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    はるつき

    @htso917

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    はるつき

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    100日後に付き合うちーとどの話。
    少女漫画詰め合わせとも言う。

    #ちーとど
    chitodo

    100日後に付き合う2人1日目 はじまり
    「そういえばこの間知人に同性の人を好きになったって相談されたんですけど……俺、何も言えなくて。なんて返したら正解だったと思います?」
    下校中に千早が雑談の延長で藤堂に問いを投げかけた。
    「まぁいきなり言われりゃなあ」
    「藤堂くんならどうですか?やっぱり同性愛って気持ち悪いとか思います?」
    「あー……別に?付き合う相手によるんじゃね?」
    意外だ、と千早は思った。昭和の古典的ヤンキーはどうやら脳内はしっかり令和を生きる男子高校生たる柔軟さを持ち合わせているらしい。相手による、との発言を受けて千早は更に切り込んでいく。
    「要くんは?」
    「ぜってーやだ」
    「山田くん」
    「あー………ありよりの無し」
    「君がお世話になった先輩は?」
    「高須先輩はそんなんじゃねーよ。千早は?」
    「俺ですか?」
    千早はまさか自分に振られると思っていなかったので動揺した。千早の未発達な恋愛観では『好きになった人が好き』くらいのものだったので予想外のフリに面食らう。
    「例えば俺とかどうよ」
    「………」
    俺とかどうよ。と言われて心臓が何故か大きくはねた。謎の動悸に返答に詰まる。
    「なんか言えコラ」
    「ア………アハハ、どうですかねー?俺よりデカい男はちょっと……どうですかね」
    「だよな」

    これはそんな二人が100日後に付き合うまでの話である。

    2日目 千早瞬平のきっかけ
    千早は朝練のためいつもより早く家を出て電車に乗り込んだ。規則的な揺れに眠気を催しながら昨日の下校途中の会話を思い出す。
    『例えば俺とかどうよ』
    千早はこれまで恋愛対象に男を据えたことはない。彼女いない歴がそのまま年齢でやや潔癖なきらいがある千早には人を好きになる経験を積む機会はこれまで訪れなかった。そのため、自分の性自認は確かに男だが、性指向はどうなのかが自分でも曖昧だった。好きな人や交際相手はそのうちなんとなくできるものだと信じて疑ってすらいなかった。
    そんな中で言われた『例えば俺とかどうよ』である。
    意識しないわけがない。反射的に自分より身長のある男を好きになるわけがないと突っぱねてしまったが、存外悪くはないかもしれないというのが千早の初見の感想であった。
    千早は自分より大きい男が野球で自分には敵わず悔しがっているのを見るのが好きである。自分より大きい男が自分に惚れる、組み敷く、アドバンテージを得る、といった意味では藤堂葵という男は条件として悪くはなかった。野球に関しては感覚派と理論派で相容れないところはあるが要は試合に勝てさえすればいいので些末な問題であったし、グラウンド上では藤堂の考えや動きなど手に取るように分かった。それくらい二遊間守備の相手としても申し分はない。悪くない相手。
    こうして、千早瞬平は意識するなと言われると意識してしまう心理にまんまとハマってしまったのだった。

    3日目 少し遅れて藤堂葵の場合
    藤堂葵は弁当箱におかずを詰めながら一昨日の自分の発言を若干悔やんでいた。
    あの時点では藤堂は確かに同性愛、ひいては恋愛に対して強い興味はなかった。ただ、あまりにもしつこくあの男はどうだこの男はどうだと言ってくるのが面白くなくて、お前はどうなんだと聞いた。
    結果、自分よりでかい男は対象外であるという答えである。
    それもそうかと思う。自分よりも見た目も人間的にも大きな存在。憧れこそできても恋愛的に好きになれるかと聞かれたら自分でもおそらく千早と同じことを言ったはずだ。それくらい当たり前の心理傾向。
    それでもなんとなく、ショックだった。高校に入ってからクラスメートの誰よりも長くそばにいると自負はあるのに、自分は千早瞬平に見合う男ではないと言われたようで面白くなかった。
    どうしてそう思ったのかはこのときの藤堂には理解できない。
    久しぶりのキャッチボールの相手が千早だったから、それも自分の胸元ドンピシャの好みの送球をしてきたものだから、全てを相対的に好意的に捉えてしまっただけなのかもしれない。
    まるで、久しぶりにボールを投げてもらって喜ぶ犬のようだ、と藤堂は思った。
    付き合う付き合わないの前にまずは友達、欲張って言うなら悪友か親友まで関係性を深められたら御の字だ。名前をつけられない曖昧な気持ちを隠すように詰め終えた弁当箱の蓋を締めた。

