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    hizume310_ai

    @hizume310_ai

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    hizume310_ai

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    arbの先生が可愛すぎたので、カッとなって書いた。メリクリ✨🎅🎄✨
    全員出るけど、獄寂だよ。

    小さなサンタの寂雷ちゃん 今日は待ちに待ったクリスマス。
     キラキラの飾りをつけたツリーに、美味しいご馳走、明るい笑顔。そしてみんな楽しみにしている、クリスマスプレゼント! 小さなサンタの寂雷ちゃんは、たくさんのプレゼントをソリに積んで、今日の準備をしています。
    「よいしょ、よいしょ」
     赤と白のお洋服は、サンタクロースの証。どんなに小さくても、寂雷ちゃんはサンタなのです。一生懸命プレゼントを積み込みます。
    「サンタさん、手伝いますよ!」
     そう言ってくれるのは、赤毛のトナカイ・独歩くん。いつも寂雷ちゃんを手伝ってくれます。
    「俺っちも手伝うよ!」
     金色のトナカイ・一二三くんが、喜び勇んで駆けてきます。二人とも寂雷ちゃんの大事なお友達です。
    「ありがとう。一二三くんはプレゼントのおリボンを直して。独歩くんはそれを積んで。ああ、楽しみだね」
     三人でプレゼントをキレイに積んで、準備万端! 寂雷ちゃんは、独歩くんと一二三くんの手綱を握り、出発の用意を整えます。
    「今日は楽しいクリスマス。一年頑張った子たちにたくさんプレゼントを届けます。みんな、喜んでくれるといいなぁ」
    「きっと喜んでくれますよ」
    「早くしないと、クリスマスが終わっちゃうよ!」
     それは大変! 急いでサンタの帽子をかぶり、寂雷ちゃんは鈴を鳴らします。
    「お二人共、さぁ行きますよ!」
     シンジュクのネオンもまばらな夜更け、鈴の音と共に小さなサンタの寂雷ちゃんは飛び立ちました。



     一番最初はイケブクロ。
     仲良し三兄弟がいるおうち。
     シャンシャンシャン。リンリンリン。
     寂雷ちゃんの手にある鈴と、二人のトナカイの首についた鈴が鳴り響きます。この鈴が鳴っている間は、誰も寂雷ちゃんの姿を見ることはない。中王区のサンタ長さんがそう言っていました。静かな夜に、鈴の音だけが、金平糖のように落ちていきます。
     三兄弟のおうちに着いたら、トナカイさんは少し休憩です。プレゼントを届けるのは、サンタの寂雷ちゃんのお仕事だからです。
    「サンタさん。サンタ長さんからもらった鍵は持っていますか?」
     独歩くんが心配そうに尋ねます。寂雷ちゃんは、その実とってもおっちょこちょいさんなのです。
    「大丈夫だよ、独歩くん! ちゃんとベルトにくっつけて来たから」
     おしりまですっぽり隠れる上着をペラリと捲れば、金の鍵がちゃんとぶら下がっています。
    「魔法の鍵がないと、おうちに入れないもんね」
     笑う一二三くんの頭をこしょこしょと撫で、もう、と寂雷ちゃんは笑います。
    「それでは、いってきます!」
     大きな袋をよいしょとかつぎ、寂雷ちゃんはガッチャン、と金の鍵でドアを開けます。
     しんと染みる程静かなお部屋。耳を済ませれば、かすかに誰かの息遣いを感じます。良い子はみんな寝る時間。そーっと、そぉっと、音を立てないように歩きます。
     抜き足差し足忍び足。まるで泥棒さんみたいだな。寂雷ちゃんはおかしくなって、小さくクスクス笑いました。
    「おっといけない。お仕事、お仕事」
     気を取り直して、寂雷ちゃんは最初のドアを開けました。
     お部屋の主は、一番上のお兄ちゃん。
     頑張り屋さんで、兄弟思いの男の子。
     まだまだ子どもなのに、よろづ屋さんの社長さんをしています。
     ベッドを覗けば、すやすや良く眠っています。
    「毎日お仕事、お疲れ様」
     そう言いながら頭をぽんぽんと撫でれば、寝ながらですが、少しくすぐったそうに笑ってくれました。寂雷ちゃんもつられて笑いながら、枕元にプレゼントをそっと置きます。一番上のお兄ちゃんには、真っ赤なマフラーを選びました。
    「お外のお仕事も多いでしょう。風邪ひかないでね、メリークリスマス!」
     さぁ、次は真ん中の子の部屋です。
     おやおや。こんなに寒い日なのに、お布団からはみ出して寝ています。
    「風邪ひいちゃったら大変だ!」
     寂雷ちゃんは、そっと毛布をかけ直してあげました。
     お兄ちゃんも弟も大好きな次男坊。友達思いの男の子です。壁にかかったカレンダーには、明日の日付に、駅伝の練習、と書いてあります。
    「ちょうどいいのがあるんだよ」
     寂雷ちゃんは、袋の中から青いリボンのプレゼントを出しました。中身は、よく晴れた空の色をしたスニーカー。
    「きっと誰よりも早く走れるよ。試合で勝てますように。メリークリスマス!」
     最後は末っ子のところです。
     本当はお兄ちゃん二人とも大好きなのに、真ん中の子と喧嘩ばっかりしてしまう、意地っ張りな末っ子くん。いつもは夜更かしさんな末っ子くんも、クリスマスの今日ばかりは早寝さんです。お布団をしっかりかぶって、まん丸に丸まって眠っています。
    「いい子だね」
     よしよしと頭を撫でても、身じろぎ一つせず、くぅくぅとよく眠っています。
    「三人仲良く遊んでね」
