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    yaken1xx

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    yaken1xx

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    夏公演中の話
    書いててカンナちゃんはみんなでとにかく楽しく踊りたいひとなんだなとあらためて。

    以下は個人的なメモ
    ○書きたかったこと、意識したこと
    ・夜の柔らかい雰囲気 △
    ・梅雨の肌にまとわりつくじめじめした感じ △(文中でそのまま書いちゃった)
    ・世長のあきらめのわるさ ◯
    ・世長の感情の色々入り混じってるところ △

    you made my day, saved my life 「世長創司郎」はジャンヌである。少なくとも新人公演では。一年時にジャックかジャンヌかだいたいの適性が決まるユニヴェールにおいて、夏公演でも引き続きジャンヌに選ばれた彼は限りなくそうだった。同期のクォーツ生である織巻寿々の存在も大きい。スターになるべくして生まれたような恵まれた体格と通るハリのある声で彼は観客の視線を釘づけにし、一躍ジャックエースに目された。反対に僕の幼なじみの立花希佐は、体格からすればジャンヌ向きだ。だが、彼女には類い稀な表現力があり、何にでも化けるようなはかりしれない可能性がある。今回は春から一転、ジャックに起用される。根地先輩の采配は異例だった。しかし、彼女ならば下馬評を覆す演技を見せるだろう。
     望みは成長期にかける。鏡に向かって言い聞かせる。
     僕はジャンヌなんだと。……兎にも角にも、次の夏公演においては!



     舞台はみんなでつくるものだが、同時に孤独な場所であり、魔物がいてこちらをいつでも呑み込んでしまう深淵である。
     運良く新人公演では役をもらえた。うん、印象に残る演技ができたかはわからない。とにかく自分のことで精一杯だった。舞台は練習で立ったときよりも広く感じた。満員の観客には圧倒された。今、視線が自分に向いているのだと思うと、朝に何か腹に入れておきたいとすすったスープですら緊張でもどしそうだったし、でもやはり大舞台でやる快感も同時にあって、わけのわからないまま過去の練習を信じて(というか信じるしかない)胃の中身の代わりに感情を込めてセリフを吐いて、歌い踊り、終わった後は何も考えたくないような達成感と一緒にベッドに沈んだ。
     夏公演の配役発表では、前回に引き続いてジャンヌに選ばれたことに多少落胆した。新人公演でうまくやれなかったから。自分に実力がないから。舞台全体のバランスがあることも理解している。役をもらえること自体がありがたいのに。今は知る由もないけど、そのありがたみに本当に気づくのはもう少しあとのこと。
     「ジャンヌ」らしい所作。指のさきまで糸を通すように。たおやかに。
     ひとつ意識すれば、なにか別のところがくずれてしまう。そもそも男性では骨格的に難しい動きもある。お手本のフミさんは難なくこなしているようにしか見えない。観客に見せる角度やら手の表情の付け方でうまく誤魔化している部分もあると本人はいうものの。
     座学に舞踊とスケジュール通りに一日を終えた。タオルを片手に鏡の前に立つ。壁一面の鏡の奥には一生懸命練習する生徒たちの姿が写っている。中学では高かった身長もここでは中性的に見える手助けをしている気がする。
     ユニヴェールでは生徒たちのたゆまない努力を光で濯いで原石を色とりどりの宝石に変える。願わくばそのライトが自分に当たる時間を一秒でも長く、と祈る。その祈りをかたちにすべく、日々切磋琢磨し、流す汗も輝くように尽くす。
     額の汗を拭きながら鏡越しに彼女の姿を探す。今日は歌の練習なのかな。配役はジャックなのに歌唱ではジャンヌも求められるなんて。希佐ちゃんはすごい。
