだ。

    あの時だけじゃない。
    ここに至るまで、トウマが隣でかけてくれた様々な言葉が、自分の”いま”を形作るひとつのピースになっている。
    それはとても大きくて、重要で、かけがえのない欠片だ。

    「……トウマ、だいすきだよ」

    トウマが教えてくれたことが、かけがえのない宝物なのは変わらない。
    だから、もう、恋をするのはやめる。
    今日からは、いっしょに歌う大切なメンバーのひとりに戻るから、
    だから、

    「…最後にするから…」

    ごめんね。

    そう呟いて、未だ眠ったままのトウマに、そっとキスをした。








    ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



    狗丸トウマの朝は早い。
    心の中でそんなナレーションを付けながら起き上がると、まるでドキュメンタリー映画の主役になった気持ちになる。
    日課のランニングやプロテインドリンク作り、その後浴びるシャワーも、カメラで抜かれている気分で、”最高にカッコいい俺”がそこにいる。
    そう、ありたいと思う。
    しかし現実はカメラなど回っていないし、寝起きから“最高にカッコいい俺”なんて存在しない。
    そこにいるのは等身大のニ十歳、男性。
    ほんの少しの出来事ですぐに自分のペースを見失うような、繊細な男だった。

    「……クソ、まただ……」

    トウマは目覚ましのアラームを止めて、布団に突っ伏した。
    普段のトウマならば、覚醒すればすぐに起き上がって布団から飛び出る。その勢いで走りに行ってしまうというのに。
    今の様子だと、当分起き上がりそうもない。
    それもこれも、近頃トウマを悩ましているとある事案のせいだ。

    「また…ハルとキスする夢だった……!」

    トウマは悩んでいた。
    同じグループのメンバーである亥清悠とキスする夢を見てしまうことに。


    ・・・



    つづきます
    (完成間に合わなくてすみません;;)
    (鈍感な狗丸トウマに苦しめられる悠をはやく幸せにしたいです;;)
    ここまで読んでいただきありがとうございました!

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