     そう言って寂雷ちゃんは、黄色の箱に入ったカードゲームを置きました。二人よりも三人で遊んだ方が面白いゲームです。
    「いつまでも仲良しでいてね。メリークリスマス!」



     イケブクロの三兄弟のおうちから、今度は海の見える街・ヨコハマに向かいます。
     リンリンリン。シャンシャンシャン。
     インクをこぼしたように真っ暗な海に、灯台がこぼす光の帯を渡って、一二三くんと独歩くんの引くソリは港町に入ります。
    「サンタ長さんのところで見習いをしている子のお兄ちゃんがいる街だよ」
     寂雷ちゃんは、雪うさぎのような女の子を思い出します。見習いサンタは配達に行けないので、その子の名代が寂雷ちゃんなのです。
     とっても大きなマンションの、上の方に雪うさぎのお兄ちゃんは住んでいます。金の鍵でかっちゃんこ。重い扉を開きます。
     抜き足差し足忍び足。雪うさぎの妹ちゃんが言うには、お兄ちゃんは少しの物音ですぐに起きちゃうそうです。寂雷ちゃんはさっきよりもずぅっと慎重にお部屋に向かいます。
     音もなく開いたお部屋のベッドに、その子はいました。ぐぅぐぅと寝息に混じって、妹ちゃんの名前を呼んでいます。
    「夢を見ているのかな?」
     覗き込んだ寝顔は、なぜかとっても苦しそう。行かないで、と妹ちゃんに手を伸ばしているみたいです。寂雷ちゃんの小さな胸が、きゅう、と痛みます。
    「大丈夫だよ。君の妹さんは、サンタの街で元気にがんばっています」
     真雪のような銀の髪をそっと撫でると、少し安心したような顔になりました。
     袋の中から、預かっていたプレゼントの箱を出し、枕元に優しく置きます。
     雪うさぎの妹ちゃんからの、手作りのお守りだそうです。
    「妹さんからの伝言です。あんまり無理しないでね。メリークリスマス!」
     最後にいい子いい子と頭を撫でると、雪うさぎのお兄ちゃんは照れくさそうに寝返りをしました。
     少しだけ胸があったかくなった寂雷ちゃん。さぁ、次のところへ行かなくちゃ! 二人のトナカイが駆ける夜空の下、鈴の音をかき消すように赤いランプとサイレンが流れます。
    「あれは何?」
     一二三くんが下を見ます。カッタンとソリが揺れ、少しだけバランスが崩れました。
    「こら! 一二三! 危ないだろう⁈ あんまり下を見るんじゃない!」
     独歩くんががんばってバランスを立て直してくれました。危ない危ない。もう少しで寂雷ちゃんも落っこちてしまうところでした。けれども、下が気になるのは、寂雷ちゃんも同じです。傾かないようにそぉっと覗くと、ランプをつけた車がビュンビュンと走っていくのが見えました。
    「あれはパトカーだね。悪いことをした人たちを捕まえるのがお仕事の、警察屋さんが乗ってるよ」
    「へ〜そうなんだぁ」
    「サンタさんは物知りだなぁ」
     二人のトナカイが感心して頷きます。
    「これから行くおうちの子も、警察屋さんなんだよ」
     寂雷ちゃんは手綱を引いて、プレゼントを待っている子の所へ向かいます。
     警察屋さんが住んでいるお部屋の鍵を開けると、三兄弟のおうちとはどこか違う静けさに満たされていました。誰の息も聞こえない。ぴっちゃん、ぴっちょん、と気まぐれに落ちる水の音がするだけです。寂雷ちゃんは、全部のお部屋の扉を開けました。けれどもだぁれもいません。ベッドのある部屋で首を傾げて考えます。
    「……もしかして、さっきのパトカーに乗っているのかも」
     きっとそうだ。警察屋さんは、夜もお仕事があると聞いたことがあります。サンタさんと同じです。
    「遅くまで大変ですね」
     仕方がないので、寂雷ちゃんはベッドの横にプレゼントを置きました。寒い日でもあったかく眠れるように、と選んだのは、お花の形をした入浴剤です。
    「帰ってきたら使ってね。ゆっくりおやすみ、メリークリスマス!」
     トナカイの二人の元に戻り、さぁ次へと向かいます。
     海を背にして向かうのは、周りよりずぅっと濃い夜に浸っている森の中。あまり低く飛ぶと、気にぶつかってしまいそう。
    「二人とも、気をつけていこうね」
     一二三くんと独歩くんは、できる限り高く、それでも視界に森が入るように飛んでくれました。
     少し開けた場所に降り、寂雷ちゃんはプレゼントの袋を持って歩きます。この森にいる、海兵さんに届けるためです。
    「上官さんを助けるために、お仕事を辞めてがんばっているんだって」
     きっと海兵さんも、上官さんの喜ぶ顔が見たいのでしょう。みんなの喜ぶ顔が見たくてがんばっている、寂雷ちゃんと同じで。
     海兵さんの居場所は、夜も起きている動物たちが教えてくれました。木の影からそぉっと覗くと、ランプの灯りに照らされたテントが見えました。
    「気をつけて。海兵さんはまだ起きてるよ」
     親切なミミズクが囁きます。
    「こんな夜更けに起きているだなんて!」
     物音を立てたら、姿を見られてしまうかも。サンタさんは、プレゼントを置くところを見られてはいけないのです。寂雷ちゃんはプレゼントを持って、そして大きく深呼吸をしました。息を吸って、吐いて、吸って、止めました。そしてそぉぉぉっと歩きます。息の続く限り、そぉぉぉっと。
     何とかランプのそばまで来ました。ガラスに反射する赤い光の下に、プレゼントを置きます。海兵さんには、お外の暮らしに体を冷やさないよう、葛湯をたくさん詰めました。
     ミミズクが大きく一声鳴いた時、
    「きっと願いは叶うよ。メリークリスマス!」
