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    m_mm_m_61

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    以前フォロワーさんのコピ本企画で出したオッキイネコチヤンになったアロ+ルク

    ##アロルク

    晴れ、ときどき猫 夏も終わろうかという頃の非番の朝は、強烈な衝撃で目が覚めた。
    「ぐわっ⁉」
     突如パンチを食らわされたような感覚と、胸の上の圧迫感。おそるおそる目を開けた僕の視界いっぱいに飛び込んできたのは、一匹の紅い猫だった。
    「え?」
     ねこ。ねこだ。まごうことなき猫が僕の胸の上に乗っている。正直めちゃくちゃ重い。猫って軽そうに見えるけど、こんなに重いのか⁉ 
     それに無茶苦茶でかい。たまにネットで両手で抱えるほど大きな猫の画像を見かけるけれど、実在したのか……。
    「えっと、君……どこの子?」
     真紅の美しい毛並みをしたその猫は、戸惑う僕の上でくあぁと大きなあくびをした。射貫くような緑色の瞳が、朝日を受けてすっと細められる。
     見たところ首輪はしていない。野良猫が家に入り込んだのだろうか。それにしてはきれいな猫だなあと思いながら、僕はそっと手を伸ばす。頭に触れようとしたところで、ぱしんと前脚が飛んできた。これがうわさに聞く猫パンチ。妙に感動してしまったが、どうやらこの猫はなでられるのが好きではないようだ。
     と、朝からこんなことをしている場合ではない。「あの~、どいてくれるかな?」と声をかけると、猫はしぶしぶといった様子で僕から降りてくれた。人の言葉が通じるということは、飼い猫の可能性もあるな。ずいぶん人に懐いているみたいだし。あとで近所の迷い猫の情報を集めてみようと思いつつ、僕はベッドの上でしっぽをゆらゆら揺らす猫に話しかけた。
    「ごめんね、今から朝ご飯を作らなくちゃならないんだ。あとで君のご飯も用意するから、ちょっと待っていてくれないか」
     猫はなにも言わない。猫ってこんなに鳴かない生き物だったのか。けれど、僕がスリッパを突っかけて寝室から出ようとすると、猫も静かについてきた。ちょっとかわいい。
    「さて、まずはアーロンを起こさないと。ああ、アーロンっていうのは僕の相棒でさ、今はうちに泊まってるんだ。なんでもハスマリーの戦況が落ち着いたからって、……」
     そこまで話して、僕を見上げる猫と見つめ合う。
     ――僕は猫相手になにを喋ってるんだ?
     動物は好きだし、かわいいと思う。ミカグラ島ではシバコに懐かれたけど、もう死ぬほどかわいかった。
     けれどさすがに初対面の猫相手に聞かれてもいないことを――いや、猫は当然なにも聞いてはこないのだけれど――べらべら話してしまうなんて、疲れているのだろうか。猫は首をかしげはしたが、やはりなにも言わなかった。
     まあいいか、誰も聞いてはいないのだし。僕はアーロンの部屋の前に立つ。アーロン、と声をかけたが返事はない。
    「アーロン?」
     耳のよい彼のことだ。熟睡していたとして、聞こえていないはずがないだろう。「ベッドなんざ、落ち着かなくて寝られやしねえ」とのたまっていた彼が僕の家で熟睡してくれるようになったのは嬉しいけど。
     そういえば昨日、チェズレイから届いた栄養ドリンクを僕の代わりに、毒見だって言って飲んでいたな。もしかしてお腹でも壊したのだろうか。身体の強い彼に限ってそんなこともないか……。
    「アーロン、朝だぞ、起きて――」
     ドアを開けようとして、部屋の扉が少しだけ開いていることに気づいた。扉を開けて中を確認するが、ベッドの上に彼の姿はない。
