「……あ、もしもし姉ちゃん。え?俺からかけるのそんな珍しい?いやそんな事ねえって。うん。実はさ、相談というか、報告があって…。捕まってねえよ。詐欺じゃねえって。あのさ……俺、結婚しようと思うんだけど…。うん。まだ話してない。先に姉ちゃんに話ときたいと思って。近いうちに会えねえかな。うん。ありがとう。じゃあまた」
という会話をした一週間後、俺はモブを連れて姉と待ち合わせた喫茶店へ行き、婚約者としてモブを紹介した。
姉は開口一番、
「新隆……自首しなさい」
と言ってのけた。
「茂夫くん、あなた騙されてるわよ。変なことされてない?お金貢いだりしてない?胡散臭い商売続けてるとは思ってたけどこんな若い男の子誑かすなんて……」
「ちっげえよ!!結婚詐欺じゃねえから!!!」
「そうですよお姉さん。師匠は結婚詐欺師じゃありませんよ」
モブがそう言うと、姉がやや怪訝な顔をした。
「ん?師匠?」
「あっ、すいません。新隆さんですね」
そこで俺はモブが俺の事務所にバイトに来ていた弟子であること、モブと師弟になった経緯を説明した。
すると姉は、
「新隆……自首しなさい」
と再度言ってきた。
「そんな小さな子に手を出すなんて犯罪じゃないの。今からでも遅くはない。自首しなさい」
「だからちっげえよ!!!こういう仲になったのは茂夫が成人してからで、それまでは一切何もねえから!!」
「そうですよお姉さん。新隆さんは僕の告白を何度も断ってました。僕が二十歳になってやっと受け入れてくれたんです」
おい、余計なこと言うなよ。
姉の前で俺たちの馴れ初めを暴露され若干気恥しい。
「あらそうなの?新隆、何度も告白されたんだ?」
「ぐ……」
「ま、冗談はこのくらいにして」
「冗談だったのかよ」
「新隆から結婚するって聞いて驚いたわ。この子全然モテないでしょ。女っ気ゼロだし」
「おい」
「結婚願望無さそうだし、このまま独身貫くのかと思ってたのよね。それがいきなり結婚するなんて言うからどういう心境の変化なのかと思っちゃって」
そう言うと姉は運ばれてきたコーヒーを一口飲んだ。
「そしたら連れてきたのは可愛い男の子。それも一回り以上年下。母さんたちびっくりしちゃうわね」
「う……」
俺が狼狽えると、机の下でモブがそっと俺の手に触れた。
モブはそのまま自分の手を重ねると、姉を見据えて言葉を口にする。
「お姉さん、僕たち本気です。騙されてません。僕は新隆さんと結婚したいと思っています」
俺はモブを見た。まっすぐな、意思の強い横顔だった。
「新隆さんは、僕に大切なことを教えてくれました。僕の人生になくてはならない人です。新隆さんが困っていたら僕が支えたいし、これからもずっと一緒にいたいと思っています」
姉はまっすぐにモブを見つめる。
「新隆さんと結婚させてください。お願いします」
モブは、額がくっつきそうなくらい、机スレスレまで頭を下げた。その様子に俺は驚き、放心した。重ねられたモブの手が湿っているのがわかった。
姉はしばらくモブを見つめた後、
「……大切にされてんのね、新隆」
と言って、頭を下げるモブを制止させる。
「私に頭を下げる必要はないわよ茂夫くん。私はあなたたちが結婚することに、とやかく言うつもりないから」
そこでモブがほっとした表情で顔を上げた。姉に認められたことで俺も安堵したのか肩の力が抜ける。
「ま、父さんと母さんは驚くと思うけど」
姉は残りのコーヒーに口をつけた。
「新隆さんのお父さんとお母さんに土下座しに行きます」
「あら、そんなことしなくていいわよ。結婚なんて本人の好きにしていいことなんだから」
コト…、とコーヒーカップをソーサーの上に重ねる。
「まぁ、私が結婚しなかったから母さん達の期待があんたに全部行っちゃったようなところもあるし、ちょっとは責任感じてんのよね。だからせっかく結婚したい相手がいるなら一緒になった方がいい。私も父さんと母さんに話してあげるから、二人とも頑張って」
そう言われると、俺たちはぱっと表情を明るくして姉に礼を言った。
「ありがとうございます、お姉さん!」
「ありがとう、姉ちゃん…!」
今度ふたりで地元に遊びにおいで。たまには実家に顔見せなさいよ。茂夫くんと一緒にね。
姉はそう言い残すと、ひらひらと手を振って地元へと帰っていった。
喫茶店を出てモブと二人で家へと帰る途中、モブは俺が会計で席を外してる間に姉と話したことを教えてくれた。
『あの子、結構しんどい時に一人で抱え込むようなところがあるでしょ。器用なのにほんとそういうところは不器用なのよね。だから一緒にいてくれるパートナーがいるって聞いて正直安心したわ。不束者だけど、新隆のこと、よろしくね』
あと、あいつに借金背負わされたり多額の保険金かけられたり浮気されたりしたら教えてちょうだい。ぶん殴るから。
誰が詐欺師だ。
本気なのか冗談なのか定かじゃないが、姉は俺を未だに反社会的な人間だと勘違いしている節がある。
そうは言うものの、俺は胸の中でそっと姉に感謝した。
ありがとな、姉ちゃん。
◇◆◇
後日、俺たちはモブのご両親の元へ、結婚の挨拶をしに行った。モブから聞いてデパートで買ってきたご両親の好物である老舗のカステラを用意して、いつもと違う落ち着いた色の紺のスーツに青のネクタイをつけた。いつものスーツでもいいのに、とモブには言われたが、いやお前…ピンクのネクタイはまずいだろ……と、少しでもまともに見えるものをチョイスした。
影山家の門の前で一度深呼吸をする。いつもはよく回る頭と口が途端に回らなくなって、真っ白になっていくのがわかった。顔を強ばらせながら、下を向いて地面を凝視する。手土産を持つ自分の手が震えていた。
するとモブが、空いてる方の手にそっと触れて、そのまま俺の手を握った。
「大丈夫だよ、行こう」
そう微笑むと、モブは俺の手を引いて門の中へと歩み出す。頼もしく、力強い、大人の男の手をしていた。
大丈夫、きっと。モブがいてくれるなら。
繋いだその手を、俺はそっと握り返した。