    14日目 アオハルみたいな少女漫画のワンシーン
    千早がグループ課題で少し調べたい物があって図書館に行くと言ったら俺も行くと名乗りを上げた。
    『あら、珍しい、』と思ったものの同じグループで取り組む課題だ。少し位は協力するのが筋ってものかと納得して千早は藤堂と学区内の図書館を訪れた。
    事前にリストアップした本のタイトルを脳内で繰り返しながら千早は真剣な表情で本棚に目を向けた。
    下から順に眺めて探す千早を藤堂は本を探すふりをして盗み見る。眼鏡越しでもわかるアーモンドみたいな瞳を長い睫毛が覆い隠している。すっと通った鼻梁にその先に続く薄い唇、これからまだ成長しますと言わんばかりの首筋、綺麗に刈り上げられて無防備なうなじ。思わず生唾を飲んだ。
    口を開けば可愛くない皮肉めいた発言も多く時々殴りたいと思うこともあるが、そこも込みで千早と会話をするのは心地よかった。
    ここは図書館だからあまり会話ができないことに少し残念に思いながら、ひそかに千早の盗み見を続けた。数分ほどそうしていると千早の視線がある一点で止まった。藤堂も反射的にその視線の先を見る。
    一番上の棚、千早からは向かって右、藤堂からは向かって少し左の所に探していると言っていたような本が目に入った。せっかく見つけたのに手を伸ばさないのは伸ばしても届かないからだろうか。
    ―身長を気にしてんのかな。そんなん差し引いたって余るくらい良いところがたくさんあるくせに。
    そんなことを考えながら、藤堂は自分が先に見つけた風を装ってえんじ色の背表紙めがけて腕を伸ばした。指先は容易に届いて無事藤堂の手中に一冊の本が収まる。タイトルは『東京都の地形の変遷について』。開く気も起きないタイトルの本だった。
    「ん。」
    手にした本をそのまま千早に差し出す。
    「え」
    「あれ、これじゃねぇ?」
    「あ、いや……これです。よく、わかりましたね。本の名前言いましたっけ俺。」
    「だろ」
    千早を見ていたからわかった、なんて口が裂けても言えない。ただ得意げに本を手渡して、にひ、と無邪気に笑う。千早は一瞬ぽかんとしてそれから俯いた。長い前髪が邪魔で顔は見えないが、少し耳と首筋が赤い。怒っているのか、いや、照れているようだ、なんで?と藤堂は首を傾げる。
    そこで、昔姉の読んでいた少女漫画みたいなことをしてしまった事に一拍遅れて気づく。あの時のシーンは二人が同時に本に手を伸ばして指先が触れるシーンだったけれど。
    千早も同じことを思ったのだろうかと思うと途端にむず痒くなる。
    『アオハルってやつ?つーかこんなんで照れるんだ千早って。』
    そう思うと口角がどうしても上がってしまう。
    『可愛いヤツ』
    何故かそう思わずにはいられなかった。