     小さく叫んで走ります。草むらに飛び込んだ瞬間、テントの入口から海兵さんが顔を出したのを、寂雷ちゃんは知りません。不思議そうにプレゼントを眺め、笑ってくれたことも。



     まだまだお届け先は残っています。次はちょっと戻ってシブヤに行きます。
     シャンシャンシャン。リンリンリン。鈴の音も軽やかに、天鵞絨の夜を滑ります。
    「サンタさん、いいですか?」
     独歩くんが振り向きました。
    「次のお届け先の三人なんですが、どうやら今、同じ家で一緒に寝ているそうです」
    「そうなのかい?」
    「さっきの森で待ってる時に、サンタ長さんから知らせが入りました」
     独歩くんの首には、もしもの時用の通信機がぶら下がっています。
    「サンタ長さんが言うなら間違いないね。どの子のおうちに行けばいいかな?」
    「作家さんのおうちだって!」
     一二三くんが教えてくれました。
    「では、作家さんのおうちに向かいましょう」
     手綱をくるりと操って、寂雷ちゃんは三人が待っているおうちに出発します。
     シブヤの三人はとっても個性的。お洋服を作るデザイナーさんと、お話を作る作家さん、そして、寂雷ちゃんにはその実よく分からないのですが、賭け事とやらをして暮らしているギャンブラーさんです。
     金の鍵でかっちゃんこ。作家さんのおうちにおじゃまします。
     おうちの中に入ると、何だかとってもいい匂いがします。
    「おいしいにおいがする……」
     くんくんくん。なんの匂いだろう? 寂雷ちゃんは、冷たい風で赤くなったお鼻で匂いを嗅ぎます。少しお腹も空いてきた頃。美味しい匂いに誘われて、てくてく、くんくん、寂雷ちゃんは匂いの方へと歩いていきます。
     キィキィ鳴く廊下を渡り、襖をそぉっと開けてみます。匂いはここからしてくるみたい。
     畳の上にあったか絨毯を敷いたお部屋の、まんまんなかにこたつがあります。その上に置かれたお鍋が、いい匂いの正体でした。
    「ちょっと辛いにおいがする。キムチ鍋かな?」
     よくよく見れば、シブヤの三人がおこたで眠っていました。どうやらクリスマスパーティーをして、そのまま眠ってしまったようです。カラフルな旗や紙吹雪が、そこら中に散らばっていました。これ幸いと、寂雷ちゃんはみんなのところにプレゼントを置くことに決めました。
     最初はデザイナーさんへ。カラフルでキッチュなお洋服を作るデザイナーさんは、あま〜いお菓子が大好き。いつもアメを持っています。けれども寂雷ちゃんは、それが心配なのです。
     だからプレゼントに、ピンクの歯ブラシと、甘くておいしい歯磨き粉を選びました。
    「虫歯に気をつけてね。メリークリスマス!」
     向かい側で寝ているのは作家さんです。近づいてみると、何やら寝言が聞こえます。
    「……? ねんまつしんこーってなんだろう?」
     寂雷ちゃんの知らない言葉を繰り返しては唸っています。
     作家さんの書くお話を、寂雷ちゃんも読んだことがあります。突拍子もなくて、面白可笑しい話がたくさんでした。いつか寂雷ちゃんも、作家さんのお話に出てくるような冒険をしてみたいものです。
     そんな思いも込めて、寂雷ちゃんはプレゼントを決めました。万年筆とインクです。黒なのに、少しだけ夜色に見えるインクは、作家さんのお話にきっとぴったりです。
    「また楽しいお話を書いてね。メリークリスマス!」
     最後はギャンブラーさんです。ここだけの話ですが、ギャンブラーさんは実は、サンタ長さんの子なのです。なので寂雷ちゃんは、サンタ長さんから預かったプレゼントを渡します。
     芽吹いたばかりの葉っぱのように、鮮やかな緑のショールです。サンタ長さんが丹精込めて織ったものを、大の字で眠っているギャンブラーさんにかけてあげました。
    「思いが通じますように。メリークリスマス!」
     これで東側はおしまいです。
     寂雷ちゃんは、お外で待つ二人のトナカイの元へと急ぎました。



     街を見下ろす高いビルのてっぺんに差し掛かった時、寂雷ちゃんはきゅっと手綱を引きました。まだ行先に着いていないのに、どうして止まるんだろう? 二人のトナカイたちは不思議そうな顔で止まりました。
    「これから西に向かうけれど、その前にちょっと腹ごしらえをしましょう」
     人気のまばらな交差点を眺めながら、寂雷ちゃんはソリから水筒と巾着袋を出しました。中には、ショウガの入った甘い紅茶と、たくさんのクッキーが入っています。一二三くんには金のリボンの巾着を、独歩くんには緑のリボンの巾着を渡します。
    「ささやかですが、お二人へのクリスマスプレゼントです。たくさん食べてね。メリークリスマス!」
     寂雷ちゃんからの突然のプレゼントに、トナカイたちはびっくりしました。
    「わっわー! ありがとう、サンタさん!」
    「俺なんかがこんな素敵なプレゼントをもらっていいのだろうか……」
     生来ネガティブな独歩くんに、寂雷ちゃんは言いました。
    「がんばってる人がプレゼントをもらえるのは当然だよ。二人とも、とってもがんばっているんだもの」
     独歩くんは嬉しくて嬉しくて、泣きながらクッキーの袋を受け取りました。
    「あ、でもでも! がんばってるのはサンタさんも一緒だよ? なのに俺っちたち、サンタさんにプレゼント用意してない!」
    「本当だ……! すみませんすみませんすみません!」
     申し訳なさそうにする二人のトナカイに、寂雷ちゃんは首を振りました。
    「私へのプレゼントは、明日になればサンタ長さんからいただけるんだ。だからそんなに謝らないで」
    「サンタ長さんから?」
    「そうだよ。ほら、これを見て」
