春の訪れはロウソクと共に 白い箱を持って病室を訪ねる。春の気配がすぐそこまでやってきている、春の嵐のように強い風が吹きつける日だった。
病室は相も変わらず静かなままで、その部屋の主は今日も静かにベッドの上で体を起こして外を眺めている。
いつもはひとりで来るところを、病室の主、楽が誕生日だというのでひかりを伴って西華は扉を開けた。
「お邪魔します。元気にしてた?」
「ういーす、チーフ、元気にしてたっすか? って聞いても返事は来ないんすけどね」
「こら、西華。そういうこと言わないの、聞こえてるかもしれないでしょ?」
「聞こえてても聞こえてなくてもコイツの場合は変わらんでしょう」
「そーれーでーも。だめだよ」
ひかりに諭され、西華はバツの悪そうな顔を見せた。零課の紅一点に基本的にメンバーは逆らえないのだ。
ひかりと西華はベッドのすぐそばに椅子を持ってきた。ひかりがそこに座ると西華はすぐそばのサイドテーブルに白い箱を置いて一度病室を出ていく。
「……早くみんなと一緒に仕事がしたいよ」
ひかりがそう呟いた。彼女の頭の中では四人であらゆる事件を解決した楽しい思い出が満ちている。それから、あの陰惨な事件も。
「四人であの部屋でワイワイやって、今度はお泊り会なんかもいいかもね」
「戻りました」
ひかりが楽に話しかけていると西華が戻ってくる。
「許可もらいましたよ。特別だって、窓開けたら大丈夫らしいです」
「ほんと?」
西華は部屋に戻ったその足で窓を大きく開け放した。外からの風が強く吹き付け開いた窓を微かに揺らす。三人の耳にごお、と風が通り過ぎていく音が届いた。
「ほんとはナナくんも一緒に来れたらよかったんすけどね」
「うん……そうだね」
「……っと、今のは失言でした」
西華はひかりの隣に座ると白い箱を開け始める。そこから登場したのは三人で食べるには小さいホールケーキだった。
「今日はチーフの誕生日だからってひかりさんが選んできてくれたんすよ。まったく、チーフはもっとひかりさんに感謝すべきっすよね」
「ふふ、私がしたくてしたんだもの。感謝なんていいの」
「そうやってひかりさんが甘やかすから」
「いいじゃない。たった四人のメンバーなんだから」
「ひかりさんがそれでいいって言うんだったら良いんですけどね~」
フォークを三つ並べて、西華はケーキにいくつかのロウソクを立てた。
「ほんとは火気厳禁らしいんですけど。看護師さんに自分が許可取ったんすからね」
西華はそのままロウソクにライターで火を灯すとひかりと目を合わせて歌いだした。
「何歳になったんだっけ?」
「さあ? 何歳でしたっけ? まあ見た目がこどもみたいなもんだし、中身も子どもみたいなもんだし。この間高校生になりましたとか言われてもなんも知らない人は信じちゃいそうっすけどね」
「も~だからそういうこと言わないの!」
楽の代わりに外から吹いた風がロウソクの火を消していく。
「ほら、風も祝福してくれてるのよ」
「おめでたいっすね~。じゃ、チーフは食えないみたいだし、自分たちでいただいちゃいますか」
「そうね。ごめんね? 私たちが食べちゃって」
「わはは、いいんじゃないですか? どうせあっても食わないでしょ。この人は」
小さなイチゴが乗ったショートケーキをフォークで雑に四等分して西華は一切れ、ひかりは楽の分も食べきってしまう。
「帰りにナナくんのところに寄ってもいい?」
「いいですよ。せっかくだからケーキ持ってってやりましょう」
「そうね。置手紙でも残しましょうか」
「そりゃいいや。ナナくんも甘いものは嫌いじゃなかったはずですから、きっと食べてくれますよ」
西華はそう言って立ち上がり、窓を閉めた。病室の中には少しだけ燻ったような香りが漂っている。
「いや~かわいい部下二人に祝われるなんて恵まれたチーフですよねえ」
「うふふ、そういうことにしておきましょう」
「んじゃ、自分たちは帰りますね。お誕生日おめでとうございました」
「誕生日おめでとう。また来るね」
春の嵐が吹き付ける病室から外を眺める男は、室内に残った少し焦げたような甘い香りを知覚できただろうか。
冬が明けて、春がやってくる。暖かな光を浴びながら男は今日も一人病室で時を待つ。