君の近くにいるために「なぁ、お前って俺のこと好きなの?」
こうも疑いなく聞くやつがいるのか?ってくらい
まっすぐ俺を見つめながら聞いてくる阿呆。
「はぁ?何言ってんだ」
「そうなのかと思ってた」
その疑問が何を解決するのか分からないが、
これは馬鹿正直に答えていけない気はしている。
肝心の張本人はテーブルに片肘をついて頬杖をつきこちらを見つめている。
「どこからそんな自信が?」
「なんつーか……勘」
ここまで聞いて、明確なものがなかったのなら
いつものノリではぐらかせばよかったと後悔する。
「俺のこと好きだろ?」
「おーおー、すきすき」
「適当すぎ」
そんな会話を思いついたようにポロッとされるのがしばしば。
普段のノリというかなんというか……まぁ、そんな所だったはずだ。
普段は遊びの途中とか飲んでる時とか軽いタッチで話してくるのに
わざわざ話があるとか言って俺ん家まで来て、テーブルの向かいに座ったと思ったら
真剣に話してくるもんだから身構えてしまった。
「勘ねぇ……」
焦りそうになる自分を抑えて呆れたように返す。
そんな俺を見てからポケットからタバコとジッポを取り出し
スマートに火をつけるとこれみよがしにスっと目の前に置いてトントンとジッポを指で軽く叩いて音を鳴らす。
「俺に甘いし?何かと欲しいもんプレゼントされるし」
こっちを見てニヤッと笑うこいつに少し腹が立つ
『あーあー!そうですよ!好きですけど!!?』
なーんて言えるわけねぇだろクソ。
心の中で悪態をついてその言葉を口に出すことはせずに彼の言葉を元に思い返してみる。
数ヶ月前に欲しいと言ってたジッポをプレゼントしたのも俺。
比較的飯に連れてって金出してるのも俺。
まぁまぁ日常的にワガママに付き合ってるのも…俺。
なんというか…
我ながら凄いなとは思うが…仕方ないだろう。
「甘く接してる自覚はあるなぁ」
クリスを見て笑いながらあえてここは肯定する。
否定しても信じて貰えないどころか逆効果だろうし。
「だろ?甘やかされてんなぁと思う。」
「そりゃまあね」
「ただの友達にここまでするか?」
"ただの"を強調されてしまえば言葉に詰まる。
ただの友達だなんて思ってない。
いや……思えなくなってしまった。
「うーん……そう言われるとなぁ」
「だろ?俺のこと好いてるだろうなってヤツにもここまでされないぜ?」
「それはクリスの態度の問題では?」
「……それもあるけど」
クリスはモテる。というか進行形で今もモテてる。
しかも本人もそれを自覚している。
本人から色んな話を聞いてきたけど
まぁ……色々経験してんなぁって感じだ。
同じ体験したいかって言ったら俺は御免だけど。
俺に対する態度と他の人に対する態度は全くと言っていいほど違うものだし
ここまで頼られるならそれに便乗して多少は甘やかしてもいいかと思ってはいたけどまさかこんな話をされるとは。
「で?好きなの?」
過去と自分の中に一瞬飛んでいた俺を引き戻したのは目の前のクリスの声。
「おー、好きだぞ」
あっけらかんとそう伝えると頬杖をやめて
眉を顰めてこちらを見つめては冷たい声を放つ。
「真面目に」
「好きだよ」
相手の声のトーンに合わせて反射のように呟けば
少し驚いた顔をしてこちらを見つめるクリス。
「じゃなきゃこんなに会うわけないだろ?一緒にいるの楽しいしな。
煙草も別に気にならんし、俺もたまに吸うし、一緒にいて楽だしな」
あくまでも『友達として』が伝わるようにサラッと答えた。
それに納得がいかないのかタバコを咥えた表情が曇る。
「クリスだって俺の事好きでしょ?」
「あぁ、好きだ」
お前だって同じだろうと言葉を返せば自分でダメージを受ける結果になった。
期待していいもんじゃないとわかっちゃいるけど嫌でも心臓が跳ねる。
「知ってた」
「違うだろ?」
心臓の音を誤魔化すように笑って返すとそれを止めるように冷たく返ってきた返事に小さくため息をついて彼の続きの言葉を待つ。
「そういう意味じゃないだろ」
「は……?」
「恋愛感情なんじゃねぇの?」
見透かしたようにこっちを見ながら聞いてくるその目線をかわすようにやれやれと首を振って少し怒気を孕ませて声を発する。
「アホな事ばっか言ってんなよ」