     寂雷ちゃんは、ポケットの中から何かを取り出しました。
    「これは……ビン、ですか?」
     小さな寂雷ちゃんのおててに丁度いいくらいの、小さなガラスのビンが出てきました。フタは4枚花びらのお花の形をしています。
    「明日の朝、プレゼントを見つけた子たちが喜んでくれたらね、このビンにキラキラが入るの。そのキラキラを集めると、サンタ長さんがお願いごとを叶えてくれるんだ。それがサンタ長さんから私たちサンタへのプレゼント!」
    「へぇ〜! それは素敵ですね!」
    「サンタさんは、何をお願いするの?」
     トナカイさんたちが尋ねました。
     色んな人たちのプレゼントを選んだ寂雷ちゃんは、きっとたくさんキラキラを集められるでしょう。どんな願いを言うのだろう。二人はワクワクしながら待ちました。けれども寂雷ちゃんは、う〜ん、と指をお口に当てて悩んでしまいました。
    「実はね……それほど欲しいものがないんだよ」
     ちょっぴり申し訳なさそうに寂雷ちゃんは言いました。
    「私はみんなが笑顔になってくれるのが一番だから。それ以外はいらないよ」
     なんと謙虚なことでしょう。二人のトナカイは、このサンタさんの元で働けることに、じ〜ん、と感動しました。
    「あなたこそがサンタの中のサンタです!」
    「よーし! 張り切って次に行きましょう!」
     クッキーを食べ終えて、二人は元の位置に戻ります。右側に一二三くん、左側に独歩くん。寂雷ちゃんの隣には、いつだって二人がいます。
     甘い紅茶も飲み干して、寂雷ちゃんは二人に尋ねました。
    「最初に西の果てに行くのがいいかな? それとも東と西の真ん中に行くのがいいかな?」
     むむむ、と三人で考えます。
    「俺っちは、真ん中に行った後に西に行くのがいいと思う! 通り道で先に用事をすませちゃおうぜ!」
    「俺は先に西の果てに行った方がいいと思います。帰り道に真ん中に寄れば、あとはひたすら東に帰るだけですから」
     仲良しの二人ですが、たびたびこうして意見が割れます。ふむ、と寂雷ちゃんは考えて、そうだ、と手を打ちました。
    「さっきのクッキーにつけていたリボンを、袋に入れて、見えないようにして、一本だけ引きましょう。金のリボンが出たら、先に真ん中に。緑のリボンなら西の果てへ。それでいいかな?」
     もちろん二人に異論はありません。食べ終わったクッキーの袋に二本のリボンを入れて、よぉくよぉく振ります。くるり、と後ろに手を回し、寂雷ちゃんは袋の中から一本だけリボンをしゅるりと選びました。
     緑のリボンです。
    「では、西の果てに行きましょう」
     手綱を締め直し、手にした鈴を鳴らします。
     リンリンリン。シャンシャンシャン クリスマスの夜は、まだまだ続きます。



     西の果てはオオサカと言います。夜闇の中に、大きなカニや魚の看板が泳いでいたり、ツンとすました塔は、明かりもついていないのに、すぐにでも話しかけてきそう。シブヤの街も、寂雷ちゃんが住むシンジュクも賑やかですが、オオサカはちょっと違う色をしているみたいです。
     シャンシャンシャン。リンリンリン。
     鈴の音は銀色の砂糖菓子のように、オオサカの夜に転がり落ちます。
     最初に向かうのは、お笑い芸人さんのおうちです。誰かを笑わせることがお仕事なのは、寂雷ちゃんと一緒です。少しだけ親近感を覚えながら、金の鍵を回します。
     冷たいフローリングが、小さな寂雷ちゃんのあんよをいじめます。それでもそぉっとそぉっと、抜き足差し足忍び足。寝息の聞こえるお部屋まで歩いていきます。
     お部屋のあちこちに、靴下やお洋服が点々としています。どうやらお仕事から帰ってきて、そのままベッドに入ってしまったようです。ひょっこり覗いた寝顔を見ると、どこか満足気な笑顔で眠っています。
    「お仕事、お疲れ様だね」
     ぽんぽんぽんと頭を撫でて、袋をがさごそ漁ります。
     みんなを笑顔にするお仕事をしているこの子が、本当はとても寂しがり屋で、誰かの顔色を見ながら生きているのを知っています。
    「毎日気を張っているのは、疲れちゃうよね」
     だから寂雷ちゃんは、これをあげたいのです。
     大きな大きな、ネコのぬいぐるみ。
     ふかふかふわふわのぬいぐるみは、とっても大きいのです。抱きついてみると、あんまりにも大きいので、抱きしめられている気分になれます。
    「寂しい時はぎゅってしてね。メリークリスマス!」
     お次は学校の先生のところに行きます。
    「サンタさん、知ってる?」
     ソリを引きながら一二三くんが問いかけます。
    「さっきの芸人さんと、今度行くところのガッコの先生って、昔二人で芸人さんやってたんだって」
    「そうなのかい?」
    「けど、一人は辞めて先生になったんだって」
    「なんでかなぁ?」
    「俺っち、そこまでは知らな〜い」
    「独歩くんは知ってる?」
    「俺も知らないです」
     ふぅん、と寂雷ちゃんは考えます。
     お互いのことが嫌いになったわけではないでしょう。だって、芸人さんのお部屋には、先生の写真があったのですから。寂雷ちゃんはちゃんと見ていました。
    「これはきっと、アレですね。のっぴきならない事情というやつですよ」
     イマイチ意味は分かりませんが、うんうん、と頷けば、そんなものかとトナカイたちも納得しました。
     先生のおうちは、芸人さんのおうちよりも小さめです。
     そぉっとそぉっと入ってみれば、小さく丸まって眠っています。ベッドのそばには、まぁるいメガネ。芸人さんがくれたものだと知っています。