    25日目 彷徨う視線
    『やらかした、忘れた』
    予鈴がなって着席してから千早は自分が英語の教科書を忘れたことに気づいた。借りに行くタイミングを完全に逃したが幸い今日は授業にあてられる日ではない。おおよその予習もしていたので最悪教科書は無くても困らないかと高をくくる。瞬間、ガツンと鈍い衝撃が走った。
    「なんです?」
    隣の男が突然に机をくっつけてきた。先程起きたばかりで眠そうな瞳を隠しもせず藤堂はほぼ未使用新品の英語の教科書を自分と千早の真ん中に置く。
    「一緒に見たら良いだろ」
    「へ、あ、ありがとうございます」
    くあ、と犬みたいに大きな口を開けてあくびを一つして、藤堂は何でもないことのように頷く。それと同時に教師が入ってきて授業が始まったのだった。
    『一緒に……って……』
    授業が始まって10分。藤堂は既に夢の中にいた。机に伏せて千早の方に少し顔を向けてすぅすぅと静かな寝息を立てている。
    腕を枕にして眠るその安らかな顔が教科書のすぐ隣にある。千早の視線はどうしても教科書を飛び越えて藤堂を見てしまう。
    太陽光を受けてキラキラと光って見える金髪の隙間から覗く切れ長の瞳は今はしっかり閉じられている。無防備な寝顔は少し幼い。
    口を開けば廊下の端まで届くくらい大きな声を出せる声量があるくせに、寝ているときは死んでいるのかと思うくらい静かだ。そのギャップに千早は動悸がした。
    授業に集中したいのに教科書のすぐ横、いつもよりずっと近い場所で藤堂が眠っている。
    自分が教科書の英文なのか、藤堂の無防備な寝顔を見ているのか、視線が全く定まらない。
    『くそっ……藤堂くんばかりみてしまって全然集中できない!』
    授業後、何事もなかったかのように机が離れるのにほんの少し寂しさを覚えてしまう千早がいるのであった。

    31日目 それは夜でも光って見えた
    藤堂のことを事あるごとに意識するようになって一ヶ月。
    千早は眠れぬ夜を過ごしていた。気に入りのヘッドホンから流れる音楽に以前は聞かなかった恋愛がテーマの音楽が流れてくる。これはあくまでSpotifyが選んでいる、俺の意思でも趣味ではないと言い聞かせつつ、しっかり聞いた。挙句、共感してしまう自分の浅ましさに苦笑するしかない。何度目かの寝返りを打つ。
    眠れないとき、藤堂は何をしていると言っていただろうかと思い出す。気絶手前まで走るといっていた。
    たまには脳筋のマネをしてみてもよいか、と千早はのそりと起き上がる。ハーフパンツにウィンドブレーカーを一枚羽織って、ワイヤレスイヤホンに切り替えて外に出た。
    少し冷えるが走っていれば気にならない気温。簡単にストレッチをしてからゆっくりと走り出す。どこを目指すわけでもなかったのに自分の足が藤堂の家の方に向いている事に気づいたのはそれから30分以上走ってからだった。
    森林公園を走っているとかすかな風切り音が聞こえた気がして、千早は足を止めた。イヤホンを外してゆっくりとあたりを見回した。
    治安のいい公園の真ん中、男がバットを振っているシルエットが見える。
    『綺麗なフォームと音だな』
    小気味良い一定のテンポとバットが空を切る音の軽快さに吸い寄せられるように近づいて、それが誰か分かって千早は息を呑んだ。
    「藤堂くん?」
    「千早?なんでここいんの?」
    「藤堂くんこそ」
    「なんか寝れねぇから。ちょうどよかったわフォーム、みてくんね?」
    「仕方ないですねぇ」
    スマホを構えて藤堂を画面越しに見つめる。夜中であるのに真昼の太陽のように輝いて見えるその姿に千早は眩しそうに目を細めた。

