1月5日。
正月のおめでたいムードがじんわりと抜け出し、仕事の足音が聞こえ始める日だ。
それは315プロダクションも例外ではなかった。大規模ライブ『NEXT DESTIN@TION』を間近に備え、アイドルたちは年始から一念発起しなければならない。
しかしそんな中で、のんべんだらりと年始の雰囲気を味わいたいと思う者もいた。仕方がないことだ。アイドルは年末年始も多忙。先進気鋭のプロダクション目指して舞い込む仕事を歓迎している315プロダクションも、未だに慌ただしく各地を駆け回っている。むしろようやく一息つけるタイミングなのだ。ライブまであと1週間と少し。

「忙しいのは嬉しいけどー」
「換気するぜ」
「うわ、宣言から開けるまでが早いよー」

がらりと窓を開けた雨彦に、想楽は慌てて上着を羽織る。事務所内を駆け巡る冷風に悲鳴を上げる者はいない。現在この時刻、事務所にはLegendersしかいないからだ。他の者たちは出先へ向かったり、買い物に向かったり、自宅で過ごしたり、様々。賢もちょっとした買い物で席を外していた。
雨彦は窓の外をしばし眺めて、微笑する。

「閑古鳥は何処にもいないな。良いことだ」
「ええ。喜ばしい限りです」
「そうなんだけどさー。大丈夫なのかなー」
「大丈夫、とは？」
「なかなか合わせて練習できてないよねー。僕たち」
「ああ……」

多忙は朗報のみではない。人気が向上し、ユニット単位のみではなく個々人にも依頼が増え始めた現在、ユニット全員はおろか、プロダクション全体での合わせ練習も困難になってしまっている。
プロデューサーが可能な日程を押さえてはいるものの、かつてに比べ練習可能な時間は減少していた。

「経験も実力もついてきたが、懸念ではあるな」
「レッスン時間をより増やすべきでしょうか……」
「これ以上は過労になるよー」

想楽の言う通り、休憩時間も重要だ。とはいえ、気持ちは逸る。
どうしたものか、とLegendersの面々は各々の感覚で今後を懸念した。
その時のことだった。

「うわ」
「ん？」
「おや」

三人の携帯が、同時に通知音を鳴らす。
聞き覚えのない音色の正体を確かめるために液晶を光らせると、そこには読み覚えのない文面が浮かんでいた。

『喜望峰も時代も越えたあなた達の
　　　　　次の目的地は？
　　　　越えてゆきなさい
　　　あなたの望んだその道を　　』

「……なに、これー」

想楽が呟いた瞬間だった。
雨彦が突然、モップを手に取り歩き出す。二人が口を挟む間もなく、足早に歩を進め、事務所の扉を素早く開けた。
途端、重力が横たわった。
壁が天井になり、天井が壁になる。
そして床は、換気のために開けていた窓に。

「えっ」
「……穢れじゃない。ないが」
「お、落ちま───」

三人は落ちていく。雨彦は咄嗟にモップの柄を窓枠へ支えようとしたが、奇妙にも窓枠は消え失せていて、もはや三人を出迎えるための穴へと化していたため、それは叶わなかった。
最後に落ちゆくクリスは、無我夢中ながら足掻こうとして、雨彦が開いた扉の先を、そこから僅かに除く人影を少しだけ見ることしかできなかった。
最初に落ちた想楽は回想する。今までの思い出を。

（あー、これ……走馬灯ー？）

しかし、それはあまりにも長すぎる。
走馬灯の体感時間は長いというが、それにしてもだ。
奇妙さに我に返り、落ちながらも周りの景色を確認する。

そこは、普段見慣れた窓の先、交差点や住宅街では決してなかった。