タチの悪い冗談だと思っていた 前編【キジアシュ】今は春。
ゴーンゴーンと鐘が鳴り響く、正午になる時間であろうホームの桜の木の近くで、数人の星の子達がそれぞれが思う顔で無言でもごもごと口を動かしている。アシュアもしかめっ面で口元を動かしていた。
ほんの数刻前のこと。
桜の季節が来る頃やって来た精霊から、それぞれ数粒さくらんぼを貰えたのだが、それを見たししょーが言ったのだ。
『ねぇ、知ってる?さくらんぼのこの先に付いてるやつを舌で結べたらキスが上手なんだって!』
その場に居た、アシュア、エダ、ぽて、結、キジ、みなが驚き、そして「またか」とでも言うような顔でししょーを見ている。そんな雰囲気もどこ吹く風のマイペースなししょーは、すでに空になった器に残ってるさくらんぼの茎を口に放り込むと、んーーっと言いながら動かしてから舌を出した。その舌先には綺麗な輪っかに結ばれた茎が一つあった。へぇっと見るみんなにししょーは、ふふんと笑うと
『みんなはできるかなー?』
そうして始まったのが、この無言で口を動かす集団なのだ。
しばらくそれぞれ格闘していたようだが、エダがべっと舌を出してそれの完成を見せる。
『私は出来たよ』
『うわ、お父さんすごーい』
『さすがパパぁ!』
『なかなかに難しいよね』
『むむむ、』
『褒められて嬉しいものなのか・・・これ』
純粋にすごいと賞賛する子どもたちと、さらに眉間のシワを深くするアシュア、そして苦笑いをするキジ、と感想も人それぞれだ。
『よーし、パパの子ならあたしもできるはず』
とやる気をなぜか出すぽてと、いそいそ再開する結を横目にアシュアもまた、さくらんぼの茎結びをやるのだったが、一向にできる気配がない。なんであんな短い茎を巻けるのか意味がわからない。むぅとへの字になったり、頬の片方へ茎を転がしたり試してるのだが無理なものは無理だ。
エダはやることやったのでししょーと談笑している。そんな中、視線を感じ目線を向けるとキジがこちらを見ていた。なんだよっと目を細めれば、キジはクスリと笑うと目線を別の方向へ向けた。
なんなんだよ
それから、エダとししょー以外でできる者は現れず、ちょっとした遊びの一環として終わったのだった。器を精霊に返して、各自用事がある者とフレンドのところに遊びに行く者と分かれた。ホームに残ったのはアシュアとキジだけ。キャンマラも終わったので特にやる事がない。
満開に咲く桜を見ながらアシュアはふと先ほどのことを話した。
『そういえばキジさん、なんで僕を見てたの』
『ん?あ、あー。あれですか』
と、何か思い出したのか、くつくつと笑い出した。
『は?え?なに?』
『いや、あの時のアシュアさん、なんていうか必死な顔でやってるなぁって思って、ははは。百面相とは言わないけど、ころころ表情変わって面白かったです。』
『それ笑うところなの?君だって出来てないじゃないか』
そんなまじまじと見られてたのかと思うと恥ずかしくて顔が熱くなった。自分も出来てないから笑うのは違うのは本当だ。
できないのなら、ば。
スッと目の前で、器に入れて返したはずのさくらんぼの茎を一本取り出すキジ。え、なにこいつまだ持ってんの?という疑問もキジの行動に気を取られ思考の隅に追いやった。
それを口に含んで十数秒、ぺろっと出した舌には巻かれたさくらんぼの茎があった。
『キジさん、できたの!?』
目を丸くしてアシュアは驚いた。さっきは出来ませんでしたーってみんなで話してたのに。実は出来ました、なんてことあるのか。
『わりとすぐに出来てたんですが、別に見せる意味もないしなぁと思って。あと、できたらできたらでいじってくるでしょう?特に相棒が。』
『仲良いことじゃんか。そういう内容で本気で喧嘩しないじゃん』
『そうなんですけどー』
『僕には見せるんだ・・・』
『まあ、さっきのお詫び?みたいなものですよ。他の人には言う気ないけれど』
『はぁーん・・・?』
アシュアは呆れたような表情になると、ぽすんと芝生に倒れた。なんだ隠してたのか。自分は出来なかったのに、妙に悔しい。できたところで別に利益あるわけじゃないけど。
『出来たってことは、キスが上手なんだね、意外だね。隠し上手な鳥さん?』
『えええ、なんか含みある言い方ぁ。理不尽・・・』
『エダはわかるんだけどねぇ』
アシュアが、そうぼそりと言ったところで、キジが黙った。複雑そうな顔している。
何か考えあぐねてるのかしばらく思案したあと、寝転ぶアシュアの顔に近づいて真面目な表情で呟いた。
『試してみます?・・・俺と』
『え?』
何を?と言いたげなアシュアに、キジは少し目を泳がせて、人差し指でアシュアの唇をむにっと触た。
『キス』
『・・・・・』
沈黙の後、ようやっと理解したアシュアがぽっと頬を染める。ガバッと起きて立ち上がるとキジを見下ろして早口でしゃべる。
『じ、じじじ、じょーだんも大概にしろ!真面目な顔して、な、何言うかと思ったら!ばっっっっかじゃないの!?そういうとこキライ!』
言い終わったあとキジに背を向けて走り出す。雨林の門をくぐろうとしたところで、ぴたっと止まり振り向き
『、嘘!嫌いじゃないけど、ばぁーーーーーか!』
あっかんべしてから、門をくぐって消えていった。ぽつんと残されたキジはしばらく放心してたが、自分の言ったことに顔をまっ赤にし、片手で顔を覆った。