友目を覚ますと、俺は空に浮かんでいた。
どうやら俺は死んだらしい。仁の手によって。
裏切り者の頼みだというのに、しっかりととどめを刺してくれたのだな…。
しかし、ここは一体どこなのだろう。てっきり地獄に落とされると思っていたが、辺りを見渡しても、生前となんら景色が変わらなかった。
遠くに櫛寺の五重塔が見える。ということはここは、豊玉か。
仏の情けか、はたまた妖怪の悪戯か。現世にとどまってしまっているみたいだ。
「はぁ…」
はてさて、どうしたものか。
今の俺には為す術もないので、しばらく空を漂っていると、ある一件のあばら家が目に付いた。
外には家主の愛馬らしき白い馬が繋がれている。どうやら人が住んでいるらしい。
少し近づいてみると、穴だらけの屋根から色とりどりの布を見つけた。
のぼり旗だ。
長尾家、安達家、鑓川…さらには、志村家や境井家の旗もそこにはあった。
ある考えが頭によぎる。半信半疑だったが、家主が誰なのかを裏付ける、決定的なものがあった。
「冥人の鎧―」
あの日、志村城で闘った際、幼なじみが身につけていたもの。
誉れ高き武士が、冥人として生きると決めた、仁の鎧だった。
眼前の信じがたい光景に、飛ぶことを忘れていた俺は、いつの間にか家の中に降り立っていた。
後ろから足音が聞こえ、意識が覚醒する。
俺は霊体だったことも忘れ、すばやく物陰に隠れた。幽霊だから、見えるわけないのにな。
雨粒を払いながら、仁が入ってくる。面頬をつけ、顔が半分以上隠れているが、間違いなく仁だった。
「あぁ、見つかってよかった。」
どうやら探し物をしていたらしい。安堵のため息をつきながら、仁はそれを壁にかけた。
―俺の、菅笠だ。
「まったく、風に飛ばされた時は肝が冷えたぞ。」
仁は壁にかけた俺の菅笠に向かって一人、ごちる。その目に恨みなどなく、慈しみと、少しの悲しみを孕んでいた。
なぜ、なぜ未だに持っている。なぜ、そんな優しい目を向けているんだ。
「…竜三、共に道は違えてしまったが、もし生きておれば、お前とまた酒を飲み交わしたいものだ」
頭が追いつかなかった。仁は、仁はなぜ、そこまで優しい目を向け、優しく語りかけるのか。
なぜなんだ、と聞こえるはずもないのに問いかける。
「お前ほどの友はいなかった」
自分の耳を疑った。都合よく聞こえてしまったのかと。だって、お前には、たくさんの仲間がいたじゃないか。昔からそうだったろう。今だって、お前の友と呼べる者はたくさんいるはずだ。なのに、なんで。
「……ははっ」
そうか。答えは、至極単純だったのだ。自分が偏屈になりすぎていたせいで、答えが見いだせなかったのだ。
そうなのか、仁。お前は…
たくさんの仲間達がいる中で、裏切り、死んだ俺のことを、お前ほどの友はいなかった、と…そう言ってくれるのか。
お前の中で、俺の存在はそこまで大きかったのだな。
こみ上げるものを必死に押さえていると、暖かい風が竜三を包むように柔らかく吹いた。
そうだ。俺はここの住人ではない。在るべき所に、向かわねば。
「じゃあな、仁」
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「…竜三?」
久しく聞く友の声に思わず顔を上げる。当然、友の姿はどこにもない。
壁にかけた友の菅笠が、暖かい風に柔らかく揺れていた。