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    shikuroot

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    shikuroot

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    現パロ初夜朝チュンシャルロビ
    『明日の希望、皐月の星』無事開催ありがとう記念

    次の朝食はいつにしようか 心地よい微睡の中で、サンソンはパンの焼ける香ばしい匂いを嗅いだ。遅れて、柑橘を連想させる爽やかな香り。目を閉ざしたままシーツに頭を擦りつければ、沁みついた煙草の臭いが。それでようやく此処が自宅でないことを思い出す。
     瞼を開ける。
     最初に視界に入ってきたのは白いシーツと濃紺の布団の端っこだ。視線を巡らせると、酒瓶の並ぶシェルフ越しにロビンの背中が見えた。深緑色の薄手のニット越しに肩甲骨と、そこから繋がる両腕がせわしく動いている。パンと柑橘の良い匂いは変わらず、冷蔵庫の開かれる音、閉じられる音、蛇口の音、レタスの切断されるザクリと瑞々しい音、包丁が木製のまな板に当たる音が聞こえる。それらと並行して、お湯が泡を立てる音。寝起きのサンソンの頭にそれらはすっと心地よく染み込んだ。羽毛の温もりに未練を感じながらも上体を起こすと、今度は棚に邪魔されることなく台所へ向かうロビンの姿がよく見える。サンソンは、この部屋に入ってすぐロビンに聞かされたことを思い出した。ワンルーム八畳、約百六十平方フィート。部屋の端と端に居ても近いのは、いいことだな、とサンソンは思う。
    「……はよ」
     後ろも見ずに投げたロビンの声は掠れていた。しかしそれは喉が枯れているせいではなく、戸惑いと躊躇いによるものだとサンソンには感じられた。
    「お、はよう、いい匂いだな」
     それに引き摺られてサンソンの声もつんのめってしまう。対してロビンはそれでいくらか普段の調子を取り戻したらしい。クツクツと喉を震わせて笑うと、朝飯食うだろ、と世話焼きの顔を前面に戻して問い掛けた。
    「いただくよ。手伝うことは?」
    「いやいい、もう終わる。そこで座ってろ」
     フローリングに足を落とし腰を浮かせかけたサンソンを、ロビンが左腕で制す。その間彼の右腕はコンロの火を止めるために使われ、その後はコンロから鍋を取り上げるために使われた。柑橘とハーブの香りが一層濃くなる。こぽこぽと液体が注がれていく音を聞き取りながら、出所はそこだったか、とベッドに再び腰を落ち着かせたサンソンは納得した。カラン、と鉄の鍋が五徳に戻され軽い音を鳴らす。鍋を置くと、ロビンはサンソンが目を覚まして以来初めて足を動かしシンク脇の壁際に積み重ねられていたスツールを二脚取った。
     このスツールたちは、普段彼の友人たちが集団で遊びに来た(ロビン曰く『襲撃に来られた』)時に住居を荒らされない為に使うのだという。サンソンたちが今いるエリアから切り分けるように敷かれた広いラグ、そこに適当に座らせようとすると、彼らは最適な居場所を求めてうろつき、次第にそれが家漁りに発展してしまうのだそうだ。だから適当な椅子に座らせて彼らの居場所を固定する。固定さえすれば大体大人しくしてくれる。数度の失敗がロビンに授けた知恵だった。一応ラグには素朴かつ座り心地の良いソファも置いてあるのだが、あれはサンソンと二人で座るだけでもいっぱいいっぱいになってしまう大きさだから、確かに彼ら全員を落ち着かせるには足りない。
     ロビンの動きを目で追いながら、サンソンの思考はそうやって取り留めのないことに流されていた。それを現実に戻したのは、ベッドの傍、丁度サンソンの脚の横にスツールが置かれた音だ。
    「行儀悪いとか言うなよ」