    46日目 キラキラ
    「あ、ちーくんだ!」
    荷物持ちという雑用係のために姉妹と揃って外出した日曜日。ショッピングモール内のCDショップを指差して妹が黄色い声をあげた。
    ちーくん、という単語に反応して素直に指先を見つめるとたしかに藤堂のよく見知った背中だった。
    こちらに背を向けているがすらりとした佇まいはモデルのようだ。カーキ色のシャツに薄鼠色のタックパンツ、黒のサンダルにピンクの靴下。足元から頭の先までこだわりがあって、かなり手をかけていますという出で立ち。
    見惚れて近づけない藤堂をよそに駆け出したのは妹で、小さな体が千早の足に絡みついた。ささやかな衝撃にブレるやわな体幹ではない。ゆっくりと視線を下げてそれが誰かわかるとしゃがみ込んで妹と視線を合わせた。一言二言何か言葉をかわして、それから藤堂の方を見る。
    妹へ向けた甘い顔は崩さず、藤堂をみるなり少し恥ずかしそうに笑った。その普段見ることのない表情に藤堂は眩しさを覚え目をきゅっと細める。
    千早が時々自分を眩しそうに目を細めて見る時があった。それと多分同じ事を自分が体験していると分かった。
    ―ほんとにキラキラしているのは俺じゃなくて千早だろ
    そんなことを思っているとも知らず、千早は藤堂に歩み寄り声を掛けた。
    「藤堂くんちも来てたんですね」
    「お、おお。千早は一人?」
    「ええ、一昨日発売の新譜が欲しくて」
    そういって戦利品の入った袋を持ち上げた。ダウンロード販売もしているのにわざわざ店頭でCDを買い求めるあたり本当に音楽が好きなことがうかがえる。
    「このあとね、お洋服見に行くの」
    「へぇ、いいですね」
    「ちーくんもいっしょに見よ?」
    いいぞ、と藤堂はガッツポーズを内心できめた。自分ではどうしても千早の迷惑を考えてしまい誘いたくても誘えなかったが妹は無邪気だ。こういう時に遠慮がないのは子供の良いところだ。藤堂は『いいですよ』って言え、と念じながらそわそわと落ち着かない心持ちで千早の返事を待った。
    「え、お邪魔じゃないですか?」
    「「全然邪魔じゃない!」」
    藤堂兄妹でハモった台詞があまりに必死で、千早は一瞬ぽかんとして、それから弾かれたように笑い声をあげた。

    50日目 なんとなく海なんか来ちゃったりして
    今年の小手指高校野球部の夏は帝徳戦に敗退という形で終わった。
    『野球以外夏らしいことしなかったな』
    『そうですね。じゃあ行っちゃいますか海。』
    『今から?』
    『今から。』
    『それいいな』
    『決まりですね』
    そんな会話のあと電車に乗った。揺れる電車内の涼しさに反して首をジリジリと焼くような太陽光の鋭さ。夏の暑さはまだ終わっていないのに、自分の夏はもう終わってしまったのかと思うと急にさみしくなった。
    電車を降りた途端に息ができなくなるほどの熱気が肌にまとわりつく。じっとりとした湿度の高い暑さに二人で顔をしかめてコンビニに逃げ込んだ。一番安い氷菓を買って海に向かう。
    遊泳禁止となったそこは平日の夕方というのもあって人の姿はまばらだった。
    開封した氷菓を口にしつつ二人でぼんやりと夕日が沈んでいく海岸線を眺める。会話はない。
    ちらりと千早は藤堂を見た。『あちー』と言いながらまっすぐ海を見つめる横顔が美しいと思った。頬や喉仏を伝い落ちる汗すら視線を縫い止めるには十分だった。
    藤堂も千早のことをこっそりと見つめていた。暑さで珍しく半開きの口元から覗く赤い舌と真っ白い犬歯が蠱惑的だった。
    相変わらず会話はない。
    夕日が沈むのを見届けてからようやく千早が『帰りましょうか』と口を開いた。
    藤堂も言葉少なく頷いた。
    二人が付き合うまであと50日。