     学校の先生は、あがり症。授業の時もしどろもどろ。どうしたら緊張せずに話せるようになるんでしょう。
    「よく分からないけれど、落ち着けるものがあるといいよね」
     選んだプレゼントは、ネコのぬいぐるみキーホルダー。芸人さんにあげた大きなネコを、そのままちいさくしたものでした。実は、それはポプリになっていて、花を近づけるとラベンダーの匂いがします。ラベンダーには、落ち着く効果があるとサンタ長さんの側近さんが言っていました。
    「不安になったらそっと匂いを嗅いでみて。メリークリスマス!」
     さぁ、次へ行きましょう。
     街の外れの大きなお屋敷に、オオサカの最後の人がいます。
    「サンタさん……次の人って、詐欺師さんですよね?」
     おずおずと独歩くんが尋ねます。
    「え? じゃあ、悪い人じゃん! そんな人にプレゼントをあげるの?」
     一二三くんが大きな声で訴えます。
     確かに詐欺師さんは悪い人です。人に嘘をついて、騙して、お金を持って行ってしまう人です。けれども寂雷ちゃんは思うのです。
    「詐欺師さんがそうするのには、きっと理由があるんだよ」
     サンタの街を出る時に、そう言ってくれた光の女の人がいました。光の人は、彼岸の人。此岸のことには関われません。寂雷ちゃんたちサンタさんは、光の人たちのお願いを聞くこともあります。
    「だから私はプレゼントを届けるよ。どんな形にせよ、がんばったことに変わりはないのだから」
     リンリンリン。シャンシャンシャン。豆電球よりも小さな光の粒を頼りに、寂雷ちゃんは進みます。
     とっても広くて、寒いおうちです。こんなところに一人でいるのは、きっと寂しいことでしょう。きゅっと痛くなる胸を抱えて、寂雷ちゃんは詐欺師さんの元へと急ぎます。
     一番奥の、テレビのあるお部屋に、詐欺師さんはいました。ベッドも他の部屋にあるのに、砂嵐の画面をつけたまま、ソファで眠っています。帽子を顔に乗せているから、寝顔までは見えません。
     寂雷ちゃんは、光の人から頼まれたプレゼントをそっとそばに置きました。カランコエの鉢植えです。ピンク色の花が可憐に咲いて、植木鉢には赤と青と黄色の細いリボンが結ばれています。
    「花言葉がメッセージです。いつかきっと、分かって貰える日が来ますように。メリークリスマス!」
     頼まれごとは、ヨコハマ・シブヤ・オオサカでおしまい。それでは最後の場所へ行こう。小さな靴音を立てながら、寂雷ちゃんはお屋敷を後にします。その後ろ姿を横目で見られていたなんて、後にも先にも知りません。



     最後は東と西の真ん真ん中。ナゴヤに向かって飛んでいきます。
     シャンシャンシャン。リンリンリン。
     夜の終わりの匂いが近づいてきます。朝に追いつかれないよう、一二三くんと独歩くんは急いで駆けてくれます。夜を切り裂く飛行機よりも速く、流れ星のように銀色のシュプールを描いてソリは走りました。
     予定よりも少し早く、ナゴヤに着けました。ここでも三人が、サンタさんからのプレゼントを待っています。白い袋はだいぶ軽くなりました。寂雷ちゃんはよいしょと袋を担いで、最初の子のところへ急ぎます。
     ナゴヤの大きなお寺に住む子。見習い坊主の男の子。早くしないと、もうすぐ修行で起きてしまいます。長い廊下をてちてちと歩き、そぉっと障子を開けました。
    「よかった。まだ寝ているみたい」
     おふとんにくるまって眠っている赤い髪が見えます。干した草のような、いい匂いのするお部屋の空気を一杯吸って、寂雷ちゃんはお坊さんの枕元にプレゼントを置きました。
    「毎朝早く起きて、修行して偉いね」
     冬の朝は霜柱ができるほど寒くて、真夏の夜よりずっと暗いこともあります。だから寂雷ちゃんは、お坊さんのプレゼントに手袋を選びました。
    「誰かに差し伸べる手を守ってくれますように。メリークリスマス!」
     ごぉん、とお寺の鐘が鳴ります。もう朝まで時間がありません。寂雷ちゃんは走ります。
     次の子は、お歌の上手な子です。おばあちゃんに作って貰ったぬいぐるみさんがお友達。
     金の鍵でかちゃりと開けて、入ったお部屋で眠っています。ちゃんとぬいぐるみさんと一緒に。すぴすぴとよく眠っているけれど、どうしてだろう、目の端が赤く滲んでいます。
    「怖い夢でも見たの?」
     よしよし、と頭を撫でれば、その子はなぜかぽろぽろりと涙を流します。どうしよう。起きてしまっただろうか。寂雷ちゃんはオロオロしながらも、持っていたハンカチでそっと涙を拭ってあげました。
    「泣かないで、泣かないで。きっといいものあげるから」
     がんばって選んだプレゼントを枕元に。お歌の上手な小夜啼鳥が薦めてくれた、いろんな味ののど飴です。
    「光の国に届くくらい、たくさんお歌を聴かせてね。メリークリスマス!」
     さぁ、ついに最後の人のところへ行きます。
     東の方が少し明るくなってきました。朝が来る前にプレゼントを届けなくては。
    「急いで、急いで。早くしなくちゃ!」
     リンリンリン。シャンシャンシャン。
     鈴の音もどこか慌ただしく、滲み始めた夜の闇を縫うようにソリが走ります。
     最後は弁護士さんのおうちです。金の鍵で急いでガッチャン! 最後のプレゼントを手にして、寂雷ちゃんは走ります。
     てってこてってこ走った先に、弁護士さんの眠るお部屋があります。ここにプレゼントを置けば、寂雷ちゃんの任務は終了。空が段々ミルク色に染め変えられます。夜が終わって、朝の時間になっちゃいます。一生懸命ドアノブに手を伸ばし、お部屋に入った時でした。
