CRAZY CRAZY男の子は何でできている?
男の子は何でできている?
カエルにカタツムリ
それに子犬のしっぽ
そういったもので男の子はできている
女の子は何でできている?
女の子は何でできている?
砂糖にスパイス
それにすてきなものすべて
そういったもので女の子はできている
―本当にカエル、カタツムリ、子犬のしっぽで出来ていたならこんな風に悩まなかったのに。
思えば高校に入って初日から隣にいた。
野球を俺と同じように辞めて、俺と同じタイミングでまた始めた人。捨てられなかったグラブを再び使ってのキャッチボールの最初の相手。
俺の初めて好きになった人。
初恋は実らないと誰かが言っていた。それが本当だと痛感するタイミングがまさか好きだと自覚した瞬間来ると思っていなかったので流石に泣いた。
藤堂くんが俺のことはどうとも思っていないのはわかっている。
俺の卑屈でも自己肯定感が低いわけでもなく、自己分析の結果だ。
素直に称賛を受け取らない、軽口ばかり叩く人間を好きになるやつがいるとしたら相当な物好きだろう。
人の真ん中に立つ人と端っこでそれをみている俺。
好意の伝え方も受け取り方も、人との距離の縮め方もわからない。
シニア時代、友達と呼べる友達がいなかったあの頃の自分がふと脳裏をよぎる。あの時は本当にそれで良いと思っていた自分には悪いがせめて栗田ともっとコミュニケーション取っていたら今こんなふうに悩んでいなかったかも知れない。
巻田は論外なのであの時の俺は多分絶対に正しい。
「今日はお前のリクエスト通り梅おかか」
「いただきます」
早弁のおにぎりのやり取りはもう当たり前に日常になってしまっていた。ラップを剥いで頬張る。既製品じゃなくて叩いて潰された梅に鰹節が混ぜられてる奴だった。
人の作ったものは今でも結構嫌だが藤堂くんだけは特別だった。なぜか体が当たり前に受け入れている。頬ばりすぎて中々飲み込めないでいると横からの視線が視界の端にチラついた。
よせばよかったのに気になってちらりと見る。藤堂くんが頬杖をついて嬉しそうに目を細めてこちらを見ていた。俺より黒板見てくださいよバカなんですか。
グラウンドで見るのとは違う柔らかい笑顔にドッと心臓が跳ねて一気に呼吸困難に陥った。男子高校生、授業中に盗み食いしておにぎりを詰まらせ死亡なんて最悪の見出しすぎる。死んでも死にきれない。
「〜〜〜っ」
「だいじょぶか」
すっと差し出された紙パックの1リットルのお茶にはご丁寧にストローが刺さっている。これは間接キスなのでは!?と喜ぶ余裕は無い。躊躇無くストローを咥えて吸い上げた。
おにぎりが喉を無理に通過していく痛みに顔がゆがむがそれも一瞬で、飲み込んでようやく息をついて藤堂くんを睨むと本当に楽しそうに笑っているから何も言えなくなってしまう。
こうして優しくされる度に嬉しくなって好きになっていく。馬鹿かよ俺。ちょろすぎるだろ。
こんなの俺にじゃなくてもしてることなのに。部活以外、藤堂くんと絡むのは極力避けようと誓った。
これ以上この人を好きになっても不毛で、辛いのはわかっている。
「千早の様子がなんかおかしい。」
部室で着替えながら藤堂は要と清峰にそうこぼした。
「なんかって〜?」
「いや、よくわかんねーけど。おかしくね?」
一人で思い詰めてるような顔をしていることが最近増えたような、そうでもないようなと藤堂は首をひねる。
本人に直に聞いてみたものの『え?全く何も無いですけど?』と一刀両断されて終わりだった。
屋上でのランチ時や部活、教室内では変わらず隣に座っているし他の人への態度はいつも通りだがコミュニケーションを取るとなるとどこかぎこちない。間に見えない壁が一枚貼られているようで違和感があった。
「…もしかして嫌われとんのかな」
「ちょっとちょっと葵ちゃんそれまじで言ってる〜〜?」
「え?まじですけど」
「逆でしょ。ぜったい瞬ちゃんは葵ちゃんのこと好きでしょ。」