     何をだ、とサンソンが問う前にスツールの木製の座面にゴツン、とお皿が乗せられた。ラップに包まれたサンドイッチ。続いて、がん、ごん、とマグカップが二つ。初夏の朝のような爽やかな黄緑色をした水面から湯気が立ち上っている。柑橘を思わせるようなハーブの香りはレモングラスだろうか。
     一通りを並べ終えて、ロビンはサンソンの隣──正確にはスツールたちを跨いで隣──に腰かけた。羽毛の詰まった布団がぼふりと潔い音を立てる。そうか、ここで食べるのか。サンソンはそわりと落ち着かなくなる心をそのまま唇に乗せた。決して、行儀が悪いと機嫌を損ねたわけで無く。
    「むしろ、ちょっとわくわくするかな」
     サンソンが微笑むと、ロビンも相好を崩した。視線が合えばロビンはすっと目を逸らして表情を前髪の奥に隠してしまう。そうすればロビンの右側に座るサンソンからは彼の表情がまるきり見えなくなってしまった。サンドイッチを掴んだ彼の手、含もうとする口元だけが辛うじて伺える。彼のラップを剥がす手つきは繊細なのだが、大きな口を開けてかぶりつく様はちっともそうではなくて、そのちぐはさがおかしい。サンソンは微笑みとともに見守って、しかし見過ぎだと前髪越しに文句を言われる前に自身も食事のために祈りを始めた。組んだ指を解いて手に取ったサンドイッチはまだ十分にあたたかい。こんがりと色づいたライ麦入りの食パンは薄切りで、歯を立てればサクリと心地の良い食感を伝えた。大胆にも切らずに二枚使われた食パンの間に挟まれているのは、薄いボンレスハムとレタスとチーズだった。チーズは齧るとごろりとしていた。予想外の質量と存在感に驚き、そして覚えのある味に、昨日お酒のアテにしたベビーチーズの残りだと気付く。パンに塗られているのはバターとマヨネーズだろう。
     ロビンの料理だ、とサンソンは直感的に思った。
     例えばこれをサンソンが作るのだったら、ハムはパストラミとの二種類にしてしまうし、チーズも合わせてカマンベール、あるいはブリーチーズに変えてしまうだろう。パンに塗るのも普通のマヨネーズではなくディジョンマスタードを混ぜたマヨネーズだ。そしてパンは食パンではなく食べなれた長いパンに──そうなればそれは最早バゲットサンドと名の付く料理であった。やるなら徹底的に。それも何を作るか、に重きを置いて。サンソンにとって「料理をする」とはそういうことだった。
     じゃあこのサンドイッチが口に合わないのかというと、そういう話でもない。決して。シンプルで、けれど動いて眠って空腹になった胃袋を満足させるだけの食べ応えがあり、何よりほっとする美味しさがある。すっきりとしたハーブティも、夜更かしで瞼の重たい朝に染み入るような安堵を与えてくれた。機転が利き、手早く、けれど大事なものは外さず押さえている。こと調理に関しても彼はとても彼らしかった。
     それはそれとして、サンドイッチとハーブティがおいしくてよかった。サンソンは思う。お陰で二人して無言でいても不自然にならないから。昨夜のことがあって何事も無いように振舞うのは、サンソンには少し難しかった。ロビンも、サンソンよりは取り繕うのが上手であるが、幾度も無い煙草を弄って摺り合わしている指先、一向にサンソンを見ようとしない顔は彼の言葉より雄弁である。
     この気まずさは後悔とは違う。後悔は一切していない。それはサンソンだけではなくロビンだって同じ筈だ。むしろ身体への負担や、事前の準備……のことを考えれば、ロビンの方が覚悟せざるを得ないだろう。そしてその覚悟を、その負担を強いた側としてサンソンは後悔するべきではなかった。べきではない、とは、言うまでもなく、していないのだが。
     即物的に言えば、たいへん気持ちが良かった。
     精神的な話をすれば、いっそうロビンが愛らしく愛おしくなってしまった。
     だって仕方ないだろう。時々先程のような隙のある顔を見せる時もあるが基本どこかに余裕を持たせているひとが自分の手で余裕なく乱れていく姿を見て、愛らしく思わないわけがない。縋るように背中にしがみついた指先に、愛おしさを募らせずにいられるわけがない!