    「わぁっ⁉」
     勢い余ってすってんころりんがっちゃんこ! 寂雷ちゃんは転んでしまいました。
    「あいたたた……」
     ひざはヒリヒリ、あごもヒリヒリ。手にしていたプレゼントは、向こうの方に飛んでいってしまいました。
    「たいへんだ!」
     急いで起き上がり、寂雷ちゃんはプレゼントのところへ駆け寄りました。そっと持ち上げてみると、中からカチャカチャンと音がします。
     嫌な予感がします。本当はいけないことですが、寂雷ちゃんはプレゼントの包みを開けて、中身を確かめました。そして真っ青になりました。
    「どうしよう……! プレゼントが、割れちゃった!」
     弁護士さんはコーヒーが大好きだから。そう思って選んだマグカップが、割れてしまったのです。白と黒の二色のマグカップは、いくつかの破片になってしまいました。
    「どうしよう、どうしよう。これじゃあプレゼントにならないよ……!」
     破片を持ち上げてくっつけてみましたが、ぱらりと壊れてしまうだけ。
    「これじゃあ弁護士さんに、よろこんでもらえない……笑顔になってくれないよ……!」
     寂雷ちゃんの目から、大粒の涙が落ちました。
    「笑顔になってくれなきゃ、せっかくのクリスマスなのに……!」
     ついに堪えきれずに泣き出してしまった寂雷ちゃん。その声は、お外で待っていたトナカイさんにも聞こえたようで、心配そうに窓から覗いています。
    「うぅん……誰だ、こんな朝早くからぴえんぴえん泣いてるヤツは……」
     不機嫌そうな声と共に、ベッドからのそりと影が動きます。弁護士さんが起きてしまいました。割れてしまったマグカップを手にしたまま、寂雷ちゃんは動けません。首だけで振り向けば、寝起きの弁護士さんと目が合ってしまいました。
     どうしましょう。どうしましょう。誰かに見られちゃいけないのに。プレゼントを渡せないだけでなく、サンタ長さんとのお約束も守れなかった。一気に情けなくなった寂雷ちゃんは、思わず大きな声で泣き出してしまいました。
    「わぁんっ! 私はサンタ失格です! うわぁぁん、あぁんっ!」
     急に大声で泣くものですから、弁護士さんがびっくりした顔をしています。それでも寂雷ちゃんは泣き止めません。
     弁護士さんの目線が、寂雷ちゃん、そして手にあるマグカップへと移されます。
    「……あー、大体分かった」
     ベッドから下りた弁護士さんが、そっと寂雷ちゃんの涙を拭ってくれました。
    「お前さんはサンタさんで、けどプレゼントが割れちまったんだな? それが悲しくて泣いてるのか?」
     弁護士さんが言うことは、半分正解で、半分違います。寂雷ちゃんはひっく、ひっくとしゃくり上げながら、首を振りました。
    「違うんです、違うんです。私が悲しいのは、プレゼントが割れちゃったことじゃないんです。貴方にプレゼントを渡せないのが悲しいんです」
     ポロポロと涙をこぼしながら、寂雷ちゃんは言い募ります。
    「クリスマスは、一年がんばった人に、特別ご褒美のプレゼントが贈られる日です。それを受け取った人が、笑顔になる日です。それなのに、がんばったご褒美ももらえないなんて、笑顔になれないなんて、それがつらくて、悲しくて……私は笑顔を届けるサンタなのに……」
     それ以上は言葉になりません。寂雷ちゃんはサンタとして一人前に働けなかった。世界中の人を笑顔にするためにがんばってきたのに、目の前の一人を笑顔にできません。それの何と歯がゆいことでしょう。べそべそと泣くことしかできません。
    「何を言うかと思えば、そんなこと」
     弁護士さんは大きな溜息をつきました。
    「良いか、よく聞け。俺には我慢ならんもんが二つある。一つ、泣き虫なヤツ。二つ、誰かを笑顔にしたいとか言う癖に自分が笑顔じゃないヤツだ」
     突然の弁舌に、寂雷ちゃんはポカンとしてしまいました。
    「お前は誰かを幸せにしたいんだろう? だったらまず、お前が幸せじゃなきゃダメだろう」
     割れたマグカップの箱を受け取り、弁護士さんは言いました。
    「確かにマグカップをもらえたら、俺は嬉しかった。けどな、お前が一生懸命俺のためにこれを選んで、持ってきてくれ経ってだけで、俺は十分嬉しいよ」
     もう使えない陶器の破片だというのに、弁護士さんはプレゼントを受け取ってくれました。それどころか、嬉しいと言って笑ってくれるではないですか。寂雷ちゃんはそれが酷く悲しくて、でも嬉しくて、また新しい涙が出てきてしまいました。
    「だから、もう泣くなっての」
     パジャマの袖でぐしぐしと顔を拭われます。ちょっと乱暴ですが、それでも寂雷ちゃんはちょっぴり嬉しくなりました。
    「受け取ってくれてありがとう。でも、ちゃんとしたプレゼントをあげられないのは、サンタの名折れです。何か、欲しいものはないですか?」
     寂雷ちゃんは、ポケットの辺りをきゅっと掴みながら尋ねました。
     そう。寂雷ちゃんには、キラキラがあります。
     そろそろ起き出した子達が、プレゼントを見つける頃です。喜んでもらえたら、ビンの中にキラキラが溜まります。キラキラがあれば、サンタ長さんに願い事を叶えてもらえます。弁護士さんの欲しいものを、サンタ長さんからもらうことができます。自分のために使いたい望みのない寂雷ちゃんは、キラキラを弁護士さんのために使いたいと思ったのです。
     弁護士さんは、むぅ、と悩みました。そして言いました。
    「テメェの欲しいモンは、テメェの金で買える。だからわざわざサンタにお願いするようなことでもない」
    「そんな……」
     寂雷ちゃんは用なしということです。存在意義すらありません。
