鈍「太刀川さんは絶対彼女できないですよ」
形だけの対防衛任務会議中に突然そんなことを言い出したのは出水だった。名前を出された挙句恋愛についてダメだと断言された太刀川はだからなんだと言わんばかりに餅を飲み込んだ。
「え、俺馬鹿にされてる?」
「してないですけど」
用事があると早々に退室を去った国近と唯我を抜いた出水と太刀川の間には微妙な空気が流れる。出水は自分の考えは当たっているのかとニコニコと悪びれる事もなく太刀川に返事を求める。
「いや、絶対してる。そう思った理由は?」
「うわぁ太刀川さんに理由聞かれるとか、なんか嫌ですね……頭良さそうな太刀川さん」
「いーじゃん理由くらい聞いても。てか、理由があるからあんなこと言ったんだろ?」
ほら言えよ、と今度は太刀川が笑みを浮かべて出水に返事を求める。机の下で太刀川の長い足が出水の椅子の足を蹴る。
「ええ〜……いや、考えなくても分かるでしょ?片付けが苦手で、結構だらけてますし、予定には遅れる、でも執念深いというか、絶対付き合ったら嫉妬深そう、って感じです」
「めちゃくちゃ言うなお前」
「あくまでも俺の意見ですよ?そこは鵜呑みにしないで欲しいです」
「うのみ?」
「あ〜俺個人の意見ですってだけです」
「そういう事か」
納得したのか、不服なのかよく分からない太刀川を眺めながら出水は本当に目の前の餅好き戦闘狂に彼女がいるとしてどんなできた人間なのか考えていれば太刀川が餅を食べ終え空になった紙皿を持って立ち上がる。今日はもうお開きだろうと帰る支度でもしようと同じく席を立った。
「でも俺、彼女……?いるんだよな」
出水は人間突然理解のできない事を言われると思考が停止するというのは本当だと今理解した。理解の追いつかない出水を太刀川が待ってくれるはずも無く話は出水の思考を引きずりながら進んでいく。
「あ〜でもまあ、確かにできた奴だよな」
「え、え……?ちょ、あのっ、えぇ?」
「てか俺言わなかった?」
「いや聞いてないですけど……多分誰も知らないですよ太刀川さんの彼女さん」
「嘘だあ〜!別に隠してねえよ、出水には言ったと思ってたんだけどな」
「聞いてないです!本当にいるんですか……信じられないんですけど、太刀川さんの面倒見てくれる人とか」
「失礼だなお前〜!じゃあ今から会わせてやるよ、特別に」
「カワイイ系?美人系ですか?」
「ん〜俺は可愛いと思うけど見た目なら美人系と思う」
人に興味の無さそうな太刀川が顔を緩めながら美人系と豪語する相手とは一体どんな人間なのか、出水は期待を膨らませる。そんな出水を見ながら太刀川は不思議そうな顔をして問いかける。
「お前の方が最近会ってんだろ?」
「え?」
「うん、お前の方が会ってる」
「え、誰……?」
「ええ〜そんなこと言う?悲しむぞあいつ」
「……マジで誰ですか」
「会ってた気がするけど……だって出水って」
本気で検討のついていない出水に対して太刀川が何かを言おうとした時、勢いよく隊室の扉が開かれる。何事かと出水が視線を向けて先に佇んでいたのは出水のよく知る人物であり、昨日も夕飯を共に食べた人間だった。
「二宮さん……?え、今日会う予定無かったですよね?俺忘れてました?」
「違う……そこの馬鹿に呼ばれた」
馬鹿、ともう一度大きな声で言いながら二宮が指を指す先にいるのは太刀川で、太刀川は二宮から紙袋を受け取りながら出水へと顔を向ける。
「ほら、俺より会ってんじゃん」
「ん?」
「昨日も飯行ったんだろ?」
「あ、はい」
「いいなあ、俺なんか誘われもしないんだけどな」
「お前とは飽きるほど飯食ってんだろうが」
「でも待ち合わせして飯とか行きたいじゃん」
「意味が分からん」
ポンポンと目の前でテンポよく進む会話に置き去りにされた出水はハッとして太刀川に話を振る。
「あ、ちょっと太刀川さん彼女さんは!?」
出水が「彼女」という単語を口にした途端、分かりやすく二宮の機嫌が悪くなるのを出水は分かりやすく察した。対する太刀川は出水に対して「何言ってんだよ出水」と頭を抱える。
「太刀川……お前彼女いたのか……?」
「いや、違うって」
「え、でもさっきいるって……」
「だから来ただろ、二宮が」
再度固まる出水を置いて太刀川は紙袋の中身を見て「あ、このパンツ無いと思ったら置いてったのか」「お前の物を俺の部屋に置くな取りに来い捨てるぞ」と会話を繰り広げられて、察しのいい出水はある結論に至る。
「つまり太刀川さんの彼女……お相手、が二宮さん?」
「だからそうだって」
冗談だったら即座に隣に立つ二宮の長い足が太刀川に飛んでくるのに、二宮は特に否定することも無く我関せずといった顔でスマホをいじっている。出水は太刀川と二宮が本当に恋人であるということを受け入れる。特に同性で付き合うことに対して偏見も無く、むしろ顔を合わせると言い争っている弟子と先輩が実は家では仲睦まじくしているのだと思うと途端に微笑ましく思う。
「へえ〜!どっちから告ったんです?」
「あ〜どっちだ?」
「お前だろ、加古の誕生日に酔ってた時」
「堤の家で飲んだ時か」
「やっぱ太刀川さんからかぁ」
「告ったのは俺だけど、先に好きになったのは二宮だから」
「まじですか!?」
「そうそう、あれだろ高校の時ランク戦で負けた時」
「ベラベラ人のこと喋んな馬鹿川!お前は置いていく、期間限定の餅は俺が代わりに食ってやる、じゃあな出水邪魔した」
「あ、また来てくださいね可愛い弟子の話くらい聞きますんで」
「えっ、待て、待って二宮!無理、予約したの俺!行くから待てって!帰りに焼肉も行くから!」
慌てて支度をする太刀川に見えないように二宮が出水に小さな袋を渡してくる。中を見ればどこの店か分からないがオシャレで高そうな梱包をされた箱が3つ入っていた。
「太刀川以外に渡しとけ」
「バレンタイン……!」
「邪魔したな」
「いえ、いつでも歓迎なんで、太刀川さんのことよろしくお願いします」
「一言余計だ……分かってる」
指で軽く額を弾かれて思わず額を覆う。予約の時間に本当に間に合わないのか太刀川が二宮の腕を引いて隊室を出ていく。楽しそうで、年相応の笑顔を見せる太刀川と仕方なさそうに微笑みながら太刀川に着いていく二宮の横顔に出水は師匠として癒された気分になつた。貰ったチョコを食べようと包装を丁寧に解いて、聞いたことの無い店名のチョコを食べながら店を調べればとんでもない値段が目に飛び込んできて思わず1粒しか食べていないチョコレートを箱に戻した。義理のチョコレートでこれなら太刀川は何を貰うのか、明日絶対に聞こうと出水は荷物を持って隊室を出る。