夜明けに溶ける魔法はぐれ召喚獣の討伐報酬で得た腕輪はペアのようだったから二人にどうぞと手渡されてリューグは露骨に眉を顰めた。何かと2個1セットみたいな扱いはどうかと思うと視線が雄弁に語っている。
「そんな顔しない」
ロッカに嗜められて渋々リューグは視線を手元の腕輪に落とした。銀製の細工も飾り気も何も無いただの輪っかのようなそれ。日常でつけていても邪魔ではないだろうと判断してするりと手首に通す。ロッカも倣ってつけた途端突如腕輪が発光した。
「うわっ!?」
「なっ!?」
眩く光るので目を開けていられずぎゅっと両目を閉じる。爆発して手首の先が消失したらどうしようと咄嗟に考えついてしまい恐怖にすくんだが痛みは無かった。
恐る恐る両目を開き現状を把握するとそれは一瞬で理解できるほど簡潔だった。
リューグとロッカのつけた腕輪が手錠のように鎖で繋がれていた。10センチあるだろうかという短い鎖が二人の手首を繋いで鈍く光っていた。
「はぁあああ?おいどーなってる!?」
腕を振ってジャラジャラと鎖を鳴らし外れそうにないことが分かるとリューグはきつく睨んで問い詰めた。
渡したマグナはもちろん、仲間の面々も何が起きたかわからない。召喚術の知識に長けたメンバーが集まってがその腕輪を分析する。
「多分召喚術がかけられてるようにみえるが。」
「時間で解けるんじゃない?」
「もともとは捕縛用?」
「物理的には壊せそうにないかも」
などと口々に話しているのを聞きながらリューグは自由な手で頭を抱え呻く。三人以上の文殊の知恵が寄ったのだがどうにもならないということだけがわかった。
「俺とネスだったら絶対大変だったな」
「確かに。君と四六時中一緒なんて想像だけで無理だな」
「ネスぅ……そこはもう少し優しく否定して欲しい…」
ばっさりと切り捨てるネスティにマグナは唇を尖らせる。大変だというだけで無理とまでは思ってないのに…といじけた声を上げた。
「何寝ぼけたこと言ってんだよ。俺等だって楽じゃねぇし。兄貴もなんか言えよ、なに黙ってんだよ」
「え?」
黙って行く末を見ていたロッカは急に振られて困ったような声を上げた。リューグは迷惑そうにしているがロッカは別に繋がれて身動きが制限されることを不便とは感じていない。
相手は自分の片割れみたいな存在で肩が触れる距離にこうしていることを強要される事も不快ではなくむしろ僥倖とさえ考えていた。おそらくそれを伝えたら怒られるのは火を見るより明らかである。
「…ほんと呑気なやつ」
「はは。フォローよろしく」
そんな経緯で二人の密着24時間が勢いよく幕を開けたのだった。
ぴったりそばにくっついているのが慣れるのは思っている数倍早かった。動きを合わせることは造作もないが流石に危ないので今日はもうじっとしているよう指示を受けてすごすごと割り振られている自室に戻り大人しくすることにした。
不自由ながら片手で器用に本を読むロッカの隣でリューグはすることもなく居眠りをしている。
たまにはいいな……と平和なひとときを噛み締めていると居眠りから目覚めたリューグが立ち上がったのでロッカも倣って立つ。
「リューグ?」
「………」
「どこ行くの?」
思い当たる節がなく首を傾げる。
「…トイレ……くそっ、なんでそれはわかんねーんだよ言わせんなよ」
恥ずかしげに俯くのでロッカはうんうんと頷いて恥ずかしがることでもないとフォローする。
「今更照れる事ある?」
似たようなのでそれよりすごいの夜に見てるよ?と囁くと間もなくリューグの拳がロッカの腹部へまっすぐ飛んできたのだった。
「ぜってぇこっちみんなよ。何なら耳も閉じてろよ」
「それは無理じゃないか?」
軽く腕を引っ張られながら大股で歩くリューグの半歩後ろをついていく。
耳まで赤くしているのを後ろから見てロッカはひっそりと満面の笑みを浮かべていた。
***
「なー風呂どうする」
「服脱げるかな?」
二人は誰もいない浴室の前に立っていた。
風呂には入りたいが手首が繋がれている。食事はどうにか助け合えたがここに来て壁にぶつかった。
入らないという手も考えたがそのままベッドには入りたくないというのが共通意識だったので二人は複雑な顔で互いを見合った。
「ちょっと脱いでみてよ」
「なんで俺が先なんだよ」
「二人同時に脱いだら絶対引っかかるだろ。僕が合わせるから」
「……たしかに」
理にかなったことを言われては逆らえずリューグは自分の服に手をかけた。ロッカが動きに合わせてアシストをするので比較的容易に脱げた。
「こ…こうか、兄貴も早く…」
「そのセリフもっと違うタイミングで聞きたかったなぁ」
「バカ言ってねぇで早くしろさみぃんだよ」
じゃらじゃらと鎖を揺らす。冷えたそれが肌にぶつかりぞくりとリューグは肌を粟立てた。
「はいはい兄遣いが荒い……」
リューグの動きを真似て服を脱いでいく。すこしずつ露わになっていく素肌と先程の会話の応酬が脳裏をよぎりどうにも意識してしまう。思わず視線を逸らす。
「かわいい。意識してんの?」
「しっ…してねぇし」
思わず上擦る声を誤魔化しながら浴室内に入る。誰もいないそこで身体を洗い合う事に興奮しそうになるのをどうにか抑えるためにリューグは冷水のコックを思いっきり捻ったのだった。
長い一日が終わって二人は狭いベッドに潜り込んだ。
横並びになって眠るのは流石に難しく床で寝ようと提案したのをリューグは嫌だと即答した。
「背中合わせにする?」
「腕いてぇから無理」
「けど横並びも流石に無理だよ。向かい合う形しかないけど良いの?」
「何だよ嫌なのかよ」
「嫌じゃないよ」
小声でひそひそと言い合いながら向かい合って互いの背に腕を回す。すぐに狭いシーツの中は温まり眠気が忍び寄ってくる。
「僕、こうしてるの悪くなかったよ。お前は嫌だったろうけど。」
眠そうなリューグにロッカは訥々と今日の感想を述べた。少しばかりの不便はあったが気心も全て知れているからこそ苦ではなかった。
リューグはぎゅう、とロッカの胸に顔を押し付けて眠そうな声音で返事をした。
「お前が隣にいるのは嫌じゃねぇ」
いつもは絶対に口にしないような素直な言葉に珍しいこともあるとロッカは短く息を呑んだ。リューグの頭頂部に顔を埋めて目を閉じる。
「僕の隣はお前のために空けとくよ」
本当に眠いのか返事はない。かわりに背に回された腕の力が強くなって、そのまま二人仲良く眠りに落ちた。
翌朝目が覚めると腕輪はボロボロに壊れていた。
時限性であっていたようだ。
自由になった手をぼんやりとみて寂しさを覚えてしまいロッカは残念そうな声を上げた。
「なんだもう終わりなんだ」
「露骨にがっかりすんなよ」
「ん……」
それ以来二人がくっつくようにならぶ姿が度々目撃されるのであった。