     アーロン、もう起きたのか。今日は早いな。いつも言っているけれど起きたらまずベッドを直してほしいんだけどなあ。隣の猫に「なあ?」と笑いかけると、猫はくだらねえとでも言いたげにあくびをした。
     猫と一緒に一階へ下りる。リビングに、バスルームに、トイレまで確認したけれど、アーロンの姿はどこにもなかった。
    「あれ? アーロン、どこに行っちゃったんだ。一週間は泊まるって言ってたのになあ」
     僕に知らせる時間もないほど、火急の用事ができたのだろうか。そう思ってメールを送ると、リビングに置きっぱなしになっていたもうひとつのタブレットが振動した。……アーロンのタブレットだ。
     早朝ランニングにでも行ったのだろうか。そう思って玄関を覗いたが、アーロンの靴は昨晩スーパーマーケットから帰ってきた時のままだ。僕とお揃いで買ったスニーカーも、靴箱の中に入っている。
     嫌な予感がして、アーロンの部屋に飛び込んだ。クローゼットを見るけれど、彼が服を着て外出した形跡はない。ここにない服は洗濯カゴの中だ。
     彼が寝ていたベッドの掛布団を跳ね除ける。洗いたてのシーツの中にあったのは、彼が着ていた黒いシャツとズボンだけだった。
    「――……っ」
     アーロンはどこへ行ってしまったんだろう。胸がばくばくと音を立て、冷たい汗が止まらない。アーロンが事件に巻き込まれたりなんてしないと分かっているのに、ミカグラ島でのことが頭をよぎる。
     ――もしあの時のように、彼がひとりでどこかへ消えてしまったら。
     心臓が潰されるように苦しくなって、僕はその場に立ち尽くした。しばらくのあいだ脳裏に浮かぶさまざまな最悪の可能性を振り払ってから、とにかくすぐにチェズレイたちに連絡しなくてはと踵を返す。
     その時、コトンと部屋の入り口から物音がした。
    「アーロン⁉」
     僕の必死すぎる声に続く、にゃーという鳴き声。顔を上げるとドアの前に、あの猫が座っていた。まるで僕の呼びかけに返事をするように、翡翠の瞳が僕の顔をじっと見つめている。
     いや、まさか。そんな、馬鹿な。
     猫の前に膝をついて彼を見つめる。彼の髪にそっくりな、闇に揺らめく炎の色をしたその猫は、もう一度「なー」と声を上げた。
    「君……アーロンなのか⁉」
     僕が叫ぶと同時に、タブレットにメールが届いた。
    『申し訳ございません、ボス。昨日お届けした栄養ドリンクの中に、ある薬が混入しておりました』。
     


     正直、めちゃくちゃ困惑している。いや、そりゃあ人間だった相棒がいきなり猫になったら、誰だって困惑するよな? というか、チェズレイはいつの間に人を猫にする薬まで作れるようになったんだ? また悪いことに使ってなきゃいいけど……。
     その上、僕はこの猫――アーロンに五戦五敗している。なんの話かというとご飯の話なんだけど。 
    「うーん、『サーモンとじゃがいものピューレ』はだめかあ……。なあ、君、なになら食べてくれるんだ?」
     いくらアーロンとはいえ、猫に人間の食べ物を食べさせるわけにもいかない。そう思い朝からホームセンターに駆け込み目に付く限りのキャットフードを買ってきたはいいものの、アーロンはどれも口にしようとはしなかった。
     キッチンの床にしゃがみ込みお皿に載せたキャットフードを差し出してみるが、ぷいと顔を背けられてしまう。『ささみとかつおぶしのとろとろ煮』もだめだったか……。
    「なになに、『猫は肉食動物なので、茹でたお肉でも大丈夫です』……」
     手元のタブレットで『猫 ご飯 食べない』などと検索してみると、そんな有力情報を手に入れた。肉か。確か、昨日スーパーでしこたまカゴに突っ込まれた肉がまだ残っているはずだ。