     何より、サンソンはロビンの気持ちよさそうに泣きそうな表情を初めて見たし、あんな艶やかな声を聞いたことが無かった。シーツに散らばせた髪は美しかったし、下から見上げた裸体の色気は壮絶だった。思わず必死で記憶に焼き付けたぐらいには。
    「…………」
     いやだな僕、下心まみれの思春期みたいで。
     悶々とした回想とその後の自己嫌悪に夢中のサンソンは、だから、食事の手を止めた自分を、掌でラップを弄ぶロビンがじっと覗き込んでいたことに気が付かなかった。
    「──飽きたか?」
    「ふぇんっっっっぐ!?!?!?!?」
    「うお、あんたデケェ声出せたんだな」
    「ちが、は、え……何、を、!?」
     煩悩に満ちた思考を見透かしたようなタイミングと、まるで予想外な言葉でうまく思考を動かせないサンソンに、ロビンはすっとサンソンの手の中を指さす。食べかけのサンドイッチは、残り二口のところで止まっていた。サンソンは何とか動揺を落ち着かせ、ふるりと首を振る。
    「おいしいよ。ごめん……食べ進めるのが勿体なくなってしまった。手の中からなくなってしまうのが惜しくて」
     嘘ではないと伝わるように、サンソンはロビンをまっすぐ見つめた。感情を仕舞い込むようにしていた表情はサンソンの視線の中で徐々に揺れだし、最終的に呆れたような顰め面になる。
    「……オタクはどうしてこうも、んな気取ったこと何の衒いもなく言えますかね……」
    「っ僕は別に冗談でも気取ったことを言ったわけでも」
    「そこ一々突っ込むことじゃねえんだよ! ……ったく、」
     ガシガシと頭を掻いて、ロビンの手がサンソンの残ったサンドイッチを奪い去る。あ、とものかなしげな声を出したサンソンだったが、すぐに唇へと奪われたはずのサンドイッチが押し付けられた。当然、ロビンの手によって。
    「ほら、さっさと食っちまってください」
     顎をしゃくるロビンに頷いて、サンソンはおずおずと口を開く。なんだか昨日したことよりうんと恥ずかしい気がするのは何故なのだろうか。本来ならこういうことは自分より彼の方が恥じらう筈なのに、と釈然としない思いを抱えながらサンソンはやや強引にねじ込まれた二口分を咀嚼する。時間が経って冷めてもパンの表面が乾きかけていても彼の作ったサンドイッチは美味しいが、食べ頃のうちに食べてあげればよかった、と若干の後悔が心の縁をなぞった。
     ロビンは空いた親指でそんなサンソンの唇についたパン屑を払ってやると、顔と同じ呆れに満ちた口調で告げた。
    「んな何の変哲も無いので良いんなら、また食いに来りゃいいでしょ」
     サンソンは瞬きをした。ロビンの頬は朱に染まっている。そんなことを言いながら、視線は自信なさげに床へと落ちていった。逃げるように前髪のカーテンが彼を隠す。おそらく照れているだけではない反応。まさか、いやでも、とうろたえるサンソンに痺れを切らしてか、ロビンの視線がまたゆらりとこちらに向けられた。
    「…………意味分かるか、坊ちゃん」
     掬うように見上げる片の瞳が不安とちいさな期待を灯しているのを見た瞬間、サンソンはロビンの言葉を極めて正しく理解した。白い頬にみるみる赤が昇る。その反応でロビンにもサンソンが分かったことが伝わった。自分で言っておきながらバツの悪そうにするロビンに、サンソンは、はくり、と息を零す。
    「ロビン、どうか、行儀が悪いと言わないで欲しい」
    「はい?」
     サンソンは怪訝な顔に手を伸ばす。
     垂らされた前髪の下に掌を潜らせ、鮮やかな翠の瞳、表情のすべてをつまびらかに明かす。それはすぐに、サンソンの影によって再び隠されてしまったが。
     唇が重なったのは一瞬だった。ロビンの唇はレモングラスの青臭い味がした。
     口を離し、鼻の擦れる距離でキスの反応を待つサンソンに、ロビンは暫し呆然とした後、つまみぐいだ、と呟いた。



    おわり
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