好きな人にする態度があれならばだいぶ通じるものも通じないのではと藤堂は呆気にとられた。
しかし相手はあの千早瞬平である。なんかありそうだな、とすぐに心の片隅で考えを訂正した。
「ほんとかぁ?テキトーなこと言ったら殴るぞ」
「ノーモア暴力!!だってしゅ―」
言いかけたところで山田と千早が部室に戻ってきたので話はそこでぶつ切りとなり聞けず仕舞いとなった。
駅までの道すがらも藤堂と山田が話し千早が山田に振られて時々相槌を打つ程度でそっけない態度は一貫していた。山田とは会話がスムーズに出来ているのに藤堂の方へは視線を時折投げるだけで会話の広がりは皆無だった。『これが本当に好きな人に対する態度か?』と藤堂は内心で訝しむ。
結局山田と別れてからは大した会話もなく、先に電車を降りたのだった。
家に帰った藤堂はいつものルーティンに取りかかる。
キッチンに立ち無心で夕飯を作るこの時間が好きだった。
鶏むね肉を一口大に切り分けて、調味液につけて揉む。漬け込んでいる間に味噌汁の支度に取り掛かる。適当な余り野菜を入れたものにしようと野菜室を物色し中途半端に残っている根菜を取り出していちょう切りにして鍋に入れた。
手は淡々と動かしながら要との会話を思いだす。
『ぜったい瞬ちゃんは葵ちゃんのこと好きでしょ』
ほんとかぁ?と思ったし口にも出したが、では自分は千早の事をどう思っているのか改めて考える。
何かしらの理由で同じように野球をやめて、久しぶりにキャッチボールをした相手が千早だった。傷の舐め合いなんてしたこと無いし野球をやめた過去の事を話したことはないけどなんとなく一緒だなと思った。
いつも胸元ドンピシャに送球してくる正確性はどんな努力と研鑽を積んだのか藤堂には想像がつかない。
今はそんな様子はないがあの千早だ。フィジカルを気にしたこともおそらくあっただろうにそれでもひたむきに努力する姿は尊敬に値する。育ちは良いのに性格はよろしくない方だろうが姉からもたらされる理不尽の数々と比べれば可愛い物だ。文句を言いながらも差し出したものは素直に口にするあたりはイヤイヤ期の妹と比べればかなり扱いやすい部類だった。
そっけない態度を取られるのも漫才みたいな軽口の応酬が無いのが寂しい。好きだというのであればもう少しわかりやすく態度に出して欲しかった。おかげで全く気づけないどころか真逆に思われているのかと思った。
「感情表現下手すぎか。」
思わず声が出て、大きな独り言に苦笑する。漬け込んだ鶏むね肉に衣をまぶして熱した油に入れた。じゅわ、と音が立つ。
『あーー…俺も千早のこと好きかもしれん。』
明日部活あったら会えたのになぁと思いながら大量の唐揚げを作っていく。
自分の気持ちがストンと腑に落ちてその日の夜藤堂はすぐに眠りに落ちたのだった。
一方千早は拗らせたままだった。作り置きの食事をさっさと腹に收めて風呂に入り部屋に戻る。
勉強をする気にもなれずベッドに横になってスマホのカメラロールを眺めた。去年から人物が多く映るようになった賑やかな写真に頬が緩む。イップスの時の崩れたフォームから最近の素振りのフォームの確認の動画まで千早のカメラロールの六割は藤堂ばかり映っている。喜怒哀楽様々な表情は見ていて飽きることはなかった。
せっかくそっけない態度で意識しないようにしているのに自宅でこうして思いを募らせてしまっている。
この思いは一生誰にも言えず長い年月をかけて緩やかに朽ちていくんだろうと自嘲する。明日は部活が休みで良かったと思いながら目を閉じた。
夢の中で千早は両目から滂沱と涙を流しながら穴を掘っていた。落ちたら道具無しでは這い上がれないほどの深い穴を目標にひたすら掘る。一心不乱に掘って3メートルほど掘ったところで穴から這い出る。
ポッカリと空いたその穴の中へ自分の藤堂へ抱く思いや好きなところを一つ一つ捨てていく。
全部全部埋めて忘れよう。最初から好きになってもらえる要素など自分にないのだから。
高校を卒業したらきっと二度と会わないのだから今だけ耐えよう。
