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    政略結婚で出会った豊前と松井がすれ違いを繰り返しくわまつやぶぜこてがある中でようやく結ばれるぶぜまつ…のような話の進捗

    政略結婚ぶぜまつ 松井は幼い頃から屋敷の中だけで生きていた。
     高価な家具が揃えられた部屋の中で、本を読み、ときどき遠くに見える街の様子を眺める。朝と夕、部屋に運ばれてくる食事はパンにスープ、主食に野菜もついていたけれど、少食の松井にはそれほど必要ではなかった。
     十数年、屋敷だけの生活しか知らないこの身体はいつしか外の世界の興味を失わせた。このまま何をすることもなく呼吸を繰り返し、そして死んでいくと思っていた。



    「松井ー? 入るよぉ」
     太陽も高くなった頃、松井の世話のために入ってきたのは従者の桑名だ。松井とは同い年で、父の側近の息子。それから気のおけない幼馴染。
    「松井さっきまで寝てたん? 勉強してなかったでしょ」
    「うるさいな……今からしようとしてたんだよ」
     入ってくるなり文句を垂れる桑名がドレッサーの前に移動するのを見やると、松井も天蓋付きのベッドから降りる。大きな鏡の前に立つと前に当てられたのはレースのついたクリーム色の膝丈ワンピース。腰には紺色のリボンが巻かれており、裾には桃色の花のモチーフがあしらわれた可愛らしいものだ。松井の好みではないが、桑名に持ってこられた以上拒否権はない。
    「さすがに足を出しているとバレるんじゃないか? こんなに足の太い女はいないって」
    「松井の細さでそう言うのは多方面の怒りを買うからやめたほうがいいよぉ」
     松井は部屋に桑名以外の人間が入ることを許していなかった。そのため、ヘアメイクもベッドメイキングも、紅茶の準備だって桑名一人で行っている。数年前までは執事長を務める桑名の父もいたのだが、桑名が松井専属となってからは松井の身の回りの世話は全て桑名の担当だった。起き抜けのぼうっとした自分の顔を眺めているうち、あっという間にメイクもヘアセットも完了すれば、鏡に写るのは人形のような女の子。
    「さすがにそろそろ厳しい気がする……」
    「大丈夫大丈夫、松井は今日も可愛いよぉ」



     松井は"女"として育てられた"男"だった。



     松井には兄がいた。優秀で、人思いの兄だったと聞いている。聞いている、というのは松井はほとんど会ったことがないからだ。父は己が巻き込まれた後継者争いを心底嫌がった。人望のあった長男は未来の跡取りとして期待されていた。そんな中、松井が生まれた。
     父は、息子たちが将来後継者争いをするのではないかと危機感を持っていた。万が一、優秀な長男が後継者争いから外れることがあれば家の地位が揺らぐ。それを避けるため、次男の松井を「女」として育てることにした。
     女児に恵まれなかった母は整った顔で生まれた松井にフリルのついた洋服を着せたがった。絹のように伸ばした髪にブラシを入れ、リボンを結わえる母が心底楽しそうで、松井はそれらを拒否することができなかった。
     松井自身、幼い頃はほとんど部屋を出たことがなかった。初めて出たのは十五の冬。陶器のように美しい肌と母が見繕った赤いドレスを身に纏い、素性を隠した松井は華やかに社交界デビューを果たした。
     突如現れた松井は謎の美女として多くの男性に声をかけられ、数え切れないほどダンスを踊った。求婚をされたこともある。しかし松井はそれらに答えることはできなかった。松井は声を出すことを禁じられていた。
     松井が男であることを知っているのは両親と執事長、その息子の桑名くらいで、それ以外はたとえ家庭教師であろうと召使いであろうと松井が男であることは伝えられていない。皆、松井が女性だと思って声をかけてくるのだ。しかも、大抵の場合下心付きだ。名家の娘を娶って子を成せばより家と家との繋がりが強くなる。そんな思惑に巻き込まれていることを自覚すれば、「面倒くさい」という感情が湧いた。
    「僕に魔羅がついているなんてみんな誰も気付いていないんだろう」
     ぽつりと呟くその言葉を拾うのは脱ぎ捨てられたドレスを回収する桑名だけ。桑名も特に過剰に反応を返すことがないから、松井も気が楽だ。
     パーティーが終わりベッドの上で何もかも脱ぎ捨てて天井を見上げているときだけ、松井は自由だった。投げ出された四肢は徐々に筋肉がついてきていることも、与えられる洋服が肩や腕を隠すものが増えていることも、松井は気付いていた。しかしそれらを辞めることは父が許さなかった。ゆくゆくは父が認める名家に嫁ぎ、一族の強化のための役割を果たすことを求められた。松井は、桑名のヘアメイクで"松井"という存在を保っていた。