    66日目 相合い傘なんて聞いてない
    快晴の予報に嘘を付かれて千早は真っ黒い空を忌々しげに睨んだ。
    昼過ぎまでは快晴だったのに5限の途中から空を真っ黒な雨雲が覆いだして、6限にはついに雨が降り出した。
    ゲリラ豪雨のような勢いで落ちる雨は止む気配がない。今日外練は無理だね、と山田が言う言葉に二遊間もバッテリーも素直に頷くしかない。
    室内での練習を余儀なくされたが元来野球部は外での練習が主で、他の部活も室内に密集する中では大した練習もできそうにない。結局今日の部活は休みで下校することにしたのだった。
    とはいえ今日の予報はもともと一日快晴だ。
    昨日折りたたみ傘をカバンから出した記憶もある。置き傘は1本もない。他人のビニール傘を持っていくのは言語道断で。つまり、千早は今日傘を持っていなかった。
    止むのを図書館で待つかと諦めていると不意に視界に影がさした。ゆっくりと顔をあげると藤堂が千早を心配そうに見ていた。
    「傘ないんか、俺の入るか?」
    流石に悪いと突っぱねようとしたが雨は止みそうにない。折りたたみ傘の山田と清峰、置き傘をしていた要と藤堂。駅が一緒なのは藤堂と山田で、選択肢は必然的に藤堂しかない。
    みんなで帰るのがなんとなくいつもの流れだった事もあり断るのもおかしいかと千早は曖昧に頷いた。藤堂の隣に控えめに並んで雨の中を歩き出す。
    「千早、かばんも肩も濡れてんじゃねーか。そっち車道であぶねーから位置変われ」
    「左肩なので問題無いですからお気になさらず」
    どうしてもぴったりとくっつくのが気恥ずかしい。左肩に掛けたスクバと肩が濡れてしまう。
    「あるだろ色々と。電子辞書も死ぬだろ」
    「ちょっと位濡れても大丈夫ですから」
    「じゃーもうちょいこっち寄れ」
    ぐっと左肩を引き寄せられて密着した。くっついた腕の熱さと肩を掴まれ引き寄せられた手の大きさと力強さに千早の喉からか細い声が上がった。緊張で身体が硬直し足がもつれる。
    ふわりと香る制汗剤の匂いも、いま二人がここまで密着していますと直接的に伝えてくるものだから千早は柄にもなく取り乱す。
    「千早?顔真っ赤、風邪か!?」
    「お、お気になさらず」
    「気にするって、ちょ、濡れるって」
    「ッ、だいじょぶ、だいじょぶです!ちょ、近いです!!」
    「無茶言うな!」
    そんな漫才を繰り広げる二遊間を後ろから見て、あの二人いつ付き合うと思う?と要は山田に耳打ちする。山田の心の内では『まだ付き合ってないの無理あるだろ』と辛辣に突っ込んでいたが表面上は笑って曖昧に誤魔化した。

    74 日目 本当はわかってる
    晩秋から初冬の日暮れは早い。すっかり暗くなった部活終わりの帰り道、月明かりが眩しくて思わず天を仰いだ。
    青白い月光が二人の足元に影を落とす。
    「月が綺麗ですね」
    思わず出た言葉に夏目漱石の言葉がよぎる。アイラブユーを日本人が訳したとして直接的な言葉にしないだろう、月が綺麗ですねくらいにしておきなさいと提案した逸話。
    もし通じていたらどう釈明したものかと千早は恐る恐る藤堂を見た。
    「おー、ほんとだ」
    千早の心配をよそに藤堂は素直に空を仰いで感嘆の声を上げた。どうやら字面通りに受け取ってくれたことに千早は安堵と少しの残念さを覚える。
    「手ェ伸ばせば届くかもしれねーぜ」
    藤堂は千早の顔を見て無邪気に笑った。
    伸ばして良いのだろうかと逡巡する。伸ばしたら、この太陽みたいな男は手中に収まってくれるのだろうか。
    俺の腕でも届くだろうかと考える。
    実は意味が分かっていての返事なのだろうか、単純な所感なのか分からず千早は困惑する。
    「千早?」
    「なんでもないです」
    我に返って千早は誤魔化すようにメガネのブリッジを押し上げた。期待してしまった頬が馬鹿みたいに熱かった。
    藤堂は月が綺麗ですねの意味を知っているうえで返事をした事を、千早は知らない。