     僕の「カンナ」は明るく物おじせず、思ったことをぱっと口に出すようなタイプ。いまいち役と自身のつながりに欠ける。調律できなければからだに糸もうまく通せやしないんじゃないかと屁理屈をこねるが、まったく間違っているわけでもなんじゃないか。カンナは何を考えて生きていて、朝は何時に起きて、憧れた先生とは具体的にどこで初めてであったのか、自分も留学したのか、休みの日は何をするのがすきなのか。きらいなことは? 先生とハセクラの関係はどう思っている? どういう気持ちで「踊る」のか。……そうだ、よく間違えるステップの復習。もう一回。できるまで。
     外の街灯がついてしばらくしてから寮に戻った。自室でシャワーを浴びて食堂に向かう。今日は寮食の提供時間が終わるまでまだ余裕があった。
     希佐ちゃんともスズくんとも時間がずれたみたいで、図書室でとった社交ダンスについての資料のコピーと台本のコピー、こちらは自分のセリフを全て切り貼りしてひとつに繋げてみたものをからあげ定食のトレイの横に並べる。
     社交ダンスはテレビで大会が放送されていたのを見たことがある程度。華やかな衣装に身を包んで、各ペアが入り乱れて激しく踊るイメージしかなかった。試しにとカイさんとフミさんがクラスの前で見せたダンスは、配役発表から数日でもう「見れる」くらいには整っていた。
     そんなアルジャンヌのフミさんと絡みのある役だから何度か直接指導してもらっている。「ソーシ、正確に踊ろうとするほうに意識がいって全体的に動きが硬い」、「腕に力入ってる」、「視線はこっち!」、「膝が曲がってる! 髪の一本まで操る気持ちで、とりあえず今は気持ちだけでいい!」。……もうメモするスペースがなくなる。一度言われたことを繰り返したしるしに線の数が増えて情けなくなる。「よくあれだけ注意されて一字一句覚えていられるものだな」。鳳くん、うるさい……。
     つけあわせのキャベツと白米を噛んでいると段々あまくなってくる。疲れたときは肉をたべるといいというけれど、からあげならみんな元気が出るんじゃ。醤油ベースでおいしい。食堂のメニューは栄養バランスだけでなくて生徒の士気を下げないよう考慮されて作られているなぁと感じる。
    「やあ、世長くん。カンナは順調かね」
    「それがあんまり。何か掴めるかと色々試してはいるんですが」
     根地先輩はおにぎりがふたつ乗っかった小皿を手にしている。僕の手もとの紙切れをまじまじと見たあと、彼は口を開いた。
    「僕が思ったより迷走しているようだね! いっぱい考えてご覧なさい! 舞台をよりよくするのに必要不可欠だよ」
     まわりに聞こえるような声を出さないでほしい。
    「は、はい。もう少し自分で考えてみます」
    「考えることと悩むことは別だよ」
    「気をつけます」
    「うん、気をつけて」
     そんな一言をさらっと言い残して、肩越しにひらひら手を振って彼は去っていった。目のしたには隈があった。先輩は舞台をおもしろく動かそうと先頭をひた走っている。それにしても嵐のようなひとだ。資料を追って、社交ダンスでも相手との身長差が大事になるという一文が目に留まった。高身長の女子が男役のダンスをやることがあるらしい。僕が今やっていることと同じだ。資料を読み終わる頃、最後のからあげは冷めていた。食器の返却は時間ギリッギリで食堂の人に頭を下げに下げた。
     部屋に戻るまでの渡り廊下の窓に自分が写っていた。付近に誰もいないのを確認して背を伸ばす。ゆっくり腕を広げ、ペアダンスの最初の型をつくる。自分が主役ではないことはもちろん、わかっている。目立たない。それでも、アンドウ先生の教室にいるカンナが踊れなくてどうする。バチバチな雰囲気にテンションは上がるし「私がペアになってあげますっ」と平然と言わねばならない。相手はスズくん演じるルイス。
     軽やかにステップを踏む。拙い箇所もあってきっと及第点には手が届かない。最初の頃よりはましだ。