     そんなとき兄が亡くなった。落馬という不慮の事故だった。家はかつてないほどに揺らいだ。



    ---



     ある日の午後、松井のもとにやってきた知らせによって松井の人生は変わっていく。
    「松井、旦那様が呼んでる。今すぐ来てほしいって」
    「は?」
    「まだ僕もなにも知らないけど突然だなんて珍しいよね。なんかあったんかなぁ」
    「……きっと碌なことじゃないよ」
     父はほとんど松井と顔を合わせない。父が可愛いのは長男である兄だけで、愛の矢印が松井に向けられることはなかった。それは顔を知らぬ兄が亡くなっても同じこと。広間へ向かうと予想通り、父からの言葉は決して良いものではなかった。
    「お前の婚約者が決まった」
     決定事項のように父は告げた。決して松井の意思を確認することなんてしない。伺いを立てられることも、見合いで選ぶ権利すら松井には与えられなかった。松井は静かに頷き、部屋を去った。
     話に聞けば、松井の嫁ぎ先は隣の領地の跡取りなのだという。良家との繋がりがあれば跡取りを引き取りやすくなる。兄が亡くなった今、強い繋がりはより一層必要とされた。
     松井はこの体が男性であることがバレるのではないかと恐れたが、父は松井には「養子を得るまでだ。うまくやれ」などと身勝手なことを言って、己の保身だけを考えた。
     あっという間に準備は進み、数週間後、松井は屋敷を出ることになった。
     花嫁衣裳を身に纏い、馬車に乗り込む。これが松井にとって初めての屋外だったが、不思議と心は踊らなかった。
    「決して失礼のないように」
     出発の前、父はそう言い放った。子供が嫁いでいくというのに、最後まで父は自分のことしか考えていなかった。
     形式だけは大層な行列の中、松井は馬車に揺られていた。隣には護衛として付けられた桑名が座っている。やがて森に入ると馬車はグラグラと揺れた。
    「松井大丈夫? 気持ち悪い?」
    「いや……」
     いやもクソも、何かが喉の奥まで迫り上がってきていた。しかしこの行列を止めることはできない。行列が止まれば松井に何かあったのかと民たちが困惑してしまう。せめて相手方の領地について挨拶をして部屋に入るまでは……駄目だ、そこまで持つわけがない。
    「くわな、ごめ……っ!」
     咄嗟の出来事にも関わらず、桑名はそれを受け止めた。初めての感覚に頭がガンガンと鳴る。桑名が背を撫でてくれるが、こんなに大きな手だなんて知らなかった。
    「寝てていいよ。何かあったら起こしてあげるから」
    「ん……」
     桑名の肩に頭を預け、目を閉じる。まだ頭も胃もグラグラしているが桑名の太陽のようなにおいのおかげで少し楽だった。



    「これはこれは、この度は」
     相手方の領地に到着すると盛大な歓迎を受けた。ともにやってきた父は相手方の父親と談笑をしている。松井は案内されるがまま、新婚夫婦のためにと用意された離れへと向かった。
    「桑名……」
    「大丈夫。僕も近くの部屋を宛てがわれてるから」
     桑名は松井の従者として唯一この屋敷にともに住まうことになっていた。松井が馬車で眠っている間、桑名は松井の後処理をしてくれたらしい。目を覚ましたときには汚れてしまった衣服は綺麗に整えられていたし、崩れた化粧は綺麗に戻されていた。
     夫となる人物とは今夜の婚約パーティーで顔を合わせることになるため、部屋に入っても松井ひとりだ。まずは男だとバレないことが一番の役目だが、その重圧に松井は押しつぶされそうだった。あまりの心細さに振り向くと、桑名は「僕はここまでしか入れないから」と扉を開いたまま眉を下げた。
    「何かあったらその笛を鳴らして呼んで。君がどこにいても駆けつけるから」
    「うん……」
     首から下げられたネックレスを握りしめた。十字架を摸したそれは体の動きに合わせてリン、と揺れる。
     披露宴の準備は顔の知らないこの屋敷の従者たちに施された。ドレッサーの前に連れて行かれた松井は着ていたものを剥がされ、新たに化粧と純白の衣装を着付けられる。裸に近づけば近づくほど、松井の心臓はバクバクと鳴った。胸は小さいほうなんだと言えばなんとかなるだろうが性器はどうにもならないのでキツく締め上げてある。こんなところでバレたら相手方のみならず父の怒りを買うどころでは済まない。松井は目を瞑りながら、早く時間が過ぎることを祈る。
     広い部屋の隅に置かれた、睦事を想定された大きなベッドだけがいやに生々しかった。



