重すぎる憧れは偶像を創り上げる。対象を理解していようといまいと、どう足掻いても理想は現実に打ち勝ってしまう。耐え難い事実の前では叶わない望みを抱くし、好ましい未来が来なければ嫌悪感を覚える。人間であれば誰しもが経験しているだろう。
では、それに耐えられない人間が、妥協できていた過去や未来を変える手段を手に入れてしまったら?
その結果が現状だ。何もかもが。
未来からのメッセンジャーであるふたりは、待ちぼうけな政治家の顔を拝みに行ったあと、別れを告げて新たな未来へ帰還した。
それを見送ったあとに、ひとつの遺体の前で、ふたりは暫く立ち尽くしていた。
「期待を"裏切られる"って、変な言葉ですよね」
唐突にノイが切り出した。理人は相槌を打たず、言葉の続きを待つ。
「事実が悪とは限らないじゃないですか」
「それは違う」
端的な言葉。自分の理念を否定されたと思ったノイは眉をひそめる。だが、瞼を閉じた理人は彼の表情を見ずに理由を述べた。
「裏切りという言葉には、予期を反するという意味もある」
「───なあんだ、それ」
納得したノイは、斃れている暁を起こした。ずっしりと重い。今や知る由もないが、現在の時間軸の彼より体重はあるだろう。目に見えて筋肉量が違っていたから。
「暁さんはどっちも当てはまってたんですね」
「……そうとは、思えない」
「ちがうって言わないんだ」
「思いたくないだけかもしれないからな」
淡々とノイは"処理"を始める。タイムジャッカーを、殺さねば止められないと分かったときにする処理。腕のタイムワープガジェットを、死後硬直が始まる前に外す。思考と一部連携しているそれは、混濁し始める前に外さないと誤作動を起こす可能性もある。未来の何処かに遺体が飛ぶなど洒落にならない。
一方理人は、ノイの問いかけには答えるものの、未だ動けずにいた。場に立ちすくむ彼にノイは呼びかける。やや遅れて、理人は暁の遺体に触れた。瞼を閉じさせる。
「これが、人々にとって望ましい未来に繋がる───こと、だったのだろうか」
「知らない」
「そうか」
「それは理人さんが出す結論だからね。僕の意見で固めないでよ」
「固めるつもりはない。バディとして意見交換を……」
ノイは暁の遺体を抱き上げた。うわ重、と零して肩へ担ぐ。暁から彼の顔は見えなくなった。後頭部、血に濡れた短髪が新鮮だった。空のように蒼い頭髪しか見たことがなかったから。彼は返り血すら戦いでつけなかった。
どうにか持ち方を安定させようと苦戦しているノイは、何故か理人に文句を言った。
「重すぎなんですけど。この人」
「……」
「バディとして、比重が偏りすぎるのは良くないと、っ、思うんですけど?」
「分かった、どう手伝えばいい」
「一緒に担いでくれればいいよ」
つまりノイが上半身を、理人が下半身を担ぎあげるということらしい。神輿のように。新たな未来の創造神足り得た彼の担ぎ方としては当人にとって喜ばしいことなのだろうか?今となっては苦情も言えない彼に、問うことはできない。
とはいえ、ノイとは身長差があり。また、ノイにはプライドもあるから。そして、ずっと前のめりに倒れることになるのは暁にとって苦しいことだろうから。
「……いや、自分がこう……抱こう」
「えっ、マジで」
ノイのしかめっ面の対象は、横抱き──それも俗に言う『お姫様抱っこ』をされた暁だったのだが、理人はその意味を深く思っていないため、頭に疑問符を浮かべる。
そして、自分なりに結論を出した。
「確かに、全盛期の暁さんをこうして抱き上げるのは、生前なら出来なかったな。おかしい体験だ」
「ちがう!いや、ちがくないけどさ!?あーもう、あんたツッコミ所多すぎ!」
眼前で抱いていた理想やら願望やら偶像やらが次々と塗り替えられて、ノイは混乱しっぱなしだ。
先程理人に憧れについて言及されたときも、奇妙な反応をしてしまったのが悔しい。理人に深堀されなかったのが救いだ。でなければ恥ずかしすぎる。
と衝撃に押されグルグル考えていて、比重の偏り具合を遅れて察したときには、理人はTPA本部に向かい始めていて。遺体をそのまま抱き抱えて民間人に見つかったらどうするんだ、と慌ててノイは追う羽目になった。