     キャラクターも掴みきれてはいないけど、最初の頃よりは……。
     体が熱を持ちかけたので途中でやめた。二度もシャワーを浴びるのはごめんだから。明日もあるし。早足で自室に帰って、スマホを充電器につなぎ、明日の用意を終えてからベッドに潜り込んだ。



     図書館で根地先輩とすれ違った。腕いっぱいに抱えられた本の中に探していたタイトルを見つけた。目は合った。彼の体の向きが変わったから急いで空いているほうの手で肩を掴んだ。
    「先輩、その本!」
    「あ、返しといてくれる? ありがとう! いい後輩を持ったなぁ。ではでは」
    「返す代わりに待ってください」
     先輩の肩を掴んだまま力が入っていたことに気づいて離した。
    「僕ってば本番も近づいてきて忙しいんだけどぉ!」
    「じ、じゃあこの本たちの内容で役に立ちそうなところ教えてください!」
     一冊ずつ僕に手渡される。つらつら要旨が僕の耳に流れ込んでくる。先輩の腕が空になり、僕の両腕が満杯になったところで、先輩は僕がはじめから持っていた書籍も指差してこれはねと続けた。計九冊分の知識が手に入った。
    「気になるものがあれば読むとよいよ。この赤い表紙はやめといたほうがいい。ほかには?」
    「えっ、あ、僕は間違ったことをしてますか」
    「アプローチは間違ってない。だって間違ったアプローチとか無いからね!」
     先輩は顔のパーツを真ん中に寄せてニッと笑う。僕はなんで、よりによって、この先輩にあたりまえのことを聞いた?
    「遠回りかもしれないけど。そんなの誰がわかるんだいって話で。ではほんとにさいなら」
     先輩はこの前みたいにつむじ風のごとく去っていった。司書の人も淡々と慣れた様子でかわいそうにという視線すらなかった。あっても戸惑う。今日はダンベルトレーニングと同じくらいの効果を得られた。
     図書館で使うはずだった時間が浮いたので稽古場に向かう。本を読むのにもなんとなく辟易していたから丁度いいタイミングだった。入学してから早二ヶ月、着替えを持ち歩くことを覚えたから目的地までひょいっといける。スズくんみたいに速く走って取りに行けたらいらない手間かもしれないが。
     着いた先では、希佐ちゃんがカイさんに稽古をつけてもらっていた。柔軟をしながら、メモを見返して重点的に練習するポイントを絞る。
     稽古が終わったのか希佐ちゃんがやってきた。僕がいたところと水を置いた場所が被っていたらしい。柔軟を手伝ってくれるというのでお言葉に甘える。平常心。背中を押される。だいぶ柔らかくなったね。ほんと!? 希佐ちゃんのおかげじゃない?
    「創ちゃんの努力のたまものだよ」
     おしまいと彼女の手が離れた。せっかくだから彼女が先ほどやっていた内容を聞いてみる。簡単に向井の立ち姿と動きの確認をしたあと、ハセクラとのシーンを合わせてもらっていたそうだ。流れで今度は僕がカイさんに付き合ってもらっていくつか今までになかった視点からのアドバイスを得た。カイさんは自分の練習も僕らの前後にあるはずで体力がすごい。
     何事もなく、僕が急成長を遂げることもなく、着実に一日が過ぎた。
     寝間着に着替える。明日の予定を確認すると主に歌唱練習が入っている。今日の授業内容の反復と夏公演の歌の練習をやる。白田先輩はとっつきにくいんだよなぁ。ズバッと言ってくれるから変に考える必要がないものあってためにはなる。ユニヴェールに来てからためにならないことはない。
     常夜灯に切り替えて、デスクライトをつける。寝る前に少しだけ、台本に目を通す。
     台本は何回も読み直し、書き込みをしたせいでだいぶ傷んでいた。これだけやったとは到底思えない。ここでは努力はみんながしているもの。板の上でやりきって初めて認められ、それを自分で認められるとおもうのだ。
