スタァライトパロの続きあれだけ正面から、頭上からバカにされてしまったからには、黙ってはいられない。
想楽はレッスン室で一人、ステップを練習していた。
床と靴の擦れる音はしばらく続く。鏡の前で最後のターンを決めてから、想楽は荒れた息を整えて、鏡を背にする。壁に備え付けられた手すりを両手で握って、体重を預けた。
首にかけたタオルで額を拭う。
(……納得、いかないな)
想楽は未だ、心をざわつかせる何かを処理できずにいた。
いくら踊っても、ステップを極めても、あの鮮烈な光景が脳を刺激して邪魔をする。
遠方から見たステージは、想楽を惹きつけてやまなかった。
それが同時に悔しくて堪らなかったのだ。
(あのキラめきがない、って言われたのも、そのキラめきに見惚れるだけだった、僕にも……納得、いかない)
あの凄まじい体験から既に3日は経過したが、再度招かれることや舞台が用意されることはなかった。
雨彦やクリスとも同じ仕事はなく、何故だか都合も暇な時間も合わないため、あの日以来Legendersは集結していない。
駆け出しの頃はこんなことは無かった。
以前の周年ライブでも、まだ合宿をしたりミーティングをしたりする余裕はあったのだ。これほど予定が擦り合わないのも珍しい。年末年始のエンタメ業界がいかに多忙か思い知らされると同時に、需要が増えたことは喜ぶべきことなのだという誰かの声と、本当にこれでいいのかと囁いてくるなにかを感じ取る。
たった一人の鏡像に、想楽は振り返る。そして、シワの寄っている自分の眉間を、鏡越しになぞった。
「憧れに、向き合うために、足りぬもの……課題が山積みすぎて、こんな期間じゃ処理できないよー」
溜め息を吐いて、想楽は瞼を閉じる。過集中で目も乾燥していた。視界を塞ぐと一層自分の疲れと限界が見えてくるようで、嫌になってくる。広いレッスンルームにただひとり立っているのに、周りから焦燥感と切迫感がじわじわと責め立ててきているようだった。
(……そもそも、何のために?何を、求められてるんだっけ)
鏡に額を当てて、思考を巡らせる。
315プロダクションの周年ライブ『NEXT DESTIN@TION』。突如始まって、既に門扉は開かれているらしいのに音沙汰はない『ネクストデスティネ───ション』。
それぞれに挑まんと決めたものの、度重なって見える問題ばかりが、大切なものを隠そうとしているようだった。
(僕がすべきことって……、うわっ」
突然足元になにか感触を覚えて、思考が中断させられた。思わず声を上げて下を見る。そしてぎょっとした。
見覚えのない黒猫が、じっと想楽を見つめている。
咄嗟にレッスン室の扉を確認するも、閉じられているのは数時間前と変わらない。
どこから入ってきたかも謎の猫は、驚いて何も言えない想楽に首を傾げた。それから飛び上がり、手すりの上を器用に歩いて、想楽の首にかけられたタオルに噛み付いた。そのまま引っ張り自分のものにせんとする。動揺していた想楽は咄嗟に対応できず、猫はするりと床に着地し、呆気なく奪われた一枚の布地も引きずられた。
「ちょっと、何するのー?どこから来たのー、返してよー」
想楽の要望も虚しく、気まぐれな猫はぐるぐるとその場を回り。一目散に鏡に向かって駆け出した。
そのままではぶつかってしまう、と想楽は慌てて追いかける。
しかし、彼の心配をよそに。
鏡はまるで水面のように柔らかく揺れ動いて、猫の侵入を歓迎した。
想定していなかった想楽は鏡の前で呆然とする。
そして、暫ししてから───ごくり、と喉を鳴らした。
あのときと同じ、異次元の現象だ。
つまり……舞台に、呼ばれている。