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    ベくんが号くんをよしよしするタイプのにほへし の小話。

    目をあければ如月新年を迎えたばかりと思っていたら、日常とは忙しなく過ぎるもので、居室の卓上に置かれたカレンダーを確認した長谷部は、日記に1月31日と書きつけた。
    就寝前の習慣として、文机の前に座る長谷部の後ろでは、日本号が押入れを開けて布団を取り出している最中だ。睦月も終わりに差し掛かった、ここ数日の冷え込みは特に厳しく、空調がきいている本丸の中ですら、廊下に出ると、服に染み込んでくるような、冷たい空気に満ちている。だが、寒さというものは、長谷部にとっては、そこまでしのぎにくいものではない。冬の間、寒さを都合よく和らげてくれる槍は、毛布を足す事にしたようで、天袋を覗き込んでいる。

    長谷部がこの旧知の槍と、情を交わす間柄になり、生活を共にするようになったのは、今から季節を三巡ほど遡った、秋の深まった頃だった。暮らし始めた当初、二口とも鍛えられた成人男性の器である事や、着く任務の違いによる生活時間のずれを考慮し、布団は二組敷いていたが、睦月を半ばも過ぎた頃から、朝起きると、日本号が長谷部の布団に潜り込んでいるようになった。
    もとより恋仲であるし、共寝をすること自体に問題はないのだが、長谷部の布団はごく一般的な大きさのため、大柄な槍には丈が短く、朝になると、きまって日本号の足先は冷え切ってしまっている。自分の布団を持ってこい、せめて足は引っ込めろと、ごく当たり前の苦言を呈してみたが、槍は気の無い返事をするばかりで、翌朝も冷えきった足をさすりながら起き上がる。
    そんなことが数日続き、寒さで縮こまった、大きな足の指先がどうにも哀れになって、人肌に絆されたことにした長谷部の提案により、結局、二口は槍の大きな布団で共寝をするようになったのだった。実際に、筋肉質な大男の体は暖かく、長谷部に快適な眠りをもたらしてくれたが、それに反して、日本号は昼間に欠伸を噛み殺すことが増えていた。垂れた目の下には、彫りの深さだけが理由ではない、薄い影も見えていたが、ほんの些細な変化でしかなく、当の槍も普段と変わりなく振る舞っていたため、長谷部はそれらに気付かないふりをして、静かに時が来るのを待った。

    その日、長谷部は普段より早く目を覚ました。早朝とは言っても、まだ日は昇っておらず、室内の空気はきんと冷えて暗い。隣に添った槍の体温が暖かく、まぶたが再び落ちそうになるが、それを振り切るように声を出す。
    「ずいぶんと早起きだな」
    静かな部屋に、長谷部の声がぽつんと響く。大きな体が、急に聞こえた声に驚いたように小さく揺れた。わずかに間をおいて、
    「……お前さんほどじゃねぇよ」
    と、低い声が返ってくる。
    短刀ほどではないが、夜目が利く打ち刀の目には、日本号のばつの悪そうな顔がはっきりと映っていた。それがどうにも、むくれた子供のように見え、長谷部は声を出さずに少し笑った。暗さに弱い槍の目には、長谷部の表情は見えていないはずだが、至近距離の空気の震えから、それを感じとったようで、より一層眉根が寄る。それを無視して、長谷部は日本号に手を伸ばし、その頭を抱き込むように引き寄せた。日本号は抵抗せず、長谷部の胸に顔を寄せるようにして、大人しく腕の中に収まる。
    ここの所、この槍が落ち着かない様子だった理由について、長谷部には最初から心当たりがあった。二口の本体は、現世で永く同じ所に在るが、共に居るのは、一年の内のひと月だけだ。新年と共に目覚める長谷部は、睦月の終わりには眠りに付く。それがこの数百年のあいだの、二口の習いだった。去年の春頃に顕現した日本号が、人の身で睦月を過ごすのは、これが初めてだ。ここでは違うと、頭では解っているはずだが、肉の器を得て、それほど時を過ごしていない鋼の心が、それを呑み込むには、長谷部の目覚めを、ただ待ち続ける夜が必要だったのだろう。己が眠りについている間、この槍がどんな時間を過ごしていたのかを、長谷部はよく知らないが、この様子だと、なかなかに積もったものがあるようだ。
    「朝餉には起こしてやるから、少し眠れ」
    そう囁きながら、抱えた頭をゆっくりと撫でると、それまで大人しくしていた腕が、長谷部の腰に回り、体を強く引き寄せた。日頃は何かとそつがない位持ちの槍だが、昔から時折、驚くほどに健気な気質を覗かせる事がある。それが自分に向けられている事に、長谷部はいたく満足したので、慈しみを込めて、頭に口付けをしてやった。そう時間を置かず、規則正しい寝息が聞こえてくる。長谷部は時間が来るまで、この可愛い槍の、癖の強い髪をずっと梳いてやっていた。

    布団を敷き終えた日本号の呼ぶ声で、記憶から引き戻された長谷部は、止まっていた手を動かして、日記に締めの言葉を書き込んだ。ペンを置いて、卓上にあるカレンダーを一枚めくる。部屋の明かりを落として布団に入ると、すぐに逞しい腕が伸びて来て、大きな体に抱き込まれた。日本号は今では長谷部よりもうんと寝つきが良い。間も無く、隣から穏やかな寝息が聞こえてくる。長谷部も欠伸をすると、眠気に抗わず、暖かい腕の中で目を閉じた。次に目をあければ幾度目かの如月だ。二口の生活は明日も共に続いて行く。
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