そうして思いを全て穴に落として最後に自分の身体を頭から投げ出した―
そこで目が覚めた。夢は鮮明に覚えており落ちた瞬間の一瞬の浮遊感と恐怖に心臓がうるさく跳ねている。
時計を見るとまだ5時少し前。いつの間にか帰ってきた両親はまだ寝ているようだった。
二度寝をするのも難しく仕方無しに充電していたワイヤレスイヤホンを耳につけて適当に着替えて気分転換に走るために外に出た。
何故か足は無意識で藤堂の住んでいる団地の方向に向かっていた。途中で気付いてまずいと思ったが電車を使わないといささか遠く感じる距離だ。これまでだってランニングで知り合いに逢えた試しはない。いくら想い人の住んでいる家の方向に向かって走ったとして想い人に会うわけがないと頭を振った。
角を曲がった先が大橋。大橋を越えたら戻ろうと思っていた矢先、進行方向から男が走ってきてそれが誰かを認識した途端に千早の足が縫い付けられたように止まった。
「嘘だろ」
朝日を反射して光って見えた金髪、全身を黒いウェアに包んだ長身の男。
藤堂葵その人だった。
「千早?ははっ、すげー偶然。」
動揺を精一杯抑えてイヤホンを外していつもの定型文を出す。声が震えるのは寒さのせいにしたかった。
「おはようございます。藤堂くんもランニングですか」
「それもあったけど、千早に会いたくなって」
「なっ…なんですかそれ」
『まるで俺のことを好きみたいな言い方。また期待してしまう。そんな訳無いのに。』
「要に言われて気付いたんだけどよ、俺お前のこと好きだわ」
あまりにあっさり言われた告白を千早は理解できなかった。都合の良すぎる幻聴が聞こえたのかと耳を疑った。ヒュッと喉が鳴る。
「すっっっ…!?え、ええ?ど、どういう意味の?」
「そのまんまですけど?え、逆にどんな意味あんの?」
「ば…ばかじゃないですか色々あるでしょ。友達としてなのかとか、こ……こい…びととしてなのかとか」
声が上擦るのもそのままに問い詰める。ここで『友達としてだけど?』と言われたら千早はこの橋から飛び降りる覚悟を決めていた。
「まじか、そんな種類あんのか。……千早瞬平さん、好きです、俺と付き合ってください。これでわかったか?」
「わ、わっっかんないです!」
「なんっっでだよ!?これ以上どう言えって!?」
コントかよと藤堂が吠えた。混乱を極めた千早はこんなにも理解力が低下するタイプとは思っても見ない発見だった。千早は混乱のままに言葉を機関銃のように吐き出した。
「わかんないですよ!!なんで藤堂くんが俺のこと好きになれるんですか?俺が君のこと好きになっても君が俺を好きになる要素一個もないですよね!?」
「はぁ!?めっちゃあるが!?藤堂葵様が教えてやるからよく聞け!」
千早に怒鳴られて藤堂も負けじと大声で返した。よく聞け、と言いながら逃げられないように千早の両肩を掴む。
そのままの勢いで、実は面倒見が良いところ、教えるのがうまいところ、スイッチだからと人の2倍素振りをしている努力家なところ、送球コントロールもバットコントロールも誰よりも上手いところ、人の作った飯が食えないくせに俺の作ったのだけは食うところ、笑うと可愛いところ、までをあげたところで千早がついに耐えきれなくなった。
「うわー!!!もう!!いい!!です!!」
大声を出して掴まれた手を払って衝動的に両手で藤堂の口を塞いだ。冷えた手と対照的に顔は真っ赤に火照って羞恥で目が潤んでいる。
そういういつもスカしているくせにたまに出す素の部分も愛しいなと藤堂は思った。この数秒間でさえ好きなところが増えていくのだ。これを愛といわずなんと呼ぶのだろうか。
「わ、わかりましたから…。俺も藤堂くんが………好きです。付き合ってください。」
「おう!」
静かになった藤堂から手を離して告白の返事を返すと藤堂ががばっと千早を抱きしめた。
千早は未だ実感が湧いていなかったが、藤堂が全力でぎゅうぎゅうと抱き締めてくる痛みだけは確かだった。