     役をやりきる、これが先の見えないトンネルを練り歩くことだと僕は知らなかった。
     新人公演よりうまく。だれかの記憶に。あの子の思い出に一ミリでも多くカンナの快活さが残ればいい。舞台を構成するいちとしていい演技がしたい。
     ――いつの間にか船を漕いでいたらしい。頬に机の痕が残っている。
     台本に涎がついてないか確認する。ついてない、よかった。ベッドで寝なおそうとするも、寝返りをうつだけで一向に眠れない。半身を起こし、ベッドサイドの本を徒らにめくって目でなぞった。深夜一時半。中途半端。
     起き上がってコップだけを持って食堂に行く。
     暗い廊下を寝ぼけ眼をこすってのそのそ歩いた。
     設置されたウォーターサーバーでコップの中身を水で満たして、適当な椅子に腰掛けた。小さな物音がして振り向くと、すみのほうのテーブルに人影が見えた。
     見覚えのあるどころか、親しみのある人影だった。近寄ってソファに座った。先輩かと身構えちゃったと小突かれる。彼女の隣だと思うと、ぴんと背筋がのびる。そんなに目線の高さは変わらない。十センチでは。
     湿った梅雨の空気をなぞるように彼女のことばの輪郭を確かめる。
     おもむろに彼女が小さく息を吸った。
    「どうしたの」
    「ため息つくから。私が幸せもらっておいた」
    「あっ僕が。いいよ。希佐ちゃんにならあげても」
     彼女の眉がこころなしか下がったのを見て冗談、と慌ててつけたした。きちんと笑えていただろうか。彼女はだれにでもやさしくて心配になる。
    「……公演のこと考えてた?」
    「そのはずだったんだけど気づいたら寝てて。さっき目が覚めて今更眠れなくなった」
     そう言いながら指で頬を掻いた。教育番組で天の川の存在を知ってふたりして起きていようといって結局寝てしまってついぞ見られなかったこともあったな。昔の話ならできるのに。忘れずしまってあるのに。
    「夜はいろいろ考えちゃうね。寝て明日に備えたほうがいいのに」
    「私も経験あるよ。ここに来る前のことを思い出すの。とりとめのない、寝たらぜんぶわすれちゃうようなこと」
     君のことならどんなことでも。無限の引力をもつ君のひとみはどこか遠くの宇宙をうつしている。
    「あと、継希にぃのこと」
     息をのむ。
     影のかかった横顔が綺麗で、そこにある憂いも全部。
     放っておけなくて手を彼女の背中に回そうとして。
    「あ、かなしいとかじゃなくて! ユニヴェールにいられるのが夢みたいってことで。あは、創ちゃんだから話しちゃった」
     彼女がこちらに顔を向けた。光の影がずれて小さなあごに白っぽい三日月ができた。
     浮かせた手は二人の太ももの隙間、十数センチの距離に落ち着いた。僕がむりやり会話のバトンを奪い、今日の話を、あろうことか歌唱の時間で、低音パートを歌わないといけないのに直前でジャンヌ声を使っていたせいで一瞬声が戻らなくなった件を蒸し返した。彼女が笑ってくれたのでよしとする。
    「じゃあ私はもう行くね、創ちゃんも早めに寝てね」
    「そうだね。えっ」
     立ち上がった希佐ちゃんは水色の薄いショール、グレーのくたっとしたパーカーとレモンイエローの膝上のパンツだった。ほんのわずかに、でも確実に体温が上がる。今夜は蒸し暑いな。彼女は、僕がさっき彼女に触れようとしたほうの手を取り、手のひらを上に向けさせるとパーカーのポケットから何か取り出してのせた。なんだか重い。フタに切り取られた「アロエヨー」の文字。
     彼女に目で問えば。
    「最初にもらった幸せの分。うそ。共犯」
     おやすみ。僕の返事は最初だけ威勢が良くておしりのほうは夜にしぼんで溶けていった。一日の最後に彼女に会えるなんてまた明日も頑張れる。もうやる気出た。やるしかない。
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