    「だから、さっきも言っただろう。他人を笑顔にしたいヤツが笑ってないのは、我慢ならんって」
     顔を曇らせた寂雷ちゃんに、弁護士さんが言いました。
    「俺の幸せは、俺の望むものを、俺の力で手に入れることだ。そうすることで俺は笑顔になれる。なら、お前はどうだ? お前はどうしたら笑顔になれる? 何がお前の幸せだ?」
    「私の幸せは、世界中の人が笑顔になれること。みんなの笑顔があるのが、私の一番の喜びです」
    「おいおい、それじゃあお前自身の幸せの本体がないじゃないか。テメェの幸せを他人に委ねるなよ」
     寂雷ちゃんはびっくりしました。
     今まで寂雷ちゃんは、誰かの幸せこそが自分の幸せだと信じて疑いませんでした。それこそがサンタの精神ですし、何よりの誇りです。
    「お前の幸せはどこにある? どうしたらお前は笑顔になれる?」
     いつも誰かのためにと考えてきた矢印を、自分に向けるように弁護士さんは求めます。
    「そんなこと……考えたこともなかった」
     寂雷ちゃんの幸せは、世界中の人の笑顔です。それは嘘ではありません。けれども弁護士さんは、そんな答えはいらないと言います。寂雷ちゃんが求めるものは一体何なのか、寂雷ちゃんがしてもらって嬉しいことは何か。それを問うて止みません。
    「お前の好きなものは何だ? 何があればお前は嬉しい?」
     小さな寂雷ちゃんの体を抱きかかえ、弁護士さんが尋ねます。オパールのような目が、じっと寂雷ちゃんを見つめます。右目の下の泣き黒子も、三つ目のおめめみたいです。
     寂雷ちゃんは考えます。寂雷ちゃんの好きなものを。
     誰かの笑顔以外の、好きなもの。
    「えーっと、えぇっと……」
     好きなもの。好きなもの。
    「大好きな、トナカイさんがいます」
    「窓の外にいる二匹だな」
    「あと、好きな食べ物もあります」
    「何が好きなんだ?」
    「納豆ごはんです」
    「……サンタは意外と和食派なのか」
    「あと、お味噌汁と、お漬物と、お魚さんと……お腹いっぱい食べられたら、私は幸せで、ずっとずっと笑顔でいられます。お腹が空くのは悲しいので嫌いです」
    「そりゃあいいな。腹一杯食えるのは確かに幸せだ」
    「あと、あと! 一人で食べるより、みんなで食べるのが好きです。大好きなトナカイの一二三くんと、独歩くんと。あと、できることなら、プレゼントを受け取った子たちの顔も見てみたい。みんなとご飯が食べられたら、きっとずっとずぅっと幸せになれると思います!」
     その時でした。
     寂雷ちゃんのポケットから、キラキラのビンが飛び出したのです。
    『貴方の願い、聞き届けました』
     どこからかサンタ長さんの声がします。
     いつの間にかビンの中には、溢れんばかりのキラキラが詰まっていたのです。
     弁護士さんに抱きかかえられたまま、寂雷ちゃんは眩い光に包まれました。目を開いていられないほどの光に、思わず両手で目を覆います。
    『貴方の願い事、クリスマスのキラキラで叶えましょう!』
     ふわりと体が浮き、どこかへ移動する力を感じます。温かくて、気持ちよくて、ほわほわしてきます。
    『さぁ、目を開けて』
     そう言われてそっと手を外せば、なんということでしょう! 見たこともないほど大きなテーブルに、たくさんのご馳走が並んでいます。
    「メリークリスマス! 一年がんばったみんなに、特別なプレゼントですよ!」
     バタン、と扉が勢いよく開く音がしたと思えば、雪崩のように人が入ってきます。
     イケブクロの三兄弟、ヨコハマの雪うさぎのお兄ちゃん、警察屋さんに海兵さんもいます。反対の扉からは、シブヤの三人、オオサカの芸人さんと学校の先生、詐欺師さんも入ってきます。かと思えば、ホウキを手にしたままのお坊さんと、ぬいぐるみを抱きかかえたお歌の上手な子まで! 寂雷ちゃんがプレゼントを配ったみんなが入ってきました。
    「サンタさん、プレゼントをありがとう!」
    「俺、新しいスニーカー、欲しかったんだ!」
    「ご飯を食べたら、みんなでボードゲームをしましょう」
    「妹からのプレゼント、届けてくれてさんきゅーな」
    「早速入浴剤を使ってみました。素敵なものをありがとう」
    「小官も葛湯をいただいた。体の芯から温まるな」
    「ちょっともー! 歯磨き粉とか、センスなさ過ぎ! でも、僕のこと考えてくれて、ありがとね!」
    「良い色味のインクですね。筆がはかどりそうです」
    「お……俺も、なんつーか、その……さんきゅな」
    「なんやよう分からんけど、ホッとするぬいぐるみさんやなぁ。ありがとうな」
    「これ、ええ匂いするなぁ。俺もホッとするわ」
    「おいちゃんにまで届けてくれて、ありがとな」
    「手がかじかむと痛ぇから、丁度良かったわ!」
    「こののど飴、すっごく美味しいっす!」
     どうしましょう。どうしましょう。
     寂雷ちゃんは戸惑いました。
     だって、プレゼントを渡した人の笑顔を見るのは、これが初めてなのですから。
    「サンタさん、良かったね」
    「良かったですね、サンタさん」
     いつの間にか一二三くんと独歩くんもいます。二人とも笑顔です。
    「良かったな、サンタさん」
     寂雷ちゃんを抱きかかえた弁護士さんも笑ってくれています。こんなに嬉しいことがあっていいのでしょうか。
    「折角のご馳走が冷めますよ」
     サンタ長さんが寂雷ちゃんの頭を撫でます。
    「こんなに素敵なお願いをされたのは、私がサンタ長になって初めてです。みんなで一緒に、クリスマスの朝ご飯をいただきましょう」