    86日目 告白。玉砕。
    「好きです」
    ぽろりとこぼれた言の葉が藤堂の耳に届くのは一瞬だった。
    藤堂からしたら2度目の告白。千早の好意は気の所為から確信に変わり一気に全身の血液が沸騰しているような心地だった。なんと返事をしようか考えたが思い浮かばない。俺も、とシンプルに言いかけて不意にあの時の言葉がよぎる。
    『俺よりデカい男はちょっと…どうですかね』
    たしかにそう言っていた。あれから千早が自分の身長を追い越したわけではない。
    気が変わった?
    性的指向はそんな簡単に覆るもんなのか?
    俺が千早のことを好意的に見ているのがバレて気を使っている?
    様々な思いが交錯する。
    「藤堂くん?あの、返事は別に」
    「千早、自分よりでけえ男無理って言ってたろ」
    「ぇ゙」
    「無理すんなよ」
    「無、無理とかでは」
    千早は自分のあの時の苦し紛れの発言を悔やんだ。自分よりデカい男は恋愛対象として見れないと言ったにもかかわらず、告白した男は自分より頭一つ大きい男だ。
    発言の矛盾を指摘されて今さらあの時の発言は嘘ですと訂正できる雰囲気でもない。
    「ずっと親友でいようぜ」
    諭されるように言われて千早は二の句が継げない。口は災いの元、その言葉が真実だと痛感したのだった。

    97日目 遅すぎた自覚 
    生活指導の教師と生徒会が主体で行われる服装検査の日。次ネクタイ忘れたら部活を停止すると脅されたのを思い出して、藤堂は制服のブレザーに袖を通しながらため息をついた。
    首が締まる感じがして好きではないので避けてきたが野球を人質に取られてはいうことを聞くしか無い。
    鏡の前でネクタイの結び方の動画を観ながら格闘したが上手く結べず、仕方無しにカバンにネクタイを入れた。
    学校に行けば誰かしらから結びかたを教えてもらえるだろうと考えて、気だるげに学校までの道中を歩く。
    数日前に千早から告白されたが断ってしまったことが気がかりだった。親友というには少し遠く感じる距離感になってしまったが、振ってしまった後も千早は律儀に藤堂の隣にいた。
    あの時自分が千早の過去の言葉にこだわらず頷いていたら、今頃どうなっていたのかと妄想を何度もした。親友から恋人になったらどうなるのか。手を繋いでデートなんかして、キスをして、それから先のこともするのかもしれない。想像しただけで興奮した。どちらが抱く方なのかまで妄想して、そういえば自分が振ってしまったんだと最初に立ち返る日々。
    振らなければよかった。とりあえず付き合えば良かったのに身を引いてしまった。全て今更かと思いながら教室に入る。考えようによってはそもそも付き合ってないのだから今後別れる事もないのだ。それはそれで安心だった。
    「はよ」
    「おはようございます、藤堂くんネクタイはどうしたんです」
    胸元が開いたいつもの姿を見て千早は声を上げた。部活停止になる気かと心配する声に藤堂は首を振った。
    「結べなくて持ってきた」
    そう言ってカバンからネクタイを取り出すと千早は安堵の息をついた。
    「貸してください」
    「結んでくれんの?」
    「君よりは上手くできます」
    結んでもらえるなら御の字だ。ネクタイを千早に渡して向かい合って座った。
    千早の指先がネクタイをつまみ襟に通す。ここまで接近したのが久しぶりでどうしても意識してしまう。伏し目がちな千早の真剣な顔をじっと見て今この瞬間にキスをしたらどんな反応をするのか妄想してしまう。
    「ん……あれ?」
    「どした?」
    そんな不埒なことを考えドキドキしていると千早が声を上げた。視線を少し下げると器用そうに見える指先は迷い、未だに結ばれないままでいるネクタイが目に入った。
    「正面からだとよくわかんなくなりました、ちょっと失礼します」
    そういって千早は藤堂の背後に回った。バックハグの姿勢で、藤堂の首元に千早の手が回される。密着した分シャンプーなのか柔軟剤なのかは判別できないが千早の匂いが香って藤堂は思わず息が止まった。このまま心臓も止まってしまうかもしれないと思った矢先にするりと離れる。首元には綺麗に締められたネクタイがある。
    「これでよし」
    「サンキュー」
    「これくらい結べるようなった方がいいですよ」
    呆れたように笑う千早に反論ができない。
    ―あ、やっぱ好きだわ
    千早への恋心を正しく、鮮烈に自覚した瞬間だった。