     教会の扉が開かれる。ベールを被っているせいで周囲がよくわからないが、とんでもなく広い会場であることは肌で感じる。尊敬すらしていない父とバージンロードを歩き神父の前まで連れられると、背後の色とりどりのステンドグラスが不気味に感じられた。
     式は粛々と進められた。領主の息子の結婚ということもあり、多くの人間たちが祝福しているようだった。反対に松井は社交界ではそれなりに顔は知られていたものの、外の世界に出たことはなかったため不審者のような視線を向けられている。
    「誓いのキスを」
     式は粛々と進み、神父の言葉でようやく新郎と向き合った。頭を下げ、ベールが上げられる。そのとき初めて気づいたのだが、松井はこのとき初めて、夫となる男の顔を初めて見た。
    「……!」
     息を呑むとはこのことだ、と思った。真っ赤な宝石のような瞳。あまりにも美形すぎて後光が差しているのではないかと勘違いしそうになる。体がガチガチに固まって、目を瞑ることができぬまま美形の顔が覆い被さる。豊前、と呼ばれた男はとても優しい触れるだけのキスをした。
     これが僕の夫になる人なのかと思考が巡り、その後の式は半分幽体離脱をしているようだった。



     夜、とてつもなく盛大なパーティーが終わると二人の寝室に戻った。パーティーでは代わる代わる偉い大人たちが声をかけてきて気が休まる暇がなかった。何度かあったお色直しの間も特に体型について指摘されるようなことはなく、なんとか乗り切った。
     しかし初めて豊前と二人きりになってしまったことに頭がいっぱいで次どうしたらよいのかわからない。ここには桑名なんていない。助けて、と言ってもすぐには来てくれない。笛を鳴らせば来てくれるのかもしれないが、そんなの初日からなんて許されるはずない。
     どうしたらいいのかわからず、部屋の隅で縮こまっているとベランダにいた豊前が煙草を咥えながら振り向いた。
    「これから一緒になるから仕方ねーけど」
     その瞳は真っ赤なのに、松井を全然写していなくて。
    「本当はお前を娶るつもりなんてなかった」
     だからさっさと寝て、勝手に起きろ。
     そう言って、豊前は夜空に煙を吐いた。
    「…………そう」
     運が良かった、と思うべきなのかはわからなかった。もしかしたら抱かれるかも、なんてのはとんでもない勘違いで、そうなったらこの体のことをどう説明しようなんて何回もシミュレーションしたのも全て無意味だった。松井自身望んだ結婚ではなかったが、幻滅されたくないという気持ちがあったから必死で準備した。
     安堵するべき場面のはずなのになんだかとても虚しくて、鼻をすする音すら響かせたくなくて、枕に顔を埋めた。身体は素直で柔らかいベッドに沈むと同時に眠気が襲ってきて、そのまま眠った。
    「松井どうしたん目腫れてるけど」
    「うん……」
     翌朝目を覚ましたときには豊前は部屋にいなかった。身支度のためにやってきた桑名は松井の顔を見るなりぎょっと顔を歪めた。
    「あまり眠れなかった? 予定遅らせてもらう?」
    「いや、いい……」
     今日も予定は詰まっている。挨拶回りや屋敷の中の案内も済んでいない。ここで予定が遅れると周りに迷惑がかかってしまう。
    「初日だったから眠れなかったということにしておいてくれ……」
     桑名は何も言わず、大きな手で繊細に松井の肌を整えていった。寝不足で際立つ隈を隠してもらえば少しはマシに見えるだろう。紺色の衣装は松井の美しさをよく引き立てる。「これで大丈夫」と桑名の魔法にかけられて部屋を出た。
     昨日回りきれなかった親族への挨拶周りを午前中に済ませ、昼食の席につく。豊前の両親――松井からみれば義父と義母にあたる――と豊前の祖母と豊前、それから松井。五人での食卓は松井が一人で食事を取っていた頃より人数が多いはずなのに、とても静かだった。咀嚼音ひとつ漏らしてはいけないような雰囲気は松井の喉をますます通らなくさせた。
    「親族が遠くから来てくれているんだ。午後からも頼むよ」
    「はい……」
     屋敷で一人で食事を取っていたときは時間になると部屋の外に食事が置かれていて、空になった皿を廊下に出しておけば誰かが回収してくれていた。桑名が持ってきてくれることもあるが桑名とは食卓を囲む間柄ではないし、マナーは教えられていても慣れない環境に居心地は悪かった。
     義父はそんな松井に気づくこともなく、食事を進めていく。
    「せっかくうちの嫡男が娶ったんだ。跡取りを産んでもらうため、君には健康でいてもらわなくては困る」
     ドキリとした。
     実際松井には子宮も卵巣も膣もない。松井は子を成すことはできない。しかし義父はそれを知らない。松井が女性であることを疑ってもいない。父はわかった上で資金と跡取りを得るための繋ぎとして、松井を送り込んでいる。スパイのような気持ちだった。
     ちらりと視線を豊前に向けると、豊前は目を向けることもなくスープを啜っていた。自分の跡取りのことを言われているんだぞ、なんとも思わないのか? だが昨夜の様子を知ってしまえば豊前が本当に松井に興味がないのだろうということはありありと突きつけられている。
    「お前も、早く孫を私に見せておくれ」
     義父も父もみんなみんな身勝手だ。そんな声に豊前は「あぁ」と短く答え、席を立ったのだった。