思ったよりも小さく発せられた声が情けなくも感じるが、そのままクリスを見ると少し考え込むような、どこか悲しそうな顔をしてテーブルに置かれた灰皿で煙草を消すと静かに立ち上がる。
「俺さ、仲いいヤツに気を使われんのもあんま好きじゃねぇけど…気になってるやつに嘘つかれんのは嫌いだわ」
「……は?」
聞き間違いだったか…?気になっているやつ、という呟きは。
一瞬の出来事に思考が止まって言葉も詰まり、彼の姿を追えばふっ、と諦めたように笑って手を軽く振って踵を返して背中を向けて。
「なんでもねぇよ、俺の勘違いだった」
そう言って部屋を出ようとするクリスの腕を強く掴み、その歩みを停めさせる。
何も考えずただ、ここで引き止めなくてはと体が勝手に動いたのだ。
ーーーーー
『俺さ、ニックみたいなヤツ居なかったから正直かなり嬉しい』
『珍しく素直だな気持ち悪い…酔ったか?』
『はぁ?いつも素直だろ?』
『どこがだよ!』
『……っはは!悪いとは思ってるけどそんなとこも理解して馬鹿話できんのお前しかいないから、なんか嬉しいと思ったんだよ』
そんなこと言って笑うクリスにどうにもこうにも俺の心臓がうるさくて。
『あー……好きだわ』
と、なんの違和感もなく思ってしまったのはもう何時からだったか。
『普通以上の感情、持っちまったんだよなぁ……』
ーーーー
過去の話を聞くと……告白なんてしようもんなら
俺からも離れていきそうな気もする。
そう思っていたのに、その結果今離れていきそうなら話は別だ。
「好きだよ阿呆」
腕を掴みながら口から出た本心は先程までの軽口ではなく真剣そのもので、その言葉を聞いたクリスは出ていこうとする姿勢をやめて顔を背けたまま
「アホとか要らねぇわ」
と、言葉を返してくる。
言ってしまったものの、どうなりたいもクソもないだろう。きっとこのままの関係が1番なのだと思うし、それが一番望まれる形であることも理解できる。
「お前の話聞いて色々思うところもあるし、このままでいいと思ってる。」
「……あぁ。」
過去の話を話したことを思い出したのだろう、
歯切れの悪い返事を聞き、決意を固め自分の素直に思っていることを伝えた。
「だから……今まで通りで。」
「いいのか?」
そう伝えれば意外だとばかりに振り返ってこちらの顔を見つめてくるクリスにため息を吐きながら微笑んで、掴んでいた腕から手を離して向かい合う形になって。
「いいよ。俺が色んな気持ち整理出来るまでは知らないフリしてくれれば。」
「…ふーん」
「なるべく、これまでと変わんないようにするよ。」
「…ふーん」
こちらが精一杯あーでもないこーでもないと悩んで出した答えをさもつまらない、面白くないといった顔でこちらをじっと見つめて。
「……なんだよ」
「…変わってもいいんじゃねえ?」
「……はぁ?!」
馬鹿なことをまた言い出したぞ。と思いつつ彼のその言葉に心臓が跳ねる。
俺のリアクションを見たからなのか、ニヤッとイタズラっ子のような笑顔を顔に貼り付けて呆気にとられる俺の近くに顔を寄せて。
「意外と、何とかなるかもしれねぇよ?」
ガキみたいに笑うクリスと阿呆みたいに口を開けた俺……
彼の言葉を頭で反芻させハッと我に返りまさかと思い聞いてみる。
「……お前……自分が言ってること理解してる?」
「してる」
してんのかよ。タチ悪いな!と心で吐けば、ジワリと言葉の意味を理解して心拍数が上がる。
…からかう様な彼の言葉に期待していいのだろうか。
沢山悩み封じ込めていたこの気持ちを彼にぶつけていいのだろうか。
「……本当に期待するぞ」
「していいと思うよ」
間髪入れずにそう答えられれば、その場にしゃがみこんで頭を抱えると、期待と混乱が混ざる声が漏れて。
「あーもー……!」
「めっちゃ混乱してるな?」
「誰のせいだよ!」
そう言って顔を上げれば目の前に同じようにしゃがんでいる彼と目が合い、先程の笑みとは違う優しげな表情で微笑まれる。
「俺はお前に甘やかされるの好きだからな」
「はぁー……」
何だかんだ……丸く納まったっちゃ納まったのだろうか。
俺の恋はこの阿呆のせいで?おかげで?終わりを迎えずに済んだようで。
ちょっと嬉しそうに笑うクリスに期待をしつつ、どう"友達"では無い関係に歩みを進めれば良いのか、この関係を崩さないように俺はこれからに期待するのだった。