「お疲れ様でした〜!」
無機質な部屋にスタッフの声がこだまする。
アイドルグループMintCandyのメンバーであるrockは1人、CM撮影の仕事を今終えたところであった。同じメンバーである他2人は今日は休みだ。
いつもはメンバーと一緒に帰るのだが今日は久々に自分1人で帰ることになる。
(帰りに楽器屋にでも寄ろうかな)
そう思いながらrockは事務所を出た。
今の季節は初冬。rockの着ているライダースーツでは少し肌寒く感じられる外気温に思わず身震いした。
その時遠くに人影が見えて自然と視線がいった。そこにはよく見知った人物が佇んでいる。長年一緒にいたrockが見間違うはずがなかった。
「 pico!」
声をかけてよる。picoもこちらに気付いたようだ。
「BF?」
「やっぱりpicoだった。今帰りか?一緒に帰ろうぜ!」
picoは手に持っていたスマホをポケットにしまった。
「お前いつも一緒にいる2人はどうしたんだよ」
「今日は2人とも休み!俺だけCM撮影の仕事だったの!」
「へぇー。じゃあ久しぶりに2人で帰るかぁ」
2人の足音がコンクリートの道に響き渡る。
「こうして2人で帰るなんていつぶりだろうな」
picoの言葉に記憶を呼び起こす。
「うーん…….確か3年前くらいじゃないかな」
3年前のある日、rockとpicoは同じバンドで活動していた。しかし音楽性の違いから互いに衝突することが増え、 picoから別れを切り出す形でそのままバンドも解散したのだった。
「 picoはさっきまで何してたんだ?仕事?」
「そうそう、次のライブの打ち合わせ。次のライブ野外なんだぜマジ寒いよな〜」
「マジかよ〜手とか悴んじゃうじゃん」
picoはほんとにな!と文句を言いながらどこか楽しそうだ。今の活動が順調なのだろう。その様子が別れた当初より大分楽しそうに見えてrockは心臓がちくりと痛む感触がした。
rockはまだpicoのことが好きだ。だからこうやって話しているだけでも心が踊る。
でもそんな気持ちを悟られないように、必死に笑顔を作る。
ふっとpicoを見ると何か言いたいことがあるような表情をしていた。
どうしたのか聞こうとするとちょうど信号待ちになり、会話が途切れてしまった。
「あのさ、」
青になったと同時にpicoが口を開く。
「ちょっと寄り道しないか?」
「えっいいけどどこ行くんだ?」
picoについていくこと数分。着いた場所は小さな公園だった。遊具もブランコしかないような本当にこじんまりとしたものだ
「こんな所に公園あったんだな」
「最近見つけたんだけどなかなか居心地良いぞ」
picoはベンチに座って隣を指し示した。
「ほら座れよ」
促されるまま隣に腰掛ける。
picoの言う通りたしかに落ち着く場所だ。公園の広さもちょうどいい。それに高台にあるため街が見渡せれるし、何より星が綺麗に見えた。
「ちょっとタバコ吸っていいか?」
しばらく黙ったまま一緒に座っていたpicoが話しかけてきた。
「いいよ別に」
そう答えるとpicoはポケットからタバコを取り出し火をつけた。
煙を吐きながら夜空を見上げるpicoの横顔はとても綺麗で思わず胸が締め付けられる。
picoは普段からタバコを吸うわけではなく、決まった時にしか吸わないタイプだ。ライブの直前、リラックスしたい時、緊張を和らげたい時、そして…気まずい時。そういう時picoは決まってタバコを一本だけ蒸す。
今は、いったいどれなんだろうか。
(もうわかりきってるようなもんだけどな…)
rockは1人頭の中でごちる。そんなことを考えているうちにpicoは吸い終わったようで携帯灰皿にタバコを押し付けた。
「…BF、最近どうだ」
突然 picoが話を振ってきた。ここまできて世間話か?
「どうって…mintcandyのことか?楽しいよ。まさか自分がアイドルになるとは思いもしなかったけど」
picoはじっとこちらを見てくる。まるでこちらの心を読み取ろうとするかのように。
だがすぐに目を逸らすとそうか、とだけ呟いた。
また沈黙が続く。
「…ずっと考えてたことなんだけど」
picoがまた話し始めた。
「俺はあの時、BFの今後のことを考えて別れようって言ったよな」
ああ、覚えてる。
あの頃は毎日のように喧嘩していた。
互いの意見が食い違っていて、それがどんどんエスカレートしていったんだ。
picoは数年前のあの日、「BFのことも、BFの音もずっと愛してる。だから別れて欲しい」と言って別れを切り出してきた。あの時はその意味が分からなくて俺は駄々をこねたんだったな。
でも今ならわかる。あの時からrockとpicoは同じバンドで活動するには支障をきたすほどに音楽性に違いがあった。あのままバンドを続けていたら成長も活躍も見込めなかっただろうし、何よりpicoの、そして自分の音楽スタイルが潰れてしまう可能性もあった。あの時のpicoはそれを危惧していたのだった。
「あの時は俺もお前もバンドとして活動することを前提としていただろう?…でも今は、お前はアイドルで、俺はソロで活動してる」
picoにしては歯切れの悪い言い方をするな、とrockは思った。picoらしくない。
(どうしたんだpico…もしかして)
進む道が違うならもう関わらない方がいいのではないか。とか言い出すんじゃ。
そう思うと急に不安になってくる。
そんなこと言われたら嫌だ。もうこれ以上離れたくない。
しかし picoの口から出た言葉は違うものだった。
「だから、別れる意味は無くなったと思うんだ」
「…え、」
予想していなかった答えに戸惑う。
別れる意味はなくなった?それじゃあ、つまり。
期待と興奮で心臓が激しく脈打つ。
心臓の音がうるさい。
picoに聞こえてしまいそうだ。
「…BF、やり直さないか」
聞き間違いなんかじゃない。今確かにpicoはやり直すと言った。
ということはこれは夢なのか?でもこの鼓動の速さは、熱さは、紛れもなく本物だ。
気持ちを抑えて返事をしようにも声に出した途端泣いてしまいそうなのと、言葉が出てこない。
「…….おい、大丈夫か?」
心配そうに顔を覗き込んでくるpicoを見て我に返った。
「っ…….」
picoの顔は数年前付き合ってた頃と同じ柔らかい目をしていた。それをみた瞬間、抑えようとしていた涙が溢れてしまった。
「っ、やっぱだめだよな。…ごめんな」
picoが困ったように笑い、ベンチから立つ。
「……っ、違う!そんなこと、ない、」
「え?」
「っ、俺も!っ、やり直したい!」
必死に叫ぶ。
「っ、俺も、picoのこと、まだ好きだから」
だから、行かないで。
「BF、」
picoは小さくなって泣いているrockを抱きしめて背中をさすった。
picoの腕の中は暖かくて、ほんの少し筋肉質で、さっき吸ったタバコの匂いがほんのりとした。あの時から何も変わらない。トクトクと心臓が波打つ音が聞こえて、愛しさのあまり picoの肩に擦り寄る。するとpicoは優しく頭を撫でてくれた。
その手つきに安心感を覚える。
あぁ、やっぱり好きだ。
このままずっとこうしていたい。
picoの体温を感じながら、そう願わずにはいられなかった。