    99日目 予告ホームラン
    「俺千早のことやっぱ好きだわ」
    「……振っといてなんでいまさらそんな事言うんですか」
    練習でいつも以上に疲れた身体を電車のシートに預けたまま藤堂は言った。千早は少しの間の後やや冷たい口調で尋ねた。何を今更。たしかになと藤堂も頷く。今更なのだ。今更なのだが言わないと気がすまなかった。
    「なんか、やっぱやだなぁって。千早の隣に俺以外のやつがいるようになんの」
    「そのキラキラの頭の中に脳みそ入ってます?」
    せっかく自分が初恋は叶わないのが定説なのだから忘れようと一生懸命になっているところに振った当人から水を差されてはたまらなかった。そろそろ藤堂が降りる駅が近づいてくる。次は大泉学園と間延びした声のアナウンスが流れる。
    「入ってるわ………決めた。俺、明日の部活終わったらおめーに告白すっから返事考えとけよ」
    「は!!?」
    「じゃ、明日の部活でな」
    タイミングが良いのか悪いのか、ちょうど電車が止まり藤堂も立ち上がる。先程までだらしなくシートに身体を預けていたとは思えないくらい颯爽と電車を降りる背中を千早は見送るしかできない。我に返ったときには電車はもう出発していた。
    「ちょ、藤堂くん……まっ……は、早バレされて俺どうしたらいいんですかそれ!?」
    その日の晩千早は、一睡もできなかった。
     
    100日目 サヨナラホームラン

    「千早、好きだ、付き合ってほしい」
    「わぁ嬉しいです。よろしくお願いします」
    誰もいなくなった部室で藤堂の投げたストレートを千早は淡々と打ち返した。定型文の会話のやりとりかのようなそれに藤堂は肩透かしを食らう。
    「……まじで言ってる?つか、聞いてた?」
    「まじです。誰かさんが昨日『明日おめーに告白する』ってホームラン予告してくれたおかげでこれでも寝ずに返事を考えてきたんですけど?」
    千早は昨晩一睡もできなかった。その証拠に隠しきれないほどの濃さのクマが目の下にできており、少し疲れた表情で藤堂を睨む。
    「へ」
    「明日告白するって、それもう言ってるようなもんじゃないですか」
    そう言われれば、と藤堂は始めてそこで自分が失態を犯したことに気づいたがもう遅い。千早は呆れたように笑っている。
    「本当にいいんか」
    「良いですよ。もとはと言えば俺から告白したんですし」
    「付き合うって意味おめぇと俺で違ったりする?」
    ここまで来て突然逃げ腰になりだした藤堂に千早は舌打ちをして制服の襟を掴んだ。そのまま自分の方へ引き寄せて藤堂の顔に自分の顔を近づけた。そのまま勢いで唇が重なる。
    ムードも何もあったものではないファーストキスだった。目を閉じることもままならず藤堂の瞳は千早の瞳だけを視界いっぱいに映していた。
    触れるだけのキスはすぐに離れて、藤堂が口を開く前に千早がマシンガンのように思いの丈を吐き出した。
    「俺は、君とこういうこともしたいし、これ以上のことだってしたいと思ってます」
    「は、はい」
    「デートもしたいし、それ以外にもやりたいことがたくさんあります。あとついでに言わせてもらうなら俺が君を抱きたい」
    「千早、俺で勃つんか」
    「馬鹿にしないでください。何度も君で抜いてますよ俺は」
    「あ、さーせん……」
    思わず謝罪の言葉を口にした。その後もつらつらとどれくらい好きか、何をしたいか滔々と語られる。終わる気配がなくたまらず口を挟んだ。
    「なー、その話まだ続きそ?」
    「…まぁ良いでしょう。ねぇ藤堂くん、記念すべき付き合って1日目、とりあえず何します?」
    いたずらっぽく千早が問いかける。藤堂は少し考えて、千早の身体を抱きしめた。硬い背中の筋肉が指先に触れる。柔らかくないが悪くはない。
    「藤堂くん?」
    「もっかい、しよ」
    そういって千早の顔に自分の顔を寄せてムード無く勢いでしたファーストキスのリベンジをねだった。
    「あは、いいですよ」
    熱に浮かされたような甘い声で囁いて千早は少し背伸びして顔をあげる。
    まもなく唇が重なった。 

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