    「……はいっ!」
     ぴょん、と飛び降り、寂雷ちゃんはお誕生日席に座ります。この朝食会の主役は、寂雷ちゃんなのですから。
     大好きな納豆、炊きたてのご飯。おだしの香りが豊かなお味噌汁に、大根と白菜と胡瓜のお漬物。卵はふわふわオムレツとしっとりだし巻き卵。お魚も、独歩くんの好きな鮭がいます。反対側には焼きたてフレンチトースト。いろんな種類のパンもあって、サラダにスープ、ウインナーやベーコンも山盛りです。
     みんなお席に着いて、一緒にご飯を食べる。こんなに幸せなことは、生涯忘れないでしょう。
    「幸せってとってもあったかいんだね。メリークリスマス!」



    「……という、夢を見たんだよ」
     十二月二十五日、午前八時。当直明けの神宮寺寂雷は、旧知の仲である天国獄に電話をかけ、うたた寝をした時に見た夢の話を語っていた。一秒たりとも時間を置きたくなく、自宅へ帰る道すがら、ハンズフリーで話すくらいには興奮していた。此程までにメルヘンチックで忘れたくない夢もない。
    『……で、なんでそれを俺に電話してきた?』
     疲れ果てたような声で溜息交じりに零す獄に、いやぁ、と照れくさそうに笑う。
    「だって、夢の中の私に転機を与えてくれたのは獄だったから。最初に獄にこの話を聞かせたくなってしまったんだよ」
     寂雷の人生に、獄は欠かせない人間である。
     中学に上がった時、高校生活、別離を味わった大学時代。その後もことあるごとに獄の存在を感じ、影を追い、光の道しるべとしてきた。
    「夢の中でも、獄は私のヒーローだ」
     泣きたくなるくらい、どうしようもないくらい、好きで好きで堪らない。ただひたすらに獄の声が聞きたくなった。電話をしたのは、どちらかといえば、その想いの発露だったに違いない。
    「なぁ、獄」
    『……んだよ』
    「来月の私の誕生日、叶うなら、一緒に朝食を食べよう」
     誰かのいる食卓の温もりを感じてしまったら、それがない日常を乗り越えられる気がしなくなってしまった。互いに多忙を極める身だ。本当は今すぐにでも食卓を共に囲みたかったが、流石にナゴヤとシンジュク間を瞬間移動して来いとは言えない。あと約二時間かけて来いとも、言い難い。夢の中に出てきたサンタの寂雷ちゃんとは程遠い欲望の塊だ。我が儘を許せば、際限なく止めどなく溢れてくる心を、寂雷は密かに持て余していた。
    『……俺には我慢ならんモンが二つある』
     唐突に始まったいつもの構文。自宅のガレージに車を淹れながら、寂雷は続きをわくわくしながら待った。
    『一つ、本音を言わないヤツ。二つ、遠い日の約束をするヤツだ』
    「何だい、それは? つまり、私のことだとでも?」
    『ああそうだ、馬鹿野郎。いいか、俺は今日やれることを明日に回すのは絶対に嫌なんだ。明日やろう、は馬鹿野郎だ』
     知っている。だから学生の時も問題集を繰る手を止められずに、気づけば夜半を過ぎていることもざらにあった。だがそれと寂雷の願い事の相関関係が分からない。
     エンジンを止め、車から降りようとすると、別のエンジン音が聞こえる。腹と鼓膜に響く、重低音。鼻腔を擽るハイオクが燃焼する独特の香り。
     まさか。
     そんなはずが、あるわけがない。
     否定する理性と、期待する脈拍の乖離に目眩がしそうになる。寂雷は慌てて車から降り、駆け出した。
     嘘だ。そんなこと、あるものか。
     本当に? そんなこと、あるのだろうか。
     たった数センチの旅路に逸る鼓動を抑え、朝日の元に飛び出した。
    「……なんで――」
    「何でもクソもあるか、馬鹿野郎」
     見慣れた門扉の前、見慣れた男が、見慣れたバイクに跨がっていた。
    「メリークリスマス、寂雷」
    「……メリークリスマス、獄。もしかしてこれって、プレゼントは獄ってことかい?」
    「誰がそんなベタな真似するか」
    「いや、どう考えてもこの状況はそうだろう? 私へのプレゼントは獄だろう?」
    「ちげぇよ、馬鹿。ほら」
     どん、と手渡されたのは、全くクリスマスには似つかわしくないエコバッグだった。しかも存外重い。
    「エコバッグがプレゼントかい?」
    「中身見てから言え」
     首を傾げつつもジッパーを開ければ、保冷剤の下に納豆のパックが入っていた。その他豆腐、魚の干物、卵に玄米茶の筒まで入っている。
    「当直明けで今日は休みだろう? 朝飯、一緒に食おうぜ」
     こんなことがあるのだろうか。
    「まさかの正夢になるとは……」
    「俺も驚いた。お前がヘンテコな夢が掠ってることに……」
     ああ、恥ずかしい、と獄は空を仰いだ。寂雷は目の前の現実が信じられずに、エコバッグを手にぽかんと口を開けたまま動けなかった。
    「プレゼントはそれ。あと、飯一緒に食うこともプレゼントになるか?」
     照れくさそうに鼻を啜りながら獄が笑う。
    「……当然だね。今からご飯炊くよ。お取り寄せした美味しいお米があるんだ」
    「たまには和食も悪くねぇな」
     ガレージに大型車と大型バイクが並ぶ。寂雷は鼻歌を歌いながら獄と共に家に入る。
     恋人がサンタクロースだった。鉄の馬に乗ってナゴヤからシンジュクまで来た、サンタクロース。
    「最高のクリスマスプレゼント、ありがとう! メリークリスマス!」
     小さなサンタの寂雷ちゃんと同じように、朗らかに高らかに言祝いだ。
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