なっちゃんとまーくんが喋るだけ。 ごめん始末書書かなきゃだから遅れる。
今日の集まりの言い出しっぺであるすっちゃんがそう連絡を入れてきてから一時間が経過した。まーくんとなっちゃんはもういいや、と彼を放って適当な喫茶店へと入り近況を報告しあっていた。と言ってお互いそんなに話す事はなく、また普段話の切り口になる彼が遅刻しているものだから自然と言葉は消えていく。彼を待つ間、なっちゃんはオムライスの次にハンバーグを頼んでいた。そんなに頼んで大丈夫なのかとまーくんが聞くと、もうすっちゃんさんと遊ぶのは諦めました、と咀嚼しながらそう言った。彼女の中ですっちゃんと遊ぶことよりもハンバーグのが優位に立ったらしい。
カチャカチャと彼女の握るナイフとフォークが鉄板をこする音だけが響く。しかしなっちゃんもまーくんも気にしない。二人とも沈黙が苦痛にならないタイプだったのだ。
と、そこへまーくんのスマホが振動する。画面を見て、顔が僅かに綻んだ。
「東さんですか?」
その声にまーくんは目を瞬かせながらなっちゃんを見た。なっちゃんはもぐもぐと口を動かしながら抑揚のない目でまーくんを見ている。相手が彼女でなければ威嚇していた所だか、変に鋭いなっちゃんに指摘されているのでまあそんなものかと納得する。
「ああ、英司さんから。今晩は早く帰れそうだと」
「なるほど」
それだけ言うとなっちゃんは付け合せの人参にフォークを突き立てる。特に興味もなかったのだろうか、と思いながら勿体なくて少しずつ削るように食べていたショートケーキを一口入れる。
「恋人って居るとどんな感じなんですか?」
一瞬何を言われているのか分からなかった。詰まるはずのない生クリームが喉につっかえた気がして思わずむせる。そんなまーくんの様子をなっちゃんが不思議そうに見ている。しれっとビーフシチューも頼んでいた。
まーくんはどこから突っ込めばいいかわからなかった。流石に食べすぎだと言うべきか、さっきの質問の意図はなんなんだと聞くべきか、そもそも英司と付き合ったことを言っただろうかとか、そういうことが全て喉で渋滞を起こして何も出てこない。一方のなっちゃんは別に答えが帰ってこなくても気にしないのだろう、ビーフシチューを待つ間にフライドポテトにフォークを伸ばしている。
とりあえず無視もなんだし、とメロンソーダでケーキを流し込む。
ところでこの男、語彙力が皆無である。本来は補足をしたり細かく突っ込んでいくすっちゃんが今はいない。そしてなっちゃんは聞いたことを全て鵜呑みにする。そうならないようにストッパーの役割をしているのもすっちゃんなのだか、今はいない。
「まあ、ヤることはヤるな」
「何をですか?」
「セックス」
近くの席に座っていた中年男性がぶは、と吹き出した。しかし二人は全く気にしない。
「ああ、生殖行為ですか」
「そうそう」
「別にそれは恋人同士でなくても出来るのでは?水商売なんてものもありますし」
「……そう言われてみればそうだな」
若い女性二人組が、そっと席を立つ。何も頼めないまま撤収していった。すっちゃんが居ればそんな会話を人前でするな! と一括してそう言うものかと収まった筈なのだが悲しいかなその本人は始末書に追われてここにいない。
「じゃあなんでそんなことするんですか?」
「……なんと言うか、ただ風俗行くのと違ってこう、好きを全力でぶつける、みたいな……?」
「好きをぶつけるのにセックスが必要なんですか?」
「……勢い余る程好きだから……だな。目一杯大事にしたいし、同じくらい独り占めしたいというか」
「なるほど。大事にしていることの証左ですか。なら必要なんですね」
「……なっちゃん、前みたいなのはダメだからな」
「?」
突然下着ごとズボンをひん剥かれそうになったのを思い出しながら静止する。まーくんは些か及び腰になる。彼女は基本的に無言実行タイプなので、身構えておかないと何をしでかすか分からないのだ。現に今も何故? と首を傾げている。止めなければやられていたと、まーくんは確信した。
「そうしたいって思う相手以外がするとこう、びっくりするから、ほら」
「けど、僕はまーくんさんのこと好きですよ?」
「友達として好きはこういう事はしない……いやするか……?」
周りの人間が二人から距離を取る。思う事は皆同じだった。
こいつら、倫理観どうなってんだ。
満場一致な意見だが、誰もそれを二人に伝えようとはしない。当たり前だ、面倒な人間に誰が望んで関わりたいと思うのか。そんな周囲の気持ちなんて当然まーくんとなっちゃんが分かるはずもなく。
「じゃあ別にしても良いのでは」
「……なっちゃん」
すっとまーくんの声に真剣味が滲む。きょとんとするなっちゃんに諭すように、ボソリと言った。
「相手を愛したい時だけセックスした方がいい」
いや違わないけどそうじゃない。
誰も彼もがこの空気に疲弊してきていた。気付かず気にもとめないのは渦中のふたりだけ。誰か止めてくれ、と思っているとからんとベルを鳴らしながら誰かが入店してきた。席の案内をするまでもなくつかつかと二人の居る席へ近づくとガァン、と音が出たのではないかという勢いでまーくんが殴られた。
「喫茶店でする話じゃねえ!!」
長い三つ編みを揺らしながらすっちゃんが怒鳴った。ありがとう、と呟いたのは誰だったか。誰でもいい、なぜなら全員同じ気持ちだったから。
曰く、なっちゃんのスマホがすっちゃんと通話が繋がったままになっており二人の会話は筒抜けだったらしい。何故か発端のなっちゃんではなく答えていたまーくんが怒られ、今度彼の奢りで少し良い焼肉に行くことになった。伝えた本人は非常に不服そうな顔をしていたし、伝えられた方は少しだけ彼の話を歪ませて理解していた。
「俺抜きで二人でご飯行くの禁止! めちゃくちゃ迷惑がかかってるでしょーが!!」
とは、後日のすっちゃんの言である。