    ---



     式から数カ月。
     豊前とは顔を合わせることがほとんどないまま日々が過ぎた。豊前は朝早くに部屋を出て、夜遅くに帰宅する。周囲には松井とうまくやっていると伝えているようで、心配そうにする者はいなかった。日中、豊前が何をしているのか松井は知らない。豊前の従者である篭手切に尋ねても「豊前様はお忙しいので」の一点張りだった。
    「松井、遊びましょう」
    「まつくん、こっち来て」
     そんな一人きりの松井にわんわん、と尻尾を振りながら駆け寄ってくるのはこの屋敷で暮らす五月雨と村雲だ。このふたりは犬と人間の掛け合わさった特別な種族で、この家の庭師だという。普段は母屋にいるのだが、こうして暇を持て余すと離れのほうにやってきて、松井に遊んでとせがむのだ。
    「僕じゃなくたってもいいだろう。豊前のほうが付き合いが長いんじゃないのかい」
    「だって、あまり屋敷にはいないんだもん……」
     そう呟く村雲は耳と尾をぺったりと下げる。「昔は三人でよく遊んだものですよ」というのは五月雨の言葉だ。このふたりとは披露宴パーティーから数日たった頃、屋敷の中で迷子になっていたところをたまたま救出してもらってからの関係になるのだが、そもそも従者が雇い主の伴侶に遊ぼうと誘うのはいいのだろうか。
    「大丈夫です。私たちは犬ですから」
     都合よく人になったり犬になったりするこのふたりは、友達がいなかった松井にとってよき友人になってくれた。松井の元気がないときは外に連れ出し、松井が刺繍をすると聞けばおそろいのハンカチに花を縫ってほしいと強請った。庭でボールを投げるならまだしも、松井は正直裁縫はあまり得意ではなかったのだが、ふたりのために何度も練習をして藤の花を縫った。松井が本で見た中で、二人に合いそうなものを記憶の底から選んだ。ふたりはとても喜んでくれて、次はこれにやってくれあれにやってくれと持ってくるようになったのだった。
     今日も引っ張られるように庭に出て、五月雨の季語探しに付き合った。母屋と離れをつなぐ色とりどりの花が咲き乱れる大きな庭はよく手入れがされていて美しい。遠くからは剣技の鍛錬中なのか、キンキンと金属がぶつかる音が聞こえてくる。
    「以前縫ってくださった藤というのは、この国にはないそうなんです」
    「あぁ、確か遠い国の固有種らしいね。僕も本でしか見たことがないよ」
    「いつかこの庭でも見られる日がくればよいのですが」
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