「お前、よく慕えるな」
ヘルメスに事の次第を伝えると指針が決まった時の事だ。歩き始めた三人に着いて足を進めていると、いつの間にか小さな俺に合わせて歩く速度を落としていたエメトセルクから、俺に向けられた言葉が降ってきた。
振り仰ぐように目線を向ければ、しかつめ顔でこちらを見ていた。
主語はなかったが、おそらくエメトセルクの事だろう。ちょうど先ほど「寄るな懐くな声をかけるな」と言われたものの、それを無視して話しかけまくっていたのでそう判断した。
今のエメトセルクには未来で俺とエメトセルクの間で起こった事は全て知られていたから、なおさら不思議なのだと思う。命の危機にまで陥らせた相手を慕うなど、理解ができないという気持ちがよく伝わってきた。
ただ、俺がエメトセルクを慕う理由は山ほどあって、一言で語りきれそうにない。けれど、その気持ちを誤魔化すことも疑われるのも嫌だったので、俺の中で唯一エメトセルクにしか打ち明けられない話をすることにした。
「俺、未来のエメトセルクに化け物って言われたんだよね」
「……はぁ?」
グルグ火山の天辺で、水晶公を連れ去られる直前の時のことだ。罪喰いになってなまじ理性があって耐えがたかったら、とアーモロートの在る場所を告げられ、エメトセルクが去る間際に放った言葉。それはどうしてか俺の胸をすくもので、あんなに痛くて苦しくて悲しかったのに、どこか救われた気分になったのだ。
「誰も言わない、言えないけれど、自分だけはずっと思っていた言葉をエメトセルクが形にしてくれたんだ」
「……『化け物』が?」
「うん。あっちの世界じゃあ英雄なんて綺麗な形に収められてるけど、その実もうずっと自分は化け物に近い存在なんだって思ってたから。でも、とてもじゃないけど皆はそんな事俺に言わないからさ。エメトセルクだけだったんだ、馬鹿正直にまっすぐそう言ってくれたの」
もう罪喰いに近かったからとか、そんな事だけじゃない。あの罵倒が俺の背を確かに押したのだ。お前はもうすでに化け物なのだと、認めてしまえば楽なのに、と。
「人であることを欠片でも信じようとするより、もう化け物であることを認めて、化け物が上手に人間のふりしてるんだって思った方が楽だなって、そう思えるようになったから」
そこまで言った時だった。ぐいっと首根っこを掴まれ引っ張り上げられたかと思うと、眼前に迫ったエメトセルクから物凄い睨みをきかされ、同時に額に凄まじい衝撃と痛みが走った。
――デコピンを喰らったのだ、と気づいたのは、ひとしきり呻いた後だった。
「~~~何すんだよ!」
「ばーーーーか者が。この! 私が! そんな意味でそんな言葉を吐くと思うのか!」
「今のエメトセルクとあのエメトセルクは違うだろ!」
「あ~違うとも。だが絶対に根幹は変わらん。それだけは断言できる」
嘘だ、とは言えなかった。真面目で、世話焼きで、愛情深いエメトセルクだからこそ、一万二千年もオリジナルとしての使命を貫くことが出来たのだ。
それを知っていたからこそ、額を抑えながら息を呑めば、溜息を吐いたエメトセルクがゆっくりと俺を下ろしながらしゃがみこんだ。
「未来の私が言わなかったことをあえて私が言うのは癪だから、それは告げん。だがな、これだけは間違いなく言える」
「…………」
「お前は、『人』だ。それだけは違えるな。人であるが故にここまで辿り着くことが出来たんだろう」
「でも、俺は、」
「第一! うっすら使い魔もどきが化け物だぁ? 舐められたものだなぁ!」
ハ! と鼻で笑ったエメトセルクにむっと眉根が寄る。
「お前、この世界にどうやって干渉出来てると思ってる。私の力があってこそだぞ? お前ごときが化け物なんぞ烏滸がましいにもほどがある」
「それは……!」
「そんな私が人なんだ。お前だって人だろうが」
「うっすら、だけどな」と付け加えて、トンと額を押された。皮肉げに笑った口角が、在りし日のエメトセルクと重なる。虚をつかれて目を瞬かせたものの、滲んだ涙が零れそうになったのをなんとか堪えた。
「……そういう、とこだよ」
「なんだ」
「俺がエメトセルクを慕っちゃうの! そういうとこだからな!」
「ばーかばーか!」と苦し紛れに声をあげて、前を行っていたヒュトロダエウスに駆け寄る。
後ろから「馬鹿という方が馬鹿だ!」と怒った声が上がっていたが、震える唇でなんとか笑顔を作った。
「あれ、どうしたの?」
「エメトセルクが俺を苛める!」
「え~? ちょっと駄目だよエメトセルク。小さい子相手にさぁ」
「言いがかりだ! こんのうっすら使い魔もどきがぁ……!」