     牛肉をひと切れ茹で、アーロンの前に置いてみる。くんくんと匂いを嗅いだ彼は、そのまま肉にかじりついた。どうやらアーロンは猫になっても肉食獣のままのようだ。いや、こんなことを本人の前で言ったら、足だけじゃなくツメが出るかもしれないけどな……。
     人間だった頃よりゆっくりと肉を咀嚼するアーロンを横目に、チェズレイから届いたメールを読み直す。僕へのお詫びから始まるメールの中の、明日には元の姿に戻るだろうというチェズレイの言葉に少しだけほっとした。ずっとこのままだったらどうしようって思っちゃったもんな。
     その後、僕が朝食の食器の片づけをしているうちにアーロンは肉を食べ終えたようだ。気がつくと空になったお皿だけが残されていた。
    「あれ? アーロン、どこ行ったんだ?」
     手を拭きながらリビングへ向かう。きょろきょろと部屋を見回すと、僕の頭の少し上にゆらゆら揺れる赤い尻尾があった。父さんが昔作ってくれた棚の上から、緑の瞳が僕を見下ろしている。
    「アーロン、そんなところにいたのか。下りておいでよ」
     呼びかけるが、アーロンは返事をしない。完全に無視されている。
    「もしかして猫になったことを気にしてるのか? 大丈夫だよ。チェズレイが、明日には元に戻るって」
     あ、チェズレイの名前を出した瞬間、アーロンの背中の毛がちょっと逆立った。DISCARDの一件でふたりはずいぶん仲良くなったと思っていたのに、相変わらずだなあ。くすくすと笑っている僕を見て、アーロンはフン、と鼻を鳴らした。
     チェズレイは『あの獣に人間らしい知性が備わっているとは思えませんが……』なんてメールに書いていたけれど、猫のアーロンは僕の言葉を理解しているようだ。にゃーとしか喋れないだけで、もしかしたら「あんのクッッッソ詐欺師」と毒づいているのかもしれないな。かわいらしい猫の姿とのギャップがおかしくて、図らずも頬が緩んでしまう。ニヤニヤしていると、アーロンは至極不満げに目を細めた。
    「まあいいか。なにかあったら教えてくれ」
     猫はしつこく構われるのが嫌いと言うし、もちろん僕もアーロンと四六時中ベタベタしていなければならないということはない。そう納得して、僕はリビングのソファに座った。
     タブレットを起動して、日課となっているニュースのチェックをする。いつもならとなりで本を読んでいるアーロンの気配がないことが、ちょっとだけ寂しい。そう思ってから、僕は内心で苦笑した。
     僕の家にいる時のアーロンは、ひどく静かだ。チェズレイやモクマさんが聞いたらびっくりするかもしれないけれど、いつだって彼は、それこそ猫のように静かに僕の隣にいるだけだ。時折感じるのは、僕を眺めたり、僕の動きを目で追ったり、そういうちょっとした気配だけ。だから彼が猫になったからっていって、なにが変わったっていうわけでもない。それなのに、僕はいったいどうして――寂しいと感じているんだろう?
     一向に下りてくる気配のないアーロンの態度が微妙に変わったのは、それから数時間が経った頃だ。調べものをしていた僕の視界の端に、紅い影が映る。おや、と顔を上げると、音もなく床に下りてきたアーロンがじっとこちらを見つめていた。
    「どうしたんだ? お昼ご飯はまだだぞ」
     アーロンは無言でソファに歩み寄ってくる。このズカズカ歩いてくる感じ、やっぱりアーロンだなと思う。なんてのんきに構えていたら、アーロンが僕の膝に飛びかかって……もとい飛び乗ってきた。これだけ大きな猫に勢いをつけて飛びかかられた僕の情けない反応については、ご想像にお任せします……。
    「あ、アーロン? なにかあったのか?」
     アーロンはなにも言わない。ただ僕を一瞥して澄ました表情をしているだけだ。なんで下りてきたんだ?
