相思相愛「……て………い」
ぺちぺちと小さな手に頬を叩かれる感触。胸に乗っているのだろうか息苦しいが苦痛に感じるほどの重さではない。なにかに例えるならちょうど中型犬1匹分位の重さだ。
「…きて……さい」
高くて細い声は聞き覚えがない。妹の声はもう少し違った種類の高さだった気がする。じゃあこれは誰だ。
「ねぇ、起きてくださいよ」
舌足らずの少し甘い滑舌で敬語。返事をしないでいるともう一度ぺちぺちと頬が叩かれた。頬に当たる紅葉みたいな小さな手のひらは柔くて熱くて気持ちいい。眠りに再度落ちそうになるのをなんとか耐えて目を開けた。
赤が強めの茶髪と同系色の大きな目が俺を見ていた。どこかで見たことがある顔の子供。
落ちそうなくらい大きな黒目がちな瞳にすっと通った鼻筋、薄い唇からちらりと覗く小さな白い犬歯。千早に子供が出来たらこんな感じなんかな。ごめんな手放す気無くて。一生千早の子供の顔も俺の子供の顔も見せれる予定がなくて全方位に謝罪してもしたりない。それとも千早の子供の頃はこうだったのか。眠すぎて何もまとまらない。
「とうどうくん。」
舌足らずで何度聞いても可愛い。そう言えば千早どこ言った?昨晩確かに俺の隣で寝てたはずだが。
「はよ……どちらさん?妹の友達?千早みたいな喋り方すんのな。あ、千早って―」
「しってますよ俺がその千早瞬平です」
「んん…?」
今なんて言った?オレガソノチハヤシュンペイデス?
「起きたらこうだったんです」
「……見た目は子供、頭脳は大人的なあれ?」
「それです」
『わぁ。二次元みたい。』と大喜びする土屋先輩が頭に浮かんだ。俺も今同じ事を思ってる。2次元みてぇ。
「そうはならんだろ」
「なってるでしょう馬鹿なんですか。」
5歳と思えぬ鋭い言葉の切れ味はまさに千早だった。
よいしょと身体を起こして千早を膝の上に乗せてまじまじと見た。シャツ一枚どうにか身体に引っかかってる姿は大きさが違えばエロかっただろうけど今は妹よりも小さい姿なのでどうにも可愛さが勝る。
「どうすんの」
「俺だって聞きたいですよ」
「可愛いからこのままでいいんじゃね?」
三頭身、丸い頭に、ふくふくしたほっぺ、柔らかい未発達の手足。妹も数年前まではこうだったなと思い出すと自然と頬が緩む。
「いいんですか。ほんとうに?この身体じゃなんにもできませんよ。野球だってえっちだって無理ですよ」
そもそも恋人として俺を見れるんですか?となじるように俺を睨む。それは確かに困る。困りまくる。誰がセカンド守るんだ。誰が1番を打つんだ。そもそもこの姿の千早がこの先通う場所は高校ではなく幼稚園一択では?え、どうしよ。こまる。
ざーっと全身の血が冷たくなる。
「そんなの困る。どうすんだ千早ァ…」
「打ち出の小槌でもあればよかったんでしょうけどねぇ」
そんなもんない。ていうかなんだウチデノコヅチって。どういう漢字なのかすらわかんねぇ。
「とりあえずちゅーしてみますか」
「なんで?」
「古今東西だいたいちゅーでなんとかなるじゃないですか」
古今東西それでなんとかったエピソード俺には全然ないんですけど千早さん。
ずい、と首に手を回してきたので距離が近くなって反射で腰を支えるが加減を間違えたら容易に折れそうで怖かった。可愛い顔でとんだえっちな事をいうアンバランスさに興奮してめまいがする。こいつ限定だろうけど変な性癖に目覚めさせないで欲しい。
「ちはや」
「とうどうくんかわいい」
可愛いのはてめぇだが!?と言う前にふに、と熱い唇が重なった。頬に触れる千早の柔らかい頬が燃えてるように熱かった。
そこで目が覚めた。
全て夢だったようだ。これが漫画なら許されない清々しいほどの夢オチだったが生々しい唇と頬の感触が消えない。
俺が目覚めた気配で隣で寝ていた千早も目を開けた。
「どしたんです…?」
眠そうな舌っ足らずの滑舌に夢の中の千早が重なるが聞こえた声は確かに声変わりを済ませたテノールでホッとする。
そんな俺を見て千早はごろりと身体の向きを俺の方に向けて腕を伸ばす。そのままよしよしと抱き寄せられてマメだらけの男らしい節張った手が俺の背中を撫でた。
「千早が5歳位になる夢見た」
「幼児性愛のご趣味が?」
「ねぇわ。お前が一番よく知ってんだろ」
「あはは。で、夢の中の俺は何してました?可愛かったでしょ、俺」
どんな自信があればその発言ができるのかと引いたがまぁ確かに可愛かった。というかそれくらいの年の子供はみんな大体可愛いだろうが。人の心無いんかこいつは。
何をしていたかと言われてもなんとも説明がし難くて眉間にしわが寄る。やったことといえば―
「ちゅーしたら元に戻るとか言われて…」
「したんですか?5歳の俺と?」
「……しました」
小声で早口になる。夢の話なのにこの後ろめたさはなんなんだ。
「ペドですね…藤堂の『ど』はペドの『ど』でしたか」
「ゆ、夢の話だし変なところを切り取るんじゃねぇよ!」
何言い出すんだまじで。こいつに口では敵わないのでこうなったら暴力で勝つしかない。ぐっと拳を握る。
「正夢にしてあげましょうか」
「はい?」
するりと背に回していた片腕が首に回されてずいっと顔が近づいた。ニヤニヤと目を細めて楽しそうな千早が視界いっぱい映る。
やっぱりこの顔好きだなと思ったところで距離がゼロになった。
夢の中で体験した以上に熱い唇と頬の温度が気持ちよかった。腰を引き寄せるとみっしりと筋肉が詰まっている感触。この筋肉が俊足を生み出してるのかと思うとたまらない気持ちになる。
「ん、ちょっと…お尻撫でないでくださいえっち。」
「そこにあるのが良くねぇだろ」
「山かなんかなんですか俺の尻は」
しつこかったからか抗議された。俺がトップなんですよとキレてるけど俺だって可愛がりたいんだからそれくらい許してくれてもいいだろ。
「俺も千早のことかわいがりてぇの」
のし、と千早の方に体重をかけて擦り寄る。俺で勃つ程度に俺のことが好きなこいつは案外ちょろいのでそれでなぁなぁになるのはもうわかっている。
「んん…しょ、しょうがないですねぇ。そういうことなら有りよりの無し…有りよりの有り…みたいな?」
ほらな。思ったとおりになって優越感から思わず頬がゆるむ。
ドヤ顔がバレないように千早を胸の中にかき抱いてスマホを見た。時刻は4時を過ぎたところで二度寝するには十分だった。
「千早、二度寝から起きたらなにする?」
ランニングか、ストレッチ。千早ならそういうだろうなと勝手に予想する。
「ストレッチしてランニング行きます」
まさかのどっちもだった。我慢できず弾かれたように声を出して笑った。
「なにか文句でも?つまんない男で悪かったですね」
「ないない。おもしれー男だと思ってるって」
「それはそれでなんか腹立ちます」
ああ言えばこう言う小憎らしささえ可愛いと思ってしまうのだから俺も千早のことは言えないのかも知れない。
相思相愛。
結局なにがあっても互いに許してしまう。