三月のとある日のこと。 女子ばかりで集まると、大抵は恋の話に花が咲く。これは古今東西、様々な地方出身のサーヴァントがいるここカルデアでも同様らしい。
「キャンディキスチャレンジ、なんてのがあるんだって」
ふとスマホを弄っていた刑部姫が呟く。その魅惑的なフレーズに、一気に話題が集中する。例にも漏れず、私もその言葉に興味を惹かれた一人だった。
彼女の説明によると、カップルの片方が目隠しをし、片方が舐めた飴の味をディープキスをして当てる、というものらしい。
「目隠しって時点で、既に背徳感凄くない?」
「まぁ、それは確かに」
誰ともなく発したその尤もな一言に、皆口を揃えて同意した。
そんな話で大盛り上がりをして、頭からその話題が消えかけた頃。
その日私は、過去の特異点へ赴き、その地毎の状況報告書作成、サーヴァント達のヒアリング、次のレイシフトに向けての打ち合わせ…目の回るような一日に、心底くたびれていた。
全て一段落した後自室に戻り、汚れた体をものともせず、自分自身をベッドへ放った。
「はー…死ぬほど疲れた…」
思わず今の心境を表すに相応しい言葉が口から漏れる。
色々と綺麗にしたいのは山々だが、身体を動かそうにも億劫で、寝てしまおうにも過度な疲労感で瞼が落ちる気配がない。
さて、どうしようか…何か温かい飲み物でも淹れようか、そうぼーっとベッドに体を預けたまま考えていると、「おーい、大丈夫かい?」と頭上から、一番聞き慣れた声が降ってきた。
「うわっ!びっくりした!」
「びっくりはこっちの台詞だよ…声掛けても全然反応無いから、心配して入ったら、ぶつぶつ何か言いながら突っ伏してるんだもん、君…」
「え、喋ってた?私」
「思いっきり」
そう言って、心配とも呆れとも取れる顔をする。
「まぁ、今日一日、ものすごい忙しそうだったもんね」
私の沈むベッドに腰掛けながら彼、ビリーは言う。
「忙しいも忙しい、もう体が言うことをきかない、だから私は動かない」
疲れのあまり、幼子のように駄々を捏ねる私に、クスクス笑いながら宥めるようにこう言った。
「そんな疲れ切ったこいとに、いいものをあげに来たって言ったら、ちょっとは元気になるかな?」
「え、何かくれるの?」
贈り物はいつだって嬉しい。
思わず身体を起こし、顔が期待の表情に変わる私は、我ながら単純だと思う。
「ちょっと待ってね、あ、目は閉じて」そう言われ、素直に言う通りにする。
一呼吸。
自分の唇に、唇が触れる感触がする。
同時に舌と何かが、割って入って来た。
突然の出来事に思わずたじろぐ。
舌の感触と、固い何かが、私の口内の感覚を支配する。
「はい、ホワイトデーのお返しね」
唇を離したビリーは、いつもの柔和な笑みを浮かべていて、私の口の中には謎の物体が残されている。
これは、飴だ。
理解が追いつかない頭で、今日がホワイトデーだという事と、もれなくキャンディキスチャレンジを思い出して、恥ずかしさで卒倒しそうになった。
目隠しはしていない、が、味は判った。きっとこれは、 味だ。
「甘いものは疲れに効くよ」ビリーはそう言って、まだ呆気に取られている私に、その飴の入った缶を手渡す。
さて、私の答えは合っているのだろうか。