    「アーロン? なにもないなら調べものの続きがしたいんだけど」
     手元のタブレットに視線を戻そうとすると、アーロンの前脚がにゅうっと伸びてきた。タブレットを爪で引っかかれそうになって、慌ててテーブルへ下ろす。どうやら、調べものの続行は許してくれないらしい。
    「こら、タブレットは君の爪研ぎじゃないぞ!」
     その瞬間、長い尻尾が僕の顔を直撃する。「ぐわ!」と悲鳴を上げる僕をよそに、彼は僕の膝から降り、僕に背を向けるようにソファの上に座った。
     アーロンはこっちを見ようともしないけれど、耳だけを器用に動かして僕の様子をうかがっている。僕の腿にぴったりとお尻をくっつけたアーロンの後ろ姿がなんだかとても愛おしく、自然と顔がほころんでいく。
    「……ふふ」
     ――もしかしたら、アーロンは僕の気持ちを察して、僕のそばに来てくれたのかもしれないな。
     アーロン本人が知ったらどつかれてしまいそうな妄想を頭の中に描きながら、僕は気がすむまで彼のぬくもりを堪能した。
     


     猫のアーロンと過ごす休日はあっという間だった。
     夕食の片づけを終え、シャワーを浴びた僕がリビングへ戻った時にはアーロンの姿はなくなっていた。……自分の部屋に戻ったのかな。本当はもう少し、彼とのんびり過ごしたかったのだけれど。
     まあいいか、僕も寝よう。家の戸締りを確認して、僕も二階の自室へ戻る。そして。
    「あれ?」
     既視感のある――僕の部屋の扉が細く開いている光景に、思わず笑いそうになってしまった。いや、まさかな。
     足音をできる限り立てないよう、注意深くベッドに歩み寄る。真っ白なシーツの中を覗き込むと、そのど真ん中に今日一日で見慣れてしまった巨大な猫が丸まっていた。これがインターネットでよく目にする、猫に寝る場所を取られるっていうあれかあ……。
     アーロンはさも当然という顔で僕のベッドを占領している。見れば彼の胸は安らかに上下していて、ずいぶん熟睡しているようだ。起こすのも忍びないし、今日は僕がゲストルームで寝ようか。でも――。
    「ちょっとだけなら、いいよな」
     ひとりごち、そっと掛け布団の中に身体を滑りこませる。アーロンが眠っているせいで、僕のスペースはベッドの隅っこのわずかな隙間だけだ。このまま寝れば明日の朝、身体が痛くなってしまうのは確実だろうけど、それでも構わなかった。
     明日になれば彼は元の姿に戻ってしまう。いや、戻ってくれないと困る。けれど、かわいらしい今の姿を目に焼きつけておきたいな、なんて思ってしまう。こんなアーロン、きっと今後一生見られないだろうから。それに、こんな時でもないと、大人になった僕たちが一緒に眠るなんてこともない。だから。
    「アーロン」
     僕の声が、夜の闇に溶ける。普段なら絶対に近寄らせてくれない距離に迫った彼は、おひさまみたいな匂いがした。懐かしい彼の体温に、胸の奥がきゅっと疼く。
     ――今なら、あの頃みたいに触れられるだろうか。
     切なさに駆られ伸ばした手は、彼に届く前にシーツへと落ちた。
    「ずるいな、僕は」
     一緒に寝られるだけで充分贅沢なのに、こんな手段で彼に触れようとするなんて。ひとり自嘲するように笑った。
     明日になれば、なにもかもが元通りになるはずだ。だから、君が目を覚ますまで、もう少しだけ。
    「おやすみ、――……」
     たいせつな名前を呼んで、目を閉じる。
     夜明けとともに去ってしまうだろうあたたかさを胸に感じながら、僕はまどろみへと落ちていった。



    次の日の朝。
    「よう、相棒?」
     となりで意地悪く微笑んだ君の姿に、ベッドから転げ落ちた僕の話は、また今度。
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