「黒崎様、失礼致します」
「お……ハ、ハイ」
硬さの残る声に、使用人の女はくすりと口元を引き上げたが直ぐに仕事用の笑みへと戻す。
「お茶をお持ち致しました」
「アリガトウゴザイマス……」
障子を開ければ部屋の中心で所在なさげにしている少年が一人。
女は静かな所作で机の上に盆を置くと湯呑みを一つ、色とりどりの菓子が乗った菓子皿も置く。
盆には未だ一つ湯呑が残っているがそれを机に置く事はしない。
その盆を琥珀の眼がちらちらと見ており、その分かり易い態度に対して女は「如何かされましたか、黒崎様」としれっと尋ねる。
「えっと、この後白哉のとこにも茶、持ってくのか」
「はい」
「あ、じゃ、じゃあ俺白哉のとこに持って行くよ。その、顔出す予定だったし」
「まぁ、宜しいのですか?ではお言葉に甘えまして」
客人という立場、しかも当主が目を掛けている子供の申し出を本来であれば角が立たない様に断るべきであるというのに使用人の女は遠慮する事無く盆を一護に渡し、入ってきた時と同じく静かな所作で障子を閉めた。
当主の所へと行く必要は無くなったが仕事は未だ山のようにある。
道ゆく途中同僚の一人を見かけて女は声を掛けた。
きょろきょろと辺りを見回し、
「聞いてよ、黒崎様がまた——」
「黒崎様がまた」
耳に飛び込んできた知った単語に思わず白哉は足を止めた。
白哉に呼びかけられた訳でもないそれは使用人達の立ち話であったらしい。
聞き耳を立てる下世話な趣味は無いが『また』という言葉に引っかかりを覚え眉根を潜める。
仕事中に話をする事を禁じている訳では無いが口さがない者は教育の行き届いている筈の朽木家でも居る。
亡き妻が存命していた時は何もしていない白哉の耳に届いてしまう程酷く、一掃していたと思ったが未だ足りなかったらしい。
あの子供に対して冷遇する事は許されざる事である。
じわり、と滲みだす己のドス黒い感情に気が付いて白哉は目を細めた。
だが、
「今日も白哉様の所にお茶を持ってくってそわそわされてて!当然、お任せしてしまったんだけどほんっっっとうにいじらしいったら無いわ!十数年しか生きてないからああも初心なのか、それとも黒崎様が特別なのか」
「分かる!白哉様やルキア様が目を掛けるのも当然の愛らしさよね!そういえば最近黒崎様のふぁんくらぶなるものが出来ているんですって」
「ええっ其れは知らないわ!そういう事は朽木家を通して頂かないと」
「……」
口さがないのではなく単なる姦しいだけの様だ。
一気に毒気が抜かれ白哉は溜め息と共に感情を押し流す。
些細な事で感情を揺らすようでは未だ未だ未熟だ、と思いながら。
使用人たちの話から察するに一護が白哉の私室を訪れているらしい。
部屋主が居ないので入って良いのかどうか迷って困っているだろう子供を待たせる訳にもいくまいと踵を返し私室へと戻る。
白哉の姿を見た瞬間にパッと笑顔が綻ぶ子供の顔が早く見たいとその足